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4-2. 農場建設計画

 住宅街の狭い路地を、数体の死者が歩んでくる。双眸を憎悪の黒に染めて、あーうーと呻きながら。人の大量死とゾンビ化が始まって二度目の夏を迎えているのに、歩く死者たちはいまだ原型をとどめていた。夏の暑さに腐り果て、骨だけになっていそうなものなのに。

 ハルトの背後の高所から光弾が放たれ、死者たちは頭や脚、体幹をに焦げた穴を開けられて倒れてゆく。

 あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛――奇怪な叫びとともに、新たに1体の死者が現れた。と思った途端に、死者は一気に距離を詰めてくる。その奇怪に捻じれ曲がった脚は、変色した筋肉と腱をむき出しにしながら、馬や鹿のような獣の走力を備えていた。

 疾走ゾンビ、と生存者が呼ぶソレが迫りくる。光弾に右肩を削られ腹に穴を空けながら、それを意にも介さず。ハルトに向かってまっしぐらに。

 ハルトはゆっくりと魔力の剣を振りかぶった。視点を定めず茫漠と、迫り来る死者を眺め

 あ゛あ゛―…犬歯を剥き出し叫ぶ腐肉に向かって、すれ違い様に剣を振り下ろす。

 疾走ゾンビの頭のない体が駆け抜ける。そして倒れた死者に躓いて転んだ。ゾンビの頭が路地の壁にぶつかり、弾みながら転がって止まる。

 ハルトはゾンビの頭に向かって剣を振り落とし、頭蓋と中身を粉砕した。

「この辺りはこれで終わりかしらね」エルフ兵装を身に着けたエリが、軽快な身のこなしで二階家のベランダから降りてくる。「このエネルギーライフル、発熱がすごいわ。弾の補充を気にしなくて済むのはいいんだけど」

「使いどころ、考えないといけませんね」

 話しながら、ハルトは辺りに伏すゾンビの頭と背中を粉砕してゆく。こうしておかないと、後でまた蘇ってくる。けっこうな重労働だが、後のことを考えるといたしかたない。これも今回の仕事のうちだった。

「短期決戦用ね、これ」エリは防弾ゴーグルを下ろすと、腰のポーチからタオルを出して顔の汗を拭う。「バッテリーパックを交換しながら、間を置かずに撃ち続けるのはちょっと無理」

「じゃあ弓は現役で継続ですね」

「そうね」タオルを離して、エリが微笑む。「あなたが覚えてくれた呪文も無駄にはならないわ」

 矢の生成呪文のことを言ってくれているのか。エリの目がやさしくて、ハルトは頬が熱くなるのを感じた。なんとなく照れくさくて、スマホを出すと周辺地図を呼び出す。

 現在位置は、錬馬(ねりま)市を南北に縦断する都道318号線を北上し、川御会(かわごえ)街道と交わる板羽(いたば)市中央交差点の手前。スドオ調査官に割り当てられた掃討区域の終端まで、もう一区画といったところだ。

 錬馬市避難センターに大規模農場建設計画が立ち上がり、建設予定地の安全と、物資の搬送ルートの確保が急務となっていた。



 錬馬市北部のゾンビ掃討作戦開始から遡ること五日ほど前のこと。

「生鮮食品の安定供給が急務だと、復興庁は判断したのさ」錬馬市庁舎ロビーに探索者、探索者チームの代表者たちを集め、スドオ調査官は言った。「いつまでも水と栄養バーばかりでは、生存市民の士気にも関わる。諸君だって、エビ風味でパサパサのあればかりじゃ嫌だろう? 心の栄養というやつも必要さ」

「農場作るったって、誰が働くんだい?」渦巻角に蹄の大女、アイベが問うた。「あたしに畑耕せってんならゴメンだよ」

「そうだな。あんたにゃ牧場のが合ってるな」

「そのでっかいもんから乳出してもらうほうがお似合いさ。搾乳機でな」

 一部の男の探索者たちが囃し立てるように言い、どっと下卑た声で笑う。

「おう! 今言ったヤツ出てこい!」

 アイベが巨大なハンマーを担いで怒鳴った。

 性質(タチ)が悪い連中だ。とハルトは思う。難度の高い仕事を請け負うアイベさんへのやっかみもあるんだろうけど。姿を隠さず活躍する彼女のお蔭もあってか、以前より市庁舎周辺で変異者の姿を見かけるようにはなった。が、容貌の違いをあげつらう差別行為はなくならない。止めに入ろうか―当然アイベの側に立って―と思うも

「あーあー諸君、静粛に、静粛に」

 スドオ調査官が指を鳴らすと、市庁舎の奥から2機の警備ドローンが飛んできた。警備ドローンは探索者たちの頭上に浮かぶと、その銃口を囃し立てた男たちと、アイベに向けた。

 アイベは舌打ちしてハンマーを下ろす。彼女を侮辱した男たちは身を縮こめて黙った。

 スドオ調査官はコホン、とわざとらしい咳ばらいをして、続けた。

「誰が農場で働くのか? という質問については」スドオ調査官は、そのミラーグラス越しの視線を市庁舎エントランスの向こうに向けた。「この建物周辺に無職の成人が大勢いる。彼ら彼女らに頑張ってもらう。安全な区域での肉体労働なら、さして技能がなくとも可能だと復興庁は考えている。種苗や肥料の準備はこちらに任せてくれていい。水については石神夷(しゃくじい)川から、将来的には阿良(あら)川からの水路建設を計画している。技術指導についてはヤマガ氏に依頼し、承諾を得ている。先の大戦後の復興を成し遂げた方がご存命であったことは、災厄中の幸い。彼は今やこの国の至宝と言っても過言ではない」

 過言じゃよ。と本人は言うだろうな。と、ハルトは思った。ヤマガさんの人となりは知っている。

「それで諸君に依頼したいのは、建設予定地と道路の正常化だ」スドオ調査官の言葉が熱を帯びる。「危険生物と癸種から壬種の異常組織感染体、諸君の言うところのゾンビはまだまだ入り組んだ住宅街に潜んでいる。これを掃討して農場と労働者の安全を確保してもらいたい。もちろん完全な安全など望むべくもない。ゆえに掃討作戦後は警備の業務委託を検討している。希望する探索者は後で名乗り出てほしい。では掃討区域の割り当てと報酬だが……」



 ハルトたちは掃討作戦の参加を希望した。今はヤマガさんたちの屋上農場頼りの野菜が、手に入りやすくなるのはありがたい。試しに拠点の中庭の土にジャガイモを埋めて世話をしたことがあるものの、結果は小さなイモが幾らかできるだけ。知識のなさを痛感させられるだけだった。

「割り当て区域の終端までもう少しですけど、どうしましょう?」

 ハルトはスマホの地図を見つつ、今日のペースを鑑みる。今日中に終わらせられないこともない。けれど、涼しい早朝から取り掛かって、現在時刻は10:26。そろそろ暑さが厳しくなってくる頃合いだった。

「今日はもう終わりにしましょう。無理は禁物」エリはエネルギーライフルの放熱を早めるかのように振った。「日数も余裕あるでしょ?」

「そうですね」ここまでいいペースで進められた。お蔭で掃討作戦の終了予定日まで、残り3日ほどある。「帰ってお昼食べましょうか」

「午後は涼みながらドラマ観たいのよ。脳腫瘍のグリーン医師が気になって気になって……」

 エリの最近のお気に入りは、海外救急医療ドラマのDVD鑑賞。廃屋で最終シーズンまで回収できたのは僥倖だった。

 エリと二人、都道に停めたクルマに戻ると、東の方角、川御会街道方面から何やら異音が轟いてきた。

「何でしょう?」

 ハルトが言うと、エリがひょいとクルマのルーフに飛び乗って東を見遣った。エルフは人間よりもはるかに視力がいい。

「……クルマね。右のフロントタイヤがパンクして、それで騒音が鳴ってる。あれじゃ辺りのゾンビを呼び込むだけね。案の定、ゾンビ犬の群れに追われてるわ」

「乗ってるのは?」

 ハルトは問うた。排他的な武装派閥、賊のたぐいなら放置一択だ。でもそうではないならなるべく助けたい。善意だけではなく打算もある。現在は農場建設計画推進のための労働者を募っており、生存者を市庁舎に連れていけばいくばくかになるのだ。

「大人の男女、2人……いえ、小さい子を含めて3人。子連れの夫婦のようね。自作の槍以外、たいした武装は積んでないわ」

 ガタガタと重量のある異音が近づいてくる。釣られるようにゾンビ犬の悍ましい吠え声も。

「行きましょう。どのみち掃討区域です」

 ハルトがそう言う間に、対象のパンク車両は目の前の交差点に突っ込んできた。

 パンク車両は路上に転がる焦げたタイヤを轢き、スリップして回転。辺りの放置車両を幾度となく引っかけ、擦り、減速して止まった。

 オ゛オ゛ヴォォン!

 奇怪な吠え声を上げつつ、何頭ものゾンビ犬がパンク車両に群がってゆく。

 ハルトは呪文を唱え、2本の自律剣を先行させてゾンビ犬の相手をさせた。回転する魔力の剣がゾンビ犬の胴を斬り裂き、喉を抉る。エリが撃つ光弾がゾンビ犬を弾き、焼き焦がした。

 ハルトとエリがパンク車両に近づいた頃には、ゾンビ犬はすべて、悪臭がする肉塊となって散らばっていた。

「大丈夫ですか?」

 ハルトはガラスの割れたドアを覗き込む。運転席では伸び放題の髪に髭の男が呻き、血の滴る腕の咬み傷を押さえていた。後部座席からは女が、怯え切った目をこちらに向けてくる。小さな女の子を、全身で守ろうと抱えこみながら。

「た、頼む」男は俯いていた顔を上げ、ハルトを見た。男の額から血が滴り、シートに垂れる。「俺はどうなってもいい。ゾンビのエサにでも奴隷にでもしてくれ。だが妻と娘だけは……」

「大丈夫、盗賊じゃありません」男に答えながら、ハルトはベルトのポーチから消毒液のボトルを出した。「咬まれたばかりなら、処置すればすれば助かります」

 言ってハルトは男の咬み傷に消毒液を噴霧する。男は顔を顰め、沁みる痛みに耐えた。

「君たちは……」男は不思議そうな視線でハルトとエリを交互に見遣る「確かに、盗賊の類じゃなさそうだが」

「僕らは錬馬市避難センター登録の探索者です」ハルトはシーツの切れ端で作った煮沸包帯を出すと、男の腕の咬傷に巻いた。「まあ、死んだ人たちの物資を漁って生きてるだけなんで、胸を張れたもんじゃないですが」

「ありがとう……ああ、よかった」ハルトの言葉に、見るからに男が安堵し脱力した。「この辺りの避難センターはまだ生きているんだな」

「ここじゃあのんびり立ち話もできないですから、僕らのクルマに移りましょうか。このクルマはさすがにもうダメでしょうし」

 ハルトは言った。今日は掃討だけなので、クルマの後部シートが空いている。詰めれば3人くらいは乗せられる。

「ありがとうございます!」深々と頭を下げた女は、窶れてはいるものの若く見えた。「なんとお礼を言ったらいいか……」

 3、4歳くらいの小さな子を抱えて。腰辺りまで伸びた黒髪を布切れで結んでいる。二十代半ばくらいかな、とハルトは思うも自信はなかった。

「さ、こっちに来て」

 エリがパンク車両のドアを開け、中に手を差し伸べた。すると

「あ、こら!」

 女に抱えられた子どもが、暑苦しいのかもがいて女の腕を逃れた。きょとん、と恐れるでもなく、丸く大きな瞳でエリを見上げる。

 女の子か、それに目の色が緑色とは珍しい。外国の人の血をひいてるのかな。そんなことを思いながら、ハルトは男に肩を貸して、女の子の次の行動に驚いて固まった。そしてエリも。

「え……?」

 ポカン、と呆然となるエリを見てハルトは思う。珍しいな、こんなエリさんの顔。

「おねたん」女の子はエリの顔を、その笹穂のような耳を指さすと、泥と埃で汚れたサマーハットを脱いだ。「コトといっしょ」

 女の子のクルクルとウェーブのかかった黒髪からは、笹穂のような耳先が伸びていた。

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