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不幸せな青い鳥に願いを込めて  作者: 満月小僧
切れないハサミ、書けない鉛筆、飲めないコップ
30/42


「…………」


 佐野には、〝酷い事をした〟という自覚はあった。彼の右隣に座る彼女は彼からもう一人の『彼』へと視線を移し、無言でその『彼』を見ている。


 幸は自分が迷子の子供のような顔をしている事に気づいているのだろうか?


 今、彼女の顔には悲しみとも恐れとも苦しみとも取れるそんな表情が浮かんでいた。


 もう、彼女の視界には佐野幸喜という人間は映っていないだろう。


 その事に哀しさに似た虚しさを覚え、佐野は左手で、コップに残り、冷え切ったミルクティーを一息に飲み干した。冷たい甘さが彼の喉を通る。ガラスに映った自身の姿がひどく滑稽に佐野には思えた。


「…………」


 幸は先の表情のまま青山を見ていた。その口が何かを言おうと動いているが、今の彼女の行動で、もう彼女の導き出した解答は分かっていた。時として眼は口ほどに物を言うのだ。


 今の彼女の眼には、彼女の目の前に座り、呆然と彼女を見つめる青山だけが映っている。


 もうそれがどうしようもないほどに明解な答えだ。


 佐野は彼らに気づかれないように息を吐いた。そして、少なくとも今の自分は幸せでは無いな、と思い寂しそうに苦笑した。自身が導き出した状況だとしても辛い物は辛いのだ。


(結構、きついな)


 幸が誰を幸せにしたいのか、言い方を変えると、何故幸は佐野たちを幸せにしようとするのか? その問いの答えを佐野は幸自身からはっきりと聞いていた。


 佐野が彼女の過去話を聞いた日、彼女はこう言っていた。


『……考えました。私は何をすれば良いのか? 何をすべき存在なのか? 彼を幸せに出来なかった私は存在する意味が何のでは無いか?


 そんな事を毎日毎日考えました。どうしても私自身に価値が無いとは思いたくありませんでした。


 いつもいつもそんな事を考えていたある日、アルバイトが終わった時だったと思います。私はふと思いました。


 彼ではなくても、誰かを幸せに出来れば私は存在しても良いのではないか。存在の価値を持てるのではないか。


 そう、ふと思いました。


 それからの私は誰かを幸せにしようと毎日毎日歩いている時間に私が幸せにする事を許してくれそうな誰かを探していました……』


 そのように、自身が存在しても良いという証が欲しかったと、彼女ははっきりと佐野に伝えていたのだ。


 けれど、その望みの根底には彼女が『彼を幸せに出来なかった』つまり、『彼』を幸せにしたかったという望みが隠れていたはずだ。


 彼女は佐野たちに『彼』という人間の代わりを求めていたのだろう。


 彼女は『誰か』を幸せにしたかったのでは無い。ただ一人の『誰』を幸せにしたかっただけで、そのただ一人の『誰』に自らの価値を否定されたから、自らの存在の価値を見出せなくなってしまったのだ、と佐野は考えた。


 佐野は何ともいえないどうしようもない寂しさと哀しさを覚えていた。幸は佐野幸喜という青年を見ていた訳では無かったからだ。


 では、どうすれば、彼女に自分が存在しても良いと思わせる事が出来るのか。そればかりを佐野はこの約一週間考えていた。


 佐野にとって幸は大事な存在へと変貌していた。


 彼女に幸せになってもらいたいと思っていたのである。


 だから、今日佐野は幸と青山を会わせた。それが最適で最高な選択だとは思わなかったが、佐野にはそれ以外の手段は思いつかなかった。回りくどいやり方で何かを解決できるとは思わなかった。


 ただ、ここで問題が発生している。青山が一度幸を拒絶しているという事だ。


 十八年ほどしかないが、彼なりの人生経験からすると、佐野は人が一度拒絶した人間を再び受け入れる事は皆無だと思っている。仮に受け入れたいと思っていたとしても、自身が一度拒絶したという記憶が相手を受け入れる事を躊躇わせるからだ。


 その問題を何とかしない事には、幸を幸せにする事など不可能だ。


 しかし、困った事にその問題は佐野がどうこうできる事では無い。幸と青山彼ら自身に任せるしかない問題だ。


 ここまで来て幸の問題を丸投げするは、佐野とすれば信条に反する。彼は未熟者なりにその後にすべき事を考えていた。


 佐野は何となしに、傍らの彼女の手を握る右手に少しだけ、少しだけ力を込めた。

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