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7-6. それでも僕は

 思っていたより余裕がない。ハルトは自身を分析した。熱が溜まり切った状態で〈落日の剣(インペレイター)〉を使ったせいで、〈氷禍の胸甲〉を常時稼働させてようやく、機関の発熱を抑え込めている。おまけに自身の放電で少なからず熱傷を負った。それを〈痛覚鈍化〉でどうにかしてる。魔力も残り僅か。魔力回復剤の小瓶は粉々になっていた。

 そして目の前の男を見て思う。この奇襲でこいつ―忘れもしないあの日、変幻する剣で僕を襲った男―を仕留めたかったのにしくじった。

「またそいつか。さっさと片付けろ」

 聞き覚えのある古びた声が聞こえた途端、ハルトが自身にかけた呪文の効果が消えた。〈魔力の鎧〉が消えて元の姿になり、その下層の〈氷禍の胸甲〉も消えた。胸の発電機関を冷却する術はもうない。稼働を続けられるのは、せいぜい3、4分。それを過ぎれば心肺の防護シートが限界に達し、心臓と肺が焼ける。手術をしてくれたアツロウさんはそう言っていた。

 ハルトはこの塔の頂のほぼ中央で、こちらに背を向けて立つ男を見た。あいつがアルクトゥス。あの古びた声の主は、あの日も確かにその名で呼ばれていた。アルカ評議会の魔術師にして、大転移の主導者。そしてそのアルクトゥスの向こうに

 エリさん。ハルトは心の中で名を呼んだ。彼女がいた。共に次元の穴に挑んだあの日のように、朗々と呪文の言葉を、古ぶるしきことばを紡ぎながら。

 彼女の声が哀切に響く中、変幻する剣の男が踏み込んできた。呪文を唱える隙を与えまいと鋭く、速く。

 ハルトは跳び下がって距離を稼ぎ、ジャケット裏のナイフ二本を左手で抜き電磁ユニットで射出した。一本目は幅広の大剣に弾かれる。二本目は男の左肩に刺さるも浅く、魔力の鎧を削っただけで落ちた。

 大剣を振りかざした男が迫る。おまえなんかに用はないのに。ハルトは腰のゴンドーの剣を抜きつつ、その刀身に沿わせて大剣の一撃を受け流す。そして流れのままに右前方へと踏み込んだ。二撃目が来る。その前に斬る。エリに学んだ動きでハルトが斬り込むも、そこに男はおらず。

 男は下がって身構えた。ハルトとエリを結んだ線を遮るように。

 僕をエリさんのところへ行かせない気か。ハルトは左手で腰のナイフを抜きながら、焦る心を抑えるのに必死になった。恐らくそれがこの男の狙いだ。ハルトは目の端で東を捉えた。

 星なき東の空の彼方から、輝く色彩の帳が垂れてゆれている。

 その光景にハルトは見覚えがあった。何処で見たかは思い出せない。でも確信をもって言える。あれは帳。〈帳の司書(フェイアラ)〉が開く別次元への入り口だ。

 帳の技が執行されてしまった。今まさにエリの〈刻〉が失われていってる。彼女の歌うことばに乗って、帳を上げるために。ハルトは同じだけの何かが、自身から削り取られているような感覚に陥った。僕はエリさんの〈刻〉に消えてほしくなかった。あなたを形作る全てが大切に思えた。なのに……

 結局また、間に合わなかった。そんな思いに苛まれる。でもエリさんはまだ生きている。これ以上、エリさんの〈刻〉は奪わせない。

 ハルトは〈神経加速〉を使うために〈痛覚鈍化〉を解除した。この二つは併用できない。全身を襲う激痛に一瞬、目が眩む。前から重いモノが来る気配。ハルトは意識を無理やり奮い立たせて〈神経加速〉を詠唱した。男が振るう鎚鉾メイスを躱し切れずに頭に受けつつ、モノクロームの空間で右に避けた。割れるヘルメットを残し、罅割れ曇ったゴーグルを振るい捨てて、剣を男の鎧の僅かな継ぎ目、左脇の下に突き入れる。手応えを感じるも、浅い。魔力が積層で編まれているのか、それとも僕の筋力が落ちているのか。

 焼ける痛みが胸を襲う。今これ以上は電力を使えない。ハルトはやむなく〈神経加速〉を解除し、前へ転がり立ち上がる。追い打たれる鎚鉾を、ナイフを放って両手で剣を掲げて防いだ。

 男の鎚鉾とハルトの剣が噛み合い、軋み鳴る。図らずも出来上がった拮抗に、男が口を開いた。

「おまえたちはやり過ぎたのだ。マヴドども」ご丁寧にニホン語で言ってきた。その口調はどこか恨みがましい。「おまえたちのせいで、大転移が早まった」

 そんなの知ったことか。ハルトは苛立った。言いたいことはこっちにだって山ほどある。

「エリさんは、大転移なんか、望んでない」

 それはハルトにとって疑う余地のない真実だった。今のエリさんは、きっと何か魔術的な力であの状態を強制されている。でなければ、空飛ぶ僕に向かって飛び込んできたりしない。

 僅かに鎚鉾の圧がゆるんだ。動揺した? わけではなく。

 男の鎚鉾が急に短く細くなり、短剣の形に変化した。

 この間合いでは短剣のほうが扱い易く、そして速い。腹部に迫る短剣の先を、ハルトは左に跳んで躱した。そのまま左手でナイフを二本引き抜き、また射出する。そのまま左に駆けながら続けてナイフを撃ってゆく。

 男も要領を掴んだのか、武器を大剣に変形させると盾のように掲げて走る。ハルトとエリの間に挟まるように。ナイフは次々に弾かれ、大理石の床に転がり滑った。

 互いに余計な呪文を唱えられぬよう、一足一刀よりやや長い微妙な間合いを保持して走る。東の光景が否応なしにハルトの視界に入った。

 オーロラの裾が翻り、徐々に、徐々に上がっていく。帳の向こうには、朝焼けに染まる海があった。澄んだ空と、いまだ暗くも青い輝きを約束された美しい海が見えた。死者が立ち上がって生者を襲い、生き残り同士が殺し合う、汚染されたこちらの世界とは大違いだ。

 でもそれは、エリさんのすべてを差し出して手に入れるもの。僕はそのすべてを否定する。

「薄汚いマヴドの子ネズミが」焦れたように男は言うと、大剣を槍に変えた。「あの方の御傍に一時いられただけでも、満足して死ぬべきものを」

 男の武器の間合いが伸びた。その突きが鋭く迫る。ハルトは退かず、穂先を剣で反らして踏み込んだ。これ以上、距離を空け続けても意味がない。

「不満だよ」

 吐き捨てながらハルトは左手も剣の柄に添え、全身を剣のごとくに男の喉に突き込んだ。

 その時、初めて男が退いた。下がり、槍を大剣に変えてハルトの剣先を叩き落とす。

 またここで初めて、場の全体がハルトの視界に入った。右に男、距離を空けた左にアルクトゥスとエリ。そして帳は上がり続けている。

 ここが勝負どころだ。ハルトの直観はそう告げた。使える力も時間もない。もうエリさんに近づくには、これしか……

 ハルトは剣を高く振りかぶると、男の真っ向中心目がけて一直線に踏み込んだ。本当に中心を捉えた剣は、躱すことができない。エリの教えだった。

 ハルトの渾身の一撃を、男の大剣は容易く受け留めた。同時にハルトの剣が砕け、破片となって散った。これまでの酷使が祟ったかのように。

「脆いな!」

 勝ちを確信した男の声とともに、大剣の一撃がハルトを襲う。

 ハルトはそこで既に〈神経加速〉を唱えていた。スローになる空間で大剣をくぐって避けると、男の腰に肩をぶつけ、抱えて前へと突進する。〈神経加速〉を解除し〈痛覚鈍化〉詠唱。男とともに倒れ込んだ。

 ハルトと男は重なり合って転がった。上となって主導権を取ろうと、双方が腕を、足を抑え合う。その中で男は武器を短剣に変え、ハルトのボディアーマーの隙間を、脇腹を刺した。二度、三度と。しかし〈痛覚鈍化〉を使っているハルトにとって、痛みはかすかにしかない。

 まったく怯まないハルトを間近に見て、男の目に驚愕と動揺、そして恐怖の色が浮かんだ。まるで生ける死者を見るような。

 僅かにできたその隙を逃さず、ハルトは男を股下に置くと、互いの顔が触れんばかりに近づけた。そして空いた右手で自身のフェイスガードをむしり取ると、言った。丁寧なメルネヴェ語で。

「エリィルラルの肌、とても綺麗でしたよ。ええ、とてもね」

 いやらしく舌なめずりをして見せながら。ハルトはこの男の言葉を聞いて思っていた。いちいち恨みがましく妬ましげで。こいつはエルフだのメルネヴェだの以前に、醜く嫉妬深く未練がましい、僕と同じただの男だ。だから

「混沌の汚物がっ!」

 汚いメルネヴェ語で叫びながら、男はハルトの腹に足を突き入れ後方へと投げ飛ばした。そして起き上がろうと上体を起こしたハルトの腹に、大剣に変えた武器をゴルフスイングのように振るって叩きつける。

「うぶっ」

 血を吐きながら、ハルトは更に後方へと飛ばされた。砕けたボディアーマーの残骸を散らして。

 そして転がりながら落ちた先は、アルクトゥスとエリの間。そのほど近い場所。ハルトはうつ伏せの姿勢から起きようと、右手を着いた。そこへ

「手こずりおってからに」

 アルクトゥスの言葉とともに、その長衣から青白い触手が伸びてハルトの腹を貫いた。

「う、ぐっ……」

 痛みは小さくとも、その衝撃に息が詰まる。触手はハルトの腹を通り抜けたまま彼の体を巻き取ると、持ち上げ、アルクトゥスの元へと戻ってゆく。

「もうよろしいのですか?」

 男が問いかける。何のことだ? とハルトは思う。

「うむ。帳の御業は、もう軌道に乗った。もう私が抑えつけなくとも、コレは勝手に帳を上げ、下ろすだろう。しかし」アルクトゥスは男を一瞥すると、ハルトの体を自身の前に差し上げた。「アルカ・ィム・ダウェアラも、次元を経るごとに質が落ちるようだの。こんなマヴドの子ザルによくもまあ」

 ハルトは知った。ああ、コイツがやったのか。

「それは確かに私の不徳」恥じ入るように、男は言った。「ですがただのマヴドではありません。妙な技を使います」

「フム」

 アルクトゥスはハルトの体を自身の前に引き寄せると、〈帳の司書〉との間に保持してしげしげと眺めた。

 ハルトはこれが機会チャンスとばかりに右腕を振り上げ、ブレードを出して斬りつける。しかし、ハルトを掴む触手は刃の届かない距離を保った。

「ハハッ! この状態でよう動く」アルクトゥスは愉し気に言った。「なるほど、異世界起源の機械を埋め込んでおるのか。これはこれで興味深い。後で解剖し」

 ハルトは左手のひらを前に突き出した。当然、手は何にも届かない。が


 START ELECTROMAGNETIC UNIT MAXIMUN OUTPUT

 (電磁ユニット起動 最大出力)


 ハルトの胸の歪次元発電機関が生み出す電力が、磁力となって塔の頂全体に拡がった。

 ハルトがこれまで放ったナイフが、砕けた剣の欠片が、一瞬にしてハルトの左手に引き寄せられる。その軌道上に何があろうと関係なく。

 見えない力場が割れる音が鳴り、数本のナイフが弾かれ宙を舞う。が

 アルクトゥスの背に21本のナイフが突き刺さり、8つの剣の破片が胸を貫通して飛び出した。

「おぼっ……」

 アルクトゥスは血を吐き仰け反った。磁界に浮かぶナイフと剣片に支えられ、崩れることなく立ったまま。

「師よ!」

 男が叫ぶ。

 ハルトは口から煙を吐きつつ、右腕のブレードで腹を貫く触手を切断。踏み込みながら、返す刃でアルクトゥスの頭を割った。そして電磁ユニットを停止させる。

 アルクトゥスが落下し、切断された頭蓋からピンクの脳がこぼれて大理石を汚す。しかしハルトはそんなものは見向きもせずに、体を翻して向き合った。

 追いかけ続けた、逢いたいひとに。

 エリは東を向いたまま、止まることなく帳を上げてゆく。歌うように呪文を紡いで、手で不思議な図形を宙に描いて。

 ハルトはエリに向かって踏み出した。一歩進むごとに、口から煙とも血ともつかぬものがこぼれる。胸が燃えるように熱いのは、再会に心が躍っているから? それとも発電機関の排熱に失敗しているだけ?

 もうわからない。それでも進む。エリの姿がよく見えた。前よりずっと背が低い。手足も細くなっていて、顔も若返っている。綺麗なのは変わらないまま。〈痛覚鈍化〉も電力切れでもう効かず、喉が焼けつくように痛む。だからハルトは心のなかで呼びかけた。なんですかエリさん。僕より若くなっちゃってるじゃないですか。ライカさんがまた羨ましがりますよ。

義姉上あねうえに近づくな!」

 誰があねうえだよ。知らないよそんなの。背後から聞こえた言葉に毒づきながら、ハルトは進んだ。昔から綺麗だったんですねエリさん。美少女ですよ。

 そしてもう、手を伸ばせば触れられる距離。けれどエリは周りに誰もいないかのように、帳の技を振るい続ける。それを見てハルトは思う。もうダメなのか。エリさんの頭にはもう、僕のことは残っていないのか。

 結局、僕はまた間に合わなかった。滑稽だ。大勢の人を巻き込んでここまで来たのに。滑稽過ぎて笑うこともできない。言いたいことがたくさんあった。聞きたいことは、もっとあった。なのにもう、声すらまともに出せそうにない。

 それでも僕は、あなたに

「エリ――」

 残る力を振り絞り、出せたのはたったの二音だけ。そこでハルトの心臓は停まった。




 マヴドの子どもが、エリィルラルに近づいていく。種族の指導者の死体を余所に、リーヴェロンにはそれしか見えなかった。

 止めねばと思うも、今まさに精緻精妙な帳の御業が行われている。そのすぐ傍で下手に干渉し、大転移が失敗でもすれば、メルネヴェの民に未来はない。対応を訊きたくとも、幾度もの大転移を主導した最古の魔術師は、物言わぬ骸となって転がっている。

「義姉上に近づくな!」

 それでも思わず声が出た。

 しかし幸いにも、マヴドの子どもが近づこうが、エリィルラルの帳の御業は止むことがなかった。

 マヴドの子どもの手が、エリィルラルの頬に伸びる。そこでマヴドの子どもはよろけて倒れ伏した。動かない。当たり前だ。あの深傷ふかでであそこまで動いたことが異常だったのだ。エリィルラルにも変化はない。その様にリーヴェロンは安堵する。種族の未来と自身の妬心、その両方で。これで無事、大転移は行われる。残る問題は東区内に入り込んだマヴドの軍勢だ。

 そのすべてを撃滅撃退する兵力はもう、残されてはいまい。その時間もない。帳を抜けられるのはせいぜい数時間と聞いている。

 民を東岸ドックに係留している船に分乗させて、帳を越えるほかにないだろう。持ち出せる資産は最小限になるが、致し方あるまい。リーヴェロンは帳の御業を行う義姉に背を向け、塔の昇降口に向かった。義姉を、エリィルラルをこのままにしておくことには心が痛んだ。しかし〈司書の演台〉を動かせない以上、やむをえない。時間もない。

 その時、かたんと音が鳴った。

 ただの足音、にしては大きい。そう思った瞬間、リーヴェロンは猛烈な驚愕、ほぼ恐怖に襲われた。歌が、エリィルラルが紡いでいた呪文が止まっている。

 弾かれたように振り返り、リーヴェロンは見た。

 エリィルラルが膝を着き、マヴドの子どもに覆いかぶさる姿を。少女の姿、リーヴェロンが初めてエリィルラルに出会った時そのままの姿で。

 少女のエリィルラルは、マヴドの子どもを腹の下に抱え込むようにしながら、己が身をすりつけていた。うっとりと安心しきった表情を浮かべて。その様は、もはや人の在り様ではない。犬や猫のそれだ。帳の技に〈刻〉を、メルネヴェびとの行動様式を成す記憶を奪われ、獣のレベルにまで落ちたのか。

 少女のエリィルラルがしきりに体をすりつけるも、マヴドの子どもはピクリとも動かない。少女の瞳に当惑が浮かぶ。少女のエリィルラルはマヴドの子どもの右手を掴むと、自らの頬に押し当てた。

 べっとりと、少女の頬に血が付いた。その感触に驚いたのか、手を放す。するとマヴドの子どもの右手は、力なく血溜まりに落ちた。少女はもう一度、その手を拾い上げて頬に当てる。また落とす。繰り返し。

 少女のエリィルラルの顔から、一切の表情が消えた。その首がゆっくりと動き、大きく見開かれた金と青の瞳がリーヴェロンを射た。

 ぞくり、と冷たい戦慄がリーヴェロンの背筋を這った。体が硬直して動けなくなる。竜に睨まれでもしたかのように。

 彼女はもう、言葉など話せる状態にないはず。なのにリーヴェロンは聞こえた気がした。


 かれをこんなふうにしたのはだあれ?


 何かとてつもなく恐ろしい事が起きようとしている。この世界に留まるよりも、遥かに。リーヴェロンが理屈抜きの予感に震えて動けずにいると、少女のエリィルラルはマヴドの子どもをきつく腹の下に抱え込んだ。雛を護る母鳥のように。そして世界を、定命者モータルを睥睨した。腹の下の黄金を守る竜のように。

 一時、そしてほんのいっとき、少女のエリィルラルの顔は涙でくしゃくしゃに歪んだ。しかしすぐに表情はかき消える。そして彼女は涙の跡を残した顔で、天を見上げると

 声を、発した。それは狼の遠吠えに似ていながら、情報の圧縮された帳の御業の呪文のようにも聞こえた。

 長く尾を引いて、声が止む。少女のエリィルラルから異様な雰囲気が消え、リーヴェロンの体の硬直が解けた。

 しかしまだ、予感は消えていない。帳の御業も再開されない。そうだ、帳はどうなった? リーヴェロンは東を見た。

 帳の向こうに広がっていたはずの、朝焼けの空が黒く濁って泡立った。青く輝く海に暗緑が滲み拡がり、巨石の扉が浮かび上がる。橙に染まる中空は、幾億の異形の眼で埋め尽くされた。

 見られている。リーヴェロンはそう感じた。死を超越し、定命者の知覚の及ばぬ上位存在、神々が、帳の向こうからこちらの世界を覗き見ている。

 言い伝えのとおりならば、神という夢から覚めよと告げる風、〈夜明けの風〉から身を隠す次元を求めて。

 帳から超大な触手が幾本も伸び、亜邑人工島の塔に絡みつく。続いて巨大な六本指の右手が帳から這い出すと、人工島東岸埠頭に指をめり込ませた。そして触手と六本指の右手は互いを認識し、亜邑にいる定命者などお構いなしに争い始めた。その余波で塔が幾本も倒壊し、邸宅その他施設が飴細工のように簡単に破壊されてゆく。

 そして帳の向こうには、まだまだ無数の何かが我先にと相争ってひしめき合っている。

 触手が唸りを上げて夜気を裂き、〈導きの塔〉を叩いた。塔の頂が激震に揺れる。リーヴェロンは転んで膝を着くと、昇降口へと這い進んだ。恐怖に追い立てられるまま、振り返りもせずに。


 神々による次元の奪い合い。世界の崩壊が始まった。

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