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5-2. 避難センター地下

 暗黒から意識が浮上する。死との違いも曖昧な薄闇の中で思う。このままここに置いておいてくれ。自分が誰か、何が起きたかわからないままに。過ちを抱えたまま、全てが手遅れとなった世界に僕を残さないでくれ。

 浮力に抗い、暗がりの深みへと沈み込もうとする。しかしそんな意思を嘲笑うように、徐々に白く、明るい場所へ引き上げられてゆく。ああ、目が覚めるのか。また。奪われ失くしたまま。狂える死者の闊歩する世界は、こんな僕の何が見たいのだろう。もうさんざん踊って愉しませてやったじゃないか。これ以上、僕に何をさせたいのさ。僕から持っていくものなんかもう何もないぞ。

 袖を引かれる感触に顔を上げる。目の前にいたのは、いつぞやの少女。彼女は最初、エリと二人で盗賊を討伐した日に見た夢の中に現れた。あの日以来、彼女は眠りと覚醒の狭間に幾度となく姿を現した。刻々と模様パターンの変化するドレスを着て、エリの瞳と幼い紗枝の姿を模して。

 彼女はいつも、真っ向から姿を晒すことはなかった。視界の端にちらりと、その白く細い手足や不思議な模様を落とし、目を向けると消えてしまう。

 そんな少女が、真正面にいた。エリと同じ目にいっぱいの涙を溜めて、袖を掴んで引っ張ってゆく。怒っているの?悲しいの? 問いかけようにも声が出ない。ただ彼女を泣かせたことに、どうしてか罪悪感で胸が締めつけられる。

 そうこうしているうちに、視界はより白く明るくなってゆく。少女の姿も白く塗りつぶされてゆく。

 まだ、生きなきゃならないのか。どうせ世界は終わるのに。落胆の溜息をつき、ハルトは観念したとばかりに足を踏み出す。この宇宙には神々がいるという。ならば連中はまだ見たいのだろう。その高みから、苦しみ悶える人間の姿を。情けなく無様に死にきれない僕を。

 少女のドレスの模様が、クルクルと激しく明滅しながら変化する。いつの間にか少女は泣き止み、こちらを見つめて口を動かした。声は聞こえない。口のカタチから意味を読む。


 おわってない まだ


 何を莫迦な。そう思っていると、白い光のなかに少女が消えた。瞼が上がる。


 円形の光に照らされて、ハルトは眩しさに目を細めた。徐々に目が慣れ、体の平衡感覚が戻ってくる。こちらを照らす真正面の光源は、病院の手術室にある天井照明に似ている。そして漠然と思う。なら僕が横たわっているのは手術台かベッドか。室内は白と灰色のコントラストに塗られ、消毒液臭い。全身の感覚が鈍い。左腕の鈍い痛みに目を向けると、幾本も管が通され、吊り下がった輸血パックや何かの輸液につながっていた。

 右から聞こえたシュンという機械音に目を遣ると、スドオ調査官が現れた。

「バイタルが安定してきたから様子を見にきたんだが」スドオ調査官はこちらに寄ってくると、ミラーグラスを外した。「その様子だと、意識活動に問題はなさそうだね」

「スドオさん……」

 となると、ここは市庁舎内の何処かか。改めて周囲を見直すと、以前訪れたショッピングモールの研究所と似た設備が目に入る。

「もう喋れるのかい? 〈誘彌いざなみ〉の予測ではあと2、3日はかかると出ていたんだが。いやはや天然モノはすごいね」

「ここは……?」

「ああ、市庁舎地下の医務室さ」

 スドオ調査官は事も無げに言った。

 ああ、地下か。と言葉を咀嚼し、ハルトは驚愕した。地下?市庁舎の? 〈審判の日〉直後から、避難センターに逃れてきた生存者がどれだけ望んでも、どれほど重篤な怪我や病に倒れても、開放されなかった地下の避難施設に自分がいる?

 どういうことなのか。疑問が目に出ていたのだろう。

「君に治療を施せる施設が他になくてね。〈誘彌〉の許可もすんなり出たよ。君の存在は今後も人類に大きく貢献すると判断されたのだろうね。輸血を募ると市内の生存者、探索者から変異者問わず名乗り出てくれた。人徳があるね君は」

 そうなのだろうか? ハルト自身には人類にも皆にも特に何か貢献したという実感はなかった。ただ生きただけだ。大した目的も展望もなく。エリさんと生きやすいように努めただけだ。

 エリさん、共に暮らしたエルフの女性。彼女のことを考えた瞬間、痛みが蘇り呻き声が出た。全身が泡立ち、冷や汗が流れる。痛みの記憶に苛まれながら、それでもハルトは口に出した。訊かずにいられなかった。

「僕は何を、エリさんは何をしたんですか?」

 あの時、何が起きたのか。

「彼女は君の腹部を銃剣ナイフで刺し、他のエルフたちとともに去った。行く先は亜邑あむら人工島だろうね」スドオ調査官は言った。躊躇いも気遣いもなく。「農場の周辺監視ドローンが映像を撮っていた。ご希望なら後で観ることもできるよ?」

「いや、いいです」

 改めて確認する必要はなかった。あの出来事が夢ではなかった、その確証が得られただけでいい。そう、僕はエリさんに刺された。それが現実。

「君を発見、というか異変に気付いたのはレーカ君だ」スドオ調査官はハルトの横たわるベッドの足元に腰かけた。「彼女の精神感応能力が、絶叫を捉えた。声帯から発する声ではない、意識、魂の叫喚を。あれほどの心の叫びは、〈審判の日〉以来だと言っていた。報せを受けて、近くを巡回していた農場警備の探索者が君を見つけた。刺傷は太い血管を傷つけていたものの、止血が間に合った。臓器の損傷もなかった。運がいいね君は」

 それはどうだろう。とハルトは言いたくなったが呑み込んだ。お蔭でまた、終わる世界を生きる羽目になった。

「これからどうするんです?」

 ハルトは訊いた。ここまで僕に施した市庁舎が、復興庁が何も求めてこないとは思わない。

「それはこちらの台詞だよハルトくん」色素の薄いスドオ調査官の瞳が、笑みを含んでハルトを見下ろす。「君は何がしたい? 各市庁舎のドローン観測情報と生存者からの情報を統合すると、エルフたちは亜邑人工島に集結し、手段の詳細は不明だがこの次元を放棄しようとしているらしい。復興庁は、彼らがこのまま去るなら静観するつもりでいる」

 ハルトはまた驚いた。復興庁がそこまでエルフたちの動向を把握しているとは思っていなかった。また疑問が顔に出ていたのか。

「復興庁の調査力を舐めてもらっては困るよハルトくん」スドオ調査官は愉し気に答えた。「と、言いたいところだが、何のことはない。ボクらは奥多魔研究都市のエルフたちと協力関係にあってね。彼らの推測さ。彼らは亜邑のエルフたちとは別の理念に基づいて行動している」

 そんな事情があったのか。事がここに至って驚くことばかりだ。でも今更そんなことを知って何になる? そんなこと思いつつ

「特にないですね、したいことなんて」ハルトはスドオ調査官の問いに答えた。「こっ酷くフラれたガキがストーカーに成り下がるなんて、事案でしかないですよ」

「……そうかい」それきりスドオ調査官は余所を向いて黙り込んだ。そして不意に口を開く。「ならこういうのはどうだろう。ボクと交尾して子どもを作る、というのは」

「は?」一瞬、何を言われたかわからず、ハルトの頭は理解を拒絶した。僕は今、何を言われた? 子ども?交尾?スドオ調査官と?「冗談、ですよね?」

 あまりのことに、それしか言えない。

「冗談ではないよ」スドオ調査官はそっぽを向いたまま言った。心なしか、耳が赤くなって見える。「復興庁は、君を観察し続けた〈誘彌〉もそれを推奨している」

 話がとんでもない方向に飛んでいる。何をどうしたら、僕とスドオ調査官の子作りが推奨されるなんて話になる? それに

「さっきから言ってる〈誘彌〉って、何です?」

「今の復興庁、そのものかな」スドオ・ミコトは真剣な面持ちでハルトに向き直った「君の情報アクセス権はほぼ最大になってるから、もう何を言っても支障はない。〈誘彌〉は今から31年前に造られた、人類史上初の多元分散処理コンピュータ。次元外技術アウターテクノロジーの産物だよ。君も大出水おおいずみOZの秘匿研究施設で、今にあり得ない技術の産物を目にしているはずだ。その類だよ」

 スドオ調査官があそこの出来事を把握しているのを知って、ああ、とハルトは納得した。アツロウさんとライカさんのコンビは、復興庁の依頼で来ていると言っていたっけ。

「今からおおよそ31年前、政府と一部企業は転移呪文の行使でごく稀に起こる事故、その際にもたらされる産物の研究に余念がなかった。特に隔離施設で検出された変容因子AW0067158、エルフたちの言う〈播神はしん〉についてね。生命体が変容因子の接触・侵入を受けると、まず90%近くが死ぬ。死んだ個体の内20~30%が知性なく生きても死んでもいないモノ、異常組織感染体、即ちゾンビになる。エルフたちは活死者とか呼ぶね。そして生き残った10%の内、一部は精神、あるいは肉体に変容、変異を起こす。生存個体は総じて怪我の治りが速くなる傾向にはあるね。マウスの実験でわかったことだけど」

 エリの知見を裏付けるようなゾンビ化の真実の一部が、スドオ調査官の口から語られる。こんな状況でなければ驚愕しえたのだろうと思う。しかし今のハルトは、そんなところだろうな、くらいの感想しか持てなかった。

「そして驚かされたのは、一部の変異マウスの寿命だ」語りながらスドオ調査官は両手を広げ、大げさに驚いた身振りをして見せる。「通常1年から3年程度しか生きられないマウスが、その年月をはるかに超えて生き続けた! 地下の実験室で今も生きている個体もいる。人間に換算すれば900歳近いことになる。それを知った政治家諸氏、官僚、富裕層は狂喜したそうだよ。このまま研究を続ければ、無限の寿命、人類の夢、不老不死が手に入ると。しかし知識に振り回されぬ賢明な科学者たちもいた。彼らは変容因子の流出による大災害を予想し、人類を死滅から生き延びさせるために考え続けて……僅かばかりの科学者の頭脳では対処しきれない問題の解決を、当時試作された多元分散処理コンピュータ、多元宇宙の同位体と連携リンクし、一瞬で無限に近い処理を行えるコンピュータに託した。それが〈誘彌〉だ」

「それじゃあ結局、世界はその科学者たちの予想どおりになったってことですか」

 一部の人間の身勝手な欲望が、この世界を造り出した。少し前なら憤慨もできたろう。けれどやっぱり、今のハルトは何も感じられなかった。

「変容因子の流出元は特定できていないけど、ね」スドオ・ミコトは続けた。「地震に津波、火山の噴火。この国は災害に遭いやすい。おまけに穏やかならぬ隣国は軍備を増強中。賢明な科学者たちは、政府が元々進めていた大規模避難シェルターの建設計画に、その中央制御コンピュータ群に〈誘彌〉を偽装させて割り込ませた。そして予想は見事的中。世界はこの有様というわけさ」

 なるほど、とハルトは思う。彼女の言う〈誘彌〉がどんなものかはわかった。けれど

「それと、その、僕とスドオさんが交……」ハルトは言い淀んだ。エリとの関係で慣れたつもりではいても、またタイプの違う美女を前に、あけっぴろげに性行為について話すのはやはり恥ずかしい。「……することにどんな関係が? 子孫を作らなきゃ、という理屈はわからなくはないです。人口激減でしょうし。でも地下シェルターには学者の人とか、軍人とか、教育のある優秀な人たちが大勢いるでしょう。なんで僕なんか」

 するとスドオ・ミコトは口の端を吊り上げ、凄絶な笑みを浮かべた。まるで遺体の隠し場所を見つけられて喜ぶ、倒錯した殺人犯のような。

「ひとが悪いねぇハルトくんは」スドオ・ミコトは、その笑みを横たわるハルトの顔に寄せる。互いの鼻と鼻が触れそうな距離まで。「思ってもいないことを口走るのは、どんな気分かな?」

 そういうこと、なのか? そう考えるのはハルトだけではなかった。市庁舎の避難センターが稼働を始めて一年半が過ぎ、市庁舎前で地下の大規模避難シェルターの開放を待つ生存者の誰しもが、一度ならず考えることだ。

「そういうこと」ハルトの表情から全てを読み取り、スドオ・ミコトは顔を離した。「この地下に人間なんていない。〈審判の日〉前の純粋な人間は、という意味だけど」

 驚きよりも、やっぱり、という納得が先にくる。ある程度ゾンビの掃討が済んでも、地下から来るのはスドオ調査官だけ。他の人間はただの一人も地上にやってこない。いつまでも開放されない地下シェルターに、地上の農場建設計画。怪しい点は幾つもあった。

「当初はいたんだよ。こういった危機について、議員や官僚、外交官、政府付きの科学者、軍の高官は耳ざといからね。事が起こるや、その情報を漏らさず我先にと、家族や愛人を連れて地下シェルターに逃げ込んだ。有事の際に指揮官、トップが死んではならないという理屈でね。地下には食料生産プラント、水源、半永久的に稼働可能な歪次元発電機関(DDジェネレーター)があった。けれどまだテスト段階で、収容可能な人数上限に確信が持てなかった」

「だから、扉を閉ざした?」

「それもある。収容人数云々は後付けで、感染の恐怖が勝ったと言うほうが事実に即してはいる」スドオ・ミコトは床を、その先を見つめた。「大を生かすための小の犠牲、というならばまだ理屈は通る。しかし事実はその逆だ。地上で蔓延した変容因子、その選別を生き残った人間のほうが遥かに多い。その上、地下の人間たちは〈かぐつち〉を……戦術劫焔兵器を使って、地上のゾンビと変容因子を焼き払おうとした。生存者も諸共に」

 先の大戦で劣勢になった軍が、大洋の向こうの隣国相手に使用して、からくも講和をもぎ取った劫焔兵器。魔法と科学の融合が生んだ魔神ともいうべきそれは、おおよそ半径500kmの範囲を3,000から4,000℃の超高熱の焔で焼き尽くす。

「でもそんなものが使われた形跡はないです」

「使われる前に〈誘彌〉が軍の戦闘コンピュータ群を制御下に置いたからね」そう言うスドオ・ミコトは、少し誇らしげに見えた。「人類の生存と文明崩壊後の復興、それを第一義としてロジックを組まれた〈誘彌〉は、地下人類の行為を看過できなかった。彼女は―ロジックを組み込んだ女性の思考を反映しているフシがあるから、彼女とするよ―地下人類を、地上で激変した環境に適応しつつある人類への脅威と判断し、これを排除した。隔壁を封鎖し、換気を……これ以上は語らなくていいね」

 安全な地下に逃げ込み、扉を閉ざした連中は皆殺し。いい気味だ、とハルトは思う。その反面、もし自分が同じ立場だったらどう振舞うだろうかとも思う。地上に溢れかえった死者が、いつ地下に侵入してくるかと怯えて暮らすなら、いっそ……と考えるだろうか。

 そこで疑問が一つ湧く。

「それじゃあ、スドオさんは何なんです? 地下から来たんですよね?」

 地下人類は、全て排除された。なのに彼女はここにいる。

「ボクは〈誘彌〉が仕事を円滑に進めるために、地下の実験施設で生み出した端末だ」スドオ・ミコトは右手を自身の胸に当てる。「変容因子のコントロール実験の成果を元に造られた、人為的な変異者とでも言うのかな。ちゃんと人間の女の持つ機能は全部持ってる。膣も生殖可能な子宮もね。次世代を生み出すのもボクの仕事のうちなんだ」

 ハルトは彼女の出自に度肝を抜かれると同時に、さもありなんと思う。二ホン人のバランス的に恐ろしくさえ感じる整い過ぎた美貌も、デザインされたものだというなら納得だ。そしてその役割も理解できなくはない。つがう相手の選別を除いて。

「どうして僕なんです?」ハルトは訊ねた。自慢じゃないけど、女性に魅力的な部分が自分にあると思えない。医者でも社長でもなければ、王子でも辺境伯でも何でもない。「僕なんて背も低いし。スドオさんみたいな綺麗な大人の女性には、もっと相応しい男がいるでしょ。常識的に考えて」

「謙遜も過ぎれば嫌味に聞こえるよハルトくん。それとも彼女に操でも立てているのかな?」スドオ・ミコトは皮肉めかして言った。「でもまあそうだね、理由は幾つか挙げられる。君は高い能力を持った探索者で、独力で熟達した魔術士だ。〈審判の日〉前はどうあれ、今の君は男の、雄の中でも上澄みにいる。そして君を観察していてわかった重要なことが一つ」

 そこでひと呼吸置くと、ハルトの目をじっと静かに見つめて

「君は〈審判の日〉前の人間が持っていた人間性、善性とでも言うべきものを、今も保持している」

「そんなものないですよ。僕には」ハルトは即座に否定した。「今まで沢山殺して奪ってきました。ゾンビも人間も」

「でも望んで、ではない」スドオ・ミコトは言葉を返す。「君は物資を巡って他の生存者と争う時も、まずは分け合うことを提案した。争うのはそれが叶わない時だけだった。女を巡って殺し合うことも、強姦することもなかった。君ほどの力を手にすれば、先の盗賊集団の魔術士のようになるのが大半なのに」

「……よく見てますね」

 ハルトは感心すると同時にぞっとする。そんなに前から僕を観察していたのか。

「仕事だからね」スドオ・ミコトは微笑んだ。「こんな状況にあっては、もはや何の意味も価値も見出せないだろう人間性。人と獣を分かつもの―いや獣とてある種の倫理は持ち合わせるが―それは人類の復興に必須だと〈誘彌〉は結論づけている。もちろん、ボクもね」

「番う男を選ぶ基準が、人間性、ですか」ハルトは何だか可笑しくなってきた。「ずいぶんロマンチックなんですね、そのコンピュータ。女のひとはもっと現実的、実利的ですよ」

 そうでなければ三高、高学歴高身長高収入―女性が結婚相手に求める3つの条件、なんて言葉は生まれない。

「そうだね、それも真実だ。否定はしない」ハルトの言葉にも、スドオ・ミコトが動じた様子はない。「でもこの不遇の時代に"人間"が立ち上がり、かつての文明を取り戻すには必要なんだ。それがロマン、ただの空虚な幻想であっても。いや幻想であるからこそ、我らは不断の努力で求め続けなければならない。今も、これからも」

「なんだか宗教家か哲学者みたいだ」

「宗教も哲学も人間が生きるために生み出した幻想さ。そもそも人類の生存と復興を託されたコンピュータなんて、ロマンの塊でしかないよ」そこで、スドオ調査官は脇に抱えたタブレットを見た。「そろそろ行かなきゃいけない。さっきの提案の返事は後日でいいよ。今の君に必要なのは、休息と考える時間だ。後で食事を持ってこよう。カムヅミカズラ料理の新メニューができたんだ。期待してほしい」

 茶目っ気たっぷりのウインクを残して、スドオ調査官は部屋を出て行った。

 あんな人だったっけ? と思いつつ、ハルトは体の力を抜いた。図らずも多くのことを知ってしまった。けれど今は何をする気も起きない。考えることも億劫だ。瞼が重くなってゆく。

 夢は、見なかった。

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