三
先ほど訪れた喫茶店にて、今佐野はここ数日彼を訪ねてきた青いワンピースの女性について、宮代に話し終えた。
「……と、まあこんな感じで最近見ず知らずの女の人に訪ねられているわけだ」
佐野はため息混じりの脱力した顔とは対称的に、宮代の顔はやや引き攣った苦笑いである。
「……マジで?」
「マジ。で、この封筒がその女の人に貰ったその人の個人情報」
佐野は左手に持っていた封筒を少々高く上げてみたが、宮代は特にそれに反応せず、苦笑を続けるだけだった。
「まさか知り合いがそんなギャルゲー展開に巻き込まれているとはな。お前上手く選択肢選べば彼女持ちに成れるぞ」
「人生に選択肢は見えねえよ。そして彼女云々以前に恐怖すら感じ始めてるんだが」
「ギャルゲーはギャルゲーでもヒロインがヤンデレって感じだな」
宮代はヘラヘラと笑っているが、冗談ではなくその可能性があるので佐野は素直に笑えなかった。刺されるのも監禁されるのも殺されるのもごめんである。
「とりあえず、ヤンデレバットエンドルートを回避するためにはどうすれば良いと思う?」
宮代は少し考えてから、答えた。
「……佐野の話からすると、多分その幸さんってのは明日もお前の家訪ねるんだろう?」
あの様子や言葉から考えるとそうだろう。
「ああ」
「じゃあ、まず明日その幸って人と話してみれば? 何でお前を幸せにしようとしているのか? って。話してみないと分からないこともあるじゃん」
出来れば佐野は、あの幸という女性とこれ以上関わり合いを持ちたくないのだが、宮代の言葉も一理あるように思えた。
「……そうだな。明日聞いてみることにするよ」
すると宮代は急にニヤッと笑い、そのまま口を開いた。
「俺が大好きな名言がある。それをお前に伝授してやろう。心して聞け。……〝人生というゲームにセーブポイントは無い〟とあるギャルゲーマニアの言葉だ。この言葉を胸に明日頑張れ。経過報告よろしく」
とても残念な友人を持てて佐野は幸せだった。
あれから佐野は宮代と別れ、彼の家に戻った。今は適当に作った料理を食べながら先の女性の履歴書のような物を読み直しているところだ。
「学歴も資格も無くて、志望動機も訳分からなくて、年齢が何故か五歳って頓珍漢なことが書いていて、こいつは俺に信用してもらう気があるのか?」
何処をどの様に佐野が考えても上手い解決策は浮かばず、そうこう考えているうちに彼は食べ終わっていた。
「宮代も言ってたけど、あいつまた明日も来るんだろうなぁ」
一昨日から連続して訪ねられているのだ。明日も尋ねられると考えたほうが殊勝であろう。
けれど、彼女に訪れられた時から佐野が考えていることだが、何故彼女が彼の元へこうも何度も尋ねてくるのか彼には皆目検討もついていなかった。
もちろん佐野は何かのアイドルなどではない一般市民、更に補足するならば、容姿の方も自他共に認める平均並みである。そのため彼のファンであるという可能性はほぼ皆無に等しい。ならば、どこかで彼と会った知り合いである可能性が高いのだが、彼には正真正銘彼女に会った記憶が無いのである。また、あれほどのキャラクターを持つ人物なのだから、佐野が忘れてしまったという可能性も極々少ない。
「……まあ、明日聞いてみることにするか」
いくら考えても彼には何の答えもその手がかりも浮かばないのだ。とりあえずは現状に身を任せる事にした。分からないことは分かるまでほうっておくというのが彼のスタンスであり、苦労しないように生きることが最近の彼の目標である。
その日、佐野は何処までもいつも通りに、テレビを見て、ネットサーフィンをして、入浴し、寝巻きに着替え、歯を磨いて、就寝した。