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6-5. 魔王の城塞

 幸い雪は夜中に止み、薄く積もっただけで夜が明けた。

 それでも朝の路面は滑る。速度を上げず安全運転を心がけながら、ハルトは装甲車を港東こうとう市庁舎へ向けて走らせた。掃討が済んでいるのか。澄田川すみだがわ大橋を越えた辺りからは道を塞ぐゾンビの姿も見当たらなくなった。しかし

「シルエレィドさん、気づいてますか?」

 ハルトは助手席の魔術師に話しかけた。

「ああ、見られているね」

 シルエレィドはさりげなく、窓外に目を向ける。道に沿って立ち並ぶビル、建物の上に、幾つかの人影が動いてこちらを見下ろしていた。影はクルマが進む方向に先回りするように、屋根から屋根へ、屋上から屋上へと跳んで移動してゆく。

「ただのマヴド、人間じゃないわね。アレ」後席のフィムも同じものを目で追っていた。「あんな距離、普通ならマヴドでもメルネヴェでもジャンプできないもの。魔術を使えばできなくもないけど、あの人影全部がそうとは考えにくいし」

 もう監視が付いたか。ハルトも想定していたことではあった。ここはもう諸勢力の相争う廃墟ではなく、復興庁の管理下にある地域でもない。首都圏の生存者に〈魔王〉と称される人物、タケハヤの支配下にある領域だった。彼は〈審判の日〉の直後に突如として統京湾岸地域に現れ、瞬く間に生存者を糾合。避難センターのある港東市庁舎を襲撃して支配下に収め、そこを居城として勢力を拡大しつつあった。

「私の記憶にある限りでは、これまで2度、彼らは亜邑に大規模な攻撃を仕掛けた」シルエレィドは視線を遠くに送って言った。「投石機、攻城櫓、ロケットランチャー……この状況下でよく準備したものだと思ったよ。いずれも人工島を囲む防御壁を破れず、守備兵の銃撃と呪文の前に退いたがね。亜邑側の損耗も決して小さくはなかった」

「話ができるの? そんな連中」フィムが後席から、前席のハルトとシルエレィドの間に顔を出した。「〈魔王〉とか名乗っちゃってるの、絶対おかしいって。ゲームのやり過ぎよ。きっとゲーム脳よ」

 ハルトも今どき安易なネーミングだな、くらいは思っていた。むしろ今どきだからかもしれないとも。今は復興庁のドローンなどを除けば、遠方の情報は人づての噂を頼りにするしかない。人間は見聞きしたものを過大に面白おかしく話すのが好きだ。

「夏までは周辺勢力への攻撃と略奪がひどかったようですが、秋頃から態度が軟化してきたそうです」ハンドルを巡らせながら、ハルトは言った。「最近は物資の商取引にも応じると。復興庁経由の情報ですけど」

「略奪だけで集団は維持できない。魔王とやらがより大きな集団、領主や国家を目指すとするなら尚更だ。歓迎すべき変化ではあるのだろうな」

 シルエレィドの言葉を聞き流しながら、ハルトは思う。魔王の率いる〈魔王軍〉については、これまでいい話を聞いたことがない。特に女性の収奪と再分配などは、嫌悪感しか湧かない。でもそんな連中を、僕は極めて個人的な目的のために利用しようとしている。結局のところ、僕も連中の同類なのだろう。

「あれ見て!」フィムが前方を指さした。「城壁……のつもり?」

 港東市庁舎の手前200m程度の位置に、道路を遮って高さ8m以上ある岩の壁が築かれていた。魔王の居城とされている市庁舎建物を囲っているそれは、まさしく城壁とも呼べた。

 城壁の上に、武器らしき長い得物を手にした人影が小さく幾つも見える。

呼地(クト―ニア)の魔術士がいるのだろう。入門者の仕事ならまあ悪くないレベルか。私の教室なら落第点だが」元評議会の魔術師、シルエレィドの専門は都市開発。土石鉱物を操る呼地魔術の大家だ。「まあ、私にかかればものの数秒で全て砂礫にしてみせるがね」

 彼にうそぶくだけの力があることを、ハルトは知っていた。城や建物を攻める戦いにおいて、呼地領域の魔術ほど恐ろしいものはない。建造物を成す鉱物や岩石を完全に掌握し、これを材料に従僕たる巨人を造る。自在に穴を掘り、また埋める。状況によっては一人で城砦を攻め落とせる。

「怖いですね」

 ハルトが率直な感想を述べると

「君ほどじゃないさ」シルエレィドは嫌味なく言って微笑むと、前を見て「あれが城壁の検問かな? で、ここからどうする?」

「そうですね。ここは予定どおり真っ当に行きましょうか。小細工できるネタも時間もないですし」

 ハルトは装甲車の速度を落とした。道を進んだ先の城壁に、車両2台程度が並んで通れるくらいの穴がある。その薄暗い奥に、落とし格子らしき丸太の尖った先がかすかに見えた。通用門だろうか。穴の脇には詰め所らしき小屋があり、城壁守備兵と思しき変異者たちが、鋸刃の槍や武骨な戦斧、鉄鋲打ちの棍棒を手に出入りしていた。

「でもいざとなったら、やっちゃってください」

 ハルトの言葉に、エルフ父娘が応じる。

「任されよう」

「なんだかヤな感じね。あいつら」

 ハルトが装甲車を城壁の穴に近づけて停めると、守備兵と思しき者たちの内二人が寄ってきた。

「商人ならば積み荷を検めさせてもらう」その内の一人、全身を虹色に煌めく鱗で覆ったトカゲ顔の青年が、鋸刃の槍を装甲車を遮るように水平に渡した。喋るその舌先は二股に割れている。「この先で商売したいのなら、武器はここで全て置いていけ」

「積み荷の検分はどうぞ。今、開けます」ハルトは後部ハッチのロックを解除すると、装甲車を降りた。そして自身のジャケットを捲って、腰のベルトに挿した小鞘のナイフを見せる。「武器はこのナイフくらいですね。連れの二人は、特に何も」

「ハハッ! 包丁より小せぇじゃねぇか!」全身を武者めいた板金の鎧で覆った男が、セイウチのように長い牙の間から嘲笑う。「そんなん武器のうちに入らねぇ。とっとと行っちまいな!」

「荷の検分が先だ」

 虹鱗の青年はその姿に拠らず、理知的なもの言いで言った。

 変異者の兵二人の言動は荒っぽいものの、意外と統制が取れている。漏れ聞く〈魔王軍〉の噂との違いに、ハルトは驚いた。いきなり武器を突き付けられるか、見た目をなめられて喧嘩を吹っかけられるくらいは覚悟していたから。

 ハルトは後部ハッチを開けると、検問の二人を促した。

「ひぃふぅみぃ……ほう!」中を見たセイウチ牙の男が感嘆の声を上げる。「状態のいい88式小銃が30丁以上、5.56mmNATO弾も結構な量あるな。こいつぁ豪遊できるぞ坊主!」

「これは売り物ってよりは、魔王様への貢ぎ物なんですけどね」ハルトはハッチを閉めると、城壁の穴を指さした。「通ってもいいですかね?」

「ああ、ちょっと待ってくれ。今、西門の許可証を出す」

 虹鱗の青年は詰め所と思しき小屋に向かう。

 これで第一関門はクリアか。ハルトはほっと胸を撫でおろしたところで、装甲車の前で争う声に慌てて駆け戻った。

「ちょっと何すんのよ! 離して!」

「オ、オレ、この娘、買う!」

 ヒグマと猪を混ぜたような巨漢が、もがくフィムを抱え上げている。ただ傷つけるつもりはないらしく。その獣毛に覆われた太い腕の手つきはやさしい。クルマを降りてその傍にいたシルエレィドが、どうするね? 今ならどうとでもできるが、とハルトに視線を送ってきた。

「あー〈魔王軍〉のおサムライさま、その娘を下ろしてくれませんか? 売り物じゃないんで」

 できれば騒ぎを起こさずに済ませたい。ハルトは慣れない営業スマイルを顔に浮かべ、もみ手で話しかける。

 しかしハルトの言葉を交渉の皮切りと判断したのか。

「じゃあ交換だ! 小さいヤツ!」巨漢は大きな猪牙の生えた口を開け、興奮した大声で話し出した。「オレのヨメ三人、いや全員やる。だからこの娘、くれ。気に入った。王妃サマそっくりだ!」

 ハルトはシルエレィドと顔を見合わせた。フィムにそっくりな王妃さま? ということは、エルフの女が魔王の妃にいる? その驚愕と戸惑いに二人の動きが一瞬止まった。すると

「どこ触ってんのよケダモノ! このっ」

 フィムがフサフサの尾を振るってヒグマ猪の顔面を一撃した。見たところフワフワの獣毛に覆われた尾で打たれたとて、ダメージなんてない。ハルトはそう考えた。しかし

「ガアアアァァァッ!!」猪牙ヒグマの巨漢は己の顔面を両手で覆うと、大きな体を丸めて雪混じりの地面をのたうち回る。大きな咆声で鳴き叫びながら。「いでぇ!いでえよよおおおおおゴオオオオオッ!」

 何が起きた? ハルトは猪牙ヒグマの巨漢を観察する。よく見ると顔を覆う彼の太い指の間から、ボールペンサイズの長く太い針のようなものがはみ出ていた。

 ハリネズミ? ヤマアラシ? とにかくそういった動物に近い機構が、フィムの尾にはあったらしい。見た感じモフりたくなる質感なので、触ってみたかったハルトは危ないところだったと慄いた。

 フィムは猫科動物のようにしなやかに着地すると呪文を唱え、両腕を紫電の火花を散らす籠手で包む。

「もう一度わたしに触れてみなさい。ギッタギタのメッタメタにしてやるんだから!」

 そしてハルトと父を恨みがましい目で一瞥した。

「ギャハハハハッ!」セイウチ牙の男は転げる猪牙ヒグマの巨漢を見下ろして、腹を抱えて笑い出す。「ざまあねぇなタケシ! いつも言ってるだろう? 女ってのは買ったり恵んでもらったりするもんじゃねえ。惚れさせるもんよ!」

「まずいな……」

 シルエレィドが呟く。

 城壁守備兵の詰め所から、騒ぎを聞きつけ幾人もの兵士が武器を手に手に向かって来た。更には城壁上の兵がこちらを注視し指さしている。

「うっひょー美少女!美少女!」

「オレがもらうぜ!」

「あらぁ、いい男もいるじゃない!」

 獣に蟲、猛禽に、この世のものとも思えぬ謎の生きものの特徴を持つ兵士たちが、口々に欲望まみれの声を上げる。中には変異特徴のない、普通の姿の人間も混ざっていた。その一方で

「クソ!これだから肉食系の連中は。このままではダメだと陛下も言っているのに」金属の札を手に戻ってきた虹鱗の青年は、ハルトたちに目配せした。「あんたら、クルマを飛ばしてさっさと逃げろ。ここは俺たちがなんとかする。ここで安全に商売できるのは、ずっと先になりそうだ」

 言って虹鱗の青年は札を放ると、鋸槍を迫り来る兵たちに向けた。

「まあ、あの日以来、体と一緒に頭がイカれちまった奴も少なくねぇ」少しだけ声に哀切を滲ませつつも、セイウチ牙の男は背負った大太刀をゆっくりと抜いていく。「こうなっちまうと血を見なきゃ収まらん。とっとと行きな。そこの旦那に嬢ちゃん、あんたらの綺麗な御顔は、俺たちみたいなのにゃ目の毒だ。いろんな意味でな」

 理性と知性を保持し自らを律する者と、欲望のままに振舞う者。暴虐で知られた魔王の軍勢も、内情はそれほど単純ではないらしい。

「穏便に話ができればと思ったんですが、無理そうですね」若干うんざりした口調で、ハルトはエルフ父娘に言った。「やっちゃいましょう。何とか死なない程度にお願いします。あっちが」

「そのほうが話も早かろう。武力を示さねば交渉などできんよ」

 楽し気に言う父の横で、フィムは幽光霊ウィルオウィスプを呼び出した。朝の光の下では、その存在は空気中に同化してしまいわかり難い。

「最初からこうしておけばよかったのよ」フィムが紫電の拳同士を打ち鳴らす。「こういう輩は一発ぶん殴らなきゃ、話なんてできやしないんだから!」

 それを合図とするかのように、〈魔王軍〉の兵士たちがハルトたちに襲いかかった。

 ハルトは虹鱗の青年とセイウチ牙の武者の合間を駆け抜け、前に出る。

「おい待て!」「死ぬ気か!?」

 彼らの制止を尻目に、ハルトは左手のひらを前に突き出した。

 START ELECTROMAGNETIC UNIT

 思考トリガーで左腕に組み込んだ電磁ユニットを起動。ハルトの左手のひらを頂点として、円錐状に強力な磁界が発生した。槍が、斧が、剣が刀が、兵士たちの武器が目標に届く前に、手から引き剥がされて宙を飛ぶ。武器はハルトの左手の直前に、群れ飛ぶ羽虫のように集まり塊になった。武器を手放さずにいられた兵は、他の武器と一緒に塊のなかに巻き込まれて悲鳴を上げた。

 磁界の引き寄せを免れた数名の兵士たちが迫り来るも、不可視の幽光霊に触れて痙攣、倒れ伏す。それをも掻い潜って棍棒を振り上げた兵士も、フィムの紫電の籠手に棍棒を弾かれ、コウモリに似た顔面に尻尾の針を受けて打ち倒された。

「わたしが相手で感謝することね」フィムは痛みに転げまわるコウモリ面の兵士に、憐みの視線を投げかける。「本気のハルトか父さまが相手だったら、アンタはとっくに焦げ穴の開いたドーナツか圧死体よ」

 城壁上の守備兵たちが、ライフルの銃口をハルトたちに向ける。しかしその引き金が引かれる前に、城壁が彼らの足元から砂礫となって崩れた。

 守備兵たちが悲鳴を上げながら砂礫の山に落ちてゆく。そして続くシルエレィドの呪文によって、山となって盛り上がる砂礫から岩石の巨人が立ち上がった。巨人の両腕には守備兵たちのライフルが生え、その銃口は周囲を睥睨するように〈魔王軍〉の兵士たちに向けられた。

 城壁前の異変が伝わったのか。崩れた城壁の向こうから、新たな兵士たちが改造車両とバイクに乗って現れた。先頭のルーフのない改造車両が、バウンドしながら砂礫を越えて争乱の場に突っ込んでくる。

「サイボーグにエルフの魔法使いか!」右半顔から胸にかけて黒い炎の刺青を入れた女が、改造車のシート上に立った。「亜邑のエルフどもの前菜としちゃあ悪くないね!」

 どういう運動神経と体力をしているのか。黒炎の刺青の女は走行中の改造車から飛び降りると、猛スピードでハルトたちに迫る。その細くも鍛えられた腕が上がると、何の前触れもなく炎の渦が現れた。

「喰らいな!」

 刺青の女のかけ声と同時に、荒れ狂う炎の渦がハルトたちを襲う。

 速い。ハルトは即座に電磁ユニットを停め〈神経加速〉を詠唱。加速された思考と動作で〈氷の大盾〉を三重に詠唱し、自身とシルエレィド、フィムを護る。

 炎の渦と氷の大盾が激突し、周囲に水蒸気が立ち込める。磁力で浮かんでいだ武器群の塊が落ち、巻き込まれていた兵士たちも地面に落ちて呻き声を上げた。

 〈神経加速〉を解除。水蒸気に曇る視界に敵影を探しながら、ハルトは思う。黒炎の刺青の女は発火能力者か。詠唱もなしに氷焔クトゥギズム領域の高位呪文並みの火炎を放ってきた。

 こりゃ手加減できそうにない。やむを得ないかと、ハルトは真面目に戦う覚悟を決めた。

 水蒸気が散り、視界が顕わになる。目前に黒炎の刺青の女がいた。女がニヤリと笑みを浮かべると、顔の黒炎がゆらめいて見えた。

 いったんは退いた〈魔王軍〉の兵士たちが、落ちた武器を各々拾い上げてハルトたちを囲み出す。岩石ゴーレムがシルエレィドの命に従って、魔王軍勢に両腕のライフルの銃口を向けた。フィムの操る幽光霊が、空気に溶け込みながら出撃を待つ。虹鱗の青年とセイウチ牙の武者は、ハルトたちの側に立っていた。

 一触即発。この場の誰しも、何を切っ掛けに大争闘が始まるかわからない。緊張の糸が張りつめ、まさに切れんとしたその時


「やめよ!」


 場に鮮烈な女の声が響き渡った。

 ハルトは油断なく、視界の端だけで声の方角を確認した。声のとおり女。ただしぞっとするほど美しい、エルフの女が砂礫の山の頂に立っていた。ぬばたまの、の枕詞が相応しい長い黒髪を編んで後ろでまとめている。新雪のごとき白い肌に、紅をさした風でもないのに赤く艶やかな唇。強烈な意志を宿した彼女の瞳は、濃く鮮やかな赤だった。

 そしてハルトたちが驚いたことに、赤い瞳の女エルフが現れ一声を発しただけで、〈魔王軍〉の兵士たちが一斉に跪いた。虹鱗の青年とセイウチ牙の武者も、武器を下ろして跪く。

 兵士たちを眺め渡しつつ、赤い瞳のエルフの女は砂礫の山を下りてこちらに近づいてくる。この場に満ちた戦意が急速に鎮まってゆく。どうやらいったんは緊張を解いても良さそうだと、ハルトはエルフの女に向き直った。すると

「な……貴女は……?」

 傍らのシルエレィドが驚きの呻き声を発した。もしかして知り合いなのか? ハルトが問いかけるようにフィムを見ると、フィムは「知らないわ」と言いたげに小首を傾げた。

 エルフの女はハルトたちの前で立ち止まる。冬の朝風に、たわんだ黒い袖が流れた。彼女の纏う着物に似た黒いワンピースは、ハルトの目にはどうしてか喪服めいて見えた。

「待ちかねたわよ。ハルト、でいいのよね?」エルフの女は、ハルトを見る目を笑みにゆるめた。「進軍は明後日よ。間に合わないんじゃないかとヒヤヒヤしたわ」

 こちらの意図を完全に見通した言葉に驚く。ハルトもある程度は、自身の情報が伝わっていることは想定していた。しかしここまでとは思ってもみなかった。

「アルシェンナ、貴女なのか?」シルエレィドが愕然とした表情のまま、エルフの女に問う。「この400年間、貴女は……」

 アルシェンナ。ハルトはその名に聞き覚えがあるなと思ったものの、すぐには思い出せなかった。

「お久しぶりね、シルエレィド。研究室に籠り切りだった貴方が、まさか子どもを持つなんてね」懐かしむようにエルフの女、アルシェンナは言った。「でも積もる話はあと。さ、行きましょう。まずは陛下に謁見してもらわなくては」

「僕のことを知ってるんですか?」

 ハルトは思わず訊ねた。こうもとんとん拍子に話が進めば、さすがに警戒する。

「ええ勿論」アルシェンナは意味深な目でハルトを見つめた。「あそこまで私たちが手を焼く勢力ばかりを叩いてくれれば、否応なく注目せざるを得ない。そして亜邑の情報を集め回っていたら……でもそれは、あなたも想定済みでしょう?」

 確かに言われたとおりだった。ハルトは復興庁依頼の武装勢力制圧案件を、〈魔王軍〉と敵対・拮抗する勢力を中心に受けてこなした。今日この時、自身の力を、亜邑を攻める魔王とその軍勢に売り込むために。

 そして、作り上げた亜邑人工島の詳細な地形・地図データとともに、亜邑に攻め入り争乱を巻き起こすために。

「王妃さま! アシナさま!」黒炎の刺青の女が駆け寄ってくると、再びアルシェンナの前で跪いた。「そいつら何なんですかっ? あたしらがいれば亜邑のエルフどもなんか……」

「言葉を慎みなさい、レンカ」アルシェンナは発火能力者の女、レンカを見下ろして言った。「あなたは、そして私たちは、この方の慈悲で今ここで生きているの。この方がその気になれば、私たちはこの城もろとも消滅していたかもしれないのよ」

「へ……?」

 何を言われたのか意味が分からず、レンカは呆けた顔のまま固まってしまう。

 固まったのはハルトも同様だった。どこまで知っているんだこのひとは?

 するとそんな疑問が顔に出ていたのか。アルシェンナはハルトの胸に右手の人差し指を突きつけると

「だって貴方の胸のなかのそれ、私も開発に携わっていたんだもの」愉し気に言って身を翻した。「こちらへおいでなさい。謁見の間まで案内するわ」

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