私といると無口になる婚約者を見て「殿下が可哀想!」と言われましたが、彼は心を許すと口数が減るだけです。~因みに怒るととても話します~
私、ステレ・ファン・ヴェーメルには愛する人がいます。
クリス・フェルディナント・オッフェレ王太子殿下。
幼い頃から定められた私達の婚約に、恋愛感情などというものは勿論備わっていませんでした。
けれど私は殿下と過ごす内、彼に惹かれていきました。
そして殿下もまた、私を大切に思ってくれました。
十五になり、私達は王立学園へと入学します。
王族は生徒会に入る事が慣例となっており、学園生活一年目の殿下は生徒会会計に、そして二年目の殿下は生徒会長の立場を手に入れました。
私は二年目に殿下を始めとした数名に推薦され、生徒会書記に任命されます。
殿下と共にいられる事は嬉しくもあり、けれどご期待に沿わなければと私はお仕事に真剣に取り組んでおりました。
そんなある日。
私達の学年に編入生がやって来ます。
ヒルベルタ・ケンペル様。
平民出身である彼女は、世界で一人しか神託を受けない、『聖女』という非常に貴重な存在でした。
聖女が祈れば稲は育ち、天候すら左右され、病は消え、怪我も治る。
そんな特別な存在である彼女は、国や教会が目を掛ける存在です。
私は彼女が学園で心置きなく学べるよう、学園の案内や規則を伝える役目を頂きました。
「こちらが食堂になります。学園のシェフの料理を選べるだけでなく、ご自身でご用意したものも召し上がることが出来ます」
私は緊張を与えないよう、柔らかな笑顔を意識して案内をします。
しかし彼女は相槌も殆どせず、目も合わせてはくれませんでした。
(嫌われている……? 私、何か気に障る事をしてしまったかしら)
私達の間に漂う空気は非常に気まずいものでしたが、それに耐えながら私は案内を終えます。
「これで一通り学園の中は回れたと思いますが、何か気になる事などはございますか?」
「はーい」
ヒルベルタ様は手を上げてこう言いました。
「クリス殿下には会えないんですかぁ? 生徒会室の中とか、私見れてないんですけど」
私は少し言葉に詰まります。
殿下は王太子であり、特別な地位に在られるお方。
しかし同時に学園の一生徒でもあります。
殿下を特別視し、お目通り願いたいと思う生徒が多くいる事は事実ですし、身分差に応じた最低限の礼儀が求められる事も事実です。
けれど殿下には他の生徒と同様、一生徒として学園生活を過ごす権利がありました。
そして勿論、生徒会室など決められた用途に用いられる部屋に用がない者を入れる事は出来ません。
ヒルベルタ様が殿下にお会いしたがっている事はわかりましたが、私はその願いに答える事も、生徒会室の中を案内するべきでもないと判断しました。
「学園で生活をしていればいつかはクリス殿下のお姿を見かける事もあるかと思われます。生徒会室には生徒会の業務に絡んだ重要な書類などもあり、他の方をお招きする事は出来ませんが……」
「いや! 今会いたいの! 私だって殿下と仲良くなりたい! それに、どうせ私も生徒会に入るでしょ? 聖女なんだから。だったら今入れてくれたっていいじゃないですか!」
「クリス殿下とて一人の学生ですから、学生としての自由は保障されなければなりません。面識のない方々が多く集まれば、殿下の自由は失われてしまいますから、個人的な理由でお会いになる事は出来ないのです。それと生徒会室については――」
「嫌! そんなのずるいじゃない! ステレ様はご自分の力で婚約者になった訳でもないのに殿下とご一緒できるのに、私は出来ないなんて!」
ワッと泣き出すヒルベルタ様。
周りには他の生徒もいらっしゃいます。
周囲の視線は自然と私達へ向けられました。
「ヒルベルタ様……」
言葉が強かっただろうかと謝罪を述べようとしたその時でした。
「一体何の騒ぎだい」
聞き馴染みのある声がします。
金髪に青の瞳を持つ美しい顔立ちの殿方。
クリス殿下です。
彼は生徒会の副会長であるヤコーブス・ファン・ビュルテルマン侯爵子息を従えて近づいてきました。
「で、殿下……」
「クリス殿下ぁ!」
ヒルベルタ様は殿下の前へ飛び出します。
「お初お目にかかります。聖女のヒルベルタ・ケンペルです」
「聖女……ああ、貴女が。私はクリス・フェルディナント・オッフェレ。我が国の王太子だ」
「勿論存じております! お会いできて光栄です」
「それはどうも。……それで、ステレ。何があったんだい?」
「えっと……」
クリス殿下はにこやかにヒルベルタ様へ受け答えをした後、私を見る。
しかし私が何か言うよりも先。
「ステレ様、私の事がお嫌いみたいなんです。先程から私の自由を認めないというような発言ばかりして……っ、言葉遣いも怖いんです」
「え?」
「ステレ様が?」
私は驚きました。
ヤコーブス様もまた、怪訝そうな顔でヒルベルタ様を見ております。
「はい。私が聖女だから、きっと嫉妬しているんです」
再びワッと泣き出すヒルベルタ様。
そんな彼女を見る殿下の目がそっと細められました。
朗らかな笑みが一瞬消えたのを、私やヤコーブス様、そしてヒルベルタ様は見逃しません。
私とヤコーブス様は身をかたくし、顔を引き攣らせましたが、ヒルベルタ様はそうではありませんでした。
彼女は殿下が私に怒りを覚えたとでも思ったのでしょう。口元を押さえる手の下で、うっすらと笑ったのです。
「君は繊細な人なんだね。ステレは公爵家の血筋だから自分に厳しく在ろうとしてしまう節がある。もしかしたらその在り方が伝わってしまったのかもしれないね」
「申し訳ございませんでした、ヒルベルタ様。私はヒルベルタ様の自由を認めないと言いたかったわけではないのです」
「嘘!」
念の為謝罪をするものの、受け入れては貰えない。
私が困っていると、殿下が小さく溜息を吐きました。
「ステレ。彼女もこう言っているし、君からも話を聞かないと。生徒会室へ行こうか」
「はい」
「え! ま、待ってください!」
「殿下は貴女がおっしゃったことの真偽を確かめた上で、ステレ様にご忠告なさるおつもりです。その他にも予定が詰まっておられますから、まだ何かお伝えした事があるのでしたら俺が伺います」
お咎めを受けるかのような空気が醸し出された中、私は殿下に連れられてその場を後にする事になります。
ヒルベルタ様としては殿下ともっとお話がしたかったのでしょう。呼び止めるような声が聞こえたが、殿下を追おうとする彼女をヤコーブス様が止めてくださいました。
生徒会室。
生徒会の役員が集まったそこは今、静寂に包まれています。
先程までのにこやかな好青年っぷりはどこへ行ったのやら。殿下は険しい顔のまま口を閉ざしており、他の役員はそれを見たまま何も言わない。
ただ、この場の空気は決して重苦しいものではなく……寧ろ生暖かいような、くすぐったいような雰囲気に包まれていました。
私は肖像画のように立ったままの状態で静止し、そんな私を殿下は腕の中にしっかり閉じ込めておりました。
彼は背中から私を抱きしめ、私の肩に顔を埋めています。
「あ、あの……殿下、皆様が見ていらっしゃいますから」
小声でそういうも、殿下が離れる様子はありません。
何も言わない彼の代わりにと、会計業務を担う平民の女子生徒が穏やかに微笑みながら口を開きます。
「いえいえ、お気になさらず」
「最早名物みたいなものだしな」
庶務の伯爵令息が同意するようにそう言いました。
そこで生徒会室の扉が開き、ヤコーブス様が遅れてやって来ました。
彼は私と殿下の様子を見て呆れた様に息を吐きます。
「やっぱりこうなったか」
「今日はいつもに増して引っ付き虫ですけど、何かあったんですか?」
「聖女に絡まれた挙句、ステレ様に蔑まれていると主張されたんだ」
「現場を見ていない以上、ヒルベルタ様の主張をそのまま突っぱねる訳にもいきませんし……穏便にその場を離れる為に事情聴取のような形で私を連れ出してくださったのですが…………その、恐らく、私に罪がある可能性を考えているかのような振る舞いをした自分に落ち込んでいるのではと」
「つまりただのバカップルって事でいいですか?」
「おい、不敬だぞ」
庶務の言葉に私の顔が熱くなりました。
ヤコーブス様に指摘された彼は「すみませーん」と緩い謝罪を述べています。
「あの場では明らかに正しい対処だっただろう。ステレ様だって、疑われているとは微塵も思っていないだろうに。全く、何を一人で気落ちしているんだか」
ヤコーブス様は殿下の従兄弟に当たる。
それ故に砕けた口調で殿下を諭す彼でしたが、殿下は未だ何も答えません。
「いい加減口を開いてくれ」
「まあまあ、殿下がこうなるのは信頼してくれてる人の前だけですから」
「普段は話術も申し分ない、完全無欠っぽいのになぁ」
会計がふわふわと柔らかい笑顔を浮かべました。
その傍でしみじみと呟く庶務の言葉には、私も心の中で同意をします。
そう。彼の素はこっち。
幼少の頃の彼は口下手で、殆ど話す事はありませんでした。
しかし王族として対話の能力は必須。
彼は教養を積み、いやいやながら話術を身に付け、日常生活においては誰がどう見ても人の好い、誠実な王太子像を築いています。
けれどその実、できる事なら口を閉ざしている方が楽だという彼は、人目を気にしないでよい場所――気心知れる相手の前でのみ、必要最低限の言葉しか用いなくなるのです。
殿下に対し、接しにくいと思った事はありません。
そんな彼との婚約も既に十年目を迎えている訳ですから、私は言葉を介さずとも、彼の考えを何となく感じ取れるようになっておりました。
ただ、困った事があるとすれば――殿下は私をとても愛してくださっているという事でしょうか。
彼が私と同様の想いを抱いてくださっている事自体は非常に嬉しいのです。
しかし……言葉の代わりにスキンシップが多い彼は現在のように、私に対する距離感がおかしいのです。
これでは心臓も持ちそうにもないのですが、嬉しさもあり、どうにも殿下を説得できないのが現状でした。
「まあ、これは会議が始まれば直るから放っておくとして。……クリス、彼女に対して怒りをぶつけるのだけは勘弁してくれよ。今後似たような事があっても我慢して――」
「……ヤコーブス様」
私は殿下の顔を見ます。
「『イヤ』、と……」
その顔には『イヤ』とでかでかと書かれているように私は見て取れました。
「クリス……!」
ヤコーブス様が渋い顔で詰め寄ろうとも、当の本人は仏頂面のまま視線をそらしてしまうのでした。
***
それから一ヶ月の間。
ヒルベルタ様は事あるごとに私に虐められたと訴えるようになりました。
彼女は殿下と親しくなることはできませんでしたし、あれ以降殿下との接点もありません。
たまにすれ違い、話しかけに行く姿はお見掛けしておりましたが、全て殿下の愛想笑いで躱されてしまいました。
ですから、殿下と近しい立場にいる私が気に入らなかったのでしょう。
彼女が広める噂は多くの生徒達の耳にも届き、彼女は私とすれ違う時に勝ち誇った様な笑みを浮かべるようになります。
私は何もしませんでしたし、言いませんでした。
信憑性のない噂は消えていくものですし、私の立場を揺るがす程の影響力もないと判断したのです。
それよりも問題なのは、殿下がこの件について気付いてしまう事……と私は考えていました。
しかし如何せん、ヒルベルタ様は自ら事を大きくしたがるお方でしたから、それも時間の問題だとは思っていました。
そしてある日の放課後。
大勢が行き交う馬車のロータリーの前でヒルベルタ様は泣き崩れました。
「もうやめてください、ステレ様!」
今日は生徒会のお仕事もない為、帰宅しようとしていた私の前に突然滑り込んだ彼女は膝から崩れ落ち、大きな声で泣き始めたのです。
「ひ、ヒルベルタ様……?」
「どうして毎日、あんなに酷いことをするのですか! 私は何もしていないのに……っ」
「あんな、と言いますと……?」
「とぼけないでください! 私を学園で孤立させて、物を隠したり……暴力まで……っ! 訴えますから! 聖女を虐める悪女として!」
ヒルベルタ様が学園で孤立していらっしゃることは知っておりましたが、それは彼女の日頃の行いから周囲の方々が苦手意識を持ってしまったと認識しておりました。
物を隠したり、暴力を振るったりといったことは全く身に覚えがありません。
「それに、殿下が貴女といる時、彼はいつも厳しいお顔をしていて一言だって話はしません! 好きでもない相手を従えなくてはならないなんて――殿下が可哀想です! 解放してあげてください!」
いつの間にか周囲は騒ぎを聞きつけた生徒で溢れていました。
このままではまずい、と焦ったのも束の間。
コツ、と踵を鳴らす音と共に声が聞こえます。
「失礼」
「……クリス殿下」
「ステレ、この後時間があるか聞きたかったのだけれど……これはどういう状況だい?」
「その……」
「殿下、聞いてください! ステレ様は私がここに来てからずっと虐めて来るんです! 私、学園に行くのが辛くて辛くて……っ」
「ああ――ステレが君に悪口や暴力を振るっているという?」
「っ! その通りです!」
殿下が長い息を吐きました。
彼と共にいたであろうヤコーブス様の姿が、野次馬の後方に見えました。彼はこの先で起こる事を悟り、額に手を当てております。
「あの、殿下」
私はヒルベルタ様の流した噂が既に殿下の耳にまで届いている事を悟りながら声を掛けます。
人の壁に呑まれてなかなかこちらにやって来られないヤコーブス様の代わりに時間を稼ごうとしましたが、それは叶いませんでした。
殿下は私を背に庇いながらヒルベルタ様の前に出ます。
「まず世の常識として……高貴な立場の者に、謂われない罪を被せた場合の罪の重さは理解しているね? これはたとえ真実であっても、証拠がなく罪を立証できない場合も同様だ」
「……えっ」
「残念ながらこれが貴族の社会だからね。……それで、君は国一の大貴族ヴェーメル公爵家の血筋であり、未来の王太子妃である彼女を訴えるだけの、確実な証拠を持っているという事でいいかい?」
彼の言葉には一切の抑揚がありません。
ただ淡々と、そして鋭い声音で、早口に捲し立てました。
「や、その……っ、証拠までは。だって、知らなかったですし、それに、虐められてる時に証拠なんて集められません!」
「発生日時や具体的な事象、目撃者などは挙げられるのかな」
「それは――っ」
目撃者、と言われた彼女は助けを求めるように周囲を見回します。
しかし数名の生徒は彼女から顔を背けるだけで、助け舟を出す様子もありませんでした。
恐らくは、聖女の後ろ盾を得る為に取り入った弱小貴族でしょう。
しかし国の絶対的な権力者、未来の国王となる人物が相手となれば聖女の肩を持つメリットなど存在しません。
「それと一応話しておくと、彼女の性格はこの学園の殆どの生徒が知っている。誠実で心優しい彼女が、そのような過激な真似に出るなどとは誰も思わないだろう」
集まった生徒の多くが頷きを返しました。
私と目が合った数名は、笑いかけてくださいます。
「で、でも、本当なんです! 皆様がいない、二人きりのところで――」
「それは不可能だ」
殿下はそう言うと指を鳴らします。
すると瞬きの内に、私の左右に黒ずくめの衣服に身を包んだ男性が現れました。
「彼女は未来の王太子妃。万が一のことが起きないよう、常に護衛と見張りを付けているんだ。彼らの報告を聞けばステレの日中の行動など全てわかるようになっている」
「そ、そんなっ」
「ここに貴女の味方は誰もいない。ヒルベルタ・ケンペル」
「ひ、酷いです! 私はただ、聖女として正しい待遇を求めただけで――」
「聖女として、か。時にヒルベルタ・ケンペル」
殿下が鼻で笑います。
そしてヒルベルタ様の顔を間近に覗き込み、口角をつり上げます。
目が一切笑っていない、冷たい怒りに満ちた微笑でした。
「且つて他国に生まれ落ちた聖女が、国からの反感を買った結果を知っているかい」
彼の威圧的な視線に圧倒され、またきっと他国の歴史に疎いヒルベルタ様は何も答えられない様子でした。
「国に反発する思考は危険だが、その力は必要だ。そう考えたかの国は――聖女を縛り上げ、投獄させ、その力を求める時――戦場へ、手足を縛ったまま引きずり回したそうだ。まるで家畜のようにね」
「――ヒッ」
「現世の聖女の未来はどうだろうか。……君も、楽しみだとは思わないかい?」
目に涙を溜め、震え上がるヒルベルタ様。
腰が抜けてしまったのか、そのまま動く事も出来ない彼女をよそに、殿下は私へ向き直りました。
「ステレ、待たせたね」
「い、いえ。あの」
殿下はすっかりヒルベルタ様から興味をなくしたようで、私を抱き寄せる。
そのまま王宮の馬車まで共に移動すべく、その場を離れようとします。
それから、漸く人の波から抜け出したヤコーブス様を見て
「ああ、彼女は未来の王太子妃に罪を擦り付けようとした。捕らえておいてくれ」
と言いました。
そして、
「な、なんで……だって、クリス殿下は、ステレの事――」
「逆だ。あいつは昔から話す事が嫌いなんだ。話していない時の方が素なんだよ」
「そ、そんな……ッ、嘘――」
ヤコーブス様の声と、ヒルベルタ様の悲痛な叫びが遅れて聞こえて来たのでした。
後日聞いた話では、彼女は停学処分を食らい、その間教会では聖なる乙女として相応しい教育を叩き込まれていたとか。
勿論、殿下の仰った『他国の歴史』は単なる牽制ですので、彼女を奴隷のように扱う意図はありませんでした。
しかし結局、学園へ通う事を恐れたのか彼女はそのまま退学し、姿を消しました。
その後、社交界でも政治でも名が上がる事は殆どなく――風の噂では、殿下や彼を支持する民の目を恐れ、外を出歩けなくなってしまったのだとか。
***
ヒルベルタ様の騒動のあと、私達は王宮の庭園で同じ時を過ごします。
相も変わらず、私達の間には殆ど会話がありません。
殿下は私を直接ベンチには座らせてくれず、私は殿下に促されるがまま彼の膝の上に乗せられていました。
無言で私を抱きしめる殿下。彼に身を委ね、その温もりに幸福を覚えているとふと、先の出来事が思い出されます。
「殿下」
「……いつになったら俺を名前で呼んでくれるんだい」
小さな声が聞こえ、私は言いかけていた言葉を一度呑み込みます。
彼は確かに何度も自分を名前で呼んで欲しいと言っていました。ただどうにも慣れることが出来ず……私はその機会を避けてきておりました。
「く……クリス殿下」
物言いたげな視線が返されます。
ええ、わかっています。彼が言っているのは、もっと気さくな呼び方をして欲しいという事なのです。
「ステレ」
「く、く…………クリス……様」
顔に熱が溜まり、目が回り始めます。
クリス殿下――いえ、クリス様は未だに私をじっと見つめています。
「こ、これ以上は……っ」
殿下呼びから呼び捨てまでは流石に過程を飛ばし過ぎています。私には難しい頼み事でした。
私がゆるゆると首を振れば、小さく笑う息遣いが耳元でありました。
仕方がないな、とでも言いたげに彼は私の肩口に顔を寄せ、口づけを一つします。
それからまた、無言でこちらを見るので……私は目を閉じ、顔をクリス様へと向けました。
すると今度は私の口をクリス様の唇が塞ぎました。
そうして甘いキスをして、心が満たされ……二人で笑い合います。
その余韻に充分浸ってからの事。
私は、先程クリス様にお話ししようとしていた事を思い出しました。
「クリス様」
青い瞳が丸く開かれます。
「あの、護衛の件……私初耳だったのですが」
ピクリ、とクリス様の眉根が動く。
彼はそのままゆっくりと視線を逸らし、ついには顔まで背け始めた。
「……もう!」
全くこの人は、と私は心の中で呟いた。
私の婚約者は未来の国王様。
とても無口で、沢山の愛で注いでくれて、過保護で――不器用な愛しい人。
私はこれからも、そんな彼に振り回されながら生きていくのだろう。
未来の王太子妃の楽しい婚約生活は、これからも続いていくのである――。
最後までお読みいただきありがとうございました!
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それでは、またご縁がありましたらどこかで!




