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04

 



 違和感を感じた日から数日。咲姫と会話する機会を得て話しながらも、その違和感が決して消えることはなかった。

 左京はいっそのこと、消えてしまえばいいのにと思いながらも蒼夜の言葉を思い出すと何とも言えない感情に包まれる。――蒼夜は咲姫が、悲しんでいる、と言っていた。泣きたいのに泣けない、とも言っていた。違和感の正体が本当にそうであるのであれば、消えていた方がいいのに。

 変わらずに違和感はあり続ける。話している間も、見守っている間も、いつもの咲姫なのに、僅かな違和感が自分の中に生まれる。

 それは彼女に出逢ってから、ずっと彼女だけを見続けてきたから、拭えない違和感。そう思えば嬉しいのか、寂しいのか、そんなことさえも分からなくなるが左京はそろそろ、誰かに訳を聞く必要があると思えた。

 誰かと言っても、彼女についている違和感の正体を誰よりも知っているのはただ一人しか居なくて、閉店後の片付け中であった店内を歩き、目当ての人を見付けると近寄って、ぽん、と肩を叩く。


「はい? ……ああ、左京。どうかしましたか?」

「ちょっと咲一に聞きたいことがあってね。今は大丈夫?」

「はぁ……、まぁ、片付けをしながらも良いなら大丈夫ですが」


 肩を叩かれた咲一は振り返ってから目に入った姿の名前を呼べば、不思議そうに首を傾げて疑問を問い掛ける。

 そんな咲一の様子に僅かに苦笑を浮かべながら、左京は準備の様子を眺めながらも確認するように聞けば咲一は良く分からないものの、今やっている作業の方に視線を移しながら言えば左京は分かってるとばかりに頷く。

 咲一がやっている作業を手伝う形で隣まで移動すれば、ふとどう切り出せばいいのかを迷う。

 悲しんでいるのが咲姫で、その理由を知っているのが咲一ならば。もしかしたら、咲一にとっても悲しいことだったのかも知れない。

 そう思えば少し聞くのが躊躇われて左京は口を開くことが出来ずに、作業する手だけを動かしていたのだが咲一はここでようやく気付いたのか苦笑を浮かべた。


「咲姫のことですか?」

「え? あ、ああ……うん」

「……蒼夜も気付いていたようですが、それでも気付く人が少ないというのは咲姫のすごいところでしょうかね」

「すごいというにはちょっと複雑だと思うけど?」

「そうですね。……そうかも知れません」


 左京の代わりに口を開いた咲一の言葉に、驚いたような表情を一瞬だけ浮かべたものの、少しだけ罰の悪そうな表情を浮かべて小さく頷いて肯定をする。

 肯定されればどこか嬉しそうに、でも何とも言えない複雑そうな表情を浮かべればぽつりと呟きを漏らす。その呟きを聞き取った左京は苦笑を浮かべながら、自分の思ったことを素直に告げると咲一は寂しそうに微笑みながらこくりと頷いた。


 ――きっと咲姫自身は気付かれたくはないはずだ。


 だから、店を休みにすることもないし、いつもと変わらない自分で居ようとしている。どれだけ隠しても片割れである自分には気付かれるのだが、自分以外にも気付いている人がいると、彼女は気付いているのだろうか。

 気付いてて欲しいと思いながらも、気付いていても彼女自身が頼ることなどはしないのかも知れないと思うと、溜息が零れてしまう。

 頼ることも、甘えることも、忘れてしまったのだろうか。こんなにも自分を想ってくれる人がいるというのに、その好意を受け取ることさえも、彼女にとっては恐怖でしかないのだろうか。

 あまりにも寂しいと思いはするも、その気持ちを嫌というほどに分かってしまう自分には何も言ってはあげられない。


「咲一? ……やっぱり、話し難い?」

「……え? ……いえ、話し難いというよりは……咲姫の口から聞くのが一番だと思います。この事に関しては、特に」

「そう……。じゃあ、一つだけ、いい?」

「どうぞ」

「俺なら、本当に咲姫さんの泣ける場所になってあげられると、思う?」


 溜息をついた咲一に気付いたのだろう左京は、やはり聞くべきことではなかっただろうかと思い、少し心配そうに問えば咲一ははっとしたように視線を向け、その後すぐに苦笑を浮かべて言葉を紡ぐ。

 紡がれた言葉の意味を理解した左京は少々残念そうにしつつも、左京は改めて一つのことを問えば咲一は僅かに驚いたように目を見開かせる。

 彼の瞳は真剣な眼差しそのもので、真剣に聞いているのだと思えば、咲一はふと柔らかく微笑みながら頷いて肯定をした。


「貴方以外には出来ないとさえ、思うようになりましたよ」

「そう? 咲姫さんの異変に気付いたのは蒼夜もなのに?」

「あの子は感情に敏感な子ですから。どれだけ上手く隠そうとしても、気付かれますよ」

「……そうだね」


 自分の思ってることを言い切れば、少々困惑した表情を浮かべていた左京であったが、それでもどこか嬉しそうにしつつ、左京は何気なく言えば咲一は苦笑を浮かべながら当たり前のことのように告げた。

 告げられた言葉は決して否定出来るような言葉ではなかったのでこくりと頷いて肯定をする。

 ――咲一がここまで言ってくれるのであれば、少しは自信が持てるかも知れない。

 それに嬉しさを感じて表情を緩めたところであっただろうか。がしゃん!と何かが落ちて、割れたような音がし、店内は一瞬で静まり、音がした方へと誰もが視線を向けた。

 左京や咲一も例外ではなく、驚いた表情で音がした方に視線を向ければそこにいたのは数本のワインだろうか、瓶を落としてしまった咲姫の姿があった。こんな失敗をする咲姫を見たのが初めてであった左京は信じられない光景を目の当たりにして、瞬きを繰り返すことしか出来なかった。


「あ……ご、ごめんなさい。驚かせて、しまって」

「……いや、咲姫さんは平気? 怪我とかは……」

「だ、大丈夫よ。本当にごめんなさいね、すぐに片付けを」

「危ないよ。俺がやるから、咲姫さんは離れてて」


 咲姫自身も驚いているのか呆気に取られた表情だったものの、注目を浴びていることに気付けばはっとしたように慌てて頭を下げて謝る。

 それでようやく、他の人達も驚きから解放され、左京も少し慌てて咲姫に駆け寄りながら心配そうに問い掛ける。その問い掛けには頷いて安心させるように引き攣った微笑みを浮かべつつも、落としてしまい、割れてしまった欠片を拾おうとしゃがみ、欠片を拾おうとした時だったろうか。

 慌てて左京が咲姫の手を掴んでそれを止めると、代わりに拾い始める。


「……本当に、ごめんね」


 その様子を見た咲姫は僅かに震える声で左京に聞こえるぐらいの小さな声で謝れば、邪魔になってしまうので離れるかのようにそのまま、店を出て外へと行ってしまう。


「あ……」

「左京、片付けは私たちがやりますから、咲姫を追いかけてもらえませんか?」

「え?」

「お願いしますね、左京」


 左京が拾っていた欠片を受け取るように咲一が取れば、扉の向こうへと消えてしまった咲姫を追うように視線を向けながら咲一が頼むように告げる。

 予想外の言葉だったので左京は驚いた表情を浮かべていたが、もう一度願うように言葉を紡ぐと左京は小さく頷いて、咲姫の後を追うように外へと出て行った。


 


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