05
――らしくない失敗を、してしまった。
咲姫は店から外へと出た後、少し遠くに行きたい気分に駆られはするものの、まだ片付けの途中であったこともあり、遠くに行くことも出来ずに結局は人通りがほとんどない店の裏へと回ればしゃがみ込む
しゃがみ込んだ後にはぁ、と溜息を一つ吐きながら何気なく空を見上げる。
あれから、数日が経った。気にしないようにしても、どうしても頭の片隅で考えてしまう。
あの人の言葉が頭から離れない。考えたくないはずなのに、どうしても思い出してしまう。嫌だと思うのに、いつも通りでいなければいけないと思うほどに胸が苦しくなる。
『咲姫。……前に進む勇気は、持てないのかい?』
――寂しげな声が蘇る。
前に進む勇気があるのならとっくに進んでる。過去に引っ張られずに、思い出として扱えるのであればとっくに思い出にして、新しい恋に歩みたいとすら思う。
思い出にならなくても新しい恋をすればそれこそ、本当の意味で前に進めるのかも知れないけれど、どうしても出来ずにいた。
怖いから。何よりも、怖いから。あの日の絶望を、あの日の深い悲しみを、もう一度味わうかも知れないと考えたら、前に進むことなんて、出来ない。
身体だけが大人になっていって、考え方も大人になっていて。それでも心は、変わらずに、子供のままの自分。あの頃で止まってしまった、人を愛する気持ち。
「……っ……」
漏れそうになった、たった一人の名前を飲み込むと咲姫の瞳から頬を伝って涙が落ちていく。
そこから止め処ない涙が溢れてきて、咲姫はしゃがみ込んでいる自分の膝に顔を埋めながら必死に声を上げないようにする。
涙なんてもう何度も何度も流してきた。いっそのこと、枯れてしまえばいいのにと思うのに涙は枯れずに零れ出す。
泣いているところを見せてしまったら皆が心配してしまうから、泣くのは一人でいるときだけ。出来るだけ泣き声を上げずに、ぐっと堪えて。
「咲姫さん!」
「……っ、え……?」
聞き慣れた声が名前を呼ばれ、咲姫は自分が泣いていることさえも忘れ、驚いたように顔を上げる。
咲姫を追い掛けてきた左京はようやく見つかった探し人の姿にほっと安堵の溜息を漏らしたのも束の間、咲姫が泣いていることに気付くと駆け寄ろうとしていた足を思わず止めてしまう。
その行動に咲姫は不思議そうにしたものの、はっと自分が泣いていたのを思い出すと慌てて涙を拭う。
「ご、ごめんなさい。大丈夫だか……」
必死に涙を止めようと拭い続けるものの、中々涙が止まってくれなくて。咲姫は必死に安心させようと言葉を紡いだのが、その言葉を遮るようにふわりと身体全体が暖かいものに包まれて言葉を途切れさせてしまう。
自分に何が起きているのか理解出来なかった咲姫はしばしの間、身体を固まらせてしまうが暖かいもの――左京に抱きしめられたことに気付けばどうすればいいか分からずにただ、驚きで身を固くすることしか出来なかった。
もちろん、そんな咲姫の様子に左京は気付いて一瞬抱きしめる腕を弱めてしまうが、すぐに力を入れて咲姫の顔が自分の身体に埋める。
「頼りないのは分かるよ。俺だって、店の皆だって咲姫さんに助けられてる身だから」
「……」
「……でも、俺は咲姫さんの力になりたい。頼ってもらえるならいくらでも力になるし、甘えてもらえるならいくらだって甘えさせる。――俺で無理なら、それでもいいから……いいから、一人で泣くのだけは止めてよ、咲姫さん。一人で泣かれたら、何もしてあげられない」
「さ、きょう……」
抱き締める力を弱めることはせずに左京は絞り出すように言葉を紡ぐ。
分かっている、頼りないことだって。甘えられるほど、大人の男じゃないことだって、分かってる。誰よりも分かってるつもりだ。
それでも咲一が言っていたから。自分なら、咲姫の泣き場所になってあげられると。自分にしか出来ないことなんだと。
だから今だけだって構わないとさえ思った。自分の腕の中に収まってしまうぐらいに小さな、小さな、誰よりも大切な女性を一人で泣かせずに済む場所を作れるなら。
左京は様々な想いを込めながら必死に言葉を紡ぐと、咲姫は少し掠れた声で名前を呼べばふと、小さく笑みを零した。
「左京……、ありがとう」
「……咲姫、さん?」
「今だけ、ちょっとだけ、甘えさせて、ね」
小さな声で、それでも左京に届くぐらいの声で礼を述べれば甘えるかように少しだけ左京へと寄り掛かる。
感じた小さな重みに左京は少しだけ戸惑いながら名前を呼べば、咲姫は掠れている声で、でもどこか照れくさそうに言えばそっと目を閉じた。




