三
あなたは、湯気が消え始めたミルクティーを一口飲んで話を続けました。
「俺の中で、あなたと幸、どっちが大事かって話になったら反論なしで幸だったんですよ。で、俺は俺自身残念ながら幸に関る事に決めたんです」
「それなら!」
アナタの右手が振り上げられました。その手は硬く握り締められています。
いけません! そう叫ぼうとした喉は空気の通り道になるだけでした。
〝ガンッ〟と、鈍い音が私たちのテーブルから響きました。あなたのミルクティーが入ったコップがガチャガチャと鳴ります。
ちらほらと店内に居たお客が一斉にこちらを見たのが分かりました。
「……それなら、何で、幸を、僕に会わせた?」
アナタの肩は今までで一番震えていました。ああ、アナタの右手がとても痛そうです。何で私は止められなかったのでしょう?
私は声を出せませんでした。動けませんでした。あれくらい充分に間に合うタイミングで速さだったというのに、私は何の行動も出来ませんでした。いけません、こんなガラクタがこれ以上アナタを苦しめてはいけません。
あなたがこちらを見ている他の店に居る人々に〝こちらを見るな〟とでも言うかのように手を振りました。
「……俺は幸にあなたを会わせるべきだと判断した。そして、あなたの言葉が幸に必要だとも判断した。それだけですよ。あなたの事情心情知ったこっちゃない」
「ふざけるな」
アナタがその言葉を発した瞬間、あなたの雰囲気でしょうか、空気が変わりました。陳腐な表現でしょうが、そうとしか私には判断できなかったのです。私がもっと優秀ならば最適な表現を導き出せると思うのですが、私程度ではそれしか導き出せませんでした。
「……〝ふざけるな〟は、俺のセリフだ」
この店に入った時から終始張り付いていた笑みがその顔からは剥がれていました。
いえ、剥がしたのかもしれません。あなたのその笑みは見た事が無いものでしたから。
あなたは笑みの消えた無表情のまま、黙っているアナタに口を開きました。
「俺は出来ればお前達の問題に関わりたくなかった。出来る事なら他者と付き合いたくなかった。そんな俺に関わり続けたのはお前達だ」
ああ、私はあなたを苦しめていたのですか。そんな事にも私は気づけなかったのですか。何処までも私はポンコツです。
「…………」
アナタは黙ったままで、苦い表情をしています。そんなアナタを見ながら、あなたは言葉を続けました。
「ただ、これは俺の責任でもある。俺がお前達を明確に拒絶すれば良かったんだ。だから、お前らが俺に関わり続けた事は俺が言いたい〝ふざけるな〟じゃない」
あなたは一度、窓から外を見ました。いえ、空を見ました。私の方を向いたその顔には何の表情も浮かんでいませんでした。今の時刻は八時二十二分、今日あなたと会った時よりも空は蒼くなっています。
空から視線を移し、あなたは初めてアナタに質問しました。
「……これは前に電話した時も聞きたかった。……青山さん。あなたは何で幸を拒絶したんですか?」
アナタは息を呑みました。その眼が一瞬見開かれました。
私にはあなたが何を言っているのか分かりません。アナタが私を拒絶したのは一重に私が至らなかったからであり、アナタに何の非も無いはずだからでした。
そう言おうとした口は開かれたまま、何の言葉も生みませんでした。何故、私の口は上手く作動しないのでしょう? ただパクパクと動くだけでした。
あなたはそんな私に少しだけ目を向けて、またアナタに視線を戻しました。
「俺は幸から、あなた以外のこいつが幸せにしようとした奴らの話を聞きました。そいつらも結局最後は幸を拒絶しました」
それは、だから私が至らないからです。あの人たちは何も悪くありません。このような自分の役目も果たせない物を拒絶するのは当然の事です。
あなたはもう一度私に目を向けました。
「俺は幸からそいつらの話を聞いた時、こいつが拒絶されるのは当然で、なんでこいつは自分が拒絶される原因が分からないんだとさえ思いましたよ」
そうです。私が分からないのがいけなかったのです。アナタが悪いのでは無いんです。
「そいつらが幸を拒絶したのは当たり前だ。そいつらは幸の事を知らなかった、仮
に知っていたとしてもそいつらの責任ではなんですから」
あなたが何を言っているか、私は理解できません。ですが、アナタがとても苦しそうで辛そうな顔をしているのは分かりました。お願いですから、そのような表情をしないでください。笑っていてください。
「…………」
黙っているアナタにあなたはこう言いました。その目はとても冷めていました。そのような表情を初めてみました。
「けれど、青山さん。あなたは違う。あなたはこいつがあそこまであなたに尽し続けた理由を知っているはずだ。あなたがそうこいつにさせた事でしょう?」
「……ッ」
アナタが強く歯を噛み締めたのが分かりました。これも、初めて見るアナタの表情です。ああ、アナタが今、幸せでない事は分かります。
あなたは言葉を続けます。
「もう一度、聞きます。答えてください、何でこいつを、少なくともあなただけは拒絶してはならないはずのこいつを拒絶したんですか?」
私がアナタの希望に答えられなかったからです。私が出来損ないだったからです。そう言いたいのに、このポンコツの体は未だに声を出せません。
「…………」
アナタは何も言いませんでした。苦い表情のままでした。




