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祭の後

 いやはやどうしたものか?



 フライドポテトを頬張っていたジョンは、途方にくれていた。ただ口をあんぐりと開けておくしかなかった。手に持っていたポテトを、とりあえず皿に置くことにした。今夜のホームパーティで食べ残されたポテトを。


 「こんにちは」


 ワカメはジョンにもう一度話し掛けた。そう、ジョンは目の前にいるワカメに話し掛けられて、途方にくれているのだ。ほんもののワカメ。日本人が好んで食べるワカメ。日本人留学生の友達が、ホームパーティにくれたワカメ。『サザエさん』のワカメ、ではない方のワカメ。そんな肩書きを持ったワカメが、ジョンに話し掛けている。


「こんにちは…あれかな、日本語がわからないのかな?」


 ジョンはハイスクールの外国語の授業で、「日本語」を選択しているので、あいさつくらいはわかる。しかしジョンには、言うべき言葉が何も見つからないのだ。従って何かに急かされるように「こんにちわ」とワカメに続いて復唱した。ジョンの「こんにちは」には意味が含まれていない。


 「やあやあこんにちは。やはりアメリカ人でも『こんにちは』くらいはわかるんだね。僕の名前は『ワカメ』だ。よろしく」


 ジョンは「こんにちは」以外に反応できる言葉がない。ただただ茫然と、ワカメを見つめるしかなかった。ジョンは口の中に残っていたポテトを全て、大仰に飲み込んだ。


 ワカメは自分の手のようなワカメを差し出した。ジョンはたじろいた。ワカメの手のようなワカメからは、何かの液体が部屋のフローリングに滴り落ちている。


 なぜこのワカメは、自分と同じくらいの大きさなのだ?


 ジョンは日本人留学生から貰ったワカメの入った袋を見た。乾燥して縮んだワカメが、ワカメ達がたくさん入っている。よく見ると、僅かに封が開いてる。


 なぜ目の前にいるこのワカメはこんなにも水気を帯びているのだ?


 ワカメの袋の近くにはジンジャエールの入ったグラスがある。そんなバカな。ジョンは自嘲する。


 「何を考えているんですか?私の言葉がわからないのですか?日本語がわからないのですか?申し訳ありませんが私は英語を話せません。だから日本語を話しつづけますよ」 


 ジョンはワカメに訳のわからないことをまくし立てられ、さらに後ずさった。ジョンに激痛が走る。どうやら、マイケルが忘れていったスポンジボブの硬いキーホルダーを踏んずけたようだ。しかしジョンは顔色を変えなかった。


 「あなたが何も言えないのなら、私は言いたいことを言わせていただきますよ。私はアメリカ人が嫌いなのです。アメリカが嫌いなのです。何が嫌いかって、あなた達は日本のことをバカにしているでしょう?わたしにはそれが我慢ならないのです。しかし、日本人は自己主張がヘタです。だから変わりに私が言うのです。日本をバカにするな。と」


 ジョンはすでに放心状態だった。訳のわからないものに出くわし、その訳のわからないものが日本語を話している。その事実を飲み込めないでいた。


 「さあさあ私は私のペースでやらしてもらいますよ。私はあなた達に合わして、片言の英語なんて話さないですよ」


 ワカメはそう言うと、自分の手のようなワカメを大仰に振った。すると手の様なワカメがナイフの様なワカメに変わった。ワカメはナイフの様なワカメを、ジョンの胸元に突き付けた。

 

 「私はあなた達のようなチャラチャラした人間に罰を与えます」


 ジョンの戸惑いは、恐怖というはっきりした感覚に変わった。


 ワカメはナイフのようなワカメを、ジョンの胸元からベルトのバックルまで、ゆっくりと下ろしていった。ジョンのスパイダーマンのTシャツは、胸元からベルトのバックルまで真っ二つになった。中に着ていた無地のロングTシャツがあらわになった。その時、


 「きゃー!!」


 部屋の様子を覗きにきた、ジョンの母キャサリンが叫んだ。


 「きゃー!!」


 キャサリンはさらに叫んだ。するとその声を聞きつけた父のジョージがやってきた。ジョージはワカメを見るやいなや、またどこかへ行った。


 「やあやあ騒がしいですね。あなたは彼のお母さんですか?そして今のがお父さんですか?あなた達も私の言葉が理解できないのですか?それは悲しいですね。私はワカメ語を話しているわけではないのですよ?ただただ日本語を話しているだけなのですよ?あなた達はなんて勉強不足なんですか?英語が話せるだけで、全てがうまくいくとでも思っていたのですか?」


 ジョージがライフル銃を持って戻ってきた。熊でも簡単に殺せそうなライフルだ。ジョージはそのライフルを、薄い体のワカメに向けた。日本語を話すワカメに向けた。


 「それは何なのですか?私に向けてどうするというのですか?」


 ジョージはワカメの言葉を無視してライフルの安全装置を外し、照準をワカメに合わせた。キャサリンは両耳に人差し指を差して耳栓をする。ジョンはワカメからゆっくりと離れる。


 「結局最後は武力ですか?私はただあなたの息子に恐怖を与えただけですよ?その報いがこれですか?私は…」


 ジョンは引き金を引いた。ワカメは木っ端みじんになった。ワカメが部屋の一面に散らばる。レディーガガのポスターやSONYのノートパソコンやらに散らばる。



 やがてこの家に地元警察が、FBIが、サングラスをかけた怪しい黒のスーツを着た男達が、駆け付けた。

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