第三話 剃毛 ――ある初老男の日記――
《二〇一四年八月二八日(木)晴れ時々曇》
きょう、俺は、毛を剃った。
陰毛を……
しかも、妻に強要されて……
*
ことの始まりは、風呂に入っていたときのことだった。ふと自分の股間を見たら、あろうことか、陰毛に白髪が混じっていたのだ。しかも、けっこうな割合で。
ショックだった。いつかはくると思っていたが、ついにきたか……と。頭が薄くなるのに次ぐ衝撃なのではないか……と。
風呂から出た俺は、なぜかいの一番に、妻に報告していた。
「あかぁん。チン毛が白なってきた」
妻は不機嫌な顔をして、
「だからなに? ジジイなんだから当たり前でしょう」
「お前はそれでええんか? 俺がジジイになってもええんか?」
「だ、か、ら、おめぇはもうジジイなんだよ」
「イヤや。絶対にイヤ。塗ってやる。マジックで塗ったんねん」
《確か、このときだったと思います。妻が、ものすごい勢いでキレたのは》
「ああああ! もう、うっせぇな。おめぇのチン毛が何色だろうが、誰も興味ねぇんだよ。 生えてること自体が気持ち悪りぃんだから。そこらじゅうに、抜け散らかしやがって。わかってる? 洗面所とかチン毛だらけなの。そんなにいやなら全部剃っちゃえよ。そのほうがよっぽどこっちもたすかるわ」
キレると〝べらんめえ〟口調になる下町育ちの妻。しどろもどろの俺は、
「え! チンコに毛がなかったら笑われない?」
「はあああ! おめぇは、外でチンコ出して歩いてんのか?」
「そやないけど、あるべきところに毛がなかったら、ハゲてるみたいやん」
「バカじゃねぇの。人間なんて猿からみりゃ、ほぼ〝つるっパゲ〟なんだよ。そんなところに毛があるほうがよっぽどキモイわ。だいたい抜ける以外になにか意味あんのか、おめぇのチン毛は」
「人間の毛は、身体の大事な部分をまもるために生えてるんやろ」
「いやいやいや。ありえねぇし。そんなチョロっとした毛で、なんにもまもれてねぇし。むしろパンツのほうが、よっぽどチンコをまもってんだろ。その上からズボンだって履いてるのに、なにをいまさらチン毛に頼る必要があんだよ。意味わかんねぇし」
「確かに」
すると突然、手をたたきながら笑いだす、情緒不安定な妻。
「ウケる。チン毛に埋れて、おめぇの小っちぇチンコが、余計に小ちゃく見えてんのに、色とか気にしてるし」
大爆笑しながらその場を去っていった。
婉曲した言い方だけど、励ましてくれる優しい妻の言葉どおり……
俺は、チン毛を剃ったのだった――。