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六月二十四日、日曜日。



 佐野は自然と目が覚めた。携帯を取り出してみると、時刻は七時半。彼がセットした目覚ましが鳴るまで後一時間ほどある。


 普段の彼ならここで二度寝をしようと布団を被りなおすのだが、今日の彼はその気になれなかった。


 考えたい事があったからだ。


 昨日、佐野は幸がここまで他人に尽す理由を知った。その理由は彼としてはとても悲しい物であり、青山の事を許せない物であった。


 佐野にとって、青山の行動はあまりに無責任に映ったのだ。


「どうするかなぁ?」


 ここで、幸という相手について更に深くまで踏み込むのか、これ以上彼女の問題に関らないようにするのか。それを佐野は悩んでいた。


 幸と初めて出会ってから今日でちょうど一ヶ月。そうもう一ヶ月経ったのだ。


 一ヶ月間彼女は毎日毎日呆れるほど欠かさず、佐野を訪れ続け、彼を幸せにさせてくれと頼み続け、断られ続けたのだ。


 彼女は不幸ではないか。彼女を拒絶してはならないであろう人物に拒絶され、それ以降も彼女が分かるはずも無い理由で他者から拒絶され、拒絶される理由の一端も見つける事が出来ず、つい今まで生きてきたのだ。


 佐野は彼自身勝手だと思いながらも、幸は不幸だ、と思ってしまった。自らの考えを傲慢だと思っていても、謙虚ではいられなかった。


 正直に認めてしまえば、佐野は幸には幸せになってもらいたいと思っている。それは極自然に彼から生まれた感情である。


 けれども、その幸せに彼自身が責任を持てるかというと、まだ頷く事は出来なかった。


 責任を持てないのに、他者を救おうなど、傲慢以前の問題だ。それは最早暴力で害悪である。


「幸せになってもらいたいけど、幸せにしてやるって言えないな」


 佐野は自分でも面倒くさい理由で、面倒くさい性格だと思った。もう少しいい加減な性格ならこうも悩む事は無いと思うのだが、この面倒くさい性格は十八年間自分が生きてきた結果なのだから仕方が無い。


 佐野はそのまま面倒くさい性格で幸の事を面倒くさく考えながら、彼女が訪れるのを待つ事にした。



 コツ、コツ、コツ、と足音が聞こえ、その足音が佐野の部屋の前で止まった。


(いい加減チャイム鳴らせよ)


 そう思いながら佐野はドアを開き、目の前でこちらを無表情に見ている幸に声をかけた。


「おす」


「おはようございます」


 幸も佐野にそう返事をし、続けていつものようにこう言った。


「あなたを幸せにさせてください」


「……」


 佐野はいつものように断ると言おうとした。しかし、それは幸が誰かを幸せにする理由を知らないから出来ていた行動であり、今の彼は既に、幸が他者に縋る理由を知ってしまっていた。


 佐野は、幸という存在が他人に尽そうとするのではなく、他人に尽さざる終えないのである事を知ってしまった。


 そんな彼がおいそれと無責任に無感情にいつものようにその申し出を『断る』と言えるだろうか?


「…………? どうかされたのですか?」


 反応を返さない佐野に疑問を覚えたのか。幸が小首を傾げた。


「……いや、何でもない。幸せにしてもらうのは、断るよ」


「そうですか。分かりました」


 佐野と幸は彼の部屋に入り、佐野は椅子に、幸は向かいのベットに腰かけた。


「……お茶でも飲むか?」


「私が入れます」


 佐野が立ち上がる前に幸は立ち上がって台所に向かい、彼の家だと言うのに慣れた手つきで、茶葉と急須とポットを取り出した。


 気づいたら佐野はその背を黙って見つめていた。


 幸の手つきには一切の無駄が無く、およそ三分で幸は茶が入った急須と一つのコップを持ち、帰ってきた。思えば彼女も彼の家に慣れた物だ。


「遅くなりました」


 彼女はそう言って、急須とコップを佐野の座っている椅子の後ろにある机に置き、その流れでコップに茶を入れた。


「どうぞ」


「……ありがとう」


 幸はベットに腰かけ、佐野を見つめた。


 これには佐野も慣れたもので、その視線を気にせず、幸が入れた茶を飲んだ。


 暖かい熱が彼の喉を通った。


「うん。おいしい。ありがとう」


 幸は佐野に視線を向けたまま、ぺこりと頭を下げた。


「……幸は何か飲まないのか?」


「いえ、今は飲まなくても大丈夫ですので」


 佐野はここで言葉を変えてみる事にした。


「幸も一緒に飲もうよ」


 言われた彼女は考え込むよう眼を伏せ、その後こう言った。


「いただきます」


 佐野の思ったとおり、幸は台所からもう一つのコップを持ってきて、それに茶を入れた。


 自分の予想が予想通り当たってしまった事に佐野は多少の悲しみを覚え、また、悲しく思っている自分を自覚していた。


「んじゃ、何となく乾杯」


「……」


 佐野が突き出したコップに幸は自身が持つコップをゆっくりとぶつけ、『ッキン』という甲高い音が響いた。


 佐野と幸はそのまま適当な話題も無く、無言のまま茶を飲み、時間を潰した。


 こんな時間が好きになってしまった事を佐野は自覚し、幸にばれないように息を吐いた。


「飲み終わったらあの喫茶店行こうぜ」


「はい」

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