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コラージュ

このあたりからやっとマリアのターン



朝起きぬけてまず目に付いたのは、ドレスだった。昨日泣きながら選んで持って帰ってきたドレスが全てズタズタに切り裂かれてただの布切れになっていた、そのドレス達だ。

震える指でベルを鳴らし、侍女を呼ぶ。侍女も部屋に入って絶句、そして失神した。侍女にはあのドレスの価値がよーく分かっている。どうしよう、まだ借り物段階なのにあんなにズタズタにされたら買い取るしかない…血の気が失せる、私も気絶したい。令嬢がケチくさいことを言うなって?田舎の男爵家出身なんだから仕方ないことなんです。一流デザイナー達から奪い取った作品が安いわけないでしょう…誰なの、このドレスをこんな状態にしたのは…


「うっわ」


遅れて入ってきたフィリスが低い声で悲鳴をあげた。フィリスはドレスの惨状を確かめるように、布切れを拾い上げていく。どんどん顔色が悪くなり、そして最後には口元を押さえて逃げ出した。私のバスルームに駆け込んで猛烈にえずく音が聞こえた。フィリスも価値がわかる子だから…気持ちわかる、私も吐きたい。もはや恐怖。

しばらくして青い顔のフィリスがバスルームから出てきた。フィリスはもはや目に入れるのも嫌がって、私の顔のみを見ながら亡霊のようにふらふらと寝台に近寄ってきた。


「マリア様、知りませんよ、わたし。こんなことしたら…これ絶対エディ様に見せちゃだめです、破門されますよ」

「それは絶縁というのよ…ではなく、私じゃありません」

「ちがう?」

「はい。私がこんなことするわけないでしょう…自分で自分の首ぎゅうぎゅうに締めてるようなものですから」


負債を負う、ドレス納期に間に合わない、そんなの絶対に嫌だ。私は震える体でシーツから這い出し、ペタペタと裸足で歩いて布切れに近寄る。フィリスがヒイヒイ言っているので肩を貸して二人で恐る恐る近づいて行く。近寄ると本当に失神しそうだし、吐きそう。最悪だ…


「エマは?」

「エマ様にこれを見せるんですか?かわいそうでしょ…エマ様には心があるんだから」

「何故私には心がないことになっているの?」

「この哀れなドレスを私に見せたから」

「あのですねえ…フィリスは私の介抱役に呼んだんです。何故か私が介抱してるけど」


良いからエマを呼べよ…フィリスをなけなしの力で突き飛ばしてドアに向かわせる。フィリスはふらつきながらも一目散に出て行った。ここは病原菌の住処か何か?


惨状を聞きつけたエマが私のドアを蹴破って入室。エマは叫び声をあげずに立ったまま白目を剥いた。私の侍女はみんな部屋に入りたがらないので1人で着替えていく。湯だけはなんとか部屋の前においてくれたのでそれを使って顔を洗い、化粧もして完璧な状態になったところで失神しているエマの顔を叩く。エマは目を白黒させながらへたり込んだ。


「お嬢様…これは…これは…」

「ええ、昨日私がクロゼットから出してここまで運び込んだドレス達です。10着ありました。起きたらこんな状態に…」

「い、いったい誰がこんなことを…!」


エマは悲鳴を上げて床に頭を打ち付けた。ショックなのはわかるけどそれは止めてほしい、ちょっとしたホラーだ。額から血を流すエマにハンカチを渡しながら同じ目線になるように床に座る。


「エマ、これをどうするか一緒に考えてくれますか」

「え、ええ…でも犯人も…」

「考えるまでもないことです。警備の衛兵は?」


衛兵を捕まえて昨日部屋に人を入れたかと聞くと、案の定ドロレス男爵夫人の名前が出た。夫人は1時間近く部屋に…それも夜中にいたらしい。夜中に私と約束があって、授業をするといって侵入したようだった。それを確認もなく通す衛兵も衛兵だが、今までの彼女の行いを見れば通してしまうのも頷ける。とにかくこの件は後でドロレス男爵夫人を締め上げるとして…ついでに私の確認なく部屋に人を上げるのを固く禁じて、衛兵を叱りとばすとものすごく反省していたので許すことにした。


「とにかく…無事そうな部分を探しましょう、この、バラバラの…美しかったドレスの…うぅ…お嬢様ぁ…」

「泣かないでください…とにかく何とかしないと今世紀最低のローズとその専任デザイナーになってしまいますから」


エマの背中を叩こうとしたが顔が真っ青でさっきのフィリス状態だったので、叩く代わりに肩を引っ張り上げてバスルームに押し込んだ。案の定えずく音がした…やだ、ローズヒルズの使用人、胃弱すぎ…?

ストレスと戦う為に出てきたエマにはワインを仕込んだ。エマは自棄酒を勝手にしてくれたので、恐怖心を勝手に克服した。フィリスはもう帰ってきてくれなかったのでエマと2人で意を決して…胃を強く持って…ドレスの残骸を掻き分ける。


「これは半分は無事ですね。破られたのはスカート部分だけみたい、スカートの綺麗な線が惜しいけれど…」

「他のは全滅ですね。この紫…本当に綺麗なのに…お師匠様のドレスなのに…」


エマの師匠であるマダム・ポンテールから借りていた美しい紅紫のドレスが無残に、念入りに切り刻まれているのをエマが無念そうに胸に抱いた。


「キャーーーー????!!!なによこれ!なんなのよ!!!!」


勝手に部屋に入ってきたミッシェルがドレスの残骸を掻き集める私たちを見て絶叫した。ミッシェルは朝食をジョシュア様ととった後に私に自慢しに来たようだった…ジョシュア様もミッシェルについて私の部屋まで来ていて、ドレスを見て残念そうな顔をした。


「誰とは言いませんが、心無い人が夜中に私の部屋に侵入して切り刻んだようです」


ジョシュア様は神妙な顔をした。ドロレス男爵夫人の凶行であることを彼は分かっていた。

ミッシェルは理由を知らないので大いにブチ切れて地団駄を踏む。ドレスを次々指差しながら吠えまくる。


「なんなの!こんなのって酷い!いくらマリア様が嫌な女でもドレスに罪はないわ!これは誰の作品?」

「こっちの紅紫はマダム・ポンテール、黒いのはアントニオ…」

「いやーーーーー!!!!!なんてことを!!!芸術品たちに、なんてことを!!!許せないわ…!!」


ミッシェルの剣幕に隣のジョシュア様が引いた。私も剣幕に押されてミッシェルをどーどーと宥め始める。


「一時休戦よ、マリア様…このミッシェルの名にかけて必ず犯人を吊るし上げてみせる…!!」

「いえ、いいのよ…寧ろ余計な刺激を与えないほうがいいのです」

「どうして!貴女らしくない!貴女はそれでも気高いブルーローズなの?!」

「…!」


私らしくない…?

好戦的で負けず嫌いでプライドの高い私にしては、こんなに消極的で大人しいのはたしかにらしくはない。そう頭の片隅で思いつつも、私にドロレス男爵夫人を言い負かす自信はないし、余計なことをして妃殿下に余計に目をつけられるわけにはいかなかった。


「どうしてなのよマリア様!貴女、本当にあたしが憧れてたお嬢様なの?こんな弱虫にあたしはなりたくないわ!」

「憧れてくれていたの?」

「当たり前でしょう!自分が誰だか分かっているの?貴女はマリア様よ!稀代のローズと呼び声の高い、マリア・ブルーローズ様なのよ!貴女はいつかあたしが乗り越える最大の壁よ!ここで挫けないでよ!」


ミッシェルの必死の説得にジョシュア様が頷いた。ミッシェルは私に食ってかかった勢いでドレスの惨状を目の当たりにして悲鳴を上げて腰を抜かした。ミッシェルの好きなデザイナーのアントニオの作品を自分が踏みつけたことにようやく気付いたらしい。

ジョシュア様がドレスの布切れに気をつけながら私とミッシェルに歩み寄る。


「ジョシュア様…」

「ちょっと前はもっとこう、ちょっとした躓きはホップステップジャンプって感じで突き進んでたのに今は色んなこと気にしすぎて、些細なことに立ち止まりすぎてないか?確かにお前らしくないよ。周りに巻き込まれる女じゃないだろ?自分が渦の中心にならなきゃダメだろ」


トントンと肩を叩かれて力が抜ける。いい感じに、リラックスした状態に。私の婚約、その家庭教師…アリシア様と妃殿下…色んな人に巻き込まれて、着いて行くのに必死で私らしさを見失っていた。私のペースに巻き込めない人たちばっかりだった。だからって敗北宣言をするのがマリア・ローズヒルズだっただろうか?

否、私はマリア・ローズヒルズ。誉れ高いブルーローズ。ファッションを愛して、プライドが高くてわがままで強欲で、欲しいものを何が何でも手に入れる程に我の強い…そんな人だった。ミッシェルがジョシュア様に手を出したくらいで泣いてしまうようなお嬢様が私だっただろうか?否、断じて。それ以上の手を使って取り戻すのが私でしょう?

ジョシュア様と、感情が爆発して涙目になったミッシェルが私の手を引いて立ち上がらせた。同時に視界がとてもクリアになる。私が私らしさを意識した瞬間に全てが楽になった。重荷を捨てたわけではない、背筋を伸ばして、胸を張って…そして堂々と、真正面から、強欲なまでに手を伸ばしたのだ。


「さあお嬢様、次の一手は?」

「そうですね…」


私は不敵に笑い、一歩踏み出した。


「ご挨拶に参りましょう」


お付き合いしてくれますか。


私の言葉にミッシェルが拳を振り上げ(後で要教育)、ジョシュア様は私をエスコートするために腕を出した。エマは酒が回ってインスピレーションが浮かびそうとのたまったのでそのまま置いてきた。




「なぁんですの?揃いも揃って…」


一行はドロレス男爵夫人の部屋に入った。私は余裕たっぷりに椅子に座って、部屋の主のドロレス男爵夫人は部屋の隅に立ち尽くしている。ジョシュア様が睨みを利かしているのが怖いらしい。


「昨日の夜、私の部屋に来られたそうですね」

「ええ、教育をしに…随分寝入っておられたので帰りましたけれど、それが何か?」

「1時間も?」

「起こそうとしたのですわ、当然でしょう?」


私はふふ、と笑う。余裕の微笑みにドロレス男爵夫人はたじろいだ。


「とっても高価ですのよ、あれは。本当に。これから私はお兄様に怒られてしまいます」

「な、なんのことでしょうね」


ドロレス男爵夫人は震える声で明後日の方向を見た。私はバサッと勢いよく扇を広げて顔を半分隠す。鋭い目線でドロレス男爵夫人を睨みつけると、ドロレス男爵夫人は怖気付いて後ろずさる。どうして今までの私はこれができなかったんだろう。


「あれの値段、ご存知?」

「たかがドレスの1着や2着、あなたにとっては大したことではありませんでしょう」

「あら、どうしてドレスだとお知りになったのでしょうか。私はこれまで一言もドレスだとは言っていません」

「なっ…!」


ドロレス男爵夫人は顔を真っ青にした。私は追い討ちをかけるように告げる。


「あのドレス1着で貴女を半年雇う金額になるのですよ。たった1着で。それを10着も…」

「わ、ワタクシ…知りませんわ!関係ありませんもの!そもそもあのドレスはワタクシが部屋に行った時には既にボロボロでした。ワタクシではありません」

「言い逃れは見苦しくってよ」


私は扇を開いたまま真っ直ぐ前に、ドロレス男爵夫人に向けた。男爵夫人はぱくぱくと口を動かして、そして足が震えてまともに立っていられなくなった。


「今回は見逃して差し上げます。今後は一切…たとえどんな言い逃れをしようと…許しません。私の邪魔はもう許しません」

「ヒッ…」

「次はありませんので」


私は席から立ち上がって颯爽とドレスの裾を美しく捌いて部屋を出た。ドロレス男爵夫人は返事もできないくらい憔悴している。私は次はないときちんと警告した。もし何かあれば、これを理由に家から叩き出せる。証人にぴったりなジョシュア様も同席していたのだ。これ以上無いほどの武器を得た。


私達は部屋に戻る道すがら、ミッシェルが何故かわんわん泣き出してしまったので彼女を部屋に送り届け、そして私の部屋へ戻っていた。ジョシュア様は私から拳一つ分間をあけて歩いている。私はジョシュア様に歩きながら謝罪と感謝を述べた。


「ジョシュア様、色々とご迷惑をおかけしました。それに…ありがとうございました」

「役に立ったならそれで良いんだ。だから、お前もラインラルド領に行こうなんて思うな」

「…へ?」

「婚姻に前向きになってるのは悪いことじゃないが…アリシアがどうにかすると思うし…だからもう少し希望を持ってだな…」

「ジョシュア様…引き止めてくださるのですか?」


行くな、結婚するな、と言ってくださるの?私に少しでも残っていてほしいと、そう思ってくれるの?

ジョシュア様は照れ臭そうに頭をガシガシ掻きながらそっぽを向いてしまった。


「勘違いするなよ!俺はただ、お前がラインラルド領に行ったらアリシアが寂しがるし…リゼリアも…アルフォンスが絶対に泣くし…それに…」

「それに?」

「お、俺も…ちょっとは寂しい。うるさい奴がいないと静かすぎるだろ…」

「もう、ジョシュア様ったら!素直に私が好きだと言ってくださいよ!」

「やめろ!勘違いするな!寄るな!鳥肌が立つ!」


エスコートは良いのに普通に寄るのは駄目なのね…ジョシュア様が本気で照れて顔を真っ赤にしている。可愛い、本当に、可愛い。男の人に使う表現ではないけれど、可愛い。


「わたし、色々と考え込んでドツボに嵌っていたようです。貴方のお陰で抜け出せました」


婚約しているからジョシュア様を口説けない、なんて考えは実に私らしくないではないか------


「婚約者?そんなもの、私にはいません。私は自由な薔薇。どこで咲こうと、どこで散ろうと私の好きなようにできます。だから私は…愛しい人、貴方の側で咲くことを望みます」


私は立ち止まって、ジョシュア様に向かって腰を折ってその手の甲に上品に口付けした。伏せていた目をジョシュア様に向けて開き、上目遣いで挑発的に微笑む。ジョシュア様は時が止まったように動きを止めた。


「その顔は駄目だ、俺今超気持ち悪いもん。見ろよこの鳥肌。トイレどこある?」


…ジョシュア様はサーッをと顔色を真っ青にした。ムードぶち壊し。私は無念さを胸に抱えながらトイレの場所を思い出す。


「ええっ…と、トイレはそこの角に…じゃなくて、ご気分が優れないのですか?」

「なんだろう、その顔?表情?なーんとなく俺を押し倒した貴族のババアと被るんだよな。あー気持ち悪、トラウマ再現すんなよ」

「一世一代の告白をなんだと…」


ジョシュア様は猛ダッシュでトイレに逃げた。そのまま10分くらいは出てこなくて、出てきたときには精魂尽き果てたよれよれの姿を惜しげもなく晒していた。私は心配すぎて肩を貸そうとした、が、ジョシュア様は本気の拒否で私を突っぱねた。こうなると暫くは女性の、貴族の匂いは駄目らしい。特に私のように香水をつけている女は軒並み駄目らしい。吐き気を誘発する匂いとまで言われれば近寄る気はなくなった。ジョシュア様と私は1メートル離れて歩き出す。この状態のジョシュア様を私の部屋に通せるわけがないので、そのまま玄関に直行しジョシュア様は王都へ帰ることになった。


「なんとなく思うんですけど、多分ジョシュア様は『貴族の女の肉食的な表情』がダメなんじゃないですか?前に私が大泣きしてた時はかなり接触してましたけど平気でしたし…」

「それは一理あるな…お前がボロボロの時とかはむしろ結構イケる」

「まったく嬉しくない、まったく」


ブス面拝みに来るのはそういう理由か…


「アリシア様のこと、お願いしますね」

「それは頼まれずとも。お前はいつ王都に来るんだ?」

「式典の1週間前には必ず。それまでは…厳しいかもしれません。ドレスがあの惨状ですから…色々と処理が待っていますもの」

「俺は全く価値が分からないから何とも言えないけど…」

「いざという時の証言はお願いしますね」

「それは勿論」


ジョシュア様はおっかなびっくり私に手を伸ばした。私の手と握手を交わして、精一杯息を止めて、ジョシュア様はとめていた馬車に飛び乗った。私はその馬車が見えなくなるまで手を振った。


あーあ、帰っちゃった。


ジョシュア様がいないとまず間違いなくアリシア様が殺されるので帰るのは仕方のないことだ。だけど、もうちょっと私も一緒にいたかったな、なんて…


大泣きしてしまったミッシェルの部屋に寄った。ミッシェルが心配だった。私のこと怖がったりしてないかな、とか、ローズが嫌になったかな、とか。


「ミッシェル、大丈夫ですか?」


部屋に入るとミッシェルは広いクロゼットの中で大泣きしていた。私もクロゼットに入ってミッシェルの肩を抱く。


「怖がらせてしまいましたか?」

「違う、違うの、マリア様。あたしは、あたしは…感動したのよ…!」


…どの辺で?

と喉まで出かかったけど飲み込んだ。ミッシェルは私を見上げて濡れた瞳をきらめかせる。


「あれこそが、あたしの敬愛するお姉さまよ!マリア様、いいえ、マリアお姉様。あたしは逃げ回る情けない貴女から学びに来たんじゃないわ…!自由奔放で我儘な貴女から、その魅力を学びに来たのよ!」

「ミッシェル…」

「今の貴女から学びたい、あたしに全部教えて欲しい…!きっと貴女を超えるローズになってみせるから」


ミッシェルが私に縋り付いて叫んだ。私はミッシェルの背中に手を回してポンポンと背中を叩く。


「ええ、お任せなさい。私のコピーは要らないけれど、貴女らしさに私の魅力を足し算してほしいと思います」

「負けないわ…!」


ミッシェルは闘志を燃やして涙を止めた。いい目だ。私は彼女に期待して、ミッシェルのクロゼットから出た。

ミッシェルに色々と教育してあげたいけれど、それより先にまずドレス。ドレスが気になって仕方ないので私は部屋に戻る。



私の部屋ではエマが無事だったドレスをハサミで切り始めていた。私は悲鳴を上げてエマからハサミを奪い去る。


「エマっ!何をしているの!」

「お、お嬢様!何か誤解してますね?」

「誤解も何も…!お酒が回りすぎましたね」

「違います」


エマは床に散らばる布切れを指差した。布切れは綺麗に整頓されてドレスのスカートの形に整えられていた。不要な布切れは隅に避けてある。


「これは?」

「逆転の発想です。破られたところを繋ぎ合わせてみると案外合うので、これを縫い合わせていこうと思います」


アントニオのドレスは真っ黒だった。それがスカート以外には綺麗に残っているので、真っ黒のトップに、スカートは深い緑や紅紫、ボルドーに茶色、それから黒と深みのある色がたくさん散らばった、趣深いドレスになりそうだった。


「時間はかかりそうですが、必ずやり遂げましょう…」


このドレスを全部使えば、デザイナーたちも浮かばれよう…とエマは無念そうに言いつつ、やる気を出すようにワインを一息に飲みきった。エマが千鳥足になる前に作業部屋に押し込むと、エディお兄様が話を聞きつけて私の部屋に来ていた。ドレスは撤収済みなのでなんとか見られずに済んだがお兄様は怒り心頭で顔を真っ赤にするくらいに茹で上がっていた。そこに間が悪くレオナルドが顔を出す。あなたたち、淑女の部屋ということを忘れて気軽に来てません?


「マリア殿、オイタが過ぎますな」


レオナルドが涙で化粧の剥がれたドロレス男爵夫人を伴って私に高圧的に言った。レオナルドとドロレス男爵夫人は固く手を握り合って、身を寄せ合っている。ドロレス男爵夫人は涙に濡れた瞳で私を仄暗く睨みつけていた。

私はドロレス男爵夫人に向き直って扇子を広げた。


「警告しましたでしょう?」

「これが何よりの証拠ですわ、レオナルド様…!この女はワタクシを脅迫しているのです」


おいおい泣き出してレオナルドに縋り付く女を哀れそうにレオナルドが抱きしめた。


「マリア殿、これはローズとして如何なものかな?ローズは貴族の手本たる存在であったと記憶する…貴女のその態度は貴族には相応しくない。しかるに、あなたは即刻その地位を降りるべきであると思うがね」


あら、雲行きが怪しい。いえいえ待って、貴族の手本たる存在がローズではないのよ。ローズは女性のファッションのお手本よ…まあいいか。レオナルドが私に対して突然こんな態度になったのは私がつけた家庭教師に猛反発しているせいだろうか。


「勝手なことを…!彼女がしたことをお忘れか!」


エディお兄様が吠えるとレオナルドも顔を真っ赤にして反論した。


「それは確たる証拠があるのですか?」

「ええ、あります。彼女は語り部の前で証言しましたから」

「その語り部がここにいない今、それを証明する手立てはありませんな」

「そう、それではドレスは勝手に破れたと言いたいのですね」

「いいえ!彼女がやったと見せかけるために貴女がしたことでは?」


アホがバカを口にしているわ。私は気が遠くなって扇子で口元を隠した。不愉快である、という意味だ。レオナルドはこれを何故か自分に都合の良いようにとった。


「否定なさらぬことが何よりの証拠!彼女への不敬を謝罪していただこう。それから私に与えられた権限によって新しいローズを立てるとしよう…」

「彼女への、不敬ですって?」

「いかにも、目上の者に対する礼を欠いている!お前の教師だぞ!」

「一応言っておきますと、彼女は私が好き好んで選んだ教師ではありませんし、身分で言えば不敬に当たるのは彼女のほうです。それにあなたにその権限が与えられるのは結婚した後ですから今の段階で私のローズの権限にあれこれ言われる筋合いはありません」


レオナルドはカッと首まで赤くした。唾を撒き散らしながらレオナルドは喚く。対する私もブチ切れて本音を晒した。


「私がそうだと言えばそうなのだ!私の妻になるならいい加減弁えてもらおうか!」

「誰が貴女の妻になるものですか!」

「妃殿下に逆らうおつもりか?どうなるか分かっているのであろうな!」


落ち着いて、落ち着くのよ、マリア。妃殿下は怖い人だわ、だけど、凌ぐのよ、秋までの辛抱だわ。


「よろしいわ…賭けをしましょう。秋の式典で王位が決まると言いましたわね、それは私も同じ意見です。もしサラセリア様が王位を取れば大人しく私も貴方の妻となりましょう。ローズの権利もどうぞお取りください」


レオナルドはニタッと笑った。サラセリア様が本当に王位を取ることを確信している。それは、私が敬愛するアリシア様の死を望むこと。私はそれに吐き気を覚えながら真剣に言葉を選んだ。あの日デズモンド王子が襲ってきた日にアリシア様が強く言葉を選んだように。


「その代わり、もしアリシア様に王位を得たその日には、私はラインラルド伯爵家の爵位返上とその領地をローズヒルズへ譲ることを要求します」

「なにぃ?」

「重みは同じでしょう。もしも賭けに乗らないというなら、私はこの場で婚約を破棄します!」


ハッタリだ、私に婚約を破棄することなどできない。だからレオナルドは賭けに乗らなかったら、もしアリシア様が王位を取ったとしてもなんの害もない。ただ私と結婚しないだけ。だけどこの賭けに乗れば、レオナルドはもしサラセリア様が負けた時には…貴族ですらなくなる。レオナルドには損しかない賭けだ。

レオナルドは深く考え込まずに頷いた。


「よろしい。ならば大人しく従順な妻になるように」

「爵位のない生活をお考えくださいませ」


にらみ合い、ドロレス男爵夫人はレオナルドの腕に縋り付いたまま、2人は帰っていった。ふとエディお兄様を見ると、怒りに打ち震えていた。ぶるぶる震えている。私も完全にキレていたが、やり返すことができたから幾分すっきりはしていた。エディお兄様は真っ赤な顔に、眉をぎゅっと釣り上げていた。


「証書を作るぞ!」

「うるさいですよお兄様。耳元で叫ばないで」


抑え気味に言ったらしいが控えめに言っても怒鳴り声を耳近くであげられるとキーンと耳奥が鳴った。お兄様は先ほどの賭けの内容を証明する書類をすぐさま作った。それを侍女を介してレオナルドにサインさせて、完了。証書を見てもレオナルドは何にも考えなかったらしい。馬鹿だなあ。


「復讐としては良い考えだが…アリシア様が必ず王位を取らねば俺たちが終わるぞ。勝算はあるのか?」

「いえ、私にはどうにも…わかりません。アリシア様を信じている、ただそれだけです。だからドレスだけは何があっても届けねばなりません」

「分かった。ドレスのデザイナーのことは俺に任せろ」

「お兄様!私の責任ですから…」

「いいから!ドレスが完成次第お前は王都へ行け。あいつらの近くにいれば何をされるかわからん。お前はエマとあのドレスを完成させろ」

「…承知しました」


エディお兄様がデザイナー達に謝罪して回ってくれるらしい。エディお兄様がブチ切れたおかげで事態は良い方向へ回りそうだった。今までエディお兄様も妃殿下を恐れて…ローズヒルズ家を守るために大人しくしていたが、今回のことで完全に見切りをつけた。アリシア様に賭けることにしたのだ。ただしアリシア様が勝たねば私たちも一緒に沈む。信用に足るほどの材料を私たちは貰っていない。それでも、賭ける以外に最早方法はない。

エディお兄様は直ぐに馬車に乗って出て行った。



「エマ、生きてますか?」


作業部屋に入るとワインで高揚したエマが1人黙々と布を繋げていた。エマは私をちらりと見るとまた布に視線を戻す。


「お嬢様、悪いんですけどそっちから針を取ってくれます?」

「これですか?」

「違います、刺繍できるほう」


エマから少し離れたところにある針を取ってエマに渡す。せっかく渡したのにエマはそれを針山に刺してにやっと笑った。酒、回りすぎ。


「私も手伝いますよ?」

「ダメ!大切なドレスをお嬢様には触らせません!」

「…なぜ?」

「私が作ったドレスは別にいいんです、どうなろうと。でもお師匠様や巨匠たちのドレスだけはぜっっったいに、ダメ!ちょっとでも針が歪んだら…その時には…私は…独立します!」

「嫌ッ!エマにはウエディングドレスも作ってほしいのに!」

「黙って見ててくださいますね?」

「はい」


エマは本当にお気に入りのデザイナーなので抜けられたら本気で凹む。絶対に逃がしたくない。私は椅子を引っ張ってきてドレスの出来を見はじめる。


「エマ、アリシア様が前より痩せている可能性がありますから、少しきつめに作ってもらえますか?」

「ええ、わかりました」

「じゃあ私はそれに合う靴と髪飾りを探してきます」


あれはまだ衣装部屋に置きっぱなしだから被害はないはずだ。とびっきりシンプルでシックなやつにしたい。私はエマが書いたドレスの原案を片手に衣装部屋に向かった。


うんうん唸って、ドレスのスカートの豪奢さを邪魔しないシックな靴を選ぶ。選んだのはやっぱり黒の靴だった。黒のエナメルでテカテカしているが、ピンのヒール部分はヘビ皮の大人っぽい靴だ。ヒールはかなり高い。アリシア様絶対嫌がるだろなあ…でもこの靴を格好良く履きこなしてダンスの時にちらちらヘビ皮を見せて欲しい。髪飾りはあえてサテンの細いリボンにした。黒の長いリボンだ。これを髪に編み込むだけで様になるだろう。ネックレスが豪奢なので装飾は少ない方が良い。

ここで時間をとってしまったようで、気付くと外は夕暮れにさしかかっていた。


エマの様子を見ようと作業部屋に戻ると、作業部屋には人がごった返していた。侍女達は追い返されたのか、廊下で何人か待機している。多分エディお兄様がいるので何か用事がないか言いつけられるのを待っているのだろう。


「ぎゃっ!」


部屋に入った瞬間に私は女性のお手本のローズという肩書きをすっかり忘れた汚い悲鳴をあげた。興奮で咄嗟に出た悲鳴だった。

部屋の中にはエディお兄様と、それからミッシェルもいた。ミッシェルはうっとりとドレスを眺めている。エディお兄様もドレスにあれこれ注文をつけている。そしてその注文を聞いているのはエマではない。壮年の気難しい顔をした男性だった。


「あああああ、アントニオ様!!」


巨匠アントニオ…!うっかり貴族の私が敬称を付けるほどの鬼才、黒いドレスの作者だ。ドレスはシンプルを信条にしていて、ドレスはどれもとっても優美なラインを描いている。それからその横にはマダム・ポンテール。豪華で繊細な作品に定評がある、エマのお師匠様。その横には…と10人のデザイナーがいた。大興奮だ。デザイナー大集合、大興奮、鼻血出そう。普通この人たちは自分の工房にこもって作業をするためこうして一堂に会することはまずない。それが、その人たちが一つのドレスにあれやこれや意見をつけ、さらにはその人たちがドレスを縫い合わせている…!


「遅かったなマリア。小物は決まったか?」


エディお兄様が気楽に声をかけた。それどころじゃないでしょう!私はお兄様を押しのけてデザイナー達に礼を取る。


「み、皆様お揃いで…!」


緊張して良い挨拶は出なかった。


「ドレスを破られたと言ったらみんな来てくれたよ」

「まあ…」

「で、原案を少し変更した。これだ」


ドレスのスカート部分の縫い合わせは変わらないが、その上に一枚チュールを重ねるらしい。色合いが派手すぎてシックさに欠けると判断されたようだ。なるほど、と私は素直に頷いた。刺繍の得意なデザイナーがチュールに蔓草模様を書いていた。なるほど…とっても豪奢なのでドレスになることは間違いない。


「あの王女様が歴史に残るドレスを注文したんだからこのくらいの豪華なメンバーは必要だろ?」


お兄様、敏腕すぎる。

私ではまず彼らを集められない。

目の保養になる見事な手付きを間近で眺める。エマも今回だけは戦力外でデザイナー達の技を盗もうと猛烈にメモを取っていた。


「3日もあればできるさ、心配するな」

「心配なのは出来上がるかどうかより寧ろ、また破られないかどうかです」

「それは大丈夫だ。明日か明後日にはラインラルドご一行にはお引き取り頂く」

「どうやってそんなことを?」


押しても引いても出て行きそうにないし、どこに行っても楽しい(当社比)ローズヒルズ領で遊び呆けて楽しそうだから絶対帰らないとおもう。私だってローレライの田舎からここに来た時は天国かと思ったのだから。


「まあ見てろ」


お兄様は絶対零度の微笑みを浮かべた。背筋がゾッと寒くなったのできっととっても恐ろしいことを考えたのだろう…




次の日になるとラインラルドご一行は朝一番で領土に逃げ帰った。ドロレス男爵夫人もここにはいれないと泣きながら出て行った。何があったのかさっぱりだったので手近な侍女に尋ねると怖い笑顔で「痴情の縺れですかね」と言われた。全然分からない。「ローズヒルズ家が誇るブスがラインラルド親子に色仕掛けで夜中に押しかけた上にもちろん拒否されたので、ブスは腹いせに夜中に刃物を持って強襲して追い出した」とエディお兄様がものすごく良い笑顔で言ってくれた。これを短く言って痴情の縺れ…ところでブスって誰なの。侍女がエディお兄様の唇に微かに残る口紅を指差した。………体張ったなあ。ちなみにエディお兄様の部屋には長い黒髪のカツラに超オーバーサイズのドレスとクッションが置いてあった。ブスはついでにデブだったらしい。使用したコスメを見ても、これはお化けメイクだわと一発で判断できた。肩幅の広い、野太い声のデブでお化け顔の女(仮)…そりゃあ怖かっただろうなあ…でもブスは誇れないからもう止めてほしい。


そのおかげで平和になったローズヒルズ家はドレスを粛々と仕上げ、デザイナー達が腕によりをかけたドレスは見事に出来上がった。デザイナー達を丁重に持て成し、私とエマはついに王都へと戻ることになった。


この時王都には既に秋の気配が近寄っていた。夏は丸々ローズヒルズに居たようだ。せっかく作らせた流行り物の可愛い夏服を全く着れなかったことが残念でならない。そのまま夏の領土に売っぱらわねば。どこに売るか見当をつけているとエディお兄様に怒られた。うちは古着屋じゃないぞ、と。…どうやらアリシア様の守銭奴っぷりが移ったらしい、我ながらどうかしていたと思い直し、エマに来年にも着れるように手直しをさせるようにした。


「それも違うと思うがな…」


お兄様、何度も言うようですが貴方の声は大きすぎるので独り言のつもりでも義妹にはしっかり聞こえてますよ。

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