会いたくない気持ち
あれから丸3日、城には行かなかった。ジョシュア様もお咎めに来るでもなかったし、彼ももしかしたらエミリアのいない仕立て屋に行って落ち込んでいるのかもしれない。エミリアにはジョシュア様は任せろとは言ったが、もちろんそんなに強い心臓は持ち合わせていない。
このまま引きこもろうかと思っていたが、アリシア様が直々に書状をよこしてきたので気は重いが仕方なく出ることにした。しかもちょうどタイミング良くアリシア様の夏服も出来上がってしまったので、行かざるを得なかった。
「お、お久しぶりです、皆様」
「心配したのよ、マリア!」
部屋に入るとリゼリア様が抱きついて私の無事を確かめた。部屋を見回しても、いるのはレイモンド様、アリシア様、リゼリア様の3人で、ジョシュア様はいない。ほっと一息ついて、リゼリア様に尋ねた。
「ジョシュア様はお元気ですか?」
「それが落ち込んでてロクにここにも来ないのよ」
「ですよね…」
執務中のアリシア様も寂しそうに私に目を向けた。
「おかえりなさい、マリア。ジョシュアのこと、何か知っているのだな?」
「はい、アリシア様」
私はエミリアのこと、マシューのことを打ち明けた。もちろん私が逃したことは黙って、代わりに夜に駆け落ちしたことにした。ここ数日は2人のことを家族に説明するのに手間取っていて、と嘘をついた。実際エミリアの仕立て屋に行って家族に説明をしに行ったが、存外あの家族はエミリアに対して、生死を問わずとも幸せであればそれで良いと思っている節があり、マシューと逃げたと言うと諸手を振って応援した。そして表向きに、エミリアは病気の静養のために古い友人の家に向かったことになった。
「ふうん、だからジョシュアは血眼になって書庫を漁ってるのね」
「書庫ですか?」
「そのマシューって人の書いてた記録を漁ってたみたいよ。それでその資格の剥奪の尋問にかけるために準備してたみたいだけど、相手が見つからないんじゃ仕方ないわね」
「当面マリアは会わないほうが良さそうだな」
うーん、私もあんまり会いたくないな。
結論が出たところでさっきまでだんまりを決め込んでいたレイモンド様が口を開いた。
「マリア、お前を早急に呼び戻したのは他でもない。防波堤になれ」
「は?」
「他でもなくないわ、レイモンド。いい加減にしなさい」
リゼリア様がレイモンドを叱りつける。レイモンド様は悪びれることなく憎々しげに言った。
「アイツの嫌がらせに合うアリシア様とお前をこれ以上見ていられるか…!」
「まあ、レイモンド、優しいのね。だけどその優しさをマリアにも見せてちょうだいね」
アリシア様の嫌味に気付くことはなく、レイモンド様はアリシア様に最高の笑みを見せた。白い歯まで出ている。
「…とはいえ本当に辟易しているんだ。2人じゃ防ぎきれない」
「あのう、何のお話ですか?」
「私の婚約者候補の王子様だよ」
「僕のことかい?」
私の言葉に次いでドアが無遠慮に開き、アリシア様の言葉に侵入したデズモンド王子が答えた。
「何度も言いますが、ここは私の私室ですので許可なく入ることは、」
「固いことを言わずともいずれは結婚するんだからさ、ねえ?」
執務中のアリシア様の頬をするりと撫で、額に唇を落とす。レイモンド様が咄嗟に剣に手を掛けたのを私が押し戻す。
「おや?君はパーティの時の青薔薇じゃないか」
「王子はパーティの時とは雰囲気が違いますね」
ものすごいチャラ男になっているではないか。前の軍服の時はキリッとした良い男(に見せかけた無礼者)だったけれど、今度は服も着崩し耳に大胆なピアスをつけた、だらしのないチャラ男に変貌している。髪もキッチリ固められていたら凛々しさもあったが、くしゃくしゃと無造作に流れていては一切の凛々しさはない。前は一応、丁寧だった口調も崩れている。
「ますますお美しいお姿。どうだい今夜は僕の部屋で、…っぅ!」
「あら失礼、瞳に吸い寄せられたのですわ、オホホ」
で、と言った瞬間に一歩進んで足の先をハイヒールで踏み潰した。驚きついでに舌も噛んだようで無様に後退る姿を見せたことを恥じたのか、侮辱と受け取ったのか、私を睨みつけて部屋から出て行った。
「すごいわ」
「本当に」
短く感嘆の言葉を出したリゼリア様とアリシア様はデズモンド王子が逃げていったドアをぽかんと見つめたまましばし静止した。
「殿方のあしらい方はご存知ありませんか?」
「マリアほど社交的ではないからそんな機会もないな」
「あら、嫌味はおやめください。今のはちょっと乱暴な方法ですが、かなり効きます」
「まっすぐ歩けないくらい痛がってたもの…なんだか可哀想になったわ」
「そんなことを思ってはなりません。口で分からない男は痛みで教えるまで、です」
「あなたの人生が心配よ…」
変な人ってのは山ほどいる。私のような立場になると圧倒的に変な人に会うチャンスがある。嫌味な男にも、不躾な視線の男にも。そういう輩から身を守るのもローズの宿命だし、仕事だ。
「ローズって大変なんです」
にっこり笑って、リゼリア様とアリシア様の手を引いて私の前に立たせる。
「よろしいですか?まずいやらしい事や侮辱には皮肉で返します。それが効かない相手であればさっきのように足で踏み潰すのが良いと思います。言い訳は可愛らしく」
「さっきの瞳に吸い寄せられた、とか?」
「バージョンは様々です」
踏み潰す時の動きを練習させ、その時の足の動き、笑顔はキープしたまま、あくまで上品に、を反復練習し、2人はなんとなくコツをつかんだようだった。
「たとえばさっきの青薔薇の、のくだりですけれど、『風が強いと気高い薔薇も散ってしまいますので』と逃げても良かったのです」
「散る、だと変な方向に取られそうだわ」
「実際に散らせて困るのは相手の方ですから。それにこんなものはニュアンスで良いのです。よっぽど察しが悪くない限りはこれで逃げれますから」
「ダメな場合は、こうね」
リゼリア様が一歩踏み出してレイモンド様の足を踏んだ。レイモンド様はしばし言葉を失って足を抑えた。
「レイに聞くならかなり効き目ありだな」
アリシア様は試そうとはせず、また仕事に戻った。
「そういえば、アルフォンスお兄様はどうしたのですか?」
「あの昼夜問わずにやって来るバカ王子のせいでアルフォンスとレイモンドが二交代で私の警護をしているんだ。だからアルフォンスは今寝てる」
寝室に忍び込まれては堪らない、とアリシア様は吐き捨てた。
「サラセリア様の所へも行っているのでは?」
「いや、行かないだろう。サラセリア様はあいつと結婚するつもりのようだから、バカ王子にとっては『面白くない』姫のはず。わざわざそっちへ出向くよりは私を挑発したほうが余程面白いのだろう」
「それは…」
「サラセリアは楽して王位を取りたいんだ。何を吹き込まれたのやら、バカ王子なんて毒にしかならないというのに」
アリシア様は心底鬱陶しそうにハエを追い払う動作で手を振った。
「正直なところ、二交代では可哀想だから、もう一人護衛が欲しいくらいだし、できればバカ王子はとっとと国に帰ってほしい」
「城の衛兵は使われないのですか?」
「私の持ち駒ではないから自由に使えない。むしろ…王の意向でバカ王子の手下状態だ。私の部屋の前に張らせたら警護なんぞしないだろう。リゼリアも危ないから今は私の部屋で寝ている」
「まあ、お泊まり会ですね」
そんな呑気な場合じゃない、とレイモンド様が私を睨みつけた。私は構わず続ける。
「年頃の女の子のお泊まり会では、お菓子とこっそりお酒を持ち込んで夜通しお喋りするんです…お酒で話しにくい事もスラスラ言えて、すっきりして楽しいですよ」
「気晴らしにはいいかもしれないわね。ね、アリシア様、いいでしょ?マリアも呼んで一度そうしましょう」
「構わないけど」
アリシア様は微笑んで私たちの予定を擦り合わせてくれた。結果的にアリシア様の執務やら私の仕事を鑑みて、今日が一番都合が良かったので私はこのまま朝までこの部屋にいることになった。連れてきていたフィリスに言付けて屋敷から着替えを持ってきてもらい、アリシア様の執務が終わるまで私は持ち込んでいたアリシア様の私服の衣替えを始めた。
「リゼリア様?アリシア様のクローゼットってこんなにスカスカでしたか?」
「例のごとくよ」
つまり侍女のマギーがサラセリア様にこれ幸いと献上していったのだろう。クローゼットに所狭しと詰め込んだ社交シーズン用の夜会服に普段着に、挙げ連ねるとキリがないドレスがほとんど半分になってしまっていた。
「マギーは今どこに?」
「さあね、いなくてせいせいしてるのよ。デズモンド王子がこっちにばかり来るのがよっぽど面白くないみたい」
むしろ、いないのは僥倖だ。邪魔が入らないし、それにドレスの大半が無いのだから、ドレス回収の手間もそれなりに省ける。
とはいえ、アリシア様が無駄を嫌うため、契約をした時にアリシア様のお下がりはそれなりの値段で商家にでも売りに出すことにするよう指示された。そしてそのぶんアリシア様に要求する金額から引く。回収率が悪いとアリシア様のドレスやら宝石類の値引き率は悪くなる。そうするとアリシア様が損をすることになり、若干機嫌が悪くなる。
フィリスを家に帰してしまったから私は一人で広いクローゼットをウロウロと歩き回りながら形別、色の並びを意識しつつドレスを吊り下げていく。化粧品もこれからの夏らしさを意識した色を持ってきたので化粧台に置き、最近やっと使い始めてくれたボディクリームや香油をここぞとばかりにたくさん置いておく。まだなんとなくこういう系統は好きかも~くらいの認識しかしてくれていないので、好きなものを一つでも見つけてほしいと願いを込めて我がローズヒルズ家が誇る香油を全種類引っ張ってきた。香油とボディクリームは同じ香りなので、対応するボディクリームも並べておく。
あとは宝石類だが、これだけは盗られるとバカにならない損害なので、前に来た時にダイヤル式の鍵を掛けてもらった。商家にドレスを売るとはいえ、一定数卸すことを商家に約束してしまっているのでこの数だと少し困る。最悪ドレスは私の顔でゴメンナサイの一つで済むが、宝石類はうちじゃ取り扱えないのでゴメンナサイじゃ済まない。宝石類だけは商家に売り渡す他に元々の持ち主に返す場合もあるので、その場合は取引先が怒る。とってもじゃないが弁償できないので、それはもちろんアリシア様に莫大な追加料金を頂かなければならない。取引先は大抵隣の領土の貴族がそれに当たるので仲良くしておきたい。他に宝石類を取り扱う貴族や商家はサーリヤ様を始めとするスノードロップ家等のローズヒルズの敵に当たるのだ。ダイヤル式鍵対策がそれなりに効いたのか、お陰様でクローゼットのドレスよりはずっと数が残っていた。一つ二つは消えているが、貸与分ではないので無問題だ。中身を入れ替え、衣替えが終わった頃にはアリシア様もひと段落ついたようで、クローゼットを見に来てくれた。
「まあ、素敵」
「お気に召しました?気に入らないものがあればおっしゃってください。替えを用意しますから」
「とんでもない、全部素敵だし、動きやすそうな服を用意してくれたみたいで嬉しい」
「装飾過剰な物はお嫌いでしょうからね」
服、宝石、化粧、ケア用品の説明を一通り終えるとちょうどお腹の空く時間になったので、全員で連れ立って食堂へ降りた。
王族だけが使う部屋もあるが、アリシア様は頑としてそこへは行かず、代わりにこじんまりした狭い部屋へ案内した。そこには部屋のサイズに見合った5人掛けの、貴族の家ではまず目にしないサイズのテーブルがあった。
いつも一緒にいるリゼリア様やレイモンド様は勝手知ったるもので、めいめいにいつもの席へ座り、空いた席に私を座らせた。もしかしてアルフォンスお兄様の席なのかと思っていたが、空きはもう一つあるので違うらしい。王族や貴族が食事をするには小さい丸テーブルは、一緒に食事をする人がとても良く見える庶民のそれと同じだった。理由は聞かずとも分かる、アリシア様はサラセリア様を含む家族とは食事等できない。だからこうして、家族の代わりに最も信頼する家臣と食事をしている。
「遅くなりました?」
そうしているとアルフォンスお兄様が寝起きの顔で部屋に入ってきた。目をこすりながら私の隣に腰掛け、くあぁと大きな欠伸をした。
「あれ?マリアじゃありませんか」
「おはようございます、アルフォンスお兄様」
「みんなにはこんばんはですけどね…」
アルフォンスお兄様は恨みがましい目つきで虚空を睨む。たぶんその先にデズモンド王子がいるのだろう。
アリシア様の片腕(仮)のジェシカがワゴンで食事を持ってきて、私達のまえにドンと置いた。各自で好きな分だけ取分けて食べる方法らしい。私としてはかなり戸惑う方法だったので、思わずアルフォンスお兄様を見つめると、気付いたアルフォンスお兄様が先に私の分をテキパキと取分けて皿に盛り付けてくれた。アリシア様の皿には、アリシア様が動く前にレイモンド様が恭しく皿に取り分けられた。何なら食べさせて差し上げたいと言わんばかりの目つきでアリシア様を見つめていた。
「この席は本来誰の席なのですか?」
「ジョシュアだ。今はいないが」
珍しくレイモンド様が答えてくれた。私は思わず席を二度見した。
「いつもご一緒に食事を?」
「いえ、3日に1回くらいです。ローテーションがあって、地下の食堂で侍女や執事と食べる日、語り部様と食べる日、僕達と食べる日、という感じです」
「じゃあ今日は違う日なんですね」
「というよりは最近メシも碌に食ってないらしいが」
レイモンド様が嘆息した。
「俺がもしそういう立場になれば…あの程度じゃ済まないと思う。相手は問答無用で切り刻む」
「ありもしないことを言うもんじゃないですよ」
つまりアリシア様と婚約できたとして、他に男を作られたらジョシュア様以上に落ち込む自信があるととびっきりの憂い顔でレイモンド様は言い切った。アルフォンスお兄様は冷静な顔でパンにバターを塗りながらいなす。
「ジョシュアの気持ちも分からないでもない。今はそっとしておいてやるのが一番。触らぬ神に祟りなしというし、放っておきましょう」
アリシア様の言葉にレイモンド様が力強く頷いた。
「それに今回は、マリアも逢いたくないようだし」
「ええ、分かります?」
「舞踏会で大喧嘩していたのは見たし、今回の件もかなり…酷い争いになりそうだから」
「流石に修復不可能でしょうか」
右手でナイフを探しながら私はアリシア様に尋ねた。アリシア様は庶民のようにナイフを使わず、フォーク1つで器用に食べ進めていた。アルフォンスお兄様が気付いて控えていたジェシカからナイフを貰い、私にくれた。貴族らしいお作法はここでは一切必要ないらしく、アリシア様やアルフォンスお兄様は本来なら無作法で叩き出されるような食べ方をしていた。レイモンド様は染み付いた貴族らしい食べ方が抜けきらないようで、アリシア様に合わせるにも中途半端な食べ方になっている。意外にもリゼリア様は一番作法に無頓着だった。基本的なルールすら知らないような食べ方だ。リゼリア様を嫌いになりたくないので私はそっと視界からリゼリア様を追い出した。
「エミリアさんのことは、マリアは関係ないとはいえ、ジョシュアは逆恨みするだろうし、今は鬱屈しているから余計にマリアに当たると思う」
「ですよねえ…私がエミリアを唆したと思っていましたし」
エミリアとマシューの駆け落ちを助けた以外は私は特に悪いことはしていない。駆け落ちに対して負い目を感じていたけれど、そのことをジョシュア様は知らないし、だとしたらそれ以前のことで私は悪いことを一つもしていないんじゃないだろうか。エミリアとマシューのことは、私は関与していない。
「ジョシュアはガキですからね。小さい頃に汚いもの見過ぎて、背伸びを拗らせちゃったんです」
「汚いもの…」
貴族に迫られて貴族アレルギー。歴史の裏側を見過ぎて人間不信…私達が見る綺麗に整備された歴史ではなく、彼が見るのは真実だけなのだ。
「ああ勿論、表に出るもの全てが操作済みということではない。ただ、結果と思惑は別だったことがあるというだけ」
「ジョシュアは可哀想なガキなんです、いつまで経ってもね」
幼い頃に両親を亡くして、婚約者を押し付けられて、それでも婚約者を好きになって、世の中の汚い所を丸ごと押し付けられて、だからこそエミリアが唯一の安らぐ場所になって…そしてその場所が突然消えた。ジョシュア様は歪んでいるのだ。子供でいられる期間がなかった、愛される期間が、なかった。だからエミリアに愛を乞い、それでも捨てられた。
「修復は大丈夫だろうけど、努力は必要だろうな。逃げ回っている間はどうしようもないし、悪化するだけだ」
「努力します」
私はアリシア様に約束させられてしまった。アリシア様は可愛らしくウインクしてまた肉詰めパイに食らいついた。
「これ美味しいわ」
リゼリア様が呟いた。後ろに控えるジェシカがにっこり笑った。
「お口に合いましたか?」
「ええ、とっても美味しいわ」
「料理人ではなく、ジェシカが作っているのですか?」
「そうよ。サラセリア様の息がかかった料理人にさせるとどこに何が仕込まれてるかわからないもの。前は私達で持ち回りでやってたんだけど、下手だったから…ジェシカが来てくれるようになって本当に助かるわ」
「最初は僕たちでやってましたけど本当に美味しくなかったですよね。あまりにも酷いからちょくちょく比較的安全な騎士の食堂から強奪してましたね」
王宮で生きることってこんなに難しいのか。私は戦慄した。
食事が終わるとアルフォンスお兄様は徐に立ち上がってジェシカの手を握り、指先に口付けた。
「ジェシカ、今日も美味しかったです。ありがとう」
「はいどうも」
ジェシカはにこりともせずに予備のナプキンで手を拭いた。いつものことなのかアルフォンスお兄様は毛ほども気にせずレイモンド様に向き直る。
「じゃ、僕はアリシア様の警護ということで、レイモンドはとっとと寝てください。朝までさようなら」
「そうさせてもらう。…それでは失礼します、アリシア様。夜更かしは身体に毒ですので、早めに寝てください。お酒も嗜む程度に、」
「レイモンドはアリシア様の親でしたっけ?」
レイモンド様はアルフォンスお兄様を睨んだ後に舌打ちをして部屋へ帰っていった。名残惜しそうにアリシア様の顔を見るのを忘れずに、そして器用にアルフォンスお兄様を睨みつけ。
****************
「で、実際のところ、アリシア様はレイモンド様のことをどうお考えですか」
お風呂に入った。ジェシカに頼んで夜食も持ち込んだし、私が持ってきたシャンパンで私もアリシア様もリゼリア様もほろ酔い状態で、とかく話しやすい。
アリシア様は私の問いに機嫌良く答えた。
「そうね、レイモンドの気持ちは分かっているし、とてもいじらしいと思う。かわいいわ」
「つまり?」
「好意的ではあれ、愛情よりは親愛というもの。私は悪い女だから彼の気持ちを知った上で彼を利用しているのよ」
アリシア様はお行儀悪くベッドの上でシャンパンの細いグラスを傾けた。
「まだミハエルを?」
リゼリア様が意外そうに聞くと、アリシア様は微笑みながら応える。それはさも当然という風に、どうしてそんなことを聞くのかわからないという風に。
「永遠に」
それはそれは重い言葉だった。リゼリア様は絶句していたし、私もアリシア様の言葉には素直に驚いた。
「リゼリア様はどういう男の方が好みですか?」
「私?私はそうね、私の兄が好みのタイプといえるわ」
「宰相でしたね」
「そうなの、お兄ちゃんは若くてもとっても才能があって、」
リゼリア様の兄の自慢話は長々と続いた。元々話しすぎる所はあるが、酔いのせいで自慢の兄の話は長くて私とアリシア様は途中で飽きてカードゲームを始めるくらいだった。
「…、大学も奨学金を貰ったし飛び級したからすぐに出てしまったの。それで城で暫く実務経験を積むとすぐに宰相に抜擢されたわ。まさに才能の塊よ。それに服のセンスもすごく良いの。昨日着ていた青いのもすごく似合っていたし、何より私にプレゼントしてくれるドレスはいつもとっても私に似合うし、いつだって私好みよ、すごいでしょう?」
「そーですね。チェック」
「そうだな。…甘いぞマリア。チェック」
私とアリシア様は声を揃えて同意しつつ、手元ではカードゲームからチェスに移行したため、駒が忙しなく動いている。キングをチェックしたのにすぐにチェックを返され、私が優勢に見えるのにアリシア様にじりじりと包囲されていた。既に取られたクイーンが惜しい。クイーン欲しさにポーンを進めていくと惜しいところでアリシア様に取られていく。そこから三手でアリシア様は私にチェックメイトを言い渡した。
私じゃ相手にならないことがよく分かったのでチェス盤を片付け始めると、外が突然騒々しくなった。アルフォンスお兄様の怒鳴り声が聞こえる。アリシア様も耳をすませて外の音を拾っていた。気付けば私とアリシア様はしゃべり続けるリゼリア様を放置してドアに耳をくっ付けて外の様子を探っていた。
「俺様は王子だぞ!それにそのうち王になるんだ!この国の!」
「だからといって姫の寝室に夜這いを掛けられるわけがないでしょう!」
「アイツは俺の女だ!俺の好きにして何が悪い!そもそも男爵家程度の家柄で俺様に命令できる立場だと思ってるのか?」
「はあ?」
アルフォンスお兄様がブチ切れる瞬間を肌で感じ取った。どうやら外で大暴れしているのはデズモンド王子らしい。見かねた私はアリシア様に問いかけた。
「いつもこうなのですか」
「普段はアルフォンスが帰れと言えば比較的すんなり帰ってくれてたのだけど。さては酔っているな。酔っている時はいつも以上に横暴になる」
アリシア様は肩を竦めた。私とアリシア様は再び耳をくっ付けてアルフォンスお兄様の怒鳴り声を聴き始める。




