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06

 



 咲姫が珍しくも大きな失敗をしたあの日から数日が経った。

 あの日の失敗はまるで嘘であったかのように、咲姫はいつも通りに戻っており、その表情には自然な笑顔が浮かぶようになっていた。

 それに安心したのは咲姫の様子に気付いていた咲一であり、蒼夜でもあり、追い掛けていった左京との間に何らかのことがあり、それで元気になったのだろうということは分かった。

 それを裏付けるかのように咲姫に対する左京の様子は若干ぎこちない部分がある。彼を良く見ていなければ気付かないほどのほんの僅かのぎこちなさかも知れないが、それでもやはり、少しだけそれはあった。


 ――まぁ、それは微笑ましいことなのかも知れないが。


 店の開店前。いつもと変わらず、開店作業に追われている店の中で左京はどこかぼんやりとした様子で壁に寄り掛かりながらその様子を眺めていた。

 視線が自然と咲姫を探してしまっていることにはもう溜息しか出ず、自分がどうしたいのかも分からない。否、本当は分かっているのかも知れない。

 あの人の、泣ける場所になってあげられたのだろうか。ほんの少しでも、あの人の心は、救われたのだろうか。あの時、静かに泣いていた彼女との間には何の会話もなく、その数十分後に涙も乾いた頃に店に戻った。それからは長く話をする機会を得られずに数日の時間が経ってしまった。

 ここまで時間が経ってしまうと、ふっきれた彼女にまた思い出させるというのも気が引けるようで左京は、はぁ、と溜息を一つつく。

 とことん不器用だ。彼女が関わって来ると、どうしても不器用になってしまう。思った事を口にすることが中々出来なくて、思った通りの行動が出来ずにいる。


(格好悪いかもなぁ……、今の俺)


 不器用なんて、ただの言い訳にしか過ぎない。


 近付きたいと思うのに、それを拒否させることが堪らなく怖くて仕方がない。好きだと告げて、困らせることになったらと考えるだけで胸が苦しくなってしまう。

 ホストNO.1なんて肩書き、全く役に立たない。伝えたい人には、たった一言ですら告げられないのだから。


「左京さん……?」

「え? あ、ああ、蒼夜。どうかした?」

「……悩んでるように、見えたから」

「ああ……うん。まぁ、悩んでいるのかも知れないね」


 自分の考えの渦に埋まってしまっていた左京の耳に届いた声に、はっとしたような表情で声を掛けた蒼夜を見て僅かに苦笑を浮かべながら問えば、蒼夜は言葉を選びながらぽつりと呟けば、隠しても無駄と思ったのか左京は苦笑を深めながら近くに来ていた蒼夜の頭を撫でてやる。

 感情に敏感な子がいるというのは嬉しいのか、悲しいのか分からない。

 出来るだけの注意は払っているつもりだが、それでも蒼夜に気付かれているのだから何の意味もない。と言っても、彼相手にそう簡単に隠し通せる自信はさすがの自分にもないが。

 ぽんぽんと優しく頭を撫でられると蒼夜は心地よさそうに目を細めながら、そっと左京を見上げる。


 ――言うべきか、言わないべきか少しだけ迷う。咲姫の、ほんの僅かの変化を。


 どうして悩んでいるのかは聞かなくても分かっているし、自分が分かることであれば教えるという選択肢もある。それを言うべきかどうかは分からずに、口を開けたり閉じたりを繰り返していたがぽん、と左京の手とは別の手で肩を叩かれる。


「咲一」

「もうそろそろ、時間ですよ? 左京、蒼夜」

「あ……ご、ごめんなさい……」

「謝る必要はありませんよ、蒼夜。……どうかしたんですか? 左京」

「いや……、というか、そんなにも分かりやすい表情してる?」

「そんな事は無いと思うわ。あなたが考えているより、あなたの感情は表に出ないのよ?」

「!?」


 叩かれた蒼夜ではなく、姿が見えた左京が名前を呼ぶと咲一は微笑みながら教えるように言葉を紡げば、蒼夜は開店の準備中であったことを思い出して慌てて謝る。

 謝罪の言葉が聞こえると咲一はくすくすと小さく笑みを零しながら安心させるようの言葉を紡ぐと、咲一はそのまま、左京へと視線を向けて、どこか嬉しげな微笑みを浮かべながら何気なく問い掛ける。

 問い掛けられれば、左京は複雑そうな表情を浮かべながら、まいったな、と言わんばかりに確認するように問えば、更に後ろから声が聞こえると左京は驚きの表情を浮かべる。

 三人に近寄って来ていたのは咲姫だ。驚いている左京を見れば小さく笑みを零しながら、近くまで来ると順々に三人の顔を見る。


「左京の相談でも受けていたの? 二人とも」

「……分かってて聞いていませんか? 咲姫」

「あら、気付いたの?」


 咲姫は微笑みを浮かべながらも、どこか悪戯気に聞けば蒼夜は慌てたように首を横に振り、咲一は苦笑を浮かべながら僅かに咎めるように言葉を紡ぐ。

 そんな言葉も気にした様子はなく、咲姫はくすくすと楽しげな笑みを零しながらとぼけたように返しつつも、言葉を発しない左京へと視線を向ける。


「左京」

「え? あ、ああ、何?」

「ちょっと、こっちに来てくれる?」

「……? 構わないけど」


 視線を向け、声を掛けた咲姫は名前を呼びつつも自分の近くへと呼び寄せるように手招きをする。

 予想外の言葉だったのか左京は不思議そうな表情を浮かべつつも、こくりと頷いて二人から離れて咲姫の近くへと行く。

 近くに来たのを確認してから咲姫は、何気なく左京を見上げてみる。――出逢ったときは、子供であったのに、もう自分が見上げるほどの大人に成長していた。

 分かっていたはずなのに目を背けていたのは自分で、でも、向き合うきっかけをくれたのはあの人であり、複雑な気分になるものの、それを振り払うと微笑みを浮かべながらそっと近寄って左京の耳に唇を寄せる。


「……また、……――」

「……っ!?」

「ふふっ、皆には秘密よ? 後、楽しみにしてるわ」


 耳元で左京にだけ聞こえるように咲姫が何かを囁くように告げると、左京は思いもしなかった言葉に目を見開き、驚きで言葉を失ってしまう。

 咲姫はその様子を見て満足げな笑みを浮かべるとすっと左京から離れて歩き去ろうとしたが、ふと言い忘れたようにくるりと振り返り、悪戯が成功した、少女のような笑みを浮かべ、自分の唇に人差し指を当てながら言葉を紡げばまた、前を向いて歩き出す。

 そんな咲姫を呼びとめることが出来なかった左京の顔は、珍しくも赤く染まり上がり、やられた、と言わんばかりに顔を隠すように手を当てている。

 その様子を間近で見ていた咲一は嬉しそうな笑みを零し、蒼夜もまた、釣られるように微笑みを浮かべた。


 ――どうか上手くいきますように。そんな願いを込めながら。






(ずっと貴方に言いたくても、言えないと思っていた言葉があるよ)(でも許されるのなら、今すぐでも伝えたい。――誰よりも貴方を愛しています)


これにて完結です。

最初に書いた通りにリハビリ感覚なので中編と言える長さかどうかは分かりませんが、これぐらいの長さで。


今は長編を執筆中。

その息抜きにでもまた、二次創作として作り上げた、今はほとんど動かせていない子たちの話をちょくちょく中編感覚で書いていけたらなぁと思います。


では、ここまで読んで戴きありがとうございました。

少しでも「好き」だと言ってもらえれば幸いです。

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