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式典の前哨戦



さて、私は王都へものすごく久しぶりにやってきた。秋の式典の正式な招待状が届き、私も自分の用意を済ませた。自分のドレスはエマが縫ってくれたので選ばずに済んだ。アリシア様のドレスでくたびれていたので今回ばかりは自分で選ぶのを放棄したのだ。


ところで式典での私のエスコート役は今までと同じくエディお兄様だ。本来なら婚約者であるレオナルドがするのが筋なのだが、私と完全に不仲になったレオナルドが自分はドロレス男爵夫人を伴うと連絡を寄越したのだ。既婚者を連れてってどうするんだろう…わたしは心底不思議だったし「馬鹿だなあ」とは思ったが、レオナルドなんかに連れられる自分を見られたくない私にとっては有難いことだ。だが、厚かましくも王都にいる間は私の屋敷に滞在すると通告してきた。ラインラルド家は貧乏だから王都に屋敷を構えられないのだ。あったとしても維持するための人員を確保できないだろう。屋敷というものは買うよりも維持するほうがよっぽど難しい。

馬鹿2人にまたしてもドレスを破られたら今度は手の施しようがないので、私はアリシア様のドレスをジョシュア様を介してこっそりリゼリア様に渡した。謹慎がとけないレイモンド様とはどう頑張っても接触できなかった。どういうわけか、同じように謹慎状態のアルフォンスお兄様とは手紙のやり取りができる。体調なども問題なさそうだっな。ジョシュア様は呼び出すと簡単に来てくれたので、兄の宰相に匿われているリゼリア様とはアルフォンスお兄様と同様に手紙を介して接触ができた。リゼリア様は元気らしい。なんとかやっている、と言っていた。


1週間が過ぎると、秋が深まってより涼しくなった。寒がりの私には苦手な季節になりつつある。レオナルドと夫人がもう私の屋敷へやってきて2人でよろしくやっていた。私は完全に無視することに決めた。侍女にも余計な接待は無用と言い含めてあるので、誰も世話をしにいかなかった。その対応にはレオナルドは文句たらたらだったし男爵夫人もそんな私を教育しようと昼夜問わず押しかけてきたが、その度に「レオナルド様とうちの侍女は深い仲らしいですね」と意味深に笑えば逃げ帰った。エディお兄様、怖がらせすぎです。



秋の式典当日になると私は朝早くに城に入った。アリシア様の部屋に行くとニヤニヤ顔の兵隊たちが部屋の前でカードゲームをしていた。こんな馬鹿なことがあるだろうか。私は「なるほど、アリシア様は舐められている」と感じた。


「おいおいお嬢ちゃん、この部屋は立ち入り禁止だぜ」


兵隊の1人がヘラヘラ笑ったまま、酒瓶を片手に私を止める。私は兵隊を上から睨みつけ、足でカードを踏みつけた。兵隊たちはゲラゲラ笑って手を叩く。箸が転んでも面白いティーンか、お前たちは。


「アリシア様の謹慎は昨日まででしょう。今日は式典の日ですよ」

「反省が足りないからなァ?お妃さまが反省が済むまでと仰ったからな」


下衆の笑い声に私は顔を歪ませる。妃殿下は着替える時間すら与えないつもりなのだ。これには困った。きちんと着飾らせないとドレスが生きない。アリシア様も、そんな半端ない格好では式典に出られないだろう…もちろん、それこそが妃殿下の目論見には間違いない。


「マリア、お入りなさい」

「アリシア様?!」

「おい!勝手に動くな!中のやつは一体何を…!」


アリシア様が部屋の扉を自分で開けた。兵隊がアリシア様に向かって槍を向ける。アリシア様は落ち着ききって、痩せてくたびれた顔で私に笑って見せた。中からバキッという小気味の良い音が聞こえ、アリシア様が開いた扉が更に開く。中から剣が飛び出し、兵隊がアリシア様に向けていた槍がいとも簡単に吹き飛ばされた。


「王女様に向かって刃を向けるとは、反逆罪ということで良いのですかね」


中からアルフォンスお兄様が剣を構え、兵隊の首筋に当てた。兵隊は顔面を蒼白のして、両手を上げて降参のポーズをとった。残りの兵隊もすぐさま後ろずさる。部屋の中に伸びている兵隊が3人も見えたからだろう。バルコニーに続く大きな窓が開いている。アルフォンスお兄様はここから侵入して兵隊を一息に倒してしまったらしい。やっぱり実力あるんですね…


「お前こそ、反逆罪だぞ…!妃殿下の命令に背いて…!」


息も絶え絶えに兵隊がアルフォンスお兄様に反論する。アルフォンスお兄様は不愉快そうに嘲笑った。


「僕もアリシア様も、謹慎は昨日で解けている。不当に監禁したのは妃殿下の方でしょう。仕えるべき王女に刃を向けた罪は重いですよ」

「ヒィっ…!」

「アルフォンス、それまでだ。殺せば外野がうるさくなる。摘み出せ」

「仰せのままに」


アリシア様の命令に、アルフォンスお兄様は即座に剣を収めた。そして部屋で伸びている兵隊を引きずり、廊下に投げ捨てる。兵隊達はアルフォンスお兄様に立ち向かうことができず、伸びた兵隊を引きずって帰っていく。


私はアリシア様の部屋に入った。部屋は埃っぽく、男の汗のすっぱい臭いがした。アリシア様は窓を全開にして、ソファに寝転んだ。


「食事がしたい。それから少し眠りたい。時間はあるか」


アリシア様は自然な、生理的な欲求を述べた。アルフォンスお兄様は鞄からサンドイッチを取り出し、アリシア様に手ずから食べさせた。疲れ切っているのか、アリシア様はされるがままに咀嚼しては休憩をして、飲み込んではため息をついた。


「ベッドを使わないのですか?」

「馬鹿が寝た後が使えるか」


アリシア様は嫌悪の目をベッドに向けた。ベッドに近寄ると強烈な臭いがする。男たちはこのベッドで相当遊んだらしい。


「脳まで筋肉でできているらしい、そのベッドでずっと飛び跳ねて遊んで、腹筋して腕立て伏せして、最後にはくたびれて眠っていた。娼婦も呼んでいたな…妃殿下から何を言われたのか、私を抱けば性病になるとか言って指一本触れなかったのは幸いだったが」

「うわっ…」

「だからか…訓練場のマットみたいな臭いがしますね。捨てておきます。よっこいしょ」


アルフォンスお兄様がマットを持ち上げて廊下に捨てた。幾分快適になったのかアリシア様は機嫌が良くなった。アルフォンスお兄様はアリシア様に水を飲ませて、ソファに横たえる。アリシア様は瞼を閉じた。


「少し眠る。後で起こしてくれ。しばらく水を浴びていないから身体が気持ち悪い」

「ええ、お休みください。昼前に起こしますから」


アリシア様はすぐに寝息を立てはじめた。本当に疲れていたようだ。


「いやー、みんな散々な目に遭いましたね…アリシア様が一番大変だったでしょう」

「アルフォンスお兄様は大丈夫なのですか?」

「僕はただの騎士じゃありませんからね、謹慎だからって休めませんし」


仕事があるのか…そういえばアルフォンスお兄様とセットのレイモンド様が見当たらない。


「レイモンドにはリゼリアを迎えに行ってもらいました。リゼリア1人では無事にここまで辿り着ける保証がありませんから」

「この城、今どんなサバイバル状態なんですか…」

「さっき見たとおり、あんな脳筋兵士がうろついてるような所に早変わりです」


アルフォンスお兄様が心底鬱陶しそうに舌打ちした。


「それよりマリア、ラインラルド家の息子と結婚するって…!」

「アリシア様が女王になったら取りやめですよ」

「なら大丈夫ですね」


よしよしとアルフォンスお兄様が私の頭を撫でた。あんまりにも危機感がないので私が代わりに心配になる。アリシア様にはどんな勝算があるのか、私には何一つとして分からない。

アルフォンスお兄様がアリシア様の侍女を呼んでくれて、部屋をきれいに掃除してくれた。侍女たちは追い出されてから気が気じゃなかったようだ。部屋に閉じ込められて、複数の血気盛んな男たちに監視されていると聞けばいろんな心配が出る。最悪の場合…と顔を真っ青にする侍女にアルフォンスお兄様は「護身術の心得と口のうまいアリシア様に限ってそれだけはない」と言い切って宥めた。妃殿下の余計な言葉のおかげでまず平気だったようだが、こんなことは広めてもらうと困るのでわざと言わなかった。


「アルフォンス、レイモンド様が戻ったらこっちを手伝ってくれる?」


すごく久しぶりに見たジェシカは、いつも通りのお仕着せに金髪を左右に結った姿でアルフォンスお兄様の肩を無遠慮に叩く。愛くるしい顔は真剣そのものだった。アルフォンスお兄様は柔和に微笑んでジェシカに了承のサインを出す。


「わかりました。レイモンドはまだなんですか?」

「もう着くと思う。…マリア様、ご無事で何よりです」


ジェシカが私にようやく気付いてくれた。


「貴女も何かされたのですか?」

「私は侍女ですので仕事場が変わっただけで済みました」


他の子も…、だけれど、アリシア様の手の者として貴人の世話をする侍女の仕事ではなくより厳しい下女の仕事をさせられていたらしい。これには不満タラタラのアリシア様の侍女チームは、仇とばかりにアリシア様の部屋をぴかぴかに磨いた。バスルームがものすごく汚かったらしく、罵詈雑言が中から聞こえた。アリシア様が使う前に綺麗にしなくては!を合言葉に侍女チームは奮闘する。

途中でレイモンド様とリゼリア様が合流し、アリシア様のドレスに軽くアイロンをかけてセット完了。久しぶりにアリシア様に会ったレイモンド様がきゃんきゃん喚くついでに嘆いてすごく迷惑だった。うるさくしてもアリシア様が起きないのが余計にレイモンド様を煽ったらしい。アルフォンスお兄様がレイモンド様に静かにしないと休めないと怒るまでレイモンド様はうるさかった。


私がアリシア様を起こす頃…昼頃にはジェシカが食事の準備を持ってきてくれたので、アリシア様を起こして食事をさせた。アリシア様は幾分顔色も良くなって体力も戻ったがやはり本調子ではないようで、時折しんどそうに頭を振っていた。レイモンド様はそれに心を痛め、片時も離れたくないとばかりに悲痛な表情をしている。着替えさせるから出てってくれます?


アリシア様の身体をバスルームで侍女に磨かせていると、リゼリア様が躊躇いがちに私に言った。


「アリシア様が今日何をするか、もう聞いた?」

「いいえ…」

「そう…私が言っていいことなのか分からないけれど…私が知っていることを教えておくわ」


リゼリア様はため息をついて、自分の衣装の準備をしながら今日の流れを話し始める。


「アリシア様はサラセリア様には王位継承権すらないと論じるつもりなの」

「ないんですか?」

「ないわ。だって陛下と血の繋がりがないんだもの。陛下どころか、王家とは一切の繋がりがないわ」

「え…!?それって、どういう…」

「細かいことは式典で聞いていればわかるわ…」


リゼリア様はくたびれたように声のトーンを落とす。サラセリア様に血の繋がりがないってことは、つまり、妃殿下は…不義の子を産んだということになる。でもその証拠は…?


「それから妃殿下を断罪するおつもりよ」

「断罪…」

「それで大人しく王位がアリシア様に譲られれば良いけれど…これ以上はどんな段取りなのかさえ、知らないの」


リゼリア様も全容は知らないようだった。秘密の多いアリシア様はリゼリア様にすら全てを教えていない。ただ私たちに分かるのは、アリシア様がここで負ければ一緒にめでたく没落コースだということだ。


アリシア様がバスルームから出てくる頃には私とリゼリア様はコルセットをぎゅうぎゅうに締めて、ドレスを着るところまで完了していた。アリシア様は侍女達にコルセットを締められた…痩せすぎたせいでコルセットはとりあえず巻くだけ状態だった。それからドレスを着せられる。ドレスのサイズは小さくして正解だった。アリシア様にぴったりだ。オフショルダーなので痩せて目立つ鎖骨がいい感じに映えた。肩から続く腕も細くて良い。不健康そうなのだけれど、危うい感じがちょっと良い。アリシア様にはなるべく顔色がよく見える化粧をした。目の周りは黒く塗ったので迫力はある。髪を結い上げてリボンを編み込むと目論み通り良い感じに仕上がった。アリシア様の手持ちの『イザベラの瞳』をつけると、胸の中央でアレキサンドライトが緑色に妖艶に光る。夜になると赤く光るだろう。


それからリゼリア様の用意を手伝った。リゼリア様の化粧もアリシア様に習って目の周りを黒く塗る。リゼリア様は髪も黒いのでものすごく映えた。むしろ怖かった。リゼリア様は青みの強い紫のドレスを着こなして、髪を自分自身で鏡も見ずに1本櫛で纏めた。おお、すごい。私は素直にそのテクニックに感動した。


私のドレスは目に優しくないロイヤルブルーだ。目立つし迫力のある色である。別段珍しい型でもなく、王道なプリンセスラインのドレスだ。ただ、肩の部分に鳥の羽を使った新デザインなので、そこだけ珍しい。ダイヤの豪華なネックレスに揃いのイヤリングをつけて、私もセットアップ完了。


アルフォンスお兄様とレイモンド様もきちんとした式典用の騎士服に着替えて私達の元へ帰ってきた。ジョシュア様が見当たらないのできょろきょろしているとアルフォンスお兄様が見兼ねて教えてくれた。


「ジョシュアは語り部の仕事で忙しいんですよ」

「そ、そうですよね…」

「まさかエスコートがいないんですか?」

「それはエディお兄様に任せました」


アルフォンスお兄様はほっとしてリゼリア様に腕を差し出した。エスコートが居なかったら私のエスコートになろうと思ってくれたらしい。リゼリア様の立場やいかに。だが様子を見ているとレイモンド様はアリシア様に跪いてアリシア様の美しさをべた褒めしてはいたがエスコートする気配を見せなかった。あれ、レイモンド様余ったの?


「今回は私とサラセリアのエスコートはデズモンドがやるようになっている」

「1人で2人を?」


アリシア様が頷く。両手に花状態のデズモンド王子を頭に思い描いて失笑してしまった。


「さて、これまで3人にはずっと私が今日行うことについて、詳しいことを黙っていたが…これは私が万が一失敗した時の保険だということを分かっていてほしい。没落は逃れられなくても処刑は逃れられるだろうから。お前たちはただ知らないと一言言えば良い」

「そんな…!私達ってそんなに信頼がないの…?!ひどいわ、アリシア様!」


リゼリア様が悲鳴を上げた。アリシア様がさした3人とは、私と、リゼリア様と、それからレイモンド様らしい。


「私なりの友達の想い方だ。友達だからといってあの世まで付いてきてほしくはないから」

「でも、そんなの!」

「わかってくれ、お前たちのことを本当に大切に思っているんだ」


リゼリア様が泣き出さないようにアリシア様がそっと抱きしめた。リゼリア様は涙を必死に堪えている。

アルフォンスお兄様はジェシカと並んで、リゼリア様をなだめる。レイモンド様は愕然とした表情で固まった。


「どうした、レイモンド」


アリシア様がレイモンド様に視線を合わせる。レイモンド様はぽつりぽつりとアリシア様に想いを零す。


「俺は…俺だけは、あの世までも貴女に着いていきたい…いつだってそう言ってきた…あの言葉はあなたには届いていなかったのですね」

「レイモンド、分かってくれ」

「どうしてアルフォンスは…俺ではなくアルフォンスが良い理由は!」


レイモンド様が叫んで、アリシア様は顎を引いて鋭い眼光でレイモンド様をにらんだ。それにレイモンド様はたじろいで、よろめいた。アリシア様はレイモンド様に冷たく言い切った。


「アルフォンスは私のことを心底どうでも良いと思ってくれるからだ。私を道具にしてくれるからだ。私に優しくないからだ」


アルフォンスお兄様はレイモンド様とは正反対だと、アリシア様が言った。その言葉にレイモンド様は項垂れる。


「お前は私に優しい。優しすぎる。私の目的より私を優先する。だから使えなかった。手足にするには、不都合であれば私ですら切り捨てるアルフォンスのような酷い男が良かった」

「それが…それが貴女なりの俺への配慮だと…」

「今日この時まで私に必要だったのはアルフォンスだ。だけど…これから私に必要なのはきっとレイモンドだろう」


アリシア様は拗ねるレイモンド様に手を差し伸べる。レイモンド様は子供のようにその手にすがった。


「私は私を大切にしない側近も、大切にしてくれる側近も両方ほしい。それに、私の幸せを考えてくれる秘書も。私の外面を作ってくれる衣装係も」


アリシア様は私達全員に微笑みを向けた。レイモンド様メインじゃなくて全員を持ち上げるあたり、アリシア様はかなりお疲れのようだ。色々考えるのが面倒なのだろう。ジェシカがぼそりと「面の皮が厚い人」と言ったが聞かなかったことにする。


レイモンド様のご機嫌をあっさり取ったアリシア様は、式典の会場にさっさと1人で行った。護衛はいらんと言い残して。これ以上いるとどこでまたレイモンド様の機嫌を損ねるかわからないからだろう。あとリゼリア様も機嫌急降下だったのが堪えたらしい。

それでもレイモンド様とリゼリア様はふらふらと幽霊のように2人でアリシア様を追いかけた。私とアルフォンスお兄様はその2人を少し遅れて追いかける。離れると襲われた時に困るからだ。レイモンド様とリゼリア様は、今はもう使われていない城の見張り塔に吸い寄せられるように入っていった。


「ここはミハエルが身投げした塔です」

「どうしてそんなところに?」

「…身投げする前はミハエルとアリシア様の逢いびき現場でしたからね」

「つまり…思い出深い塔ということなのですね」


アリシア様はどうやら、先に会場入りしたのではなくこの塔にいるらしい。塔に入ると長い螺旋階段の入り口にアリシア様の靴が脱ぎ捨ててあった。アリシア様は裸足で登っていったようだ。カンカンと塔を登るリゼリア様のヒールの音が響いている。私とアルフォンスお兄様も足跡を立てないようにゆっくり追いかけていく。


「お前たちだけには酷いことができないんだ」


塔の天辺でアリシア様の声が聞こえた。私とアルフォンスお兄様は姿が見えないように隠れながら縋り付くリゼリア様とレイモンド様を宥めるアリシア様の声を聞く。


「アルフォンスには何をしても、平気なんだ。それは彼も同じことだし、お互いにお互いを道具だと思っている。だけど本気で私を想ってくれる2人には何もさせたくない。嫌われたくない」

「その重荷をわたしも背負いたいの…!貴女に認められたいのよ!」


リゼリア様の悲鳴にアリシア様は困ったように唸った。


「これは、これだけは、譲れない。家族なんだ、お前たちは。私にとって、唯一の家族なんだ」


リゼリア様は、レイモンド様は、アリシア様の手をぎゅうっと握りしめて、うなだれた。

無理がある。アリシア様の想い、2人の想いは永遠に交わらない。アリシア様の想いを理解しろなんて、2人には到底無理なことだ。私やお兄様とはまた立場も、想いの質量もちがう。私は…言ってしまえば新参者でしかないから、アリシア様がどれほどあの2人を気にかけているか、第3者の目でわかる。それはアルフォンスお兄様とて同じこと。だけど当事者には見えない。リゼリア様もレイモンド様も当事者として…欄外に除外されて庇護下に置かれてはいるものの、手足のように使われる私たちのほうがよっぽど信頼されて見える。アリシア様は私に一定の信頼と庇護をくれるけれど…それも、アルフォンスお兄様寄りの信頼だ。


私とアルフォンスお兄様はどちらからともなくその場を離れた。家族の絆にチャチャを入れるほど、空気の読めない2人ではない。


「じゃ、僕はやることがあるのでここで」

「え!嘘でしょう!私一人でどうしろと…」

「エディがもう来ますよ。じゃあまた後で、僕の可愛い妹。今日もドレスが素敵ですよ、会場でナンバーワン」


会場手前でアルフォンスお兄様はそそくさと別れを告げた。なにがナンバーワンだ、まだ全員分見てもないくせに!せっかくなら全員分見た上でナンバーツーにしてほしい、ワンはアリシア様じゃないと怒る。さんざん城が安全じゃないと言われた私は不安で仕方なかったが、アルフォンスお兄様がそう言うなら仕方ない…と殊勝にエディお兄様を待った。幸いにもエディお兄様は本当にすぐに来てくれて、私はエディお兄様の同伴で会場入りした。


「マリア・ローレライ…!」


壁際に立ち位置を定めた瞬間に背後から地を這うような声で呼び止められる。私を前のファミリーネームで呼ぶ人は限られている。…私は声の主であるスノーをじろりと睨めつけた。


「あのぅ、何かご用ですか?」

「またやってくれたわね!」

「毎度のことで申し訳ありませんが私もやりたくてやってるわけじゃありませんよ」


サーリヤ様はわなわなと唇を震わせ、白い頬を真っ赤に染め上げる。前回はドレスそのものを盗まれたが今回はデザイン案を盗まれた程度だ。私からしたら軽い損害だし、あの程度でとやかく言われたくない。あの場にサラセリア様が現れるほうがおかしいのだし、デザイン画を盗むことこそ極悪非道な行いなのだ。私は全くもって悪くない。


「ローズヒルズ系のドレスを作る屈辱…!後悔させてやるわ…!」

「逆に後悔することになりますよ、おやめください」


手にもつ赤ワインが不埒に揺れた瞬間にお兄様が私たちの間に割って入る。サーリヤ様はぷるぷると腕を震えさせながらエディお兄様と私を交互に見て、部が悪いと悟ったのかグラスを引っ込めた。


「ああ、私、噂で聞きましたけれど…貴女、あの馬鹿伯爵と結婚するんですってね」

「ラインラルド伯爵令息の、レオナルド様です。お祝いしてくださるのかしら」

「うふふ…お似合いよ」


どういう意味だ、このやろう。だけどここで自分の婚約者を貶めると私の評判まで揃って落ちる。エディお兄様の目が怒りに燃え始めたのを見て、私はどうにか落ち着かせるためにエディお兄様の足を踏んだ。エディお兄様は私の体重程度の可愛らしい重みには、ほんの少し顔を顰めて正気に戻った。


「私もついに年貢の納め時ということです。せっかく妃殿下のご紹介を頂いたのですから」

「あぁら、あちら様はそうは思っていないみたい。ローズのマリアを持ってしても、婚約者の1人も射止められないのね、ざぁんねん」


間の悪いことに、会場に登場した異彩を放つ2人…レオナルドと、男爵夫人であるドロレスはめちゃくちゃ悪目立ちしていた。田舎者2人はキョロキョロと会場を見渡しては調度品を指差し、王城の贅を堪能して悦に浸っていた。ただでさえ「ローズという婚約者がありながら」「人妻を連れ歩く」「経営不振の馬鹿伯爵」なのだから目立たないわけがない。噂されないわけがない。後ろ指がさされないわけがない。それにトドメをさすような奇行…もうどうすればいいのか私にもわからない。


「婚約者の教育もできないなんて、ローズヒルズの底力が透けて見えるわぁ」


ニタァとサーリヤ様が笑った。ほんと、その通りだ。言い返せない。…ので悔しいけれど禁じ手を使った。


「サーリヤ様、悪役顔が過ぎましてよ」

「なっ!なにを…!」


天使の顔で売ってるブランドがそんな悪い顔しちゃいけません。

ちなみに服飾を販売している私たちは基本的に顔を貶すのは禁じ手である。というか、基本的に意味をなさない。顔はただ服を着るのに必要なパーツでしかない。そして美醜を問わず誰もを美しく見せるというのが基本。頭取の顔を貶すことほど無意味なことはない…とおもう。


「まあ!これは、サーリヤ様ではありませんか!」

「知り合いなのか?」


とか言っていると私たちに気付いた馬鹿2人が近寄ってきて、ドロレス夫人がサーリヤ様に恭しく頭を下げた。


「私のドレスを手配してくださったのです。ローズヒルズにいては大したドレスを作れませんから」

「それもそうだ!はっはっは!」


レオナルド、あなたローズヒルズの仕立て人が作った礼服を着てるのよ、大丈夫なの。

なるほど、見たことないセンスだと思ったらスノーからだったのか。ドロレス夫人は顔に似合わないネオンカラーのけばけばしいドレスを着ていた。その色、実に黄色。蛍光色は昔ほんの一時だけ、スノーが流行らせようとした。流行らなかった。そもそも原料が高いというのもあるけれど…それ以上にウケなかった。使い方がわるいのだ、スノーは。いつも新しいものを出してくるけれどそれの使い方を研究していない。


「よく顔を出せましたね」


と、ドロレス夫人は私を半眼で睨んだ。


「よく顔を出せましたね」


なので私も同じことを言ってやった。本当に、こんな状況で顔を出すものスゴイ馬鹿だと思われるのは私よりこの2人なんだけど。ドロレス夫人は顔を真っ赤にしてわなわなと震えた。


「このドレスが気に入ったので来季から売りだそうとおもうのだが、どう思う、ローズ」

「正気にお戻りになって」


私はツンとすまして毒を吐いた。レオナルドは不服そうに唇を曲げる。嫌味の一つでも言ってやろうとしたが、エディお兄様がちょっと笑ったことでその場が凍りついた。嘲笑できるくらいにエディお兄様の怒りも治まってきたらしい。私はエディお兄様がまた暴発しないように、3人から距離を取り始めた。幸いにも挨拶しなければならない人がたくさんいるので、私とエディお兄様はそれを理由に離れていく。



会場にラッパの音が響き渡り、王族の入場を告げる侍従の声が響いた。

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