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泥棒猫な家庭教師

ラインラルド親子が帰るまでジョシュア様も居てくれるものと思っていたが、仕事が溜まって忙しいと言ってジョシュア様は次の日の早朝に王都へ帰ってしまった。多分私が縋り付くのが目に見えていたから早朝に、私が起きる前に消えたのだろう。


ラインラルド親子のことは全身全霊をかけて避け回っているが、逆に向こうは連れてきた使用人やら賄賂をやった侍女達を総動員して私を探し回っているらしい。寝るときはアリシア様がそうしていたように部屋の扉の前に衛兵を1人配置した。エディお兄様がそれを見て、「少ないじゃないか!」と激昂したため朝になると部屋の前には5人の衛兵が立っていた。


残念なことに、避けてはいても話し合いはしなければならない。私とエディお兄様は2人でたくさんの衛兵と侍女を扉の前に配置した状態で臨んだ。

ラインラルド親子は、今日は襟の詰まったドレスを着こなした、三角の眼鏡をした中年の女性を伴って参加していた。私とエディお兄様が 誰この人 と白い目で見ているとその女性がごっほん!と盛大な咳払いをする。


「ワタクシはメリッサ・ドロレス男爵夫人と申しますのよ」


誰も聞いていないのに勝手に自己紹介をしたメリッサにエディお兄様が顔を引きつらせながら応える。


「それで夫人はどのようなご用件でしょう」

「態々お呼びしたのに失礼ですよ、ローズヒルズ殿」


ラインラルド伯爵が夫人の手を取りながら厳しく言った。家主が呼んでいないというのに失礼呼ばわりされて私もエディお兄様も困りきって眉を下げる。放っておけばザマスとでもいいかねないメリッサは細い棒を振って机を叩く。パン!と小気味の良い音が部屋に反響して、私とお兄様は思わずびくりと小さく動いた。


「まア、その態度はなんでしょう!それが目上の方に対する態度というものですの?恥を知りなさい、マリアさん!」

「私が?!」


何もしてないのに指名されてたじろいだ。圧倒されて腰が引ける。エディお兄様が不機嫌そうにメリッサを睨みつけた。


「失礼ながら、夫人。我々の館に貴女をお呼びした覚えがありませんので私もマリアも対応しかねているのです」

「まア、そうですの。それではワタクシが徹底的に教育する必要がありますわね」

「…教育?誰が、いったい、どんな理由でマリアの教育を夫人にお任せすると?」


エディお兄様が睨みつけるがメリッサは一切動じずに視線をラインラルド親子に向けた。事情を察したエディお兄様は不愉快そうに衛兵を呼ぶ。


「この方を別室に通しなさい」

「ま、失礼な。ワタクシはここでマリアさんに淑女としての教育を…」

「それはまた話し合いをしましょう」


お兄様は反論を許さずにメリッサを追い払った。衛兵も心得ているようで、強引にメリッサを追い立てて部屋から出してしまった。

部屋が静かになった瞬間にエディお兄様がまた睨みを効かせた。ラインラルド親子はにこにこと上機嫌に笑いながら手を揉んだ。


「マリア様には従順さが足りませんからね!彼女に破格で躾けて貰えますよ。はい請求書」

「請求書…?まさか頼みもしない教育を我々に払わせるおつもりか」


請求書が侍女を介して私に回ってきた。値段を見て目玉が飛び出る。何が破格だ、バカめ、ぼったくりだろう。お兄様は即座にその請求書を破って捨てた。


「夫人にはお帰りいただきます」

「それでは教育はどうなさるおつもりで?」

「マリアにはもう十分教育を受けさせました」

「ですから従順さが…」

「それはマリアの長所です。それこそが彼女がただの男爵家の令嬢からローズにのし上がった武器なのです」


ハッキリと言い切ってくれたことに私は感激した。抱きつきたいくらいに喜んでお兄様ににっこり微笑む。


「それでは仕方ありませんな。これは我々からの投資と致しましょう。さて、持参金の話はもう済みましたから今日は日取りについて…」

「ちょっとお待ちください。持参金の話は決裂したままです」


私が割り込むとレオナルドは昨日と同じ豪華な紙を広げた。


「いいえ?これは妃殿下が承認なされたこと。つまり、決まったことです」

「妃殿下の承認ですって…?」


そんな馬鹿な、妃殿下の承認で勝手に持参金が決められるなんて話は聞いたことがない…!


「エディ様、速達です」


部屋に音もなく入ってきたフィリスがエディお兄様に手紙を渡した。妃殿下からだ。妃殿下に抗議をした手紙の返事だろう。エディお兄様はラインラルド親子に失礼、と一言掛けてから封を破った。

『私の決定に陛下も応じられました。臣下であれば王の命に従うのが当然のこと。新しいローズが必要であれば我がラル・グラント家の若い娘を遣わしましょう』とだけ書かれており、お兄様も私も血管が煮えたぎりそうな程強い怒りを覚えた。どんな手を使っても我がローズヒルズを乗っ取るつもりだと公言したのだ。それも、王の力を借りてでも。特に乗っ取りたいのはローズの部分だ、だからこそ保険を掛けている。


「妃殿下は何と?」


ラインラルド伯爵が腹を撫でながら問うた。エディお兄様は机を拳でドンっと叩き、手紙をフィリスに突き返す。


「何でもありません、日取りの話でしたね…!」


怒りに声を震わせながらエディお兄様は静かに言った。私も血が出るほど唇を噛みしめる。


「こちらも妃殿下から承認を得て、来月の頭にしようと…」

「物理的に不可能ですわ」

「何故?」


レオナルドが不機嫌そうに問い返した。私は頭の中で計算をしながら言葉を返す。


「まず、ローズクリスタルの研磨や指輪のデザインに半年はかかります。正式な婚約はそれからですわ。もちろん結婚の公示もそれからです。結婚の公示から式までは3ヶ月は必要ですから…ここまでで8ヶ月ですね、それから私の婚礼衣装には1年かかりますから…指輪と同時進行させても最短で1年はかかります」

「それは遅すぎるかと」

「私はローズです。簡単に結婚できると思われては困ります」


強く言い切るとラインラルド親子はたじろいだ。


「1年かけられないと言うならば、私はローズとしての矜持すら失います。利用価値が減りますけどよろしいのですか」

「そ、それは…」

「ああ、忘れていましたわ。夏の間は秋の式典の準備がありますから、私の準備はできません。2ヶ月程伸びますわね」

「式典の準備?聞いておりませんなあ、そんなものは」


ほっとけよ。私は諦めの色を滲ませながら諭すようにゆっくり話す。


「アリシア様の衣装の手配がありますから」

「アリシア?ああ、あの人か。そんなもの適当で良いでしょう?我々の婚礼より優先すべきとはとても思えませんが」

「一国の王女の衣装ですよ。あなたは私に恥をかかせたいのですか」


睨みつけるとレオナルドは小さくなった。ラインラルド伯爵がこほんと咳払いし、エディお兄様に確認するように言った。


「それでは式は来年の秋でよろしいですな」

「ええ、それが妥当でしょう」

「式はローズヒルズとラインラルドの双方で挙げるのが良いと思うのですが」

「そうですか」


エディお兄様は心底興味なさそうに答えた。


「ではこれで決定ですね。再来月には我が城へ来ていただけますな?」

「は?」


エディお兄様が驚愕した。


「婚約したのですから一緒に住んでしきたりや礼儀を学んでいただかねばなりませんよ」

「ですから私はアリシア様の衣装を…」

「アリシア殿は死にます。そうすれば貴女の役目は終わりますね?」

「あの人は絶対に死にません!」


思わず立ち上がって机を叩く。レオナルドは余裕の表情だった。


「いいえ。これは決まったことです。サラセリア様が王位を戴き、アリシア殿を処刑する。…貴女の役目は秋の式典で終わります」

「何て事を…!」


悲鳴じみた声を上げるとエディお兄様が私を庇うように立ち上がった。フィリスがよろける私を支え、椅子に座り直させる。


「お待ちください。しきたりだの礼儀だのは嫁いだ後にしましょう。マリアはここでやることが山積みですから。それに、婚約中とはいえ乙女が男の家にいるわけにはいきません」

「ですが、我が家の方針では…」

「マリアはまだローズヒルズの令嬢です。ラインラルド家の方針は、マリアの姓がラインラルドに変わってからでよろしいでしょう」


お兄様の言葉に渋々頷いたのを見届けると話し合いは終わったとばかりにお兄様は私を立ち上がらせ、揃って部屋を後にした。お兄様は額に血管が浮き出るほど怒っていて、あれ以上は耐えられなかったようだ。私も目眩がするほど驚いたのでもう話し合いはできない。


今日も私の部屋に2人で篭り、衛兵を沢山部屋の前に置いてネズミ一匹通さない鉄壁の守りになった。またしても手紙の山が机にあり、それを仕分けていくのにやけに手間取った。夜会の招待状は全部欠席で出し、婚約祝いには返事すら出さない。私は手紙の返事とは別にアリシア様に現状を伝える手紙を綴った。それをフィリスに出してもらい、今度はお兄様が格闘している妃殿下からの手紙に戻る。どう返事をしたものか…と悩む兄に寄り添うが、私にも案など浮かばない。このまま妃殿下の要求を跳ね除け続ければ臣下としての役割を疑われ、それを理由に処罰されローズヒルズは没落させられるだろう。だがこのまま妃殿下の言いなりになればローズヒルズは、ローズヒルズを保てない。ラル・グラント公爵家の色に染め上げられるだろう。

現状できる最善策はと言えば、次の世代のローズは決まっているから娘など送り込むな、と書く以外にはなさそうだった。たとえ結婚して持参金ついでにローズの任命権まで取られたとしても、あの馬鹿2人なら上手く言いくるめられそうだからこちらで新しいローズを立てられるだろう。となると、妃殿下に言い張った通り、次のローズを決めておく必要がある。それも内々に。


思い立てば即、ということで私とお兄様は一族の肖像画をかき集め、年頃の令嬢の肖像画をピックアップして並べた。顔立ちで予め数を弾き、最終的に残った3人を屋敷に呼んで面接をすることになった。私が推しているのは輝く金髪にグレーの瞳をした華やかで高貴な印象のクリスティーナ。兄が気に入ったのは紅茶色の髪に勝気な赤みの茶色の瞳の、やや強気な印象を受けるミッシェルだった。3人目は私も兄も保険として選んだ、黒檀のような黒い髪に同じ色の黒い瞳をした大人しそうなロレイン嬢だ。私がお茶会を開くので来てくれませんか、と気楽な手紙を出させる。日付は明後日。ラインラルド伯爵達が絶対に嗅ぎつけないように念には念を入れて、私たちが最も信頼するフィリスに直接届けに行かせた。


「まア、まーたこんな所に」

「もう放っておいてください、忙しいんです!」


フィリスを出した僅か数分後からラインラルド伯爵が遣わせた家庭教師だと言い張るドロレス男爵夫人が私を追い回すようになり、逃げ回るのが至難の技になった。男爵夫人は数々の令嬢の性根を叩き直した(と本人が言っている)実績があるらしく、私のように逃げ回る令嬢を見つけるのは大得意なようだった。仕方なく逃げ回るのではなく部屋に籠城の構えを見せるが、衛兵達も男相手には叩き返せても女の、しかもマシンガントークでまくし立ててくるタイプには勝てずに部屋に入って来るため、私もお兄様も弱り果てた。本当に仕事もしているというのに、怠けているだの、奉仕の心がないだのと好き勝手に喚いてくるので無視するのも難しかった。私は短気で負けず嫌いなため、すぐに言い返してしまうのだ。この野郎…と睨みつけると従順さマイナス1と声高らかに減点された。


「…私は本当に忙しいんです。見ての通りのミーティング中です、放っておいて」

「夫を放って仕事なんて女の風上にもおけませんね!減点1!」

「痛ッ!」


夫人は私の自慢の白魚の指を持っていた細い棒でベチンっと叩いた。指先で棒を弄び、私を得意そうに見下ろす。


「これからは減点の度に罰を与えます。良い子になるまで繰り返しますわよ!」

「一体誰の許可を得てそんなことを…」

「あなたの教育を旦那様からお受けしていますのよ。旦那様に言いつけますわよ!」

「どうぞお好きに!あなたに構っている暇はないんです!出てってちょうだい!」


私は負けじと夫人を突き飛ばして部屋から追い出す。鼻先でピシャリとドアを閉めると外からやいやいうるさく聞こえたが気分はスッキリした。椅子に座りなおしてエディお兄様と新しいローズの話を詰めていく。求める人物やイメージを話し合う。私の路線は可憐で高貴だった。どちらか一つは引き継ぎたいと思っていたので、それをどうするか。プラスするイメージはどうするか。話し合いは尽きないし、私も新しいローズに対しては勿論私以上の逸材を求めたいので選考は厳しく行うことになりそうだ。でも、とにかく、時間がない。


「お兄様、次のローズには私以上の負けん気の強さが欲しいと思います。こんな時勢ですから…」

「そうだなあ…豪奢なのも良いけど、それだとスノードロップと被りそうだからシンプルな美しさも良いと思うな」

「それは良い考えです。ではシンプルでも映えるようにとびきり体の線が綺麗な子が良いですね」

「それなら高貴路線は確保できるし、可憐さから脱却して大人っぽさを加えてみるのは?」

「良いと思います」


結局私たちが求める人物は、容姿はスタイル抜群の大人っぽいドレスが似合う、そして性格は負けず嫌いの令嬢と決まった。勿論センスも問わねばならないので問題を設け、私とお兄様の意見が一致したところで今日のミーティングは終わった。


ドロレス男爵夫人が突撃してくる気配を敏感に感じたので私とお兄様はこっそり屋敷を出て外食した。ラインラルド親子に構うのも生理的に限界を迎えつつあった。お兄様と二人きりの食事はやはり心落ち着くものだった。義理の兄ではあるが、本当の兄のように慕っているし、兄の方も本当の妹のように可愛がってくれているからこその安心感だ。


屋敷に帰ると私の部屋でレオナルドがバスローブ姿で待機していた。隣にはドロレス男爵夫人がまたしても棒を持って構えている。なにかいけない光景を見た気がしてドアを閉め直そうとしたがドロレス男爵夫人がドアを無理やり開けてきたので諦めて部屋に入る。フィリスを外に出したのは間違いだったな…とため息を吐き出す。あの強烈なキャラでこの2人を追い出してくれる頼もしい侍女は今手紙の配達中だ。


「時計見えます?」


嫌味を言うと棒を振りかぶられたのでキッと睨みつける。ドロレス男爵夫人はガミガミとうるさく喚き始めた。


「時計が見えていないのは貴女のほうです。今何時だと?淑女が家で夫を待っているべき時間でしょう!」

「幸いなことに私は今現在、独身ですから」

「小生意気な!減点1!」


棒で頭をバチンと叩かれる。普通に痛い。だがそれ以上に怒りで興奮したのか、メラメラと闘志が燃え上がるのを感じる。


「それで?こんな時間に淑女の部屋にそんな格好でどんなご用事ですか」


バスローブの下に何も着ていないのは見え見えだ。前にデズモンド王子といざこざがあったせいで耐性ができたらしく、私は非常に落ち着いていた。


「今日から夜の作法についてお教えします」

「兄の部屋で寝ますわ、おやすみなさいませ」


世の下衆男は寝ることしか考えていないのか。下世話な夫人にも腹が立つ。私は後手にドアを閉めて衛兵を呼んだ。衛兵にガッチリ守られた私を部屋に引き戻すことはできなかったようで、すごすごと私の部屋に戻っていく。ドアの前に衛兵を半分置いて、彼らがどうしているのかを報告するように義務付けておいた。私は宣告どおり兄のところへ…は行かず、客間に泊まった。


どんなに嫌がっても1年経てばわたしは彼の妻になってしまう。そうなる前に対策を考えないと…唇を噛みながらじたばたとベッドでもがく。ああ、最悪だ。頭が重い。


朝起きて部屋に戻ると半裸のドロレス男爵夫人とレオナルドが部屋から逃げていった。私は薄ら笑いでそれを見送る。部屋の掃除と消毒と、ついでにベッドはマットも変えるように侍女にお願いし、部屋の前に残していた衛兵から話を聞くと、私がいなくなってから数時間で事に及んだとの事だった。私という婚約者がいながら不貞に及んだ事実に喜ぶ。婚約破棄を言い渡す絶好の言い訳だ。

…と思っていた。


「それは夜の作法をお教えしたまでのこと。夫のすることにいちいち口を出すようでは良い妻にはなれませんわよ!」


…ドロレス男爵夫人は手強かった。身なりを整えた夫人は私が問い詰めた瞬間にケロリと認め、開き直ってしまったのだ。


「浮気なさる方なんて信頼できません」

「浮気?たかが夜遊びを浮気なんて言うようでは家庭を守れませんわよ、妻失格!」


きぃっ…!それがどうした、我慢も仕事のうち、と言われれば残念にも口が弱い私は太刀打ちできなかった。エディお兄様に言いつけたしエディお兄様も抗議をしたが同じ答えが返ってきて、ついに2人で諦めた。元々言葉の通じる相手じゃないのだ。


「じゃ、レオナルド様にはその作法とやらをしっかりお教えくださいませ」


諦めてどうぞどうぞとやるとドロレス男爵夫人は鼻息を荒くしてどこかへ消えた。…別に良いけどうちではやらないでもらえますか?特に私の部屋では。




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