六
*
あなたは何故、そのような事を聞くのですか?
良いではないですか、そのような事を聞かなくても。
私の幸せなど、どうでも良いでは無いですか。
「……私はあなたを幸せにします」
声が震えているのが分かります。
何故あなたは私の幸せなど聞くのですか?
あなたが一歩踏み出して、右手で私の左手を握りました。これでは逃げられません。
……逃げる?
……一体何から?
……この質問から?
ダメですいけません。考えてはいけません。やっと、やっと私に価値が生まれたのです。もうガラクタになるのは嫌なのです。この質問の解答を求めたくありません。
ああ、ですが、私の記憶は勝手に昨日の朝、あの喫茶店での出来事を思い出していきます。あの時、私は解答を出してしまいました。その解答が正答である事も分かってしまいました。それを誤答と思う事さえ出来ませんでした。
そうです。私はあなたの質問への解答を持っています。それはおそらく正解です。
ですが、答えてしまったら、きっとまた私は無価値の存在になってしまいます。
あなたは私に言葉を振り掛けます。
「分かってる。……幸、ここでもう少し言っておこう。俺はお前が人間じゃない事を知っている」
聴覚器官が壊れているのでしょうか? 今、信じられない言葉を知覚しました。
壊れているところが無いか検索してみましたが、何処も異常は見つかりません。という事は今のあなたの言葉は事実という事になります。
おかしいです。とてもおかしいです。何故、あなたがその事実を知っているのですか? 何処で知ったのですか? それは私と『彼』しか知らない事のはずです。
体の震えが大きくなっていきます。抑えられません。
握られる力が強くなり、あなたは言葉を続けます。
「だから、そう簡単にはお前を拒絶しない。安心しろ。今、俺はお前を拒絶しようとしているんじゃない。そこは勘違いするな。あくまで俺の幸せに必要だから聞いているだけだ」
あなたは私が人間じゃないと知った上で私に価値をくれると言ってくれたのですか?
私を拒絶しないでいてくださるのですか?
しかし、しかし、あなたの幸せのためとはいえ、この質問に答えては――。
体が自然と一歩下がろうとします。ですが、そうです、私のすぐ後ろにはつい先ほどまで私が腰かけて、眠りについていたベンチがあるのです。下がる事も出来ません。
私の口は言葉を発しましたが、それはあなたの言葉に遮られました。
「ですが、ですが、その質問に答える事は――」
「俺が答えを望んでいる。答えてくれ。幸、お前の理想は何だ?」
あなたはとても真面目な顔をしています。私を逃がさないと言っているようでし
た。
私は何とか、答えます。
「私は、あなたさえ幸せに出来れば、幸せです」
ああ、あなたはやはり逃がしてはくれません。
「……確かにそれでお前は幸せになるだろう。でも、それは本当に理想か?」
……ああ、やっと分かりました。あなたは答えを知っているのですね。そうです。そうでした。昨日、私に解答を出させたのもあなたでした。そんなあなたがこの質問の答えを知っていないはずがありません。
どうすれば良いのですか? 私は、私がこの質問に答える事で、あなたが幸せになれるとは思えません。
失敗作の私が思う事ですから、間違っているのかもしれません。これであなたが幸せになるのかもしれません。ですが、ですが、ですが! 私にはこの選択からあなたが幸せになる未来をシミュレーションし、導く事が出来ません!
「……あなたは、幸せに、なってくれる、のですか?」
脈絡の無い言葉を言ってしまいました。しかし、あなたは即答しました。
「少なくとも、理想を掴もうとしなかったお前が俺を幸せに出来るとは思わない。理想に挑戦して、失敗して、妥協して、俺を選ぶなら構わない。でも、理想に挑戦せず、妥協で俺を選ばれても嬉しくない」
ああ、あなたは本気で私を逃がしてはくれないのですね?
今ここで、私はこの質問に答えなければならないのですね?
あなたはあなたの目の前でこの私に理想を語れとおっしゃるのですね?
私は瞳を閉じました。身体から視覚という情報が抜け落ちます。
何故か自然と、ここ最近の事を思い出しました。
一ヶ月と十三日前、あなたを初めて見ました。あなたはため息をついていました。
一ヶ月と七日前、あなたと初めて話しました。あなたはとても驚いていました。
二十四日前、あの雨の日、あなたは私に初めて『また来いよ』と言ってくれました。
昨日、あなた私に『彼』を会わせました。そして、私に解答を出させました。
今日、あなたは私に価値をくれました。
そして今、あなたは私に理想を出す事を求めています。
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………分かりました。
瞳を開けると、真面目な表情を崩さないまま、あなたは私を見ていました。
私は息を大きく吸って、出来る限り震えないようにして声を出しました。
「……お答えします」




