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紅茶色の薔薇


その次の日に私とお兄様はまた街に下りた。ローズ選考会だ。本当は屋敷でやりたかったがどう考えてもレオナルドが来るので街に変えた。街中で一際目立つローズヒルズ家が運営するサロンのVIPへ入ると、呼んでいた3人の令嬢は部屋に入っており3人仲良く談笑していた。私イチオシのクリスティーナは輝く金髪を美しく結い上げ、リボンで留められている。そのリボンも薔薇の形になっていてとっても素敵だ。ドレスもセンスの良い空色で流行も押さえている。完璧だ。兄イチオシのミッシェルは濃い紅茶色の髪を真っ直ぐに下ろしていた。頭には髪飾りではなく小さなオリーブ色の帽子を被っている。上半身は黒の体の線に沿ってぴっちりとしていて、ウエストから切り替えで帽子と同じオリーブ色のスカートが軽やかに揺れた。完璧…保険のロレインは、いかにも私のファンです!といわんばかりの出立だった。私が前に着ていたドレスそっくりのものを着ていたのだ。それで兄も私も見る価値なしと判断した。私の真似をするようじゃあだめなのだ。


「御機嫌よう、皆様。お話しするのは初めてですが、どうか緊張なさらないでください」


私とお兄様が席に座り、優雅に紅茶のカップに手をかける。彼女達もそれに続いて紅茶のカップを傾けた。仕草はロレイン、クリスティーナ、ミッシェルの順で良い。


「クリスティーナ、あなたの髪はとっても素敵に結い上げていますね」

「ありがとうございます。短髪にしてもこのリボンの薔薇は使えますでしょう?」

「ええ、きっと映えます。私も真似しようかしら」


クリスティーナは話し上手。見た目通りの印象だ。ロレインは聞き上手だけど、話すと挙動不審が出てしまう。ミッシェルはどことなく下町を感じさせる気さくさを持ち合わせていた。


「でもそのリボン、すぐにほどけてしまいそうよ。実用性があるのかわからないわね」

「オシャレは我慢といいますでしょう?」


ミッシェルが冷ややかにクリスティーナを貶したがクリスティーナは微笑みながらかわした。うまい、いいねクリスティーナ。私は自分の推しが良い感じなのを兄にドヤ顔で自慢した。


「ミッシェルは今日は何か特別なことを?」

「いいえ、普段通りです。取り繕う必要がわたくしにはありませんから」


自信たっぷりにクリスティーナとロレインを牽制する術にお兄様がドヤ顔した。ある程度会話が弾んでお互いのことを知ったところで私は課題を出した。


「実はこのドレスに合うリボンを探しています。あなたたちならこの中のリボンのどれを選びますか」


私は微笑みながら自分のドレスを披露する。今日のドレスはごくシンプルな水色のドレスだ。首元はざっくり上品に開いているけれど、それ以外は何の変哲もない。私はウエストにリボンを巻いてイメージを変えるつもりだった。…そしてローズ候補生にはこのリボンを選ぶセンスを問う。意味を正しく理解した3人は私が用意したリボンを眺め始めた。リボンは20本持ってきた。質感は全部同じ、問うのは色だけ。質感は遠目に見れば分からないからなんでも良いけど、色だけは分かってしまうから一番敏感であるべき場所だと思っている。



一番最初にリボンを選んだのはロレインだった。ロレインは濃い紺色のリボンを選んで私には差し出した。私は受け取ったけれど身につけることはなかった。無難すぎるし目立たない。ダメだ。


二番目はクリスティーナ。クリスティーナはゴールドのリボンを手渡す。自分の色をさりげなくアピールしつつ、よく似合うものを選んでいて好印象。


最後はミッシェルだった。ミッシェルは悩みながら私に主張の強い濃いオレンジのリボンを手渡した。


私とお兄様は顔を見合わせ、同じ結論に達したことを悟った。お兄様が私のウエストにリボンを巻き、後ろで丁寧にリボンをくくった。勝者に私は微笑みを向ける。


「…ありがとうミッシェル。あなたのリボンが気に入ったわ」

「当然です」


ミッシェルは勝気に笑った。

水色とオレンジは相反する色のように見えるけれど、実はとっても仲良しな色だ。それを知る人は案外いない。


「どうしてこれを?」

「本来なら銀か金を選ぶのが良いと思ったんですけど、マリア様はそういう方ではありません。どっちかっていうと…破天荒な中の上品さを好む方ですから」

「よくできました」


私の性格まで反映した選び方。満点をあげたい。私はお兄様と席を外して外で話し合いをし始めた。


「ミッシェル良いだろ?」

「クリスティーナも負けてないですよ?」

「クリスティーナは自分のアピールに割きすぎたな。それによく見ろ、彼女は自分の体型にコンプレックスがある」

「そう思います?」

「ドレスが緩いデザインだった。自分の体型にコンプレックスがなければぴっちりアピールしてたさ」

「ミッシェルはぴっちりでしたね…しかも結構いい体してました。涎が出そうなほど」

「やめろ」


クリスティーナは不適格だと言われてちょっと悔しいが、ミッシェルは確かに合格ラインだ。ぶっちぎり合格レベル。体つきが特に最高。生意気そうな顔によく似合う豊満な胸にヒップラインまで理想的だ。ウエストはきゅっとくびれていて美味しそう。


「マリアを発掘した時みたいだったよ、ミッシェルは」

「私はもうちょっと輝いていた自信がありますけど」

「ミッシェルは間違いないと思うな」


ミッシェルは確かに間違いない逸材だ。だけど下町オーラが出てるのがなあ…


「『どっちかっていうと』とか、そういう言葉を直さなきゃ表には出せませんよ?『わたくし』が自然に言えるのは評価しますけど」

「まだ1年あるんだぞ?」

「それもそうですね」


そうか、まだ1年はローズでいられるのか。私は思い直してミッシェルを選ぶことに決めた。お気に入りのクリスティーナには可哀想だけど仕方あるまい。


中へ戻ると思いがけない光景が待っていた。


「謝ってくださいませ!」

「嫌よ!どうしてあんたなんかに!確かにあたしは商家の出だけどお貴族様に負けるほど品がないなんて言わせないんだからッ!」

「貴方みたいな乱暴者にローズの資格なくってよ!」

「言わせておけば、このぉっ!デブ!」

「酷いわっ!」


クリスティーナとミッシェルが取っ組み合いしていた。フーフーとお互いに荒い息を吐き出しながら肩と手をつかみ合って言い争いをしている。クリスティーナの薔薇のリボンは解かれて無残に床に散っていたし、ミッシェルの帽子は頭からずり落ちそうになっていた。ミッシェルが容赦なく吐き出した言葉に傷ついたクリスティーナはぷるぷると震えて涙目になった。ロレインは2人を見ておろおろしていた。


「はい、そこまで」


私とお兄様が2人の間に入る。お兄様は目をキラキラさせてミッシェルをと私を交互に見た。


「ミッシェル、君しかいない!」

「後にしてよ!このデブを懲らしめてやるんだから!」


お兄様が跪かんばかりにミッシェルに詰め寄ったが、ミッシェルがさけんでクリスティーナに詰め寄った。クリスティーナは私の背に慌てて隠れる。私はクリスティーナの代わりにミッシェルに凄まれた。


「ミッシェル、別室へ行きましょう。クリスティーナ、ロレイン、今日はどうもありがとう。またゆっくり話しましょうね」


私が2人を帰してその隙にお兄様とミッシェルをもう少し狭い部屋に押し込む。2人に簡単な手土産を渡して馬車に乗せるとクリスティーナは涙目でお見苦しいところをお見せしましたと謝罪した。いえいえ寧ろもっと早く止められなくてごめんなさいねと返して帰らせる。ロレインはあわあわと最後まであたふたしていた。



ミッシェルはお兄様に諭されて大人しくなっていた。ずり落ちた帽子を元に戻して落ち着くと急に恥ずかしくなったのか、頭を押さえていた。


「商家の生まれなんですか?資料には男爵家と」

「名誉男爵なんです。商家で、母がローズヒルズの流れを組む貴族でした」

「だからなのね」


下町っぽい喋り方はそこからのようだ。一人称はわたくしだったが、喧嘩した時に出たあたしが本来の一人称なのだろう。


「容姿には自信があるのですが、いかんせんあたしには落ち着きが足りないと親に言われてきましたから、なるべく大人しくしていたんですけど」

「喧嘩っ早いのはいただけないです。落ち着きもトレーニングしましょう」

「自信があるのは良いことだし、素質あると思う。君に次代のローズをお任せしたいんだけど、どうかな」


お兄様の言葉にミッシェルは毅然と立ち上がった。


「勿論お受けします。マリア様はいつ消えてくれるのですか?」

「その言い方も直さないといけませんね…1年後と考えてくれれば良いでしょう。それまでにあなたのその話し方とマナーは叩きなおしますから」

「マナーは完璧ですよ」

「商家のマナーはね」


貴族と商家は求められるものが違うのよと言外に言うとミッシェルは鬱陶しそうな視線をよこした。これは想像以上にじゃじゃ馬な気がする…

お兄様は大喜びでミッシェルを家に連れてくる日程を決めた。ミッシェル用の部屋を作るための業者も決めて、ミッシェルのマナー講師も早々に決めた。私の時より厳しいと噂の講師を連れてくるらしい。


ミッシェルもローズに内定したのを喜んで、誇らしげに豊満な胸を張った。お兄様が可愛い妹2号を嬉しそうに見つめるので色々目を瞑ることにする。





お兄様と帰ると当たり前のようにドロレス男爵夫人とレオナルドが私の部屋にいたので今日ばっかりは叩き出した。二日連続でベッドを捨てるのは勘弁してほしい。だけど私は今日のミッシェルを見て一つ思いついた。

晩餐の席で私はレオナルドに告げた。


「私、貴方と結婚するに当たってお願いしたいことがあります」

「お願いしたいこと?」


レオナルドは不思議そうに挽肉のパイを頬張った。


「ダイエットです」

「ダイエット?」

「体を絞ってもらいますね。それから、服も私が指定しますね」

「はあ…ダイエットをする必要がありますか?」

「お兄様をご覧になってください。これが理想です」

「はあ…」

「私の横に並ぶのですからそれなりに整えてもらわないと困りますの」


いたずらに嫌がるだけじゃなく、最悪の場合を考えてレオナルドを教育することにした。


「ついでに家庭教師も見つけました」

「は?」

「ドロレス男爵夫人を私に付けてくださったのでお返しに。ローズヒルズ領のことや社会のことを勉強してもらいますわね」


教育でちょっとはまともになってくれたらいいなっていう期待と、嫌だったらとっとと帰れというアピールだ。レオナルドは嫌がっていたが、絶対に逃がさない。結婚する限りはその根性叩きなおす。

ミッシェルが来る前に叩きなおす、絶対にだ。



翌日は大人しくドロレス男爵夫人の講義を受けた。世の中の令嬢はほんとにそんなことしてるの?って何度も言いそうになったが、喧嘩はするだけ損なので仕事を邪魔しない限りは話を聞いてやることにした。ドロレス男爵夫人は私が口答えするとすぐにヒステリックを起こすが、従順にハイハイと言っておけば害はなさそうだ。だけどレオナルドの良いところを20個挙げるという課題だけは全く思いつかずいくつか適当なことを書いて放置気味だ。それから、ラインラルド家のことやその領地についての勉強を始めた。思うことはあれど、学んでおけば何かあった時の切り札にもなる。

レオナルドは私のつけた教師から嫌々学んでいた。あんまり身についてなさそうなのは気になるが、少しずつ変われば良い。私はレオナルドとドロレス男爵夫人との付き合い方を学んだ。ローズたるものたとえ嫌いな人だろうが理解できなかろうが表面上は仲良くできねばなるまい。ミッシェルの良いお手本になるべく私は心を入れ替えた。



無益な1週間が過ぎ、お兄様が心待ちにしていたミッシェルが屋敷に来た。レオナルドは叩き直せてない。憂鬱だ。ミッシェルは大荷物を抱えていたが、それでも与えられた部屋にしては少ない荷物と言えた。お兄様はそれほど広い部屋を突貫工事で作り上げていた。

私がミッシェルによく似合う服をたくさん見繕ってクローゼットに掛けておいたので着の身着のままでももちろん構わなかったのだけど。とはいえ、私とミッシェルはちょっと険悪なムードに包まれていた。ミッシェルは勝気すぎて私にすら対抗心をメラメラ燃やしていたので私から学びたがらない。私に対しては一切の可愛げがないミッシェルに苦手意識すら持ち始めていた。


「よっ」

「まあ、ジョシュアさま!」

「アリシアから交換ノート預かってるぜ」

「アリシア様?手紙ではなく?」

「手紙を出せる状態じゃないからな」


ミッシェルとバチバチと視線で戦っている時にジョシュア様は突然訪れた。手にはいつもの本の他に、薄汚れたノートがあった。汚いので薄汚れたノートの端を持って受け取る。ジョシュア様はそれを見てゲラゲラ笑っていた。


「言っとくけどそれはそういうデザインだぜ」

「趣味が悪いですね」

「アリシアに言っとくよ」

「趣味の良いノートを贈らせていただきます、ともお伝えくださいまし」


私を睨んでいたミッシェルの目がジョシュア様の姿を映してきらりと輝いた。ミッシェルはすすすとジョシュア様に近寄っていく。


「…ミッシェル、マナーの本に戻ってもらえますか?」

「もう覚えたって何度も言わせないでくれます?それより紹介してくださいよ」

「貴方の田舎臭さが抜けたら紹介します」


冷たく突き放すとミッシェルは私を無視してジョシュア様に一歩詰め寄った。


「あんたって本の良い匂いがするわ。あたしミッシェルよ」

「ジョシュアだ」

「あなたこの小姑の恋人?」

「絶対に違う」

「そう、じゃああたしがアピールしても良い?」


ジョシュア様はまたしてもゲラゲラ笑った。ミッシェルは胸を強調しながら挑発的に微笑む。小姑ってなに。私はため息混じりにミッシェルに言った。


「その人は貴族アレルギーで女性不信だからそのアピールは逆効果ですよ」

「貴族アレルギー…?女性不信…?なら大丈夫!あたしはお貴族様じゃないし!」


ニカッと間違っても貴族ならしてはいけない笑顔でミッシェルはジョシュア様に手を伸ばす。ジョシュア様は、ああ、と思い出したように言った。


「そんな感じがスッゴイする。ハイローズ商会の娘だろ?」

「あたしのこと知ってるの?」

「名前だけな」

「それでも嬉しい!ジョシュア様、良かったらお茶しない?小姑がうるさくってかなわないの。気分転換したいわ!」

「俺でよければ付き合ってやるよ」

「やったあ!マリア様、お茶の用意をして!2人分よ!」


なんでわたしが!!!私は青筋を立てて笑顔を作った。


「ええジョシュア様、私とお茶しましょう。アリシア様のことも聞きたいですし」

「だめよ!ジョシュア様は私とお茶するんだから!」

「あなたはマナーの!」

「小姑は黙って!」


金切り声が飛び交うとジョシュア様が耳を押さえて怒鳴った。


「うるさい!俺は先約優先だからミッシェルとお茶にする。マリアは交換ノート読んで返事を書け!」

「ジョシュア様…!」

「きゃっ、ジョシュア様、素敵ぃ!」


わたしが涙目でジョシュア様を見上げるとミッシェルは喜色に満ちた声でジョシュア様に抱きついた。


「可愛いやつじゃん、ミッシェルだっけ?」


ジョシュア様は悪戯っぽく私に言った。義妹に負けて傷ついた私はこれ以上怒られたくないので大人しく下がることにした。ミッシェルの侍女にお茶の準備を任せ、私は自分の部屋に帰る。


部屋で不貞腐れながらアリシア様からのノートをぺらりと開く。アリシア様は元々これを交換ノートにするつもりがなかったらしく、小難しい計算やスピーチのテクニック、予算案についての対案等、様々なことが事細かに書き込まれてあった。寝る間を惜しんでこれを作っていたようだ。時折眠そうに字が揺れているのに、すぐに立て直すあたりがアリシア様らしい。眠いからやめる、ではなく眠かろうと何だろうとやり遂げるストイックさが彼女らしい。アリシア様は一番最後の余白部分に私へのメッセージを走り書きしていた。

『マリアへ

婚姻の件はジョシュアから聞いた。残念ながら今の私にはどうすることもできない。身動きがとれない。秋まで待て。ドレスを頼む』

ドレスを頼むの部分はアンダーラインまで引かれていた。余裕のない文章に私は不安になる。アリシア様に何か起こっているらしい。それにアリシア様は私の婚約話をジョシュア様から聞いたと書いている。私の手紙はどこに?届いていない?どうやらジョシュア様はそれを折り込んで話をしに来たようだ。ページがなくて返事を返せない。


そういえばすっかりアリシア様のドレスを忘れていた。予定を指折り数えると、私にはもう数日しか残されていない。アリシア様にフィッティングさせて、寸法を直していると…ほんとに数日しかない。レオナルドにかまけている場合じゃなかった。まだ候補絞り込めてないし、忙しいし…!レオナルドが邪魔だ…!今はミッシェルがいないので時間がある。今のうちにドレスを…!


「マリア様?お時間がお有りならしきたりの続きを勉強なさいましょうかしらね」

「今日の分はおわったでしょう?」

「復習と予習が大切ですのよ!」


ドロレス男爵夫人が絶妙のタイミングでやってきてしまった…私は頭を抱える。追い出すに追い出せないのは経験則として知っているので私は大人しく講義を受けた。でも頭の中はドレス、ドレス、ドレス!でちっとも集中できない。手直しもさせたいのに!エマ、エマはどこ!ドレスはどこ!!!!




「書けたかー?」


ドロレス男爵夫人に叩かれすぎて手が腫れ上がったところでジョシュア様からストップがかかった。ドロレス男爵夫人にジョシュア様の正体を明かしておいたから、ドロレス男爵夫人は歴史にうっかり暴力女と書かれてはたまらんとばかりに退散してくれた。ジョシュア様ってほんと役に立つ。


「書くスペースもないじゃないですか」

「つまり返事は不要ってことだ」


じゃあなんで書けって言ったんだこの人…

ジョシュア様は机を挟んで私の向かいに座った。ジョシュア様の目が私の机に散乱するラインラルド領の資料に向けられ、レオナルドの良いところリストで止まった。私はこほんと咳払いし、そのリストと資料を机の下に捨てた。ジョシュア様はそれについて何も言わずに先ほどの話を続ける。


「実はあの後、アリシア様は妃殿下と直接対決したんだ。それくらい腹が立ったらしい。あのアリシアが、だぞ」


アリシア様は妃殿下やサラセリア様に対して臆病すぎるほどに寛容だ。サラセリア様にどんな高価なものを盗られても一切怒らない。どんな暴言も耐える。そんな人だ。


「…が、それが原因で妃殿下に自室で謹慎を命じられた。アリシアの部屋には近衛兵が立っているような有様だ。意味がわかるか?」

「監視されているということですね」

「そうだ。もっと悪いのは、アリシアがすることにあれこれ理由を尋ね、気に入らなければそれを拒否する権限を近衛兵に与えていることだ。例えばアリシアが入浴したいと言えば、勿体無いから禁止。例えばアリシアが腹が減ったから食事を摂りたいというと、反省が足りないから禁止、ってな具合でな」

「それではアリシア様は謹慎なんてものではなく…!」

「そう、監禁だ。アリシアは外の世界から完全にシャットアウトされ…生理的欲求すら満たされないようにされている。近衛兵が退屈するからといって睡眠すらとらせない。レイモンドとアルフォンスが随分暴れたけどやっぱりダメだった。2人も謹慎中だ。リゼリアはあいつの兄の部屋に逃げ込んでセーフ。妃殿下もさすがに宰相には手を出せなかったらしいな」

「ですが、それではアリシア様は餓死させられるのでは…」

「そうならない程度の食事が出ているらしい。毒入りの可能性が高いから口にしていないようだが。後はジェシカが機転を利かせてちょいちょい差し入れをしているようだ。俺は権力が及ばないから妃殿下の命令は無視して堂々と食料を渡してるし俺が見てる範囲で食べさせてる。妃殿下も俺の行動は読みきれなかったみたいだな」

「妃殿下の行動がおかしいと思いませんか…?やり過ぎじゃありませんか?私の婚姻といい…」


剣呑な眼差しになるのは止めないでほしい。ジョシュア様は唸りながら答える。


「焦っている、というか、形振り構わなくても良くなった…といえる」

「どういうことですか?」

「妃殿下にとってアリシアは目の上のたんこぶだったんだ。どれだけ放置して、冷遇しても王女の座は下ろせない。愛するサラセリアに王位をあげたくて仕方ないのに継承権は半分こ。陛下も、一応アリシアを気にかけてはいたからな。襲撃させたり毒入れたり色々やったけどアリシアはへっちゃらだったのも気に障ってたらしい」

「襲撃…あのヒンバルク領の?」

「あれはそのほんの一端だ。ま、あれが一番大掛かりだったけど」

「こわ…」


妃殿下は暗殺をご所望だったようだがやることがどんどんエスカレートしていっているらしい。アリシア様が自分の食事を自分で賄うようになったのはそういう経緯があったようだ。アリシア様はパーティでも食事には一切手を付けない。アリシア様が食べるのは私達が出したものだけだ。それくらいに徹底している。

ゾッとして寒気がする。


「そういうわけだから、お前に手紙を秘密裏に…それも命綱の俺を介して出したのは、ドレスを本気で待っているからだ」

「私も取り掛かりたいのは山々なのですが…邪魔が入ってなかなか難しいのです」

「なるほど。妃殿下はそこも考えたんだな」

「妃殿下?なぜ妃殿下の話に?」


ジョシュア様は顎に手を当て思案しながら話す。私は頭の上にクエスチョンマークを浮かべて首をかしげた。


「ドレスだ。アリシアから今までドレスを奪っていたのは夜会でもなんでも、参加させないためだ。アリシアは神経を疑うようなダッサイドレスで参加してたけどな。だからアリシアがマリアを雇ったのは誤算だっただろうな…今回もそうだ。式典に参加させたくないんだ。妃殿下は不戦勝狙いだ、アリシアが出て来なきゃデズモンドはサラセリアしか選べないからな。だからドレスを、着るものをなくして出られなくしているんだ」

「それじゃ、ラインラルドとの婚約はその妨害策だと…」

「それどころかあのドロレス男爵夫人もそうだ。気をつけろ、マリア。あの2人は式典までは必ずお前のそばから離れない」


だから帰らないのか…否、帰れないのか。どんな伝手であの夫人を召喚したのかと思ったが、またしても妃殿下つながりか。どこまでも妃殿下が食いついている。厄介な…この状況を打開せねばアリシア様の不戦勝が確定してしまう…


「デズモンドとのことが気に入らないと見せかけての妨害策とはあの人も考えたな…」


言いながらジョシュア様は私の机に置いたいつもの本を取り上げた。


「ジョシュア様、もう帰ってしまわれるのですか?」

「アリシアが心配だからな」

「そうですか…」

「今から出ても仕方ないから本当は泊まりたいんだが、宿をとってない」

「ではここに泊まってください!ジョシュア様なら大歓迎、お兄様もミッシェルも喜びますから」


ドロレス男爵夫人避けになるし、とは言わずに私は手を叩いて喜ぶ。客室の手配を侍女に任せ、私はジョシュア様をダイニングに連れて行った。ジョシュア様はお腹が空いているらしい。確かに時間はもう夕方にさしかかっていた。私も早い夕食をいただくことにする。広い部屋ではなくダイニングにしたのは、この方が居心地が良いのかもしれないと思ったからだ。アリシア様達のあの部屋を見て以来、私も広い部屋はなんとなく寂しく感じてしまう。

いつもの手の凝った料理よりは比較的素朴なものをジョシュア様に出し、同じものを食べる。美食の町ではないがそれなりに美味しい領なのでどんな素朴なものでも味だけは保証できる。ジョシュア様も喜んで食べていた。


「そういえばあのミッシェルって娘、マリアと相当ソリが合わないらしいな」

「ええ、手を焼いています」

「同族嫌悪ってやつだな…」

「私はあんな子じゃありません」


むっと顔を曇らせる。ミッシェルを御せないのは私の力不足に相違ないが、それでも私とミッシェルは仲が悪いし、ミッシェルの気は強すぎる。つまり、つまり…手こずっているのだ。


「色々決まったんだろ?薔薇の色とか。アルフォンスに内々に薔薇の新作を依頼したらしいじゃん」

「あら、よくご存知ですね。確かにアルフォンスお兄様には来年に向けていくつか新作をお願いしました。色は紅茶色…ちょうどこんな色ですね」


飲み残したポットの蓋をあけると、中には濃くなった紅茶が赤と茶色を混ぜた美しい色を見せていた。


「ティーローズ、です。ミッシェルは紅茶色の薔薇になっていただきます。髪型もちょっと趣向を変えて…って、話しすぎですね。残りは来年にとっておきましょう」

「…なんだ、レオナルドとの婚姻に前向きになってるんだな」

「逃げ回るより家を守る道を立てただけのこと。婚姻に前向きというよりは最悪のケースを想定したというか…」

「………」


ジョシュア様はいきなり不機嫌になって一言も話さなくなってしまった。私も言葉を続けられず、口を閉ざした。妃殿下に圧力かけられたと言いたかったのに…来年リリース予定の薔薇の話でどうしてこんなことに…やっぱりミッシェルが厄介だわ…と見当違いな方向に苛立ちを募らせて、食事が終わった。


「酷いじゃん、ジョシュア様!あたしを置いて晩餐食べちゃうなんて!」

「お、おう、悪かったな…」

「朝ごはんは一緒に食べてくれる?」


部屋を出た途端にミッシェルがジョシュア様に飛びついた。ミッシェルは上目遣いにうるうるの瞳でジョシュアを見上げる。ジョシュアはたじろいで壁に背をぶつけた。私はミッシェルを後ろから引っ張ってジョシュア様から引き剥がす。


「おやめなさい。みっともないでしょう」

「なによ、年増」

「と、年増…!?」


悲鳴じみた声をあげて、一歩退く。ジョシュア様はミッシェルと私を交互に見た。ミッシェルはジョシュア様にぱちんとウインクをして、私に宣告する。


「ジョシュア様を夜に独占したんだから、朝はあたしよ!邪魔しないで!」

「ジョシュア様は私のお客様ですから、貴女にそんなことを言われる筋合いはありません」

「分からない?あたし、ジョシュア様にアピール中なの!冴えないフィアンセがいる女は引っ込んでなさい」


またしても私は一歩引き下がった。確かに私には不本意ながら…本当に不本意ながらもレオナルドという婚約者がいる。ジョシュア様に好きだという資格はない。ミッシェルは独り身だし、可愛いし積極的だしジョシュア様のアレルギーが出ない下町女だし…だめだ、負ける要素しかない。義妹にこのままでは取って行かれてしまう…

フィアンセという言葉を聞いたジョシュア様は面白くなさそうに私を一瞥して、ミッシェルの白い手を取った。


「俺も婚約者がいる女に手を出すほど野暮じゃねーよ。行こうかミッシェル」

「ええジョシュア様。鐘の塔から見える星空がとっても綺麗なの、一緒に見に行きましょう?」


ミッシェルはジョシュア様の腕に抱きついて廊下からとっとと立ち去った。残された私はとってもみじめ…否、打倒妃殿下、ついでに婚約破棄、そのためのドレス!!!!!!!!!婚約破棄さえできればジョシュア様に私だってアピールできる!


ドロレス男爵夫人は退散しているし、今のうち!

私は仕事部屋に置いていたドレスをがさごそと漁ることに決めた…



ドレスの山を目前に頭に過る。

ミッシェルはジョシュア様を連れて鐘の塔に行った。あれは前に私が婚姻を嫌がって大泣きした時に逃げ込んでジョシュア様に慰められて、キスしそうになった場所だ。そんな神聖な場所に、ミッシェルと…!!一気に血の気が失せて足元がふらつくが、ドレスだけは手放さない。いやちがう、前の私なら何が何でも阻止しに行っただろう。文句もつけただろう。


だけど今の私にその資格があるのか?


答えはノーだ。ない。ミッシェルが言った通り私には婚約者がいる。その時点でジョシュア様を口説く資格はない。だから追いかけることはできない。できなかった。ジョシュア様がミッシェルとどうなろうと…私にしたようにミッシェルに触れようが私には…私には…


「ドレスにシミが付くから泣いちゃだめでしょ」

「フィリス…」


ドレス片手にへなへなと床に座り込んで涙目になった私にフィリスが雑巾を渡した。雑巾で顔を拭えというのか、この鬼畜め。雑巾をフィリスに投げつけると今度はちゃんとしたハンカチが出てきた。そのハンカチ、雑巾に重ねて持ってませんよね?


「雑巾は手に持ってたでしょ?ハンカチは右ポケット。ほら綺麗!」

「この部屋に来るまでその雑巾はどこに?」

「……………マリア様、名探偵?」

「馬鹿なの?」


ハンカチも投げた。涙がぽろっと溢れて顎まで落ちる。フィリスが仕方なく手でそれを拭った。


「まって、その手は雑巾をしっかと持っていましたよね」

「そんなに嫌なら自分でやれクソ女」


笑顔のフィリスに暴言を吐かれて私は仕方なくフィリスに返したハンカチを受け取った。広げて表裏を変えており直し、涙を拭く。


「フィリスはずうっとローズに仕えてきたんですよね。私が降りて、ミッシェルがローズになったら次はミッシェルに仕えるの?」

「そうだなあ…そうなるとは思います。だって私はよくできた侍女だもん」

「私について来てはくれませんよね?」

「くれませんねえ。ラインラルド領でしょ?ぜーったいに、ヤダ」


かくしてフィリスにも振られた私は凹みに凹んでドレスに埋もれながら泣いた。フィリスはよしよしと頭を撫でてくれたが、あんまりにも私がめそめそするので呆れてどこかへ消えてしまった。


泣きやんでからドレスを探し、とりあえずの有力候補を見繕うとそれを自室に運んだ。そこからの記憶がない。私は泣き疲れて眠ってしまったようだった。

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