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隣国の王子


会場に入るとイライラした顔のサーリア様に早速見つかってしまい、私はサッとエディお兄様の陰に隠れた。

サーリア様はスノードロップ家の大元というか、出資者であるというか、親というか、まあそんな存在であるレイフマン家のご子息に連れられている。このレイフマン家、とてつもなくローズヒルズ家と仲が悪い。ローズヒルズ家の対極として存在するスノードロップ家は元々レイフマン家の分家にあたる。ローズヒルズ家は「ローズに選ばれると本家のローズヒルズ家に籍を移す」が、レイフマン家は逆に「スノーに選ばれると分家のスノードロップ家に籍を移す」方式を取る。サーリア様も元はレイフマン家のご令嬢だった。この方式は、ローズヒルズ家がファッションにしか力を入れる産業がない事が理由であり、対してレイフマン家が元はといえば炭鉱業を営む家系であることが理由だ。レイフマン家がファッションに力を入れるにはスノードロップ家という形の別事業を立ち上げる必要があったらしい。と、いうことでライバルにあたる…尤も、ライバルというにはうちのシェアが大きすぎるのだが、レイフマン家には長年の恨み辛みを勝手に募られ、何故か敵視され、おまけに本業の炭鉱業の交易を厳しい条件に設定されたため、こちらも鬱憤が溜まっているのだ。

エディお兄様はレイフマン家の2人を見て、一瞬だけ嫌な顔をして、すぐにいつもの笑顔に戻した。


「まあ、卑しい女が目についてしまったわ。お兄様、可愛いサーリアの目が腐り落ちてしまいます」

「可哀想なサーリア。こちらへおいで。お兄様が守ってあげよう」


あからさまに喧嘩を売られてエディお兄様と私は顔を見合わせた。わざわざ喧嘩を買ってやる必要はないが、ドレスを盗られたことに怒っていた私は扇を開いてサッと顔を隠した。


「嫌ですね、薄汚い盗人がこちらを見ています、お兄様」

「災難だったな、マリア。でもそれだけお前の選んだドレスは素晴らしかったのだよ」


サーリア様は顔を赤くしてこちらを睨みつけた。エディお兄様もドレスを盗られた件は今朝聞いたばかりらしいがかなり怒ったらしく、サーリア様を冷たい目で睨みつける。


「あんなドレス…!私が欲しいわけがないでしょう!貴方のせいで…!」

「きゃっ…!誰か助けてください!」


挑発に乗ったサーリア様が私に直接怒鳴り込む。私の脳裏には「小物」の2文字が過った。私はか弱い乙女を装ってエディお兄様の陰で小さくなって周りに叫ぶ。周りの貴族たちがまさに「ローズに嫉妬して嫌がらせをするスノー」の図の誕生に沸いた。サーリア様は周りに令嬢らしくない怒鳴り声を聞かれ、今度は顔を真っ青にした。


「なんでもございませんからこっちを見ないで頂戴」


周りの貴族たちにサーリア様は吠えた。貴族たちも不躾に見るのは品が無いと悟り、ちらちらとこちらを見るようになっただけで注目度は全く変わってないことを私は敢えて口にしなかった。


「私に黙ってサラセリア様にドレスを献上したわね…!この、恥知らずっ!」

「ひ、ひどいです…!私がそんなことをするわけありません!」

「ではどうして私のドレスを着ないと思うの!」

「それは私の台詞です」


きゃっと声を上げてエディお兄様に縋り付くと、サーリア様はさらに眉を吊り上げた。エディお兄様とレイフマン家の長男も一触即発状態になってしまったが、その瞬間に侍従の王女様達の入場を告げる声が響き、仕方なく左右に分かれて道を作る。


まず最初に、末女のサラセリア様がお気に入りと思われる木こりか疑うようなそれはそれは素晴らしい筋肉隆々の大男の騎士を連れて入場した。やっぱり私のドレスを着ていて、シャンデリアの光が輝く会場で美しく照り映えた。しかし、そのドレスとサラセリア様は完全にミスマッチで、スノードロップ家らしい嫌らしいほどに光り輝くアクセサリーと、肌を真っ白に見せる白粉があんまりにも似合ってなかった。サラセリア様の肌の色は標準よりも少し暗いため、健康的でナチュラルな化粧が似合うと思うのだが、サーリア様は深窓の令嬢の如く、雪のように白く塗りたくり、目の周りは真っ黒に囲い込んで、頬と唇は真っ赤に塗っている。そのせいか首と顔の色が露骨に違い、発色がなんとなくピエロを連想させる。おそらくサーリア様のドレスを着ればあんな化粧も様になるような世界観になったのだろうけれど、私のドレスだから何もかも中途半端でピエロになってしまったようだ。とはいえ、直前でもドレスにあった化粧やアクセサリーを揃えられなかったサーリア様の不手際であったのには間違いがない。雇い主の我儘に振り回されても応えられなきゃ意味がない。

続いてアリシア様が、恍惚の表情のレイモンド様にエスコートされて入場した。アリシア様は優雅に歩き、中身はともかく見た目は彫刻のように美しいすらりとしたレイモンド様とは一枚の絵のようによく似合うカップルになっている。

そしてその後に王様、王妃様が続いた。王妃様はアリシア様ともサラセリア様とも被らない深緑の、胸元が大胆に開いたドレスを見事に着こなしていた。威厳に満ちた王様は王妃様をエスコートし、玉座に揃って座する。


「皆の者、よくぞ集まってくれた。今宵は好きなだけ踊り、笑い、楽しむが良い」


陛下は鷹揚に両手を広げた。


「そして今宵から、ガーディン国の第3王子が滞在する。我らの仲間として迎え入れようではないか」


2人の王女様は陛下の言葉にそれぞれの顔色で出迎えた。サラセリア様は心から楽しそうに頷き、対するアリシア様は渋い顔で無精々々に頷く。

トランペットの音と共に扉が開かれ、ガーディン国の王子がゆっくりと入場する。王子は青いガーディン国の軍の礼装に身を包み、周りを見ながら微笑んでいた。王子は見事な金色の髪に、礼服と同じ真っ青な瞳の整った顔をしている。だが、軽薄そうな目が爛々と光っているのを感じた。

王子の入場で会場の令嬢は色めき立ち、王子もまたにこやかに品定めをしていく。誰もお気に召さなかったのか、ただにこやかに見回しただけで玉座の王様に片膝をついた。


「今宵からはお主も我らの仲間。ここを家と思い、学ぶが良い」

「ガーディン国を代表して、お礼を申し上げます」


王子のこの言葉を最後に楽団が音楽を奏で始め、王妃様の手を取った王様がまずフロアに出てステップを踏み始める。そして2人の姫様、ガーディン国の王子が公爵家の令嬢と踊り始める。その中に身分順に輪に入り、中盤でわたしとお兄様も入る。一曲終わると小休憩が挟まれ、その間にパートナーが交代される。私は勿論色んな人に申し込まれるので、順番を約束しつつ次のパートナーの腕をとる。アリシア様は次はアルフォンスお兄様と踊るらしい。アリシア様のドレスの出来に満足しつつ私はどうでも良い相手とのダンスをこなす。


パートナーを交代しつつ、フロアの端を見るとジョシュア様と見覚えのないしわくちゃのお爺さんが佇んでいた。きっとこのお爺さんが今の歴史の語り部だ。ジョシュア様と2人でフロアの隅々まで観察し、忙しくペンを走らせている。ジョシュア様がちょうど私をチラリと見て、そしてスッと目を逸らした。


「なんですかそれっ」


思わず声を出したのをダンス相手の男爵は勘違いしたのか突然顔を青くしてダンスの途中なのに慌てて走り出し、フロアで躓いてよろけながら外へ出て行った。取り残された私は呆然とその後ろ姿を見送る。


「上手いぞマリア。変態貴族を一蹴するなんて流石はローズだ」

「まあ。私ったら」


後ろで踊っていたエディお兄様が声を掛けてきた。無意識だったがかなりのファインプレーだったようだ。粗方、このままどこかに連れ込もうと誘っていたのを私が怒った、と思ったのだろう。話すら聞いてなかったのだけど。

ダンスの相手が繰り上がり、新たに相手になった男と踊る。ローズを嫁に欲しいのが見え見えの口説き文句を聞き流し、リードが下手なこの男とは曲の途中でダンスを辞めた。私はダンスの相手には手厳しく、気に入らないとすぐに相手を辞める。尤もこれは私の意思というよりはローズヒルズ家が、ローズの価値を高めるためにわざとそうさせている。誰でも簡単にローズと近付けると思うな、という意思表示である。2曲で3人はダンスを途中で辞めたため、後に続こうという男は少なく、どこか怖気付いたような男たちが私を遠巻きに見はじめる。アルフォンスお兄様が寄ってきて、私にダンスを申し込んだ。勿論断ることなく、手を取って応じる。


「ジョシュア様に目を逸らされてしまいます。どうしてでしょうか」

「彼は忙しいですからね。後で話しかけるといいですよ」

「どうして後でなのですか?」

「マリアだって、アリシア様がいる前ではアリシア様の許可なく退席したりはできないでしょう?ジョシュアにとって、今の語り部様はそういうお方なんですよ」

「ただのお爺様なのに?」

「ジョシュアはまだ未熟者ですから。あのお爺さんはジョシュアの後見人で、そして師匠なのです」


少し納得して、音楽に合わせて身体を揺らす。アルフォンスお兄様はダンスが上手だ。忙しいのに、いつ練習しているのか全く分からないがとにかく器用になんでもこなす。お兄様とのダンスが終わると、レイモンド様が嫌々私の元へやってきた。ダンスを申し込むつもりのようだが、顔が「嫌だ」と告げていて当然こちらの気分も乗らない。不満たらたらのレイモンド様からツンと顔を逸らす。


「私、簡単にダンスできる相手じゃありませんのよ?」


意地悪に告げるとレイモンド様は益々嫌な顔をして、無理やり私の手を取った。アリシア様にいい加減他の人と踊れと言われたんだろなあ…と、レイモンド様の内心を思いやって仕方なく応じる。


「下手でしたらすぐに突き放しますから、そのおつもりで」


レイモンド様は渋い色を浮かべた。アリシア様と踊っているときは難なく踊れているように見えたが、どうやら自信がないようだ。

曲が始まり、レイモンド様が動き出す。とその瞬間にいきなり私の華奢な足が踏みつけられた。悲鳴を押し殺してレイモンド様を睨む。レイモンド様は眉を顰めただけで無視を決め込んだ。

…ド下手だ。

言いたくないが、レイモンド様はダンスがド下手だ。アリシア様がそれを補って、アリシア様のリードで踊れていたらしい。つまり私にもアリシア様のように、レイモンド様に足を踏まれないように、ステップを誘導してやる必要があるらしい…!


「レイモンド様?よろしければ、いまから3曲ほど休みなしで踊りましょう」

「何故?俺はお前とは然程踊りたくないのだが」

「私だって踊りたくありませんが、貴方のダンスにアリシア様が満足できるとは全く思えません。今までアリシア様かリゼリア様と踊っておられたのでしょうけれど、お二人とも身内にお優しいからあなたに正直な感想を言えなかったのだと思います」

「つまり、何が言いたい」


下手だって言っただろ!この馬鹿!鳥頭!と罵りたいところを抑えて、私は呼吸を整えてレイモンド様ににっこり微笑んだ。


「レイモンド様、あなたはダンスがとっても下手でいらっしゃいます。よろしければ私が今この場を乗り切れる程度に鍛えます」

「その必要はない」

「そんなことを仰らないで。貴方は先ほど私の足を踏みました。アリシア様にリードされるなんて、男として恥ずかしいとお思いになりません?」


レイモンド様は考え込んだ。何を考え込む必要があるのだろうか。私は疑問しか浮かばなかったけれど、レイモンド様のことだからアリシア様と過ごす時間が、とかそんなことを考えているのだろう。正真正銘の馬鹿だから。


「お前がそこまで俺と踊りたいなら仕方あるまい」


あ、そう変換するのね。私は呆れたがもう何も言うまいと決めて微笑んだ。表情筋が攣りそうだった。


「右、前、後ろ…ちゃんとステップを覚えていないのですね?とにかく今覚えきってください。女性がターンしたら受け止めるのです。貴方、アリシア様は喜んで受け止めても私だと躊躇なさってるでしょう。ダメですよ、紳士らしくなさってください」

「俺の全てはアリシア様のもの。アリシア様に身も心を差し出している身で、他の女など…」

「馬鹿も休み休みでお願いしますね」


何故私がアリシア様への愛を囁かれねばならんのだ。ただその情熱だけは嫌という程分かったので耳に入った情熱がそのまま私の顔を耳まで火照らせる。

その状態で至近距離でレイモンド様を見上げると、苦悩に満ちた彫刻の如き美しさがそのまま脳天を突き刺すように見えた。これは私がレイモンド様という人をまともに知らなかったら惚れていてもおかしくないくらいの破壊力だった。更に顔が赤くなり、レイモンド様も憂いに満ちたため息を吐き出す。


「何故か俺はダンスをした令嬢に必ずと言っていいほどそういう反応をされる」

「タチの悪いお方…っ」


無自覚ダメ絶対。この男はいろんな意味で不器用ながら、その不器用さを覆すような素晴らしい美貌と、そして忠誠心であり一途な恋心を持つその憂いの表情が乙女を惹きつけるに違いない…!そして、王女に恋い焦がれる彼の姿に乙女達は生まれたばかりの恋心をそっと胸の宝石箱の中に大切にしまい込むのだ…!だからこんな美貌を持っていても縁談の話がないんだわ…!乙女の好きそうな話てんこ盛りのレイモンド様、すごい!


「どうした?ぼーっとして」

「なんでもありません」


いや待て、だからこそレイモンド様は一生結婚できないに決まってる。アリシア様に操を立て、他の女になど手も足も出せまい。そして他の女からはアリシア様にいつまでも恋い焦がれることでチャンスがないと思われ、相手にされない。可哀想なレイモンド様。私は打って変わって同情の眼差しを向けた。


「はい、2人ともそこまで」


曲が終わり、私とレイモンド様がもう一度踊ろうとしていたところで思わぬ声が割り込んだ。


「なんだ、ジョシュア」


レイモンド様は心底不思議そうに声の主に声をかけた。さっき目をそらされて傷付いた私はツンと顔をそらす。目の端でジョシュア様がレイモンド様の手を私から払いのけたところが見えた。


「レイモンド、続けてローズを独占するんじゃねえ。後がつかえる」

「俺も好きでこうしてるわけじゃない」

「いいからとっととリゼリアのとこにでも行けっての」


なんで喧嘩腰なの…と私は頭を抱えた。レイモンド様は別に私と踊りたいわけじゃないので、素直にリゼリア様の方へ向かっていった。私はダンスの相手を追いやられ、首を傾げる。


「別に後がつかえているわけではありませんが…」

「俺が踊るの。わかった?」

「ジョシュア様と私が?」

「そ」


ジョシュア様はにっこり笑って、腰を折り曲げて私に手を差し伸べた。


「ダンスの相手をしていただけますか?」

「…喜んで」


私は先ほどの無視くらいは許してあげることにした。ジョシュア様とは話したいし、私が拗ねているようでは呆れられるばかりだ。それになにより、レイモンド様を押しのけてまで私と踊りたかったということが嬉しかったのだ。


「勘違いするなよ。俺がお前と踊るのは都合が良いからだからな」

「どういうことですか?」

「見ろよ。アリシアが王子と踊り始めるんだ」

「近付くために?」

「そういうこと」


なるほど。期待した分、そして喜んだ分だけ落ち込んだ。深いため息を吐き出して、レイモンド様の誘導でアリシア様達の近くへ寄っていく。

アリシア様と王子は和やかそうに会話しながら踊っていた。会話は殆ど聞こえないが、ジョシュア様にはある程度聞こえているようで、上手にダンスをこなしながら集中を切らさずに会話を聞いていた。ジョシュア様は時折渋い顔をしながら、一曲が終わるまでダンスを続けた。

曲が終わるとアリシア様は貼り付けた笑顔をキープしたまま王子からさっさと離れ、ダンスを辞めて休憩していたリゼリア様とアルフォンスお兄様、レイモンド様の元へ急行した。変わって王子の方は、周りを見回した時に私と目が合ってしまい、此方へ歩を進めた。


「チャンスだ。あいつとの会話を覚えておいてくれ、頼むぜマリア。いい子にできたらデートしてやるよ」

「そのお約束、お忘れにならないでくださいね」


ジョシュア様は私の背中をとんと押して、颯爽とアリシア様達の元へ去っていった。王子は私の目の前で止まり、そしてこう囁いた。


「美しい青薔薇の姫、私とダンスを」

「喜んでお受けいたします、青い王子様」


手を取って、自然と腰を抱かれる。手練れだ。かなり場数を踏んでいると見た。かなりの数の女を口説いてきたらしい。

ダンスが始まると、女子ならみんなが見惚れてしまうような美しい瞳を惜しみなく私に注いだ。


「青薔薇の姫、あなたのお名前をお聞きしても?」

「殿方から名乗るのが礼儀ですのよ」

「これは手厳しい。私はデズモンド・ドーセット・ガーディンです」

「私はマリア・ローズヒルズです。以後お見知り置きを」

「では貴方がアリシア様のドレスを用意なさったのですね。素晴らしセンスです。彼女の良さを最高に引き出していて、可憐です。が、やはり彼女より貴女のほうが自分の魅せ方を良くご存知のようだ…」


王子は私の背中を嫌らしく撫でた。ぞわっと寒気がしたがそれを押し殺してにっこり微笑んだ。


「此方へは留学に来たと…どのようなことを勉強されるのですか?」

「法学と経済学を。そして、王になるべく参った次第です」

「王に?」

「ええ、この国の」


私は驚きすぎて一瞬足が止まったが、王子は強引とも言えるリードで私を引っ張った。王子は笑顔を崩さず、爛々と光る目で私を見下ろした。


「あの愚かな王女のどちらかと結婚するのです。私はそのために来たのだから」

「どちらか、というと、まだ決まってはいませんのね」

「彼女たち次第です。王妃になりたいほうが僕にアピールをする。なれなければ、未来がありませんからね…ははっ」


軽薄に笑い、王子は楽しそうに私を腕の中へ閉じ込めた。王子が言うことはかなり残酷な選択だ。サラセリア様にせよアリシア様にせよ、お互いに対する恨み辛み、負の感情は積もり積もっている。どちらかが王座についた瞬間に一方の未来は無くなる。アリシア様が女王になればサラセリア様は間違いなく失脚し、殺されはしないかもしれないが今の暮らしを維持することはできない。絶対に。反対にサラセリア様が女王になれば…アリシア様だけでなく、関係の深いリゼリア様やレイモンド様、アルフォンスお兄様もただでは済まない。最悪私も。ゾッとする。アリシア様はそれを見越してあんなに渋い顔をしていたのだ。

お見合いなんてものではない。これは一つの王位争奪戦なのだ。王は、王になるための資格としてあの軽薄な王子を用意した。ただそれだけのことだ。


「どうです?私の愛人になりませんか。貴方のように国で一番の美女で、お洒落でセンスの良い方が私は好きなのです」

「私はこの身をローズに捧げておりますの。まだそういうことは考えておりません」

「時間をかけて口説くことにしましょう。お美しい方」


私の指先に口付けて、王子は私を腕から解放した。王子が私には見向きもせずに新しい女性を私と同じ手法で口説きにかかったのを見届けて、私は足早にアリシア様達の所へ向かった。


「少し私の部屋へ下がろうか」


私の言わんとすることを察したアリシア様の言葉に誰も文句を言わず、会場を後にしてアリシア様の部屋へ場所を移した。ジョシュア様も仕事はどうしたのか嬉々として私たちについて部屋に下がった。


「アリシア様、あんな奴と結婚なされるおつもりですか」


私の剣幕に押されたのか、アリシア様はソファに腰を下ろしてから居心地が悪そうに座り直した。レイモンド様はそれを聞いて突然激昂した。


「あの薄ら笑い野郎とアリシア様が!そんなことがあってたまるか!アリシア様…!」

「あーあーうるさい」


レイモンド様の悲痛な声にアリシア様は疲れたように手を振って黙らせた。


「普通、女王の婿となるならば、謙虚にしているものでしょうに。なのにどうしてあの人は」

「彼の尊大な…傲慢な態度は分かっていた」

「でも!」

「確かに王は私とサラセリア、どちらを王にするかずうっと迷っていた。どちらを王にしても不安も不満も残り、国を滅ぼすから。だけど理由はそれじゃない。王はそんなことを悩む必要がなくなったことに今更気付いた」


ん?話が読めない。私は首を傾げてアリシア様の言葉を待つ。


「王は国を破綻させたのだ」

「えっ」


アリシア様は辛そうに表情を歪めた。


「あの男は…サラセリアの母に入れ込み、あの女が言う通りになんでも買い与え、そして、城の人間を次々に入れ替えた。あの女の身内ばかりに」

「つまり、実権は王妃の実家にあると…」

「ああそうだ。だけどそれだけではない。サラセリアの母の実家に権力を与えすぎ、バランスを欠いた。国庫を圧迫するばかりの政策、その結果が国民の重税、悪政をひく貴族の跋扈、優秀な人材の亡命…あげつらねるとキリがないほど、国としては疲弊したのだ」

「アリシア様はそれを良しとしないために女王に…」

「もちろん、そのつもりだ。だがらもう王を庇い立てするのはやめた。心底愛想が尽きた。愛した女の娘が可愛いのはわかる。わかるけれど、国を統べるものとしては大きな間違いしか犯していない」

「え、ええ…」

「王は逃げるおつもりなのだ。デズモンド王子を王とし、サラセリアか私を王妃にし、責任を逃れるために。だがそんなことができるわけがない。王はもはや逃げることしか頭にない」


アリシア様は罵り終わるとスッキリしたように黙り込んだ。


「王の言う通りに彼と結婚するなど、もってのほか、ということですね」

「ああそうだ。だから他の方法を使う」

「王位は目指すのですね!」

「当たり前だ。命がかかっているのだから。私のだけではなく…たくさんの」


何かを堪えるように下を向き、王女は寂しげに肩を落とした。


「とにかく、そういうわけだから何を言われたとしてもあの王子に手篭めにだけはされてくれるなよ」


私とリゼリア様は口を揃えてそうはなりませんと告げた。うん、絶対にない。


「私にまで愛人になれと言うような男と結婚なんてしてほしくありません」

「は?あの男に?」


ジョシュア様が不機嫌そうに私に言った。…いやいや、そう仕向けたのはあなたの方でしょうに。


「ええ、そうです。お断りしましたけれどね」

「接近禁止!ダメですよマリア。あんな下半身だけで生きてるような男。お兄様は認めません」

「私も嫌です」


あの時撫でられた背中がぞわっとした。


「で、ジョシュア様は私がいい子にデズモンド王子と踊ればデートしてくださるって話でしたね。いつにしましょう?」

「俺忙しいからパス」

「ジョシュア様…」


平気で約束破ったことに私は落胆して、肩を落とした。予測していて範囲ではある。ジョシュア様が大人しくデートしてくれるわけがない。


「マリアは顔が良ければ誰にでも見惚れるような女だからな」


ジョシュア様は軽蔑するように言った。目の前が真っ暗になるほど衝撃を受けた私はジョシュア様を思わず見つめる。ジョシュア様はその反応に、拗ねたような目をして居心地が悪そうにした。


「それは私が…移り気だと言いたいのですね」

「そうだろ?レイモンド相手に顔を赤くしたり、デズモンド相手に嬉しそうに笑顔振りまいて!」

「誤解も良い所です!」


レイモンド様に赤面?しました、けれど!それはレイモンド様のアリシア様への愛に対して、の赤面だし、デズモンド王子相手に嬉しそうになんて、絶対にしてない!


「大体レイモンドとは2曲も踊っただろ!お前はダンスが下手な奴とは1曲の半分で切り上げるような女なのに、下手くそでもレイモンドは顔が良いから別なのか?」

「見ず知らずの殿方と知り合いのレイモンド様は違います!当然でしょう!」

「下手だなんて正面切って悪口言わなくても良いだろう…」


目の端でレイモンド様が傷付いている。アリシア様によしよしと宥められてご満悦のレイモンド様に先ほど感じた「一途で素敵なレイモンド様」像は脆くも崩れた。やっぱり変態だ。


「それにデズモンドには背中触られても、抱きしめられても笑ってた。あいつもレイモンドも見た目だけは良いからな!」

「見た目だけで決めるなんてことはありません!」

「俺だって一目惚れなんだろ!」


ぐっ、と口が止まるとジョシュア様は勝ち誇ったように私を見下した。


「お前はそういう女なんだ」

「…酷いです、ジョシュア様。貴方だって…!貴方だって、人の上っ面しか見ていません!貴方の婚約者が今誰に恋をしているか、どうせ知らないんでしょう!」

「婚約者…!やっぱり後をつけてたな…!エミリアに何かしたのか!」

「そんな時間があるわけないでしょう!」


怒鳴りあいの応酬になり、私とジョシュア様が睨みあうのを見かねたアリシア様が面倒臭そうに手を振った。


「痴話喧嘩なら外でやれ」

「ほんと、うるさいわよ。ジョシュアもよくそこまでマリアを見てたわね。仕事してたの?」

「ていうか婚約者エミリアっていうんですね。僕知らなかったなあ」


ジョシュア様は3人の追及に顔を青くして一歩退く。


「お、お前ら一体何を…」

「いや全部自分で言ったことですし。マリアがエミリアさんを知ってるならそこから話を聞こうかな」

「私も知りたいわ!」

「もちろん私も」


ええ勿論全部包み隠さずお答えしてやりますとも。

私はジョシュア様を睨みつけ、ツンと顔を逸らす。


「今日はもう失礼させていただきますわ。明日参ります。ジョシュア様のいない時に!」

「お、おい…!」


ジョシュア様が呼び止めるがそれを無視して私はアリシア様の部屋を出た。アリシア様は和やかに手を振った。ジョシュア様も追いかける気はないのか、度々後ろを向いても影も形もなかった。追いかけてくれれば良いのに。


会場に寄って兄と合流すると、それからしばらくは会場にいたが、頃合いを見て早々に屋敷に帰る。ドレスを脱ぎ捨て、汗を洗い流し、ほっと一息付くと突然悲しくなった。ジョシュア様から見た私がいかに移り気の尻軽であるかをぶつけられ、怒りを覚えていたが今ではそれが悲しい。

どうして上手くいかないのだろう。



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