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撃ち穿て! トリハピ魔法少女ほとりちゃん!

作者: 八滝 鈴鹿

この作品は『撃ち抜け! トリハピ魔法少女ほとりちゃん!』の続編ですが、前作を読んでいなくても分かるように書いております。

しかし読んでもらえれば作者は嬉しいです。

 静かなる夜の街。住人は皆眠りに付き、猫の子一匹起きていない。

 まさに『草木も眠る丑三つ時』。まるで世界の全てが眠りについてしまったかのような静寂。


 静謐にして静閑なる夜の中を駆け抜ける影が三つ。


 一つは三メートルを超える異様な異形。

 そのカタチは人をどこまでも冒涜するかのような形態。喩えられるモノがない程、それは異形としか言いようがない。


 上半身は人間。しかしその目に眼球はなく、底なしに暗い眼窩が空ろに見開かれている。腕は本来あるべき位置になく、肩甲骨の部分から鉤爪を持った異様に長い腕が伸びている。

 下半身も人間。ただし下半身ではなく上半身が付いている。こちらも腕はなく、代わりに胴体からムカデのような足が無数に生えて、その異常を闇夜に振りまく。


 色は俗悪。姿は醜悪。知能は劣悪。思想は凶悪。そして嗜好は最低最悪。

 人の夢より産まれ、人を喰らう、この世界全ての天敵とも言えるその異形は、“エッグ”と呼ばれていた。


「GYUUUUUUUUUUUUUU!!!」


 その長い腕を振り回す“エッグ”。

 現代科学技術のあらゆる力を駆使しようと殺せない異形は、その超常の力を最大限に振るっていた。


 しかし、相対する存在はその攻撃を児戯にも等しいとあしらう。

 全てのモノの天敵が相対する“敵”は、かの存在の唯一の――天敵。


「あまいっ!」


 年端も行かぬ少女の声。三つの影うちの一つ、天敵とは一人の少女。

 身に纏うはフリルがふんだんに付いた黒いドレス。揺れるツインテールの黒髪。手に握るは金属質の長杖。


「嬢ちゃん! 雷属性は使うなよ!」


 どこか軟派な、年若い青年の声。三つの影の最後の一つ、少女に従う一羽の(カラス)

 見た目は普通の烏だが、その身に生える足は三本。古に謳われた八咫烏(ヤタガラス)


「わかってる! ベルゼルアルド、第二魔法式(セカンド・フォーミュラ)展開(オープン)!」


 少女の持つ漆黒の杖が、ガキンという音を鳴らす。

 次の瞬間、少女の周囲を回りだす、朱色に輝く光の帯。


「集え、祓魔の炎。劫火となりて大罪を灼け――!」


 辺りに響く呪文。飛ぶ火花。渦巻く力は全てを燃やす、慈悲なき鉄槌。


「――『禁絶の業炎槌(ヴァーミリオン・ストラグル)』!」


「GYU...GYUUUOOOOOOOOO――――……!!!」


 荒々しい朱の炎が駆け抜け、醜悪なる“エッグ”は一瞬にして灰に還る。

 少女はクルリと杖を一回転させ、烏はその傍の地面に降りた。


「よっし! これで七十三件目終了!」


 少女の名前は水無瀬川(みなせがわ) ほとり。世界の天敵の天敵たる“魔法使い”の一人。


「やったな嬢ちゃん。あと二十七件だぜ!」


 百件の仕事を穏便に(・・・)終わらせるという難題を課せられた、魔法庁一不祥事の多い魔法少女(公務員)である。




 これは“トリハピ魔法少女”と呼ばれる彼女の――戦いの物語である。












「水無瀬川。『切り捨て御免』を知ってるか?」


「は?」


 そんな魔法少女は翌日、灰色のデスクが六つほど並ぶオフィスで雑談をしていた。


「だから『切り捨て御免』だよ。知ってる?」


「『切り捨て御免』っていうと、あの、時代劇とかよくやるアレですか?」


 相手はほとりの直接の上司、綾倉(あやくら) 幹生(みきお)だ。先程まで仕事の話をしていたはずなのだが、何故か幹生が話題を変えた。


「便利ですよねー。『切り捨て御免』って言えば、斬り方は自由なんですよね」


「それは何だ。暗に自分は結果良ければ全て良しって言ってるのか」


「いい言葉ですよね、『結果良ければ全て良し』」


「仕事においては過程も大事だ。穏便に(・・・)仕事をやりなさい」


「分かってますよ……!」


 何度も心に刻み込んだ言葉を改めて言われ、憮然とするほとり。

 本来のスペックで仕事をすると必ず大惨事になってしまうほとりは、何かやらかす度にその言葉を偉い人から聞いてきた。


 魔法庁特殊災害処理二課。通称、特処二課。

 決して表沙汰にはならないが、ほとりは歴とした日本国の公務員だ。

 “魔法使い”は数が少ない……だからこそ、十三歳という明らかに就労が不可能な年齢であっても公務員をやっている、特例中の特例である。


「で? 『切り捨て御免』がどうしたんですか?」


 仕事の話が急に脱線して出てきた話だ。何の意味もないとは思えないのだが……。


「いや『切り捨て御免』って、武士が町人斬っても大丈夫ってもんだと思ってたんだけど」


「ええ」


「実際に斬ったらしょっぴかれるんだな」


「ええ」


「それをこの前、二十二歳にして初めて知った」


「……それで終わりですか?」


「ああ、終わりだ」


 それだけ言って幹生はデスクに向かって仕事を始める。“エッグ”討伐の始末書でも書いているのだろう。


「いや、それで終わりって……」


 何かあると勘繰った自分がバカみたいだと思う、水無瀬川 ほとり十三歳の日だった。








「嬢ちゃん? 何固まってんだ?」


「……何でもない」


 窓からオフィス内に入ってきて早々ほとりに話しかけてきたのは、彼女の使い魔にしてお目付け役、さらには監査役でもある八咫烏。

 ほとりは魔法少女のマスコットとして相応しくないという理由から自身の使い魔としては認めず、ちゃんとした名前があるにも関わらず“カラス”と呼称している。


 その時、デスクワークに戻っていた幹生が口を開いた。


「カラス。『切り捨て御免』を知ってるか?」


「まだやりますかっ!?」


 再び『切り捨て御免』の話題を出す幹生にほとりが突っ込む。

 しかし、さっきのやり取りを見ていないカラスには何がなんだか分からない。


「それって……どういう意味で?」


「アンタも聞き返さない!」


 ほとりが怒鳴るが、幹生はさらに言葉を続ける。




「今話題の連続殺人犯“切り捨て御免”を知ってるか?」




「……え?」


 さっきまで自分達が話していた話題とだいぶ違うそれに、ほとりの動きが止まる。

 ほとりがフリーズしている間に、幹生とカラスは会話を続ける。


「あの、十四人ぐらい殺してる?」


「そ。魔法犯罪捜査一課が血眼になって探してるアレ」


 先月の頭から始まった一連の殺人事件。

 被害者が全員刀による傷を負っていることから、世間は犯人に“切り捨て御免”と名付けた。

 当初は一般的な犯罪――魔法など関係ない一般人の起こした事件だと思われていたが、七件目の殺人の被害者が魔法使いだったことから魔法犯罪と断定された。

 全身に刀傷を受け、トドメに真正面から一撃。正面から魔法使いに挑んで殺すことができるのは、魔法という超常の力の恩恵を受ける者だけだ。

 殺人現場を遠目に目撃した者から、犯人が人型であるのは間違いないらしい。


「知ってはいるが、何でその話がここで出るんだ? 特処二課には関係ねーだろ?」


 特処二課の仕事は主に、一般社会に害を与える魔獣――その中でも特に“エッグ”の駆逐だ。

 間違っても連続殺人犯の相手をしたりする仕事は存在しない。


 だからこそのカラスの言葉だが、幹生はそれを否定する。


「まったく関係ないとも言えなくなってきた」


「どういうことです?」


 ほとりが再び動き出し、当然ともいえる疑問を投げかける。


「今朝、十五人目の被害者が出た。そいつは特殊災害処理一課の魔法使いだ」


 幹生は予想されうる事実を告げる。




「――つまり、お前らも殺られる可能性があるぞ」




 その言葉にオフィスの中に静寂が訪れる。


 重い沈黙の中、最初に口を開いたのは、


「で、何でさっきそれを言わないんですか……!」


 初めに話を振られたのに幹生の無意味な『切り捨て御免』談義で終わったほとりだった。


「お前に訊いたら『時代劇に出てくるアレ』って返してきたし」


「そういう問題じゃないでしょう! あたしに関係あるならそう言ってくださいよっ!」


 吼えるほとりから幹生は目線を逸らす。相手にできない、という意思表示だ。


「だいたいですね! 幹生さんは前からそういうのが多いんです! 訊かれないから答えないって何ですか!」


「まあまあ嬢ちゃん、落ち着いて」


「アンタは黙ってて!」


「げふぅっ!」


 右手に黒き魔杖――ベルゼルアルドを具現させ、カラスを思いっきり殴り飛ばすほとり。

 カラスが遥か向こう側の壁にぶつかり墜落するが、ほとりは気にせず幹生に食ってかかる。


 幹生はそれを適当にあしらいながらも言った。


「まあ、気を付けろとは言ったがポンポン出会うもんでもない。普通に仕事をやれ」


「言われなくても普通にやりますよ!」


 怒りをあらわにしながら右手でカラスの首を掴み、出口に向かう。


「訓練に行ってきます!」


 そう言い捨てるとドアを力強く閉め、足音を響かせ去っていく。

 その後ろ姿を幹生はぼんやり見送った。


 ほとりの去ったオフィスは“静”の一文字しかない。

 幹生とほとり以外の人員がこのオフィスに出てくることは現状ではありえないからだ。


「連続殺人犯“切り捨て御免”、ねえ……」


 静かなオフィスに幹生の独り言が響く。


「さて……こっちも準備するかな」


 そう言って傍にあるロッカーから取り出したのは一振りの刀。

 それを手に取った幹生の顔には、薄い笑みが張り付いていた。










 ――それから数日後。連続殺人犯の被害者が十九人に増えた、次の日。




「まーちーなーさーいー!」


 今日も今日とて“エッグ”を追いかけるほとり。


 世界の天敵たる“エッグ”ではあるが、“魔法使い”が自らの天敵であることを理解し逃げることが多い。

 こちらに襲い掛かってくる好戦的な“エッグ”も存在するが、大抵は逃走を選ぶ。


 したがって“エッグ”を討伐するのが仕事の特処二課は、逃げる“エッグ”をどこまでも追いかけていかねばならない。今回のほとりがまさにそれ。


「ああもうっ! なんで今回のはこんな足速いの!」


 今宵の“エッグ”は獣型。ヒョウか何かと思われる細身のネコ科の体に、逆さまになった人間の頭部が付いている。その強靭な脚力で三日月の輝く夜の街を駆け抜ける。


 もっとも強靭な脚力というのなら、ほとりだって負けてはいない。魔力強化した脚で大地を強く蹴り、跳ぶ。

 飛行魔法の適性がないほとりは“飛べない”が“跳べる”新感覚魔法少女なのだ。


 ……なのだが、ほとりは“エッグ”に追いつけない。

 別に両者の能力に開きがある訳ではない。“エッグ”が複雑に入り組んだ路地をこれ以上ないルートで進んでいるからだ。

 いくら強化した脚力があっても、狭い路地に点在する急カーブの連続では全速を出せない。

 また、追われている方は自分の思った通りに曲がればいいが、追う方は相手が曲がる度に余計な減速を掛けなければならない。


「嬢ちゃん、このままじゃマズイぜ!」


 ほとりのすぐ傍を飛ぶカラスがそう告げる。

 こちらは“エッグ”の姿を見失いかけている。このままでは完全に逃げられるのも時間の問題だろう。

 ほとりもそれくらい分かっているが、なるべく穏便になるように配慮しているので行動できていないのだ。


 ただし、それももう我慢の限界だった。


「……これは、“穏便”の範疇だよ!」


「は? 嬢ちゃん、何する気……」


「ベルゼルアルド、第六魔法式(シックスス・フォーミュラ)展開(オープン)!」


 カラスに最後まで言葉を続けさせず、ほとりは魔法を発動する。

 ガキン、という音と共に漆黒の魔杖(ベルゼルアルド)が魔法を排出。ほとりの周囲に五十三個の金色の光球が浮かび上がる。


「追え、飛べ、穿て! 敵を撃て! ――『天命の飛雷矢・五十三(ライトニングスナイプ・フィフティスリー)』!」


 光球が矢の形状を取り、間髪入れず発射される。下級魔法だが追尾・貫通効果に優れている上、同時発動した数が半端ない。

 狭い路地をくぐり抜け、それらは一気に“エッグ”の元に殺到する。


「G...GOOOH!」


「ちっ!」


 撃ち放たれた雷撃の矢は複雑な路地を完全には通り抜けられず、大半が周りのビルに着弾し、その外壁を破壊する。

 数発の矢は見事に“エッグ”の体を捉えていたが、それでも仕留めるには至らない。


「大丈夫だ! これでヤツの移動能力は落ちるハズ!」


 カラスが冷静にこちらの有利を伝えてくれるが、今ので終わらせられなかったのは痛い。

 逃げる“エッグ”の姿は依然として見失いがちだ。


「こうなったらもう一回……」


 ほとりが再び魔法を使おうとするが、カラスはそれを諌める。


「いや、この先は駅前の広場のはずだ。このまま追ってれば視界が開く。その時にやるんだ」


 カラスの言う通りこの先は駅前広場。ビルの密集地とは違い、かなり視界が開けている。

 本来なら多くの人がいるだろうその場所は、ほとりの周囲に展開されている催眠結界の効力で無人状態だ。多少の無茶は問題ない。


 そうと分かれば後はそこまで行くだけだ。一旦広い所に出て姿を認識できれば、この仕事は終わったも同然。


「――見えた!」


 駅前広場。街灯の明かりが人気のない空虚な空間を照らす。

 そこに確かに“エッグ”はいた。


「GRUU...GAAAAAAAAAAAAA!」


 咆哮。次いでその脚力を使っての強襲。鋭い爪を使った一撃は、たとえほとりであっても笑って済ませられる物ではない。


 が、その一撃はほとりに向けられていなかった。

 “エッグ”はほとりのいる方とは逆方向に、その強靭な一撃を放ち――




「邪魔よ」




 ――相手にもならず、果てた。


 “エッグ”が飛び掛かった刹那、銀光が駆け抜け、その体を両断。

 断末魔の声すら残せず“エッグ”は灰に還り、風の流れに消滅した。


 それを行ったのは、輝く三日月と街灯に照らされた広場(ステージ)に立つ一人の少女。


 短めの黒い髪を風に流し、一斤染の着物を着ている。年齢は十代半ば。

 右手には月明かりを反射させる、繊細な形を持った――日本刀。


「人がいないと思ったら、魔法使いがいたのね。迷惑な物だわ」


 俊敏な“エッグ”を一刀の元に屠り、ほとりに視線を向けるその少女は、


「今宵の相手は貴女かしら」


 『切り捨て御免』と言わんばかりに刀の切っ先をほとりに向け、


雪月(ゆきづき) 桜夏(おうか)――推して、参る」


 銀の刃が月光の下、駆けた――。








 ――昔、ある所にたいそう腕のいい刀鍛冶がおりました。彼の作る刀は当時の職人の誰よりも優れていましたが、それが世に出ることはありませんでした。


 何故なら、彼は自分の刀がまだまだ未熟な習作にしかすぎず、“本当に優れた刀”とは言えないと思っていたからです。


 作っては壊し、作っては壊し、刀鍛冶を始めて十年の年月が経っても、まだ彼は自分が納得できる刀を生み出すことができません。


 それも当然、彼の作ろうとした“本当に優れた刀”というのは存在し得ない、神代の業物だったのです。


 作っては壊し、作っては壊し、彼の命がある全ての時を犠牲にしても、やはり彼は自分が納得できる刀を生み出すことはできません。


 自らの健康を省みなかった彼は、ある時流行り病にかかってポックリと死んでしまいました。


 しかし、彼と関わりのあった村人たちは彼が死んだ後も、片時もその哀れな刀鍛冶を忘れることはできませんでした。

 人々が寝静まろうとする夜になってから、鉄を打つ音がいつまでも聞こえてくるからです。


 そう。彼は人でなくなった後も、自分が納得できる“本当に優れた刀”を作ろうとしたのです。


 桜の花が咲く春の日も、雷雲伴う雨が降る夏の日も、輝かしき月が出る秋の日も、冷たい雪が舞う冬の日も。


 一年間、幾夜も幾夜も、鉄を打ち、刀を打ち、魂を打ち、作って、造って、創って――そして生み出しました。


 生み出された刀は、神代を超える“存在してはならない業物”。

 妖により四季を通して打ち続けられて生まれた刀。


 人を辞めた刀鍛冶はその一振りを生み出して一つ思いました。

 この刀は“本当に優れた刀”だ。だから、持ち主となる者も“本当に優れた者”でなければならない。


 そこで刀鍛冶はその刀を残してこの世から消滅する際、一つだけ呪いを掛けていきました。


 その呪いがどのような物であったのかは定かではありませんが、その刀を手に入れた人は殺すか殺されるか、どちらであっても悲惨な最後を遂げることになりました。


 しかし、そんなことがあっても、その刀が失われることはありませんでした。

 呪われているという謂れは、逆にそれが壊されることなく存在し続ける要因だったのです。




 後に無銘だったその刀に銘が付けられました。その銘は――“妖四季(あやしき)”と言います。








「くっ!?」


 上段から振り下ろされた斬撃を、ほとりは後ろに跳んで避ける。

 雪月 桜夏と名乗った少女は追撃をせず、ほとりの姿をじっと見ている。


「……カラス、どうするべき?」


「オレっちとしては“逃げ”を選びたいトコなんだが……」


 無理だ。その言葉をカラスは言外に表す。

 ほとりも逃走という選択肢は早期に外した。目の前の少女はそれを見逃してくれるほど優しくない。


 そして何より――強い。“エッグ”は勿論、その上位種である“夢幻孔(ホール)”でも相手にならないくらい、強力無比であることが見て取れる。

 たとえほとりが全力でぶつかっても勝てる保障はない。


「……あなたが“切り捨て御免”?」


 獲物が日本刀で、尚且ついきなり斬りかかってくる時点で件の連続殺人犯であることは明らかではあるが、それでもほとりは問い掛ける。

 今は何としても突破口を見つけなければならない。


「“切り捨て御免”? わたしは雪月 桜夏だって言ってるでしょ」


 心外だと言わんばかりの表情を向けてくる少女――桜夏。

 しかし、すぐに思案顔になると、


「ああ、そう言えば何日か前の……二千七百五十二番目に斬った魔法使いもそんな風に呼んできたわね」


「え?」


 なんと言った? 二千七百五十二番目?

 ありえない。それだけの数が斬り殺されたら分からない訳がないし、最近の連続殺人だってまだ(・・)十九人だ。


「嬢ちゃん、これはおそらく……」


「――人間じゃない、あるいは憑依」


 口ぶりから導き出される可能性はその二つ。だが、どちらであるかによって対応も難度も変わってくる。

 判別するためにはさらに情報が必要だ。ほとりはさらに会話を続ける。


「ねえ、あなたは――」


 声を掛けようと、カラスに向けていた視線を戻したとき、


「嬢ちゃん!」


 桜夏の姿はそこになく、


「油断大敵よ、魔法使いさん」


 真後ろから――斬撃!


「っ――『無我の盾(ザ・シールド)』!」


 寸前で魔法障壁を展開。その一刀を受け止めるが、


「甘すぎるわ」


「なっ!?」


 桜夏が踏み込みながら刀を振り抜き、ほとりは障壁ごと吹き飛ばされた。

 今度は静観などせず、桜夏は追撃を掛ける為に刀を構えて跳躍する。


 だが、ほとりもやられるだけではない。


「――第三魔法式(サード・フォーミュラ)展開(オープン)!」


 現在の両者の距離は十メートル。桜夏の刀がほとりを切り裂くまで、概算三秒。それよりも速い魔法はこれしかない。

 ガキン、という音と共に、ほとりの周囲を金色の光の帯が回り出す。


「――――『断絶の雷神斧(ヴァーチカル・ストライク)』ッ!」


 無詠唱で魔法発動。金色の雷が斧の形を取り、向かってくる桜夏に振り下ろされる。

 数ある魔法の中でも最速の部類に入る一撃を前に、桜夏は――


「くすっ」


 静かに、笑った。


 構えていた刀を振りかぶると、躊躇なくほとりに向かって投げ放つ。

 放たれた刀は強力な雷撃にぶつかると、刀としての形を失うと同時にそれを相殺する。


 獲物を失ったが桜夏はそれでも止まらない。

 それを無意味な特攻だと考えたほとりは深く考えずに後ろに飛び退く。


「甘すぎるって言ってるでしょ、魔法使いさん?」


 その浅慮を桜夏は嗤う。

 右手を勢いよく振ると、掌から現れる――先程と全く同じ形の日本刀。そのまま横に薙ぎ払う。


「――っ!」


 攻撃を回避――不可能。体勢が不安定すぎる。

 障壁を展開――不可能。時間が足りなすぎる。


 しかし――防御ができないわけではない。


「へえ……魔法使いにしてはいい判断ね」


 ほとりは横薙ぎの斬撃を漆黒の魔杖(ベルゼルアルド)で受け止め、衝撃を斬撃とは逆方向に跳ぶことで流した。

 受け流したとはいえ強力な一撃であることには相違なく、柄の部分に小さなヒビが入ったが、運用には問題ない。


「嬢ちゃん、大丈夫か?」


「大丈夫。それより……」


 今の攻防でハッキリした。雪月 桜夏は人間ではない。

 刀を召喚するのならばそこらの魔法使いでもできる芸当だ。しかし、体の中から取り出すとなると話はまるで違う。


 桜夏は何かに憑依された存在ではない――ならば話は簡単だ。


「……特処二課の一員として、この“災害”を“処理”しちゃってもいい訳だよね」


 ほとりの所属する魔法庁特殊災害処理二課――特処二課の仕事は『一般社会に害なす魔獣の駆逐』だ。

 人を傷つけるだけの存在は“災害”であり、それを速やかに“処理”するのが最重要任務。


「落ち着け、嬢ちゃん。時間を稼いで魔捜一課が来るのを待った方がいい」


 戦おうとするほとりをカラスが止める。

 全力でやって勝てるかどうか分からないのもそうだが、『全力を出す』ということは、ほとりの目標である『百件の仕事を穏便に終わらせる』ことの失敗を意味するのと同義である。

 一応主人思いのカラスとしては、ほとりが頑張っていることが失敗するのは喜ばしくない。

 それに魔法犯罪捜査一課も連続殺人を警戒して、この周辺の魔力の動きに気を配っているはずだ。応援が来るのはそう遠い話ではない。


 しかしそんな時間は与えないと言わんばかりに、桜夏がポツリと呟いた。


「そろそろ――本気(・・)で行くわ」


 構えを変える。刀の切っ先を後ろに向け、右足を前に出し半身に。

 気配を変える。広場を吹き抜けていた風が恐れ慄くように動きを止めた。


「春の風に舞う桜、描く形は美しき螺旋――」


「何っ!?」


 カラスが驚きの声を上げる。

 桜夏の口より漏れるそれは詠唱(・・)。つまり、


「――華刀『刃桜(はざくら)』」


 雪月 桜夏は“魔法剣士”だ。


 ほとりの様に一般社会から逸脱した非日常に身を置く者は大まかに三つに分けられる。

 一つ目は“魔法使い”。ほとりの分類でもあり、魔法庁の人員の三割程度の人数がこれだ。

 二つ目は“騎士”。魔法庁の人員の約七割がこれに当たる。放出系魔法が使えず、強化魔法による白兵戦を主体にする者たちである。

 そして最後が“魔法剣士”。“魔法使い”のように強力な放出系魔法が使えるにも関わらず、白兵戦を主体にする変り種。現在の魔法庁でこれに属する人間はいない。


 下から上に振り上げられた刀が、剣風と共に桜の花びらを吹き散らす。


「嬢ちゃん!」


「――『疾き蒼の流星(トゥインクル・スピード)』!」


 先程障壁を張って痛い目にあった経験から、ほとりは瞬発力倍化の強化魔法による回避を選択する。

 一瞬の内に真横に十五メートル程移動したほとりが桜夏の方を確認すると、


「それで避け切れるかしら」


 振り上げた刀を横に薙ぎ払う桜夏がいた。

 刀の軌道に連動して宙を舞う桜が動きを変え、流れる桜吹雪がほとりに殺到する。


「くっ――第二魔法式(セカンド・フォーミュラ)展開(オープン)!」


 明らかに危険な桜吹雪から逃れながら、ほとりは次の魔法を展開する。


「――『禁絶の業炎槌(ヴァーミリオン・ストラグル)』ッ!」


 押し寄せる桜の花びらを朱き炎が一掃する。その一撃は桜吹雪を突き破り、術者たる桜夏の元まで駆け抜けた。


「秋の夜に輝く月、伝わる心は悲しき連鎖――痛刀『禍月(まがつき)』」


 桜夏は迫り来る爆炎を真上に跳んで避けながら、その炎に向かって(・・・・・・・・)刀を振り下ろす。

 銀の刃が朱の炎を切り裂くと同時――


「痛っ!?」


 ほとりの左腕に鋭い痛みが走る。すぐさまその部分を確認するが傷も何もない。


 痛刀『禍月』――桜夏が使う魔法の一つ。

 その力は“痛みの伝導”。魔法を斬ることによって『魔法が受けた痛み』を術者にフィードバックする。

 あくまで“痛み”であって傷を負わせたりはできないが、鋭い痛みは相手の意思を逸らしたり、戦意を削ぐのに大いに役立つ。


 今回もその例に反すことはなかった。


「動きが止まってるわよ」


「っ、しまった!」


 痛みに気を取られている内に桜夏が距離を詰めてきた。もうすでに斬撃の間合いに入っている。


「――華刀『刃桜』」


 桜吹雪を纏う一刀がほとりを両断せんと放たれる。

 先程と同じように、杖を盾代わりにして逃れようとするが――


「づっ――ああああぁぁぁぁっ!?」


 全身に無数の斬撃を受け、受身も取れずに吹き飛ばされる。

 固いアスファルトの道路の上を何度も転がり、広場の終端のビルの壁にぶつかって止まった。


「今のに反応したのはたいした物だけど、魔法に対して無防備すぎたわね」


 華刀『刃桜』――吹き荒れる桜の花びら一枚一枚が斬撃一発であるという、本来は対多数に使われる魔法。

 刀の周囲に展開すれば、たとえ刀身を受け止めたとしても、今のほとりのような結果になる。


「おい、嬢ちゃん! しっかりしろ!」


 カラスが声を張り上げるが、ほとりはピクリとも動かない。

 桜夏はそれを遠目に見ながら小さく呟く。


「無理ね。あれを受けて即座に動き出せる訳がない」


 冷酷な宣告をすると、桜夏は止めを刺す為、ほとりに向けて歩き出し――




「総員、捕縛魔導具発動!」




 次の瞬間、その身に黄金に輝く鎖が幾重にも巻きついた。








 ――さて、そんな呪われた刀“妖四季”はその後も持ち主を次々に変え、不幸を振り撒いていきました。


 ある者はその刀で愛する者を切り刻み、またある者はその身に刃を受け死んでいく。


 そうして様々な場所を転々として、多くの命と魂を切り裂いて、それが最後に確認された家では――




「主様、かねてよりお探しの呪われた刀……ついに手に入りましたよ」


「ほほう、これが“妖四季”。見事な物だの。曰く、二千を超える人間を切り裂いたと言うが、血の跡も脂の汚れもない」


「贋物ってことはありませんよ。何しろ普通の刀と違って異常に鋭すぎる切れ味ですから」


「その一刀は天地の区別なく斬り捨てる……とは言うが、こればかりは実際に試してみないと分からんな」




「お祖父様?」


「おお、桜花。来ておったのか」


「また刀をお買いになられたのですか? お祖母様に叱られますよ」


「ふふっ、見つからないようにしておる。大丈夫じゃ」


「あら……でもお祖母様はお見通しかも知れませんよ。今しがたお祖父様を呼んで来るよう頼まれました」


「ぬう。本当に見つかったとも思えぬが……仕方ない。桜花、刀には触ってはいかぬよ」


「そのくらい分かってます。いってらっしゃいませ、お祖父様」




「ねえ、刀さん。あなたも大変ですね」


「…………」


「あ、話し掛けられても困るのは分かりますよ。あなたは話せませんもんね」


「…………」


「大丈夫。思ってくれれば、私はあなたの言いたいことは分かります」


「…………」


「ねえ、ずっと昔から色んなお家を行ったり来たりしてるんでしょう?」


「…………」


「きっと沢山の人と出会ってきましたよね」


「…………」


「その中で離れたくなかった人とかは、いました?」


「…………」


「そう。私はあなたと違って沢山生きてないけど、離れたくなかった人がいますよ」


「…………」


「違いますよ。でもとっても大事な人でした……いえ、今もそうです」


「…………」


「あ……あはは、はい、そうですね。普通ならそうなんですけど、私には時間がありませんから」


「…………」


「そう。“あの人”も、もう三年くらい一緒にいてくれれば良かったのにね……」


「…………」


「あっ! 名前といえば自己紹介していませんでしたね。私の名前は雪月 桜花。あなたの名前は?」


「…………」


「へえ、“妖四季”ですか。変わった名前ですね。……あ、そうだ」


「…………」


「ふふっ、もっと人間っぽい名前を考えてみました」


「…………」


「ええ。せっかく“四季”を冠していますし、それに今はウチの子でしょう? だから――“雪月 桜夏”なんてどうです?」


「…………」


「いえいえ、違いますよ。雪に月に桜に夏です。綺麗な名前じゃないですか」


「…………」


「“同じ”じゃなくて“お揃い”って言って下さい。その方が綺麗です」


「――…………」


「何を言い出すんですか? 無理ですよ。私は急な運動だってできないんですから」


「…………」


「そうですね……とりあえず多くの人と戦ってみてはどうでしょう? 一番手っ取り早いと思いますけど」


「…………」


「ああ、それじゃあ私がいなくなる前に私の魔力をあげましょう。そうすれば自分で動けるでしょう? その代わり、もし“あの人”に会えたら一言お願いしますね。約束ですよ」


「…………」


「ふふっ、そうです。私はちゃっかりしているのですよ」


「…………」


「あっ、そうでしたね。“あの人”の名前は――」




 その約束の一ヵ月後、雪月 桜花は死んでしまいました。病死です。

 彼女の死の直前、一振りの刀が雪月の屋敷から姿を消しました。

 呪われた刀“妖四季”の存在を知る者たちはこぞって『刀の呪いだ』と言いましたが、真相は明らかではありません。




 ――そして次の日から、連続殺人犯“切り捨て御免”は現れました。








「ふん。いきなり無粋なことしてくれるのね」


 周りを取り囲む、白い西洋鎧を身に付けた屈強な男たちに魔法の鎖で拘束されながらも、桜夏はまるで動じない。


「あ、あんたら……」


 カラスはその男たちを知っていた。


 魔法庁殲滅局第四騎士団。

 一人一人が数々の激戦を生き延びてきた歴戦の騎士たちであり、巨大な災害を生み出す竜や幻獣を狩り取るエキスパートたち。

 そんな騎士たちが二十人。五人が鎖で拘束し、残る者たちは突撃槍(ランス)を構え、その切っ先を桜夏に向けている。


 おそらく、予想以上に“切り捨て御免”が強力な存在であることを悟った魔法犯罪捜査一課が出動を要請したのだろう。

 対象の“殲滅”に関して、彼ら以上の集団はない。


 だが彼らは見た目は十代前半の少女である桜夏を見て、完全に相手を舐め切っていた。歴戦の戦士にあるまじき、慢心。

 そして数瞬後、彼らは相手が竜や幻獣より危険なモノであることを知る。


「大層な鎖だけど、たいした硬度はないわね」


 桜夏がそう呟いた直後、彼女を拘束していた鎖がバラバラに切り裂かれた。


 馬鹿な。騎士たちがまず思ったのはそれ。

 桜夏を拘束していたのは“捕縛”に特化した鎖の魔導具。巨大な竜や幻獣を捉えるのにも使われ、破壊することなど炎属性の上級魔法を長時間当て続けでもしない限り不可能と言われている。

 そんな、一本だけでも竜の動きを封じられる代物を五本同時に破壊、それも数秒も掛からずにだ。


「この程度のことで驚いて動きが止まるようじゃ――そんなに強くないわね、貴方たち」


 騎士たちの自尊心を見事なまでに傷付ける台詞を放って、桜夏は刀の切っ先を天に向ける。


「終わらせてあげるわ――貴方たちの、血と命と魂で」


 桜夏がそう宣言するのと、騎士たちが槍を携え突撃するのは同時だった。


「夏の空より降りしきる雨、流れる涙は泡沫の夢――」


 一番近くにいた騎士の槍を体を横に捻るだけで避け、二番目の槍を左足で蹴り、三番目の槍にそれをぶつけて狙いを逸らせる。そして四人目五人目が到達する前にそれは発動する。


「――雨刀『千刃時雨(ちはしぐれ)』」


 桜夏の握っていた刀がノイズに包まれ消えると同時、広場の上空に全く同じ形、質量の刀が切っ先を地に向け現れる。

 ただし、その数は一つではない。


「なっ――!?」


 それらを見上げたカラスは絶句し、騎士たちは息を呑む。上空に展開された刀――その数、千。

 その数だけでも圧巻なのに、一つ一つに致死レベルの魔力が込められている。


「さて、生き残れるのは何人かしら?」


 桜夏が凄絶な笑みを浮かべ、次の瞬間広場に降り注ぐ千本の刀の雨。

 誰を狙うとか、どうやって当てるとか、そういう事柄を全て無視した絨毯爆撃にも等しい無差別攻撃。

 研ぎ澄まされた刃と内包された莫大な魔力は強固な西洋鎧であろうとも易々貫き、騎士の命を軽々散らすことができるだろう。


 刃が――降る。


 アスファルトを貫き、地面に突き立つ。

 街灯を砕き、明かりを破壊する。

 西洋鎧を打ち抜き、騎士を殺戮する。


 突き立つ。破壊する。突き立つ。突き立つ。殺戮する。破壊する。突き立つ。突き立つ。突き立つ。突き立つ。殺戮する。突き立つ。破壊する。突き立つ。突き立つ。突き立つ。突き立つ。突き立つ。突き立つ。突き立つ。突き立つ。破壊する。殺戮する。突き立つ。突き立つ。突き立つ。突き立つ。破壊する。突き立つ。殺戮する。突き立つ。破壊する。殺戮する。突き立つ。突き立つ。突き立つ。突き立つ。破壊する。突き立つ。殺戮する。突き立つ。突き立つ。突き立つ。突き立つ。破壊する。殺戮する。突き立つ。突き立つ。突き立つ。突き立つ。突き立つ。破壊する。殺戮する。突き立つ。突き立つ。破壊する。突き立つ。殺戮する。突き立つ。殺戮する。突き立つ。破壊する。突き立つ。突き立つ。突き立つ。突き立つ。破壊する。突き立つ。突き立つ。突き立つ。突き立つ。殺戮する。突き立つ。殺戮する――!


 千の刃が全て地上に降りた時、生命を持った騎士は五名しか残らない。

 大地に突き立った刀に、三日月の冷たい輝きが映る。


 広場の端にいたカラスたちには当たらなかったとはいえ、目の前で起きた殺戮劇は彼に言葉を失わせた。


「あら、意外と残ったわね」


 二十人中たった五人の生存者。確率にすれば二割五分。それでも桜夏は多いと評する。

 圧倒的すぎる実力差を前に、残る騎士たちは呆然とするだけだった。


「それじゃあ、これで幕引きね」


 トン、と桜夏が動く。突き立っていた刀を引き抜き、接近した騎士に一撃。

 鎧は確かに刀を防ぐくらいの強度は持ち合わせているが、俊敏な動作を行う為に薄くなっている部分も存在する。

 桜夏はその場所を正確に見極め、斬撃を振るう。


 首が飛んで、鮮血が舞って、命が散って――


 桜夏は止まらない。

 その様を見ることなく次の騎士へ――首が飛んだ。その次へ――鮮血が舞った。また次へ――命が散った。


「……ホント、張り合いがないのね」


 そんな失望の声とも取れる言葉と共に、最後の騎士が、斬り捨てられた。








 最後の騎士が斃れ、九百九十九の刀が墓標の様に立ち並ぶ広場の中央で桜夏は独白する。


「多くの人と戦うのが一番手っ取り早いって言ってたわね、桜花……でも、いくらやっても終わる気配がないわ」


 その声に答える者はいない。桜夏が話し掛ける少女――雪月 桜花はこの世にいない。


「誰も彼も、私に比べて弱すぎる……雑魚なのよ」


 桜夏が話し掛けたい少女――雪月 桜花はこの世にいない。だけど――




「誰が……雑魚だって……?」




 その声に答える者は――いた。


「おい、嬢ちゃん……!」


「黙ってて」


 声を掛けたカラスを殴り飛ばして気絶させ、


「なに? アンタ以外は皆“雑魚”だって……?」


 斬撃の跡が残る、フリルがふんだんに付いた黒いドレスを身に纏い、


「“雑魚”……つまり大物じゃない小物のこと」


 切り傷が付いた、金属質の漆黒の魔杖を手に握り、


「魔法少女が……小物だって?」


 ツインテールにした黒い髪を風に揺らし、


「ふっ……ふふふっ、あーはっはっはっ――!」


 杖を支えにゆらりと、幽鬼の如く立ち上がる――彼女。


「甘い。甘いね。甘すぎる。あまりの甘さに麻痺してるよ」


 右手がクルクル杖を回す。その動作に意味はない。しかし、それは予備動作。


「――アンタに魔法少女を教えてやる。死ね“切り捨て御免”」


 ガコン。金属の部品が動く重い音。

 ガシャン。金属の部品が接続する音。

 音を鳴らすは彼女の杖。漆黒の魔杖、ベルゼルアルド。


「ベルゼルアルド、第二形態(セカンドフォーム)……“虹色の乱の魔女(ン・ルヴァルノ・ベルトウイッチ)”」


 それは、銃。

 全長一メートル二十センチ。巨大すぎる六連装リボルバー。

 色が黒いこと以外に面影など全くないが、それは確かに彼女の魔杖。

 もはや大砲のようなソレを、両腕で抱え込んで彼女は言う。


「あたしの名前は水無瀬川 ほとり。人呼んで、トリハピ魔法少女ほとりちゃん」


 “トリハピ魔法少女”――それは“トリガーハッピーな魔法少女”と揶揄される、彼女の蔑称。

 しかし彼女はあえてそれを名乗る。その名は破壊と殺戮の象徴だから。


 その左手が、引き金に掛かる。

 狙うものは自分以外の全て。コレもアレもソレも皆、彼女が滅ぼすべき“敵”とその傀儡。


「全力で行かせてもらうよ。そして“雑魚”扱いしたことを後悔させてやる」


 宣言する――敵を打ち倒す、と。

 宣言する――全て薙ぎ払う、と。

 宣言する――全部撃ち壊す、と。


 少女の銃が、咆哮した。




 とりがーはっぴー【trigger-happy】

 意味:やたらピストルを撃ちたがる。軽挙妄動。けんかっぱやい。ひどく好戦的な。




「行け行け行け行け行け行け行け行け行け――いっけえぇぇぇぇぇっ!」


 ほとりが吼える。一言発せられると同時に、両手で抱えた巨大な銃が銀の魔弾を発射する。

 それはさながら破壊の流星群。美しい見た目とは裏腹に、当たったモノを一切の容赦なく消し飛ばす暴威の驟雨。


 第四騎士団は確かに“殲滅”に特化した集団だったが、“殲滅”に関してトリハピ魔法少女を超える個人は存在しない。

 そして彼女は集団よりも強い個人だ。


 並みの魔獣なら即座に死滅する魔弾の雨。しかし桜夏はその連射を縫うように避け、そして避けるだけでは終わらない。


「――痛刀『禍月』」


 魔法を斬ることで“痛み”を術者にフィードバックする特殊魔法。

 誰だって突然“痛み”を感じれば集中力は散逸し、隙が生まれる。それが普通。


 だがほとりは、トリハピ魔法少女は“普通”じゃない。


「痛い痛いイタイイタイイタイイタイ――それがどぉしたあぁっ!」


「なっ!?」


 連射は止まらない。確実に“痛み”を感じているはずなのに、ほとりは全く揺るがない。


「はっ! 確かに痛いけど、それだけっ! 傷が付くわけじゃないなら無視すりゃいいのよっ!」


 それは事実だが、人間……いや動物である以上、“痛み”を感じれば集中力の途切れは少なからずあるはずなのだ。傷付かないからといって全く無視できるのは人間技ではない。


「なるほど……魔法少女、とんでもない存在ね」


 正直魔法少女が実行する芸当ではないのだが、桜夏はそんな物を知らない。

 魔法少女に関する間違った知識が蔓延していく。


「ならば……直接斬り捨てるのみ」


 桜夏が不敵に笑い刀を手放すと、それはノイズに飲まれ消失する。同時に地面に突き立っていた九百九十九の刀も消える。

 それはつい先程、第四騎士団を葬り去った魔法の予備動作。


「夏の空より降りしきる雨、流れる涙は泡沫の夢――雨刀『千刃時雨』!」


 広場上空に展開される千の刀たち。膨大な魔力をその刃に秘め、一瞬の後降り落ちる。


「ベルゼルアルド! 第三上級魔法弾(サード・ハイ・マジカルバレット)装填(セットアップ)!」


 それらが大地に降る前に、ほとりの抱えるリボルバーの弾倉が回転する。

 桜夏の魔法に負けないくらい、尋常でない魔力が込められる弾丸。

 それが撃ち出されるのは黒の銃口。それが狙うのは正面に見える桜夏……ではない。


「シューティングスター、ステラトランスウォラン、ホディアトレコーンアステル――」


 狙うのは殺意を纏いて降下する刀――全て。


「儚き輝き、最後の煌きを以って不浄の軍勢を滅ぼせ――『夜空を裂く幻想流星群(メテオリック・バラージ)』!」


 魔法名が告げられると共にリボルバーから放たれた魔法は散弾のように弾けた。

 散らばってもなお、それは魔力を失わず魔弾として再構成され刀を狙う。その数、一万。


 地から天に昇るという、まるで事象を逆転するかのような流星群。

 一万発の銀の魔弾が織り成す弾幕が、降りしきる千の刀たちと交錯する。


 ――衝突音、爆音、破砕音。


 弾幕を掻い潜り地に降り立った刀はほんの二十数本。そんな物に当たるほとりではない。軽々と回避し再び桜夏に向かって連射を開始する。


「雨刀を防ぐ……なら、こっちも出し惜しみはしないわ」


 再び始まった魔弾の驟雨を避けながら、桜夏は次の一手を打つ。


「春の風に舞う桜、漂う花弁は常の幻――桜刀『千片万華(せんぺんばんか)』」


 魔法が発動し、突き立っていた二十数本の刀が桜の花びらに変わる。一振りの刀につき千枚の花びら。

 広場を舞い、空間を埋め尽くし、ほとりを囲む桜吹雪。

 それは『刃桜』と同じ、一枚一枚が斬撃一発に相当する死の花片。


「本来なら千の刀が百万の花弁に変わるのだけど……これでも貴女を斬るには十分」


 片手をほとりに向け、そう告げる桜夏。その瞳には余裕が見て取れる。


第五下級魔法弾(フィフス・ロー・マジカルバレット)装填(セットアップ)!」


 ほとりはそんな言葉などまるで無視して、自分の魔法を構成する。

 選ばれたのは下級魔法。だがトリハピ魔法少女がこの土壇場で選ぶ以上、ただの魔法ではない。


「――終わりよ、魔法少女」


 前後左右、上空からも殺到する死を纏った桜吹雪。それを避ける経路など存在しない。存在しないはずなのに――


「――『罪人が開けた穴(エスケープ・ホール)』」


 瞬間、ほとりの姿が掻き消えた。


「えっ?」


 透明化の魔法などではない。

 逃げ場のない空間を桜吹雪は確かに蹂躙した。見えないだけなら必ず当たる。


 空間跳躍などの魔法ではない。

 転移系魔法は移動前と移動後に独特の魔力が残る。それを感知できない桜夏ではない。


「アンタは強い。確かに強いよ、だけど――」


 困惑する桜夏にくぐもったほとりの声が届く。その声の出所は――


「それは見通しのいい平地だから! 起伏ある場所なら高速移動もしにくいし、地形に配慮して領域殲滅系魔法を使うこともできない!」


 ――真下!


「――『禁絶の業炎槌(ヴァーミリオン・ストラグル)』ッ!」


 『罪人が開けた穴(エスケープ・ホール)』――対象者以外には見えない逃走用の穴を作り出す、どんな感知魔法にも反応しない逃走魔法として開発された犯罪者御用達の魔法。現在は専用の感知魔法が開発されたが未だに独力で反応を見つけることは不可能という、一般には知られない魔法だ。


 それを使い、回避と同時に桜夏の真下に移動。そこで炎属性の上級魔法を放出したのだ。

 圧縮された炎が広場の地下の狭い空洞を駆け巡り、爆発。広場自体を崩壊させる。


「っ!? 無茶苦茶な……!」


 一瞬の内に駅前広場は高低差が激しく足場の悪い荒地に変化。破裂した水道管から水が勢いよく飛び散る。


「これで移動力は前より落ちる! 覚悟しなさい、雪月 桜夏!」


 言うが早いか、ほとりは再び銀の魔弾を連射する。


「くっ!」


 しかしそれでも桜夏は持ち応える。先程のように全弾を避けることはできないが、回避しきれない魔弾は生み出した刀で斬り払う。


 泥沼化する地形と状況。

 確かに桜夏は不利になった。素早い移動ができない上に、『千刃時雨』や『千片万華』のような広範囲に高い威力を誇る魔法を容易に使うことができなくなった。

 しかし、ほとりが有利になった訳ではない。魔弾はいくら撃っても有効打にはならず、かといって強力な魔法を撃とうとしても黙って見てくれている相手ではない。

 ほとりが桜夏を倒すには決定的な隙が必要なのだ。


「確かに……物理的な隙はないね……」


 ほとりがそう呟いた刹那、桜夏が動き出す。


「冬の景色を彩る雪、踊る姿は夢見た永遠――幻刀『透雪(とおりゆき)』」


 三日月が照らす星の夜空に、雪が降る。雲はなく、ましてや今は冬ですらない。

 だけど降る。荒地となった広場に真っ白な雪がひらひら、ひらひらと。


「今度こそ――終わらせる!」


 トン、と桜夏が地面を蹴る。するとその姿が風に溶けた。


「透明化? いや……違うね」


 ほとりの右側に桜夏の姿が一瞬映り、次に正反対側の左にその姿を確認する。

 消えているだけではないようだ。高速移動ができるほどいい足場ではない、にもかかわらず高速に移動しているようにしか見えない動き。


「幻惑系、かな?」


 幻。相手がどこにいるか分からない。時折姿を見せることで、逆に何処にいるかを分かりにくくしている。


第四中級魔法弾(フォース・ミドル・マジカルバレット)装填(セットアップ)!」


 目で追っても分からない。周囲を駆け回る桜夏を無視して、ほとりは魔法を組み上げる。


「四季を廻りて(うた)われる幻想、永久(とわ)に終わらぬその夢想、一歳(いちとせ)終われど理想は果てへ――」


「――『世を囲む盾の群(オールラウンド・プロテクト)』!」


 姿を断続的に現しながら続けられる桜夏の詠唱。反響して声の位置を探ることはできない。

 対してほとりが行ったのは自分の周囲に展開する藍色の全周防御障壁。


 ほとりは桜夏が最初の攻撃と同じように背後から来るような気がしたが、念には念を入れた布陣だった。


「その程度で防ごうなんて甘すぎるわ!」


 雪が降り止み、姿を現す桜夏。障壁のすぐ傍で紫色に輝く刀を振りかぶる。

 その位置はほとりの予想に反し真正面だったが、問題はない。


 この時点で問題となるのは、あと一つ――この障壁がどこまで持つか。


「――紫刀『妖四季(あやしき)』ッ!」


 刀が振り抜かれ、紫色の剣光が残滓を残して障壁を斬る。

 切断。完膚なきまでに斬り裂く一刀。まさに全てを“斬る”為の刀の所業。

 一拍をおいて、藍色の障壁が完全に崩壊し宙に消える。


 ――障壁が完全に崩壊するまで、一拍あった。


「ベルゼルアルド、第二特級魔法弾(セカンド・ハイエスト・マジカルバレット)装填(セットアップ)


 斬撃の寸前で魔法を組み立てるのに、一拍は十分な間だった。


「ハアッ――!」


 しかし、魔法の発動よりも桜夏の斬撃の方が早い。いくら魔法を組み立てても、発動できなければ意味がない。

 迫り来る斬撃に、ほとりは――


「魔法少女を、なめるなああぁぁぁっ!」


 自分から桜夏に向かって突っ込んだ。


 相手は“魔法使い”、あらゆる意味での回避はあっても特攻してくるとは思わない。ほとりはそんな桜夏の精神的な隙を突く。

 案の定、桜夏はとっさに斬撃をずらすことができなかった。中途半端な位置で刀身がほとりに触れる。

 日本刀は通常の剣とは違い、“斬る”ことを主眼とする武器だ。いかに鋭い刃があっても、“斬る”為の引きがなければ威力は桁違いに激減する。

 今回、まさにそれが起こった。


「――イ」


 ほとりが魔法名を呟く。


「ノ」


 刀はほとりの肩に数センチ食い込んで止まっていた。


「セ」


 桜夏は即座に刀を振り上げようとするが、ほとりの右手がそれを掴んで離さない。


「ン」


 黒き魔銃は桜夏の体にピタリと当てられている。


「ト」


 刀を放して離脱しようとするが――もう遅い。


「――スタアアァァァァァァァッ!!!」


 圧倒的な魔力と壊滅的な威力を秘めた白色の魔力砲撃が放たれる!


 光が駆ける。風が叫ぶ。空間が、軋みを上げる。


 その光は夜空に輝く三日月よりも強く、街を駆け抜ける。

 崩壊した広場が吹き飛び、駅舎が根こそぎ破壊され、ビルの群れすら消滅させる。


 ゼロ距離にいた桜夏が避け切れるはずもなく、白い光にその姿を消した――。


 全てが光に飲み込まれ消え逝く様を見届けた後、ほとりは肩で息をする。


「……ふぅ。ああ、もう、疲れた」


 いつもなら終わった後もハイテンションのほとりだが、今回はそんな気力はない。

 いつにない強敵。『肉を斬らせて骨を断つ』という超古典的戦法を使わざるを得なかった。

 ぶっちゃけ二度と戦いたくない相手だった。……まあ、アレを受けた以上、二度と会わないだろうが。


「かーえろ、かーえろ。さっさと帰って寝てしまおー」


 妙なリズムに乗りながら、家に向かって歩き出すほとり。

 気絶させたカラスや、崩壊させた家々など、今はまったく考えなかった。


 


 


 


 三日月が西の空に向かう。

 倒壊した瓦礫の山から数キロ離れた森の中。彼女はいた。


「ホント、無茶苦茶ね……魔法少女とやらは」


 雪月 桜夏。


 魔力砲が放たれる刹那、大量の刀を自分と銃口の間に生成し防御したのだ。

 全力でやった為に傷はほとんどなく、精々着物の裾が綻んでいるくらいだ。

 もっとも魔力はカラッポだ。二、三日は魔法の行使は不可能だろう。それまでは右手に握った刀だけでなんとかしなければならない。


 もっとも辻斬り紛いを続ける必要はもうない。そもそも桜夏のやっていたアレは、“妖四季”を持つに値する人間を探す行為だ。

 とりあえず自分より強い人間であれば良かったのだが該当する人間がまるでいずに途方に暮れていたのだ。

 ひとまずあの魔法少女とやらが“妖四季”の所有者となる最有力候補となる。


 “妖四季”に掛けられた呪いとは実は至極単純、“不幸の増加”である。

 それも方向性が決まっている。簡単に言えば『戦乱に巻き込まれる』確率が増す、それだけ。

 それだけなのだが、歴代の所有者はその戦いに耐え切れなかったのだ。だから桜夏は“強い”人間を探したのだ。


 もっとも強いとはいえ、銃を乱射するトリハピ魔法少女が日本刀たる“妖四季”を持つとも思えないが……。


「色々めんどうね……」


 桜夏は思わず呟く。その背中に、




「何だ? 戦えないのか、“切り捨て御免”」




 唐突に声が掛かった。若い、男の声。


「……誰かしら?」


 視線を向けることすらせず、問い掛ける。桜夏には幾分予想は付いていた。


「こんにちは。魔法庁特処二課戦闘班班長、綾倉 幹生という」


 水無瀬川 ほとりの上司。

 まるで葬式のような黒い和服に、これまた黒いマントを身に纏った妙な服装。その手には日本刀。


 その言葉は桜夏の予想通りの解答と、予想だにしない返答を含んでいた。


「綾倉……幹生、ですって?」


「? そうだが?」


「……ふふっ」


 思わず笑みがこぼれる。可笑しい。可笑しすぎる。


「声を聞いても分からない、か」


 自分だって分からないのだから、当然と言えば当然か。桜夏はそう納得する。


「なにを……?」


 桜夏は幹生の問いに答えず、振り向く。

 ああ、記憶にある顔だ。


「――私をお忘れですか、幹生お兄様(・・・)?」


「なっ――!?」


 幹生が絶句する。


 あの約束の日の、彼女の言葉。


 『“あの人”の名前は――幹生と言います。今は雪月ではなく綾倉と名乗ってますが、三年前までは私の兄として傍にいてくれました』


 桜夏の今の姿は、彼女に魔力を与えてくれた桜花と同じ姿だ。さらに言えば彼女の記憶も受け継いでいる。


「まあ、冗談はこれくらいにして。はじめまして、雪月 桜夏よ」


「……それも冗談じゃないのか? 悪趣味な」


「失敬ね。貴方の妹が付けた綺麗な名前よ。桜花の葬式にも来なかった薄情者」


 桜花の記憶はあっても桜夏は彼女より辛辣である。

 それに桜花は彼女にとってたった一人の友人だ。会うことは可能なはずなのに会わなかった幹生に、腹が立って仕方ない。


「雪月を勘当された俺が、あいつの葬式に出られるとでも?」


「無理でしょうね。それでも桜花は来て欲しかっただろうけど」


 桜花の記憶を持つ桜夏には分かる。

 しかし幹生はそんなことは知ったことじゃない。


「ワガママ娘」


「……なんですって?」


「無理なものは無理。できないものはできない。それで薄情者扱いされる筋合いはない」


 いっそ清々しいまでの開き直り。幹生はさらに言葉を続ける。


「この三年、全く機会がなかった訳じゃあるまい。待つだけじゃなくて行くことも考えろ。分かったか、この少女趣味! ブラコン娘!」


 言葉の悪意のレベルが身内に対する感じだ。桜夏というより、妹である桜花に言っているようだ。

 が、桜夏にとっては自分に言われているも同然なので非常に腹立たしい。


「……貴方を殺して私も死ぬわ」


 幹生の暴言に首をギギギとブリキ細工のように動かし、刀を構える桜夏。

 対して幹生も刀を鞘から抜き放つ。


「やれるもんならやってみろ。その代わりお前が負けたら罰ゲームだ」


「ふざけないで。真剣勝負よ」


「こちとら警察に不審者扱いされて今の今まで足止め喰ってたんだ。憂さ晴らしさせてもらう」


 両者の距離は五メートル。長いようで短い距離。


「魔法は使えないけど、負けるつもりは一切ないわ」


「桜花から聞いてるか? それは俺も同じだよ」


 風が吹いて、木々がざわめく。西の空にある月が、薄雲に隠れた。


 ――――斬!


 両者が交錯する。太刀と太刀がすれ違い、薄雲から顔を出した月は一人の勝者の姿を映す。その勝者は――








 ――後日。




「また始末書。また始末書。また始末書。また始末書……」


「嬢ちゃん、諦めろ」


「また仕事が増える。また仕事が増える。また仕事が増える。また仕事が増える……」


「……諦めるんだ。全面的に嬢ちゃんのせいだから」


 灰色のデスクが六つ並ぶオフィスで、トリハピ魔法少女たるほとりは机に向かっていた。始末書二千枚を製作中なのである。


「そもそもさ、第四騎士団がちゃんと仕事できる人だったら、こんなことにはならなかったのにさ」


「だから、嬢ちゃんがあそこで死んだふりでもしてりゃ、ドンパチやらずにすんだんだぜ?」


「知らないわよ! 正論のバカヤロー!」


「ま、待て嬢ちゃん! それは八つ当たり……グハアッ!」


 カラスを殴り飛ばし、再び机に向かう。


 駅前広場の激戦により、周辺の街が凄い有様になった。当然のことながらほとりの仕業である。

 魔法庁の偉い人直々に説教しに現れ、始末書と反省文の作成と『三百件の仕事を穏便に終わらせる』という難行、および三ヶ月間の減給を言い渡して去っていった。


「こんな時に限って幹生さんはいないし……」


 ほとりの上司である綾倉 幹生は本日欠勤のようだった。いつもほとりより先に出勤し、残業も片付けてから帰宅するデスクワーカー、それがほとりの知ってる幹生のイメージだ。


「ううっ、いてくれれば始末書手伝ってもらったのに」


 始末書を書かせれば天下一品、それがほとりの知ってる幹生のイメージだ。


「だーれーかー、たーすーけーてー」


 気絶したカラスがいる以外無人のオフィスで、ほとりは一人始末書を書き続けた。








「燃え尽きたぜ……真っ白によぉ」


「灰になってるとこ悪いんだが、反省文もあるんだぜ?」


「うあー! アンタが書け! アンタが!」


「オレっちが書いてもしょうがないだろ……?」


 二千枚の始末書を片付けた先に待っていたのは、同じく二千枚の反省文。

 あまりの仕打ちにほとりの顔色は蒼白を通り越して土気色である。


「誰かああぁぁぁぁぁぁ!!!」


 ほとりが叫んだ、その時――




「おはよう。騒がしいぞ、苦情が来る」




 救世主が現れた。


「幹生さん幹生さん幹生さん! あたしの代わりに反省文書いてください!」


「自分で書け」


 一蹴された。


「何でですか! 始末書手伝ってくれたことあったじゃないですか!」


「始末書だったら手伝うけど、反省文はお前が反省する文を書かなきゃ意味がないだろう」


「何で始末書先に終わらせたの、あたしのバカー!」


 とうとう自分で自分を怒り始めた。だいぶ壊れている。


「今日はやけに遅かったナ?」


 ブツブツ呟きながら反省文を書いていくほとりを尻目に、カラスが幹生に話しかける。


「ん? ああ、少し面倒な手続きをしてきたからな」


「手続き?」


 カラスが聞き返すと、幹生は手をパンパンと叩いて、


「はい、全員注目」


 全員といっても幹生を除けば、ほとりとカラスしかいない。

 言われてほとりの濁りきった瞳がギョロリと幹生を捉える。結構ホラーだ。


「今日から我らが特処二課に新人さんが入ります」


「新人?」


「新人ですって!?」


 その言葉を聞いた途端、ほとりの瞳に活力が戻る。


「つ、つまりあたしにも遂に後輩ができるってことですね!」


「いや、ウチに後輩とか関係ないけど」


「うふふ、後輩魔法少女……どんな衣装を着せましょうかね」


 全く話を聞いていない。まあいいか、と幹生は視線を出入り口に向ける。


「はい、入って」


 ガラガラとドアが開いて、誰も出てこない。


「おい、さっさと入って来い」


「あの……ホントにやらせる気なの?」


 ほとりはその声をどこかで聞いた気がした。


「当然。有言実行。めんどくさい手続きもしてきたんだから諦めろ」


「……罰ゲームでそこまでするかしら、普通」


「いいからさっさと入って来い」


 渋々と言った感じで入ってきたのは、


「あ」


 切り揃えられた短めの黒い髪。一斤染の着物を着た、ほとりより少し年上に思える少女。


「はい、あいさつ」


「はじめまして。綾倉 桜夏と言います」


「…………」


「…………」


 ……………………。無言。


「や、やっぱり引かれてるじゃない」


「引かれなきゃ罰ゲームにならないじゃないか」


「あ、悪趣味……」


 黙ってしまったほとり達を前に、幹生と桜夏が会話する。


「な、なんで生きてるの!?」


 ほんの一日前に殺し合った相手を前に、ほとりが声を荒げる。

 確実に仕留めたと思っていただけに衝撃は大きい。


「なんで生きてるって……死んでないからに決まってるでしょう?」


「そんなのは分かっとらぁ!」


 どこかずれた桜夏の返答に、ほとりが咆哮する。なおも詰め寄ろうとするほとりだったが、


「はい、そういう訳で今日付けで俺の愚妹が特処二課の一員になります。頑張れ、先輩」


「こんな後輩いらないです!」


 幹生の言葉に反応し、そっちに噛み付いた。


 フリーになった桜夏にカラスが話しかける。


「なあ、あんたは人間じゃないよな?」


「そうよ。呪われた刀“妖四季”が魔力を得て変化した化生ね、八咫烏」


 カラスの問いに桜夏は淡々と答える。


「じゃ、何で綾倉さんの妹になってんだ? 桃園の誓いでも交わしたのか?」


「どこの三国志よ。違うわ、罰ゲームよ」


「罰ゲーム?」


 桜夏はゲンナリした顔で答える。


「内容は聞かないで。とにかく罰ゲームなのよ」


 その暗い表情を見て、カラスは何も言えなくなった。


 一方のほとりと幹生。先程までの言葉の応酬はなくなり、何やら密談を開始する。


「え? 百件に減らしてくれるんですか?」


穏便に(・・・)やることは変わらんぞ? そしてさらに条件追加だ」


「……何でしょうか?」


「何、簡単だ。桜夏よりも短期間に多くの仕事を片付ける、それだけだ」


 悪代官のようにニヤリと笑う幹生。


「ふっふっふっ、その程度……お任せください、幹生さん」


 その対面のほとりはさしずめ悪徳商人だ。


「桜夏! アンタには絶対負けない!」


 ビシィ、と人差し指を桜夏に突きつけ宣言するほとり。

 対する桜夏は幹生に忌々しげな視線を向ける。


「は、謀ったわね……!」


「さてはて、なんのことやら?」


 そんな視線をまるで無視する幹生。カラスは何事かと二人を見ている。


「くっ……こっちこそ貴女には負けられないわ。覚悟しなさい!」


 そう宣言し、桜夏もほとりを睨み付ける。

 そんな睨み合う両者を少し離れて見守る幹生とカラス。


「うん。これで仕事の能率アップ。業績アップで給料アップ。完璧だ」


「あ、あんた、そんなこと考えて……」


 とんでもないことを考えている我らが上司、綾倉 幹生。


「ちなみに桜夏はほとりに負けると、俺のことを“お兄様”と呼ばなければならなくなる」


 そして今明かされる凶悪な罰ゲーム。


「鬼だ……鬼がいるぜ……」


「カラスも参加するか?」


「断固拒否させてもらうぜ!」


 翼を交差させてバツ印を作るカラス。


 そして、睨み合っていた少女たちが吼えた。




「「絶対に! 負けないんだから――――!」」




 オフィスの中に少女たちの声が響き渡る。


 魔法庁特殊災害処理二課は今日も元気一杯だ。







トリハピ魔法少女シリーズ第二弾となりました。


はい。今回もプロットを作らないせいで、当初の設定とまるで違う作品になってたりします。


当初は幹生が“切り捨て御免”だったり、桜夏が刀鍛冶の娘だったり、桜花なんて存在しなかったり、ほとりが一回死んだ後生き返ってパワーアップとかいう少年漫画的展開があったり……。


結局ありませんでしたが。(むしろ最後のはなくて良かったかも)


こんなグダグダ物語を読んでくれた人が少しでも楽しんでくれたら、私は大層嬉しいです。


楽しめなかった人でも暇潰しになってくれれば、幸いです。


ともかく、この話を読んでくださってありがとう。

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