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血は水よりも

婚約話から2日後になって、ラインラルド伯爵は薔薇で飾り立てた豪奢な馬車に揺られてローズヒルズ邸にやってきた。ジョシュア様も面白そうだーなんて言って残ってくれたので心強い。降りてきたラインラルド伯爵は馬車に負けない豪華絢爛な水色の天鵞絨で仕立てられた服を着込んでいた。対する私とお兄様は、ザ・普段着。歓迎する気など毛頭ないのでお兄様は上着も着ずにシャツで出迎えているし、私も普段着のグレーのシンプルで動きやすいドレスを着ている。普段着どころか殆ど部屋着に近い。

ラインラルド伯爵はでっぷりと肥えた腹を撫でながら出会い頭に親しげに私を抱きしめる。鳥肌が立って思わず腕で突っぱねた。


「おお青薔薇様。貴方が我が家へ来ることが楽しみでなりませんな…!」

「いえ、いい迷惑ですわ…」


本音が零れたがラインラルド伯爵は全く気にせずに頬に口付けまで落とした。ぞわっと総毛立って逃げる。


「それで婚約の件ですが…長男は別に婚約が決まりまして…」

「まあ、そうですか。では残念ですがこの婚約話は…」

「立ち話も何ですから中へ入りましょうか!」


ここ、私の家なんだけど!

ラインラルド伯爵がローズヒルズ邸を我が家扱いしていて私は息が止まるほど驚いたし不快に思う。エディお兄様もこめかみに青筋を立ててラインラルド伯爵を全く目が笑っていない唇だけの薄笑いで中へ招いた。


「父上、私のことをお忘れでは?」


馬車から遅れてラインラルド家の次男・レオナルドが降りてきた。私を見て一目散に駆け寄り、親と同じように私に抱きつく。それを同じように突っぱねて、続く頬へのキスを身体を捩って逃げ出す。


「貴方が待ち遠しい」

「それはまた別の機会に…」


耳元で囁かれ、オエッと声が出そうなのを堪え、中へどうぞと促す。何を勘違いしたのか私をエスコートしようと腕を出してきたが、素知らぬ顔で私はフィリスを横に配置してやった。


広い部屋に招き、可能な限り広い距離を取って座る。私たちの間にジョシュア様が座る。ジョシュア様はにやけて私がラインラルド親子を嫌がっているのをみていた。


「それでこの度の素晴らしい縁についてですが、兄上が別の方と婚姻を結ばれるため、弟の私、レオナルドとの婚姻とさせていただきます」

「お兄様はどちらの家と?」

「フォン・トローレン公爵家のビクトリア嬢です」


ぴくりとジョシュア様の眉が動いて、メモを引き出して猛烈にメモを取り始める。ラインラルド親子は全く気にせずに話を進めた。


「まああちらはあなた方程の持参金は望めませんからね…兄上も可哀想に、貧乏くじを引かされたようなものです」

「あなた方からするとトローレン家との婚姻は…どんな手をお使いになったのか知りたいくらいです」


落ち目の伯爵家と公爵家、全く釣り合いが取れていない。とはいえ件の公爵家も、相当に落ち目だ。それでも由緒正しい、伝統ある家のご令嬢がこんな落ち目の伯爵家に嫁ぐなんてあり得ないとしか言いようがない。レオナルドが自信たっぷりに笑う。


「ここだけの話ですが…妃殿下の口聞きです」

「妃殿下とはお親しいのですか?」


間にいるジョシュア様が私にしか見えない角度で親指を上げた。良い質問だったらしい。


「妃殿下の御実家と我がラインラルド家は古い友人でして、その筋でお話をいただいたようです」

「友人といいますと?」

「血の繋がりですな」

「まあ、それは存じ上げませんでした」

「私も父も、それを知ったのはつい最近のことなんですがね」


意味深ながら意味がわからないのでスルーしようと思ったが、その瞬間にジョシュア様がまたしても私にしか見えない角度で続きを早くアピールをしてきたので仕方なく話を掘り下げていく。


「家系図の整理でもされたのですか?」

「いえ、殿下が直々に手紙をくださりまして、どうやら血の繋がりがあるらしいから目を掛けましょう、と言われた次第です」

「それで私との婚姻になるなんて、不思議なお話です」


迷惑千万、とばかりに顔をツンと反らすとレオナルドは興奮したように前のめりになった。


「そんなことはありませんよ!引き離せない運命だということに他なりません!」

「面白い考えですこと」


消え入りそうな声で抗議をしておいた。


「さて、婚姻の話に戻りましょう」


ラインラルド伯爵が突き出した腹を撫でながら嬉しそうに言った。私とお兄様は心の底から嫌な顔をして笑顔を引きつらせる。伯爵は私たちに構うことなく一枚の書状を提出した。豪華な絵が描かれた、金のかかった一枚だった…いやそんなことはどうでも良い、中に書かれた内容にお兄様はぶったまげて白目をむかんばかりに仰け反った。


「持参金を指定なさるつもりですか?!」

「当然でしょう…我が家は妃殿下を輩出されたラル・グラント家に連なる家柄です。それくらいの持参金は頂かねば家格が釣り合わぬというものでしょう」


つられて私も書面に書かれた金額を見る。…見て、私もぶったまげた。桁が、おかしい。アルフォンスお兄様の薔薇の売り上げより高い。だが、おかしいのは桁だけではない。


「ローズに関する全権利とは一体どういうことですか!」

「持参金として領土等も頂くこともあるでしょう?ローズヒルズ家には領土の代わりにローズを頂こうということになっておりますゆえに」

「私が聞きたいのはそこではありません!全権利とは、何を意味しておられるの!」

「任命権から運用権まで、ですな」

「ローズは、そのような縛りを受けない立場として作られていますのよ、ご存知ありませんの」


怒りに声が震える。静かに怒っているのが分からないのか、ラインラルド親子は顔を見合わせて笑っていた。


「ブルーローズの貴女を貰うのですから、貴女の飼い方は私どもが決めてもよろしいのでは?」

「飼い方ですって…?!」


私は断じてペットではない。縛りを受けない、自由で、そしてファッションを愛するローズだ。飼われる筋合いはない。


「よろしいですか?ローズというのは『未婚の』『ローズヒルズ姓を持つ』令嬢に限られています。私を娶ったらその瞬間から私はローズではありません」

「ですからローズの全権利を頂けば貴女はまだローズでいられますし、我々もそうしてほしいのです」

「といいますと」

「金の卵を産む鶏に、もう卵を産むな休めとは誰も言わないでしょう?」


大人しくするな、家のために稼げということか…

不快感から手元が震えて、上手く紅茶も飲めない。


「その条件は飲めません、絶対に。このお話はなかったことに」

「いえいえ、飲めないということはないでしょう?家のために尽くすのは女の定めというもの。我々がせっかく良い条件で娶ってやると言っているのですから、ねえ?」


どこが良い条件なのか。私にもローズヒルズにも悪い条件でしかない。ニヤけた顔で私とお兄様を交互に、舐めるように不躾な視線を送るラインラルド親子にお兄様がいい加減呆れかえったのか、抗議をした。


「公爵家に連なる血筋だからこんな要求ができると仰いましたね?」

「いかにも。元々男爵家の生まれのマリア嬢であれば、まさに玉の輿というやつでしょうな」

「我がローズヒルズ家は王家に連なる血筋ですが」


お兄様が繰り出したカウンターにラインラルド親子は固まった。


「4代前の時代ですから相当昔ですが、我がローズヒルズ家でローズを務めていた令嬢が正妃として嫁ぎましたが?」

「それは初耳ですな…むむむ」

「従って、我々のような高貴な血筋と致しましては、そちらに無茶な要求させていただいてもよろしいということですね?」


ラインラルド親子は顔を見合わせた。ジョシュア様は今度はお兄様に見えるように親指をあげている。お兄様は残念ながら気付かなかったようだが、私は勇気付けられた。


「条件はもう少し詰めたほうがよろしい様子…また別の席を設けましょう。先にローズクリスタルが見たいものですな」

「あれはまだ加工も何もしていまぜが」

「石はここにあると聞きましたが?」

「…フィリス、用意して来い」


私の後ろに控えるフィリスにお兄様が命令した。フィリスは礼儀正しい完璧な礼をして部屋から出て行く。

フィリスが出て行った瞬間にレオナルドの視線がジョシュア様に向いた。


「ところでこの男はどこの誰なんですか?挨拶もなしに座っているなんて、あなた方はどんな使用人教育を?」

「ジョシュア様は使用人ではありません」

「俺はてっきり分かってるもんだと思ってたよ。悪かったな」


ジョシュア様手をあげてフランクにレオナルドに告げた。


「俺は歴史の語り部だよ。マリアの誕生日以来面白そうだから残ってやってるんだ」

「歴史の語り部といえば、最近我が妻に付きまとっている噂の…」

「逆だ、逆」


ジョシュア様は不快そうに顔を顰めた。我が妻発言で眉を吊り上げたが、ジョシュア様の言葉の刃で傷つけられ、しゅんと眉を下げた。でもここでジョシュア様への愛を全力で告白すれば婚約を思い直すかもしれないと思い、ジョシュア様への愛しさを視線に乗せてうっとりと見つめながら歌うように話す。


「私が城まで押しかけて付きまとっていますの。だって愛しているんですもの」

「ご冗談を!」

「私の誕生日の夜会でご覧になったでしょう?私からダンスを申し込むくらい、惚れ込んでいますわ」

「…笑えない冗談ですが、それも今日までですよ。我が妻に相応しい貞淑なレディになっていただかねばなりませんね。家庭教師を付けましょう」

「結構です」


私は冷たく突き返し、冷めた紅茶を啜った。ついでに机の下で中指を突き立てておく。ジョシュア様も辟易した顔で面倒臭そうに紅茶を飲む。


ちょうどフィリスが出て行った時と同じように完璧な礼儀で部屋へ戻ってきた。手には黒塗りの艶がある小さな箱があり、それをエディお兄様に恭しく差し出す。エディお兄様は頷いてからそれを手に取り、箱を開けた。箱の中は赤い天鵞絨がクッションのように引かれ、その上に親指大の石が3つ置かれている。

置かれている石はもちろん、ローズクリスタルだ。発掘された時のままの姿なので形も歪で輝きは鈍いが、これをキチンと研磨するとダイヤモンドに負けない輝きを放つようになる。色は基本的に無色か白みを帯びている。ローズクリスタルと呼ばれる所以は、ローズヒルズでしか採れない希少な石であるというだけではなく、石の中央に薔薇の花のような形の核を持つからだと言われている。誰にも詳しいことはわからないが、何故かこの石の中央には様々な色の小さな薔薇が閉じ込められている。だからローズクリスタル。傷とはまた違う、何か、だとしかわからない。

このローズクリスタル達は私の婚約指輪に使われるものだから、中にある薔薇は深い青だ。


レオナルドはそれを手にとろうと太い指先を伸ばした。その瞬間にお兄様が箱を引く。


「貴重な物ですので」

「もう少し見せてくださっても良いではありませんか」

「貴方に選ぶ権利はありませんから」

「…では我が妻、マリア様、私にあれを見せてもらえますかな」

「お断りですわ」


私は迷いなく断った。レオナルドは苛立ちを隠さずにまた箱に手を伸ばしたが、今度はお兄様が箱をバタンと閉じてフィリスに箱を押し付ける。フィリスはまた礼をして部屋から箱ごと出て行ってしまった。


「少々疲れましたな。部屋へ案内いただけますかな。マリア様の部屋はどちらに?」

「…客間へ案内致します」

「いえ、夫婦なのですから部屋は一つで良いと思いますよ?ねえ父上」

「結婚前に友好を深められる良い機会になると思いますが、どうですかな」


どうしてこの会話の中で私とレオナルドの仲が進展したことになったのだろうか…彼らの頭は本気で心配だが、同時に本気で気持ち悪いので、顔を盛大に引きつらせて答えた。


「ご冗談は顔だけになさってくださいね。気分が悪いので下がらせていただきます。案内は私の侍女に任せます」

「では晩餐でお会いしましょう」

「気分が優れないので部屋でいただきますわ」


挨拶もせずに私はとっとと席を離れた。お兄様は体面としてそれはできず、きちんと礼をして私の後を追いかける。ジョシュア様もメモをしまってお兄様と一緒に私の後を追った。




無言のまま私の部屋へ戻ると、3人でテーブルを囲んで作戦会議を始めた。ジョシュア様はメモを見ながらニヤニヤ笑っている。対する私とお兄様は頭を抱えていた。


「非常識にも程があると思いません?大体、妃殿下と血の繋がりがあるというのも眉唾物です」


私が吐き捨てるように言うと、ジョシュア様が笑いながら言った。


「それは勿論嘘だぜ。嘘っぱちもいいとこだ。何を勘違いしてるのか知らないけど、あいつらに古い歴史なんてものはないし、わりと最近成り上がった振興貴族だ」

「だったら尚更私たちにあんな要求できるわけがないでしょうに」

「それよりも気になるのはフォン・トローレン家との婚姻だな」

「あのフォン・トローレン公爵家があんな家に嫁入りさせるはずがないと思います。いくら妃殿下の力を使っても簡単なことでは…」

「そこなんだよな」


ジョシュア様はペンでトントンとメモを叩く。


「どうやって、はさておき。アリシアの母…前の正妃殿下だが、彼女はフォン・トローレン家のご令嬢だった。対するサラセリアの母の現妃殿下はラル・グラント家の出身だ。ラル・グラント家とフォン・トローレン家の令嬢が代理戦争をして、フォン・トローレン家の令嬢が死んで負けた為に没落していったという経緯もあるが、だからといってフォン・トローレン家が完全に無力になったわけでもラル・グラント家が乗っ取ったわけじゃない」

「どういうことですか?」

「つまり、ラル・グラント家は妃殿下を使って気に入らない家を無理やり乗っ取って支配しようとしてるってことだ」


ローズヒルズも気に入らないのか…ちょっと複雑だけど、乗っ取り話はしっくりくる。ローズヒルズは主力産業が布や皮の製品とはいえ、それを売り込むローズこそが主力な所もあるのでラインラルド伯爵を使ってローズを囲い込もうとしていた。ついでに持参金をごっそり持たせて力を削りたかったのだろう。それもその根拠として『高貴な血筋』とかいう訳のわからないものを使って。


「最近はデズモンドをけしかけて悪さしてるが、こんな思惑があったんだな」

「デズモンド王子がなにか?」

「知らないのか?デズモンド王子が色んな夜会だの何だのに行って、年頃の令嬢を片っ端から口説いてるんだ。側室にしてやるぞってな。真に受けた令嬢達が決まっていた婚約を破る事件多発中だ。困ったことにこの側室話を妃殿下が承認している」

「でも側室でしょう…?」


側室なんて大した旨味はない。寵愛を受けられなければ、平民よりずっと惨めな立場に立たされる可能性も高い。アリシア様の扱いを見るに、深窓の令嬢の如く育てられた箱入り娘にはあの城では長くは生きれないだろう。


「側室が正妃に成り上がった実例があるだろ」

「…なるほど、そういうことですか」

「ついでにデズモンドが口説くのも基本的にはラル・グラント家に歯向かう貴族っていうのもポイントだな」


エディお兄様が深いため息を吐き出した。手元にはまたしても手紙の山、山、山だ。


「とにかく妃殿下が婚姻話に一枚噛みついてるのはわかった。だがフォン・トローレン家の婚姻の話はアリシア様の耳にも入っているだろう…アリシア様はどう出られる?」

「さあな…俺が今日初めて知ったくらいだから、まだ知らないかもしれない。だけどアリシアもこのことを知れば、実家のフォン・トローレンだけじゃなく庇護しているローズヒルズまでコケにされたんだから怒り心頭なのは間違いない」


だけど下手な動きを見せれば何をされるかわからない。微妙な立場のアリシア様の動きは予測できない。


「ところで、ローズヒルズから王家に嫁いだ方がいらっしゃるなんて知りませんでした」

「兄は何故お前が知らないのかが知りたいよ」

「勉強不足でした、で、どなたですの?」


反省もせずに問い詰めると諦めたようにエディお兄様が言った。


「イザベラ様だよ」

「あの『イザベラの瞳』の?」

「そっちは知ってるんだな…そう、その方だ。美の女神が地上に舞い降りた、なんて言われるほどの美姫だったらしい。魅惑的なアレキサンドライトの瞳で覗かれれば最後、身も心も破滅させるほど夢中になるだの何だの…時の王も彼女の魅力には抗えず、一目見た時に求婚したそうだ」

「素敵だわ!」


手を叩いて感嘆の声を上げる。イザベラの瞳、素敵な品だとは思っていたけれど私にも所縁のある品だったなんて、感激だ!嬉しくって、早く似合うドレスを探したくなる。候補は上げたけれど、まだちゃんと見れていないのだ。あのアホ伯爵さえいなければとっくに決められていたものを…


「はやく王都に帰りたいです」

「あの馬鹿2人が帰るまで王都には行けそうにないけどな」

「…早く帰っていただかないといけないようですね」


滞在予定日数も告げずにやってきたところを見るに、私が靡くまで居座るつもりに間違いない…

長い戦いにならないことを願って項垂れた。


ここからしばらくラインラルド親子のターン。話の通じない人を書くのが楽しくて仕方ない。修羅場多めです

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