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7-3. 甕星

 戦車ゴーレムが亜邑西区に建つビルの狭間を駆け抜ける。

「前方左右のビルの陰、部隊が控えてる!」

「わかった!」

 フィムの警告に、シルエレィドは戦車ゴーレムを走らせたまま左右の機銃を向けた。しかし

 唐突に、戦車ゴーレムは前にのめって突っ伏した。シルエレィド以下、乗員全員が予期せぬ衝撃に体を打ちつけ痛みに呻く。

「くっ、何が……」

 視界の効かないハルトには事態がわからない。

「何これ……」隣のフィムが頭を振ると、観測霊の見たものに驚き目を見開いた。「もしかして落とし穴に落ちた? こんなものいつ用意したのよ!」

呼地クトーニア呪文の基礎の基礎、〈地動〉だ」苦痛に顔を歪めながらシルエレィドが言う。「学びたては小さく浅い穴しか掘れんが、熟練すればどんなに大きく深い穴でも一瞬で掘れる。単純ながら恐ろしい呪文だよ。

 シルエレィドは戦車ゴーレムの両手を穴の縁にかけ、よじ登る。

「人工島内では、そう深くは掘れないはずだ……が」

 言葉を止めたシルエレィドが、呆然と上を見た。フィムも同様だ。ハルトも釣られて見るも、そこは薄暗い戦車ゴーレムの中でしかない。何が起きた? 二人に問おうとしたハルトの耳に、〈審判の日〉後の世界で初めて耳にする音が聞こえてきた。バタバタと繰り返し風を切るローターの音。それも間近から。

「対戦車ヘリ……評議会はこんなものまで買っていたのか!」

 叫ぶように言うと、シルエレィドが戦車ゴーレムを横に跳ばす。間髪入れずにドンと鳴る発射音。戦車ゴーレムの左に強烈な振動が加わり、そのままビルの壁面に背中から叩きつけられた。

「うぐぁっ!」「んあっ!」

 ハルトとフィムが悲鳴を上げる。

 その間、額から流れる血を振り払いながら、シルエレィドは戦車ゴーレムの状態を確認した。本体中破、左腕喪失。そして即、機体バランスを調整。目前にホバリングする対戦車ヘリに、右肩ライフル砲の砲口を向けて撃った。

 戦車ゴーレムの砲撃と対戦車ヘリのミサイルが交差する。僅かな差で砲撃が先に対戦車ヘリに着弾。対戦車ヘリは爆発、炎上しながらビルの狭間へ勢いよく転がった。控えていたエルフの兵士たちを巻き込みながら。その一方でヘリの対戦車ミサイルは戦車ゴーレムの右腕を吹き飛ばした。

 その衝撃に、両腕を失くした戦車ゴーレムは膝を着いた。

「……どうやら私たちは、ここで君を見送るしかないようだ」頭を振って血を振り払い、シルエレィドが言った。「準備はいいかね? 光のあるほうが東だ。わかりやすい」

「はい」ハルトは答え、心を落ち着けるために深呼吸した。「いつでも出られます」

 背部ハッチが開く。見上げた空は満天の星空だった。地上の争乱など一顧だにせず、星々は輝き暗黒を彩っている。あとは行くだけ。しかしここに残る二人はどうなる? ハルトはシルエレィドとフィムに目を戻した。

「シルエレィドさん、」

「私たちなら大丈夫だ」シルエレィドはハルトに先を言わせなかった。「腕の再構築はもう始めている。それに私はここの地理に詳しい。誰よりもな。魔王の軍勢と合流するまで上手く立ち回れる」

「だからさっさと行っちゃいなさい」

 そう言ってフィムはやわらかな笑みを向けてくる。

 ハルトの胸を、これまで二人と過ごした時間が去来する。出会いは最悪。なのに二人はずっと僕を手伝ってくれた。同胞を裏切ってまで。返せるものなど何もないのに。

「ありがとう。シルエレィドさん、フィム」喉が震え、目が熱くなる。「ありがとう。僕にはそう言うことしかできない」

 でも泣いて別れを惜しむ暇はない。ハルトはゴーグルとフェイスガードを手に持った。

「二人とも、どうかご無事で。事が済んだら、錬馬市にも寄ってみてください。いい人たちが割といますから」

 全員いい人、と言えないのが悲しい現実だ。

 ハルトはハッチへの登攀バーに手をかけると、フィムを見つめた。とっても綺麗なエルフの女の子。同年代の友だちなんてずいぶん久しぶりだったから、彼女と過ごすのは楽しかった。世界がこうなってしまう前を思い出せた。鈍い僕でも、彼女の好意は感じ取れた。そして彼女と話すのは、たぶんこれが最後になるから。

「大好きだよ、フィム。元気でね」

 ハルトは告げた。貴女の想いは伝わってる。それを示したくて。貴女のそれとは少し違うかもしれないけれど、僕も君が好きだよと。

 心残りはもうこれでない。ハルトはフェイスガードを装着しようとして

 あたたかくやわらかな感触で口を塞がれた。彼女の舌がハルトの唇を撫ぜ、そして離れる。

「生きて。必ず」射ぬかんばかりのフィムの瞳は、有無を言わさぬ、反論を許さない。「じゃなきゃ許さない。星霊アストラル領域のありとあらゆる呪詛で呪ってやる」

 自分でもよくわからない衝動にかられ、ハルトはフィムを抱き締めた。強く。そしてすぐに離してハッチの外に出た。

 ベルトのコントローラーのスイッチを入れる。グリーンのランプが点灯し、背負ったSAFU―試製単独(Solo)強襲用(Assault)飛行(Flying)装置(Unit)〈みかぼし〉から翼が伸び、バーニアが開いた。

「ハッチを閉じてください」

 戦車ゴーレムのハッチが閉じる。ほんの一瞬、俯くフィムと親指を立てるシルエレィドの姿が見えた。

 〈魔力の鎧〉と〈鷲の目〉を詠唱し、東を臨んでエンジンをスタート。バイオディーゼルと濃縮魔力溶液が混ざり、制御された熱と推力を生み出す。ハルトの体は亜邑人工島西区の空へと急上昇した。

 慣れない空中での姿勢制御に少しフラつく。夜空と地上の間に静止し、ハルトは人工島を見下ろした。エルフは亜邑直上の空に、恒常的に魔術による撹乱幕を張っている。そのため、人工島の全貌は人工衛星でも捉えられない。でも今は見える。現在位置は西区、人工島を東西に二分して通る中央幹線道まで100m弱の地点。南西の第2ゲートを突破した魔王の軍勢は、今や東区との境界に迫り、エルフの守備部隊と激しい攻防を繰り広げている。燃える車が次から次へと投石機カタパルトから発射され、東区に落ちて邸宅を焼き、炎が燃え広がる。エルフたちの攻撃呪文が〈魔王軍〉の兵たちを焼き、凍らせる。怪力の変異兵が振るう鉄柱が、エルフの兵たちの体をまとめて打ち砕く。大型弩砲(バリスタ)の撃ちだす鉄骨が夜空に放物線を描き、東区の警備塔を貫いた。衝角付き多輪装甲車の突進を、コンクリートのゴーレムが阻んで押し留める。

 戦線は南に集中しているが、それがこの辺りまで延びてくるのも間もなくだろう。果たして魔王タケハヤは"船出"までに東区へ侵入できるのか。彼らの成否はそこにかかっている。

 タケハヤたちのことはもう考えなくていい。SAFUの稼働時間は4分が限界。全開フルスロットルで機動すれば更に短い。ハルトは人工島の東の突端を見た。強化された視力で露わになる。夜空の下、そこは、人工島全土を一隻の船とするならば、まるで船の舳先のような。

 途中、どんな妨害があるかわからない。ハルトは〈鏡像〉を唱えて自らの幻影を7体、空中に投影した。エンジン全開。地上の混沌を置き去りに天翔ける。

 〈導きの塔〉を目指して一直線に。




 夜空に静止した少年が―もう青年か―は、東を臨むや一瞬にして飛び去った。放たれた矢のように。

 戦車ゴーレムの両腕を対戦車ヘリの残骸で再構築しつつ、シルエレィドは周囲を警戒した。今のところ、アルカ・ィム・ダウェアラの守備兵たちがこちらに現れる気配はない。人工島南の戦線に注力しているのか、それとも兵力が払底しているのか。その両方か。

 少しだけ気をゆるめて、シルエレィドは振り向かずに娘の様子をうかがった。小さな嗚咽が漏れ聞こえる。無理もない、と思う。亜邑の友だちから見放され、異形のマヴドの略奪者に囚われ、やっと心を通わせた相手との別れだ。それも恐らくは、今生の。一度放たれた矢は戻らない。

 シルエレィドは思う。若いうちは何事も経験だ。恋も、恋が実ることも、恋が終わることも。それが、これからこの過酷な世界で生きる娘の心の糧となればいいと願う。しかし……恐らくは最初の恋の相手が彼というのは、少々度が過ぎたのではと危惧してしまう。いつか娘が伴侶を求めた時、彼が判断の基準になったらどうなることか。伴侶を得ることだけが幸せではもちろんないが。

「フィム、恋はいいものだ」父は娘にそっと話しかけた。「そして恋は別離で完成するとも言うよ」

「母さまが初めてだったクセに、知った風なこと言わないで」

 シルエレィドは存外に強い口調で娘に言われ

「はい」

 としか言えなかった。近頃は何だか妻のフィリウィラルに似てきたなと思う。

 その時、戦車ゴーレムが接近する熱源を検知した。幹線道を南から北上してくる車両と人型の巨影複数あり。ほぼ同時に背後の第1ゲート方面からも多数の人、車両が進んでくる。こちらに北上してくるのは亜邑の守備兵と彼らが造ったゴーレム、背後から来るのは今の友軍〈魔王軍〉の兵たちだろう。

「かつての同胞、今の敵がやってきた」シルエレィドは娘に告げた。かなしいかな、今の私たちには惜別に浸る時間がない「フィム、後方のカジマたちと合流するぞ」

 全ては、この戦いを終わらせてから。

「……監視は任せて」フィムは鼻をすすり上げると言った。まだかすかに震える声で。「撹乱に幽光霊を出すわ。悲しいけど、こっちで生きるには力を示さなきゃならない。それに、少しくらいはハルトの負担を減らせる」

「その意気だ」

 今はまだ胸が痛むだろう。でもそれがいつか、フィムの力になる。シルエレィドは胸のうちで言うと、戦車ゴーレムの方向を転換。ビルを遮蔽にしつつ後退を始めた。




 七つの幻影を引き連れて、ハルトは夜空を翔け抜ける。眼下に広がる東区は、今はもう警備塔以外ほとんど明かりが灯っていない。広壮な邸宅と塔が並ぶ街並みにもひと気はない。中世欧州の建物に似た異国感も相俟って、どこか昔の映画のセットのようにも見えた。

 突如、光線が閃いて、幻影の一つを貫いた。理力の光線呪文だ。続いてもう一つの幻影が撃たれる。ハルトはその光線の軌跡を、記憶を頼りに視線で辿る。右前方の塔の上。エルフの兵が二人いる。

 ハルトは体内蓄電池の電力を青い破壊の閃光に変えて撃った。飛行しながらの光線呪文は命中し難い。だから繰り返し撃つ。4度目で一人目のエルフ兵の胸を、それで補正できたのか、5度目で二人目のエルフ兵の頭を撃ち抜き焦がした。

 そのままハルトは手当たり次第、青い閃光を撃ち放った。目についた警備塔上のエルフ兵に向かって。当たればいいが、当たらなくとも構わない。自分の動きに合わせて、幻影たちも同じ動きをする。飛び過ぎるこちらの動きに惑ってくれればそれでいい。

 青い閃光を当てられるのを恐れてか、下方からの呪文攻撃が減る。そしてそのタイミングで目標が見えてきた。亜邑人工島の東端に建つその塔は、他の全ての塔を睥睨するように高く、そして優美に聳えてそこにあった。塔の白く艶やかな外壁には壁龕が設けられ、魔術の明かりが灯って皓々と周囲を照らしている。

 位置も、そしてシルエレィドから聞いた特徴からも間違いない。これが〈導きの塔〉。メルネヴェの民を次の次元へと導くよう定められた〈導きの司書(ル・フェイアラ)〉が、帳の技を、大転移の魔法を執行する場所だ。

 この何処かに、エリさんがいる。ハルトは塔の矢狭間から放たれる攻撃呪文〈氷の矢〉を〈岩の弾〉を、幻影で受けながら、螺旋を描くように塔を巡って上昇した。どこだ。どこにいる? 地上一階からのんびり登って探すなんてマネをする気はない。どこか適当な壁面ぶち抜いて……と思うも、そこにエリさんがいる可能性を考えるとできない。

 考えろ、考えろ。自身に言い聞かせながらハルトは飛ぶ。でもSAFUの燃料はもう残り5%を切っている。のんびり考えている時間はない。気ばかりが焦るなか、塔の頂が見えてきた。

 円形の頂を囲んで、白く光沢のある円柱が並ぶ。それぞれの円柱の頂で、熱のない炎が白く黄色く燃え盛り、塔の頂を照らし出す。頂の床は継ぎ目のない一枚の白大理石で、エルフの、メルネヴェの持つ魔術と建築技術の高さを伺わせた。

 そしてそこを並んで行く、三人の姿があった。先頭は歳のわからないメルネヴェの男で、銀灰色の長い髪を金の頭環サークレットでまとめ、長衣ローブを着ている。後尾は濃い灰色の上下に、銀の胸甲を付けた金髪の若い男。これも当然メルネヴェびとだ。そしてその間に挟まれて歩んでいるのは

 気丈に前を見据えるその瞳は、青から金にグラデーションする不思議な色。でもその目の下の隈がハルトには気になる。銀の髪は前より伸びた。もう4ヶ月も経っているのだから当たり前だ。着ている服は、ゆったりとしたロングドレスに見えるものの、女性服に疎いハルトには何なのかわからない。ただ黒の線で無数の大小の円が、所によって重なり、所によって離れた奇妙な図柄が描かれている。

 ここはいったん退いて、機会を伺うべき。なのに胸から溢れる奔流は止まらず、ハルトの喉を勝手に迸った。

「エリさん!」


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