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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

風船剣

掲載日:2026/04/20

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 正義。

 生きていて聞かないことはない言葉のひとつなのに、その実態はあまりにつかみがたいもののひとつだ。

 僕の友達は、「言葉はあっても、指さして教えられないもの」と解釈した。

 正義は、その人自身というフィルターを通したうえでの正解。指をさした時点でそのフィルターを通したものになってしまい、教えを乞う側の本当の正解になるとは限らない……という持論だ。

 大多数を救うのも正義。自分だけを救うのも正義。あるいは自分のことをうっちゃってでも、敵対する相手に利を与えないことも、また正義。

 昔の人もどうにかわかりやすい基準をもうけたいと思ったのか、「勝てば官軍」。すなわち勝者になることが正義への道だよと伝えている。

 勝つこと。確かに多くの人が見て「ああ、あいつが上だな」とひと目で分かるシンプルな事象だ。正しくあり続けるためには強く、そして運も味方につけていかねばならない。

 友達が以前に貫こうとした正義の話なのだけど、聞いてみないか?


 バルーンアート、ていうのは君も知っているだろう。

 長い風船をひねったりすることで、別のものの形をさせる。バルーンモデリングともいうやつだ。

 友達のおじさんは、このバルーンアートが特技のひとつで。家に遊びに来てくれると、専用の工作用風船を使ってリクエストしたものを作ってくれる。

 友達はもっぱら剣を依頼した。動物を模したものよりも、自分が握って好きに振るう点を重視したらウエポンこそが魅力的にうつったようだ。

 おじさんのアートによってつくられるのは、丸いつばのようなふくらみをつけたロングソード。それでもってチャンバラに興じるというのが、当時の友達の楽しみのひとつであったらしい。


 おじさんのソードは、シンプルに強かった。

 家近くのススキの野原でススキを薙いでみると、友達の腕では穂をなぎ倒すばかりだったそうだ。それを、おじさんが握ってしばしタメを作ったあとに薙いだところ、穂がなかばほどでぷっつりと切れて飛んでしまうほどだったとか。

 ゴムにして、刃物ほどの切れ味を発揮できるとかロマンありすぎだろ。そう感じる友達は穂を切る技を会得するために、バルーン片手に修業に励んでいたそうだ。

 それを後方腕組み師匠ポジションで見守ることが多いおじさん。友達はなかなかおじさんの域に至ることができずにいたが、それでも続けることが大事だとおじさんは説いたうえで奇妙な予言も付け加えて教えてくれた。


「いずれ、お前は夜中に目を覚まし、自分と布団が青白い光に包まれているのを見知るだろう。そしたらこの風船の剣でもって、ここのススキを刈り取れ。

 それがお前の正義となって、こばめば悪の道となる。正しく生きたきゃ鍛えとけ」


 不思議な物言いで、おじさんは予備と練習がわりと称して、家に帰ってからもう5本の風船剣を用意してくれた。

 おじさんはしばらく外国に行くと話して家を出ていってしまい、それからも友達はひとり風船剣で稽古を続けていたようだ。おじさんの仕草をまねて。

 最初の1本に加え、残していった風船剣の3本が犠牲になり、その4本目でようやくススキを薙ぎ切ることができるようになったとか。

 それでも当初の成功率はせいぜい5パーセントくらい。さらに確率を高めるために友達はなおも修業を続けていたという。


 おじさんが去ってから一年あまりが経った、秋の晩のこと。

 たいていは朝まで起きない友達は、夜中に目を覚ます。珍しいなと自身でも思っていると、なかば開けていたカーテンから、青白い光が部屋へ差してくる。光はたちまち寝床にまで届いて自分と布団を包み込んだ。

 月かと思ったけれど、カレンダーで見た今日は新月のはず。ならば、別の光源があるのだろうか。

 そう思った矢先、ずきんと心臓が強く短く痛みを発した。ほんの一拍の間だったけれども、眠気を吹き飛ばすには十分。思わず胸へ手をやった。

 心拍は静まらず、強く脈打っている。深呼吸を数度繰り返しても同じ……いや、ずっと脈拍は早まっていく一方だったとか。


 なにか、普通ではないことが起きている。

 悟った友達は、おじさんの予言を思い出して風船剣を手に、家をそうっと出たのだそうだ。

 ススキの野原まで徒歩で数分。その間も心臓は高鳴るばかりで、胸を突き破るかと思う拍動も幾度か。走っているわけでもないのに、やはり強まる一方。

 到着までにごほり、ごほりと何度かせき込んだが、心なしか喉の奥に血特有のサビのような香りが漂ってくる気配。同時に胸にも痛みが走る。


 ――死ぬな。このままだと。


 脊髄反射のごとく、思考を飛ばして直感がうずいた。焦るなどといった危機感なく、冷え切った思考回路が平然と出したことが、かえって印象的だったと友達はいう。


 友達はススキの原へつくと、おじさんの真似をしてタメをつくった後、彼らを薙いだ。

 一度、二度と薙ぎ倒すだけに終わり、三度目にようやく穂を何本か切り飛ばすことができたらしい。

 とたん、心臓の動きが落ち着くとともに、風船剣がどっぷりと重みを帯びる。いつの間にか風船剣の中が液体に満たされていたのさ。風船の口からは、先ほどまで喉奥にこびりついていた血の香りが漂ってきていた。

 おじさんが、もし時が来たなら剣はその場に埋めておけ、とも伝えていたので友達は地面深くへうずめてしまい、それっきりらしい。

 おじさんは別れて以来、今日にいたるまで行方が知れずにいるそうだ。おじさんを知る父親たちは死にはしないと思ってはいるみたいだけど……。

 友達の家にはおじさんの最後の一本が、いまだ大切に保管されているらしい。

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