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3-6. 狂える電光

「あの生きものは、狩った獲物の肉体や声を疑似餌に使うんだ。私は〈人釣り(マン・フィッシャー)〉と呼んでいる」アツロウは言った。ハルトのやや前を先導して歩きながら。「こういった研究施設に出やすい。あの瓦礫はトビケラの巣のようなものだが、今の君のそれ、魔力の鎧に似た作用を持っている。引っ込まれると厄介なんだ。以前、あの巣の中を覗いたことがあるが、中は人や獣の干からびた死体でいっぱいだったよ」

「は、はあ……」

 初めて見聞きすることばかりなハルトは、相槌を打つことしかできない。この施設の深部に向かう道中、アツロウはやけに饒舌だった。

 そんな様子を見かねたのか

「まあ聞いてやってくんな。センセーは話ができる相手に飢えてんのさ。適当に聞き流してくれていいから」

 そう言うライカは、アツロウのリュックに取り付けられた背負子の座面に腰かけていた。揺れるアツロウの背で、両手それぞれに持ったエネルギー火器のバッテリーに紫電を纏わせている。

「それ、充電してるの?」エリはライカの作業を興味深げに眺めていた。「実質、無制限にあの光線銃を撃てるならすごいことよ。変異者であっても、どこの勢力だってあなたを欲しがる」

「そんな便利じゃないのさ」ライカは充電の終わったバッテリーをアツロウのリュックのサイドポケットに入れると、また空のバッテリーを手に持った。「充電すると疲れるし、腹も減る。限界はあるんだ」

「以前、探索した地下研究所のことなんだがねハルト君。ゾンビかと思いきや、頭に甲虫のような……」

 アツロウの講義は止まらない。

 一行で進むうち、廊下のあちらこちらに倒れ伏したゾンビが目立ち始めた。皆一様に、体に焼け焦げたような痕があり、穴が開いている。血や体液のたぐいの流れない、奇妙な死骸だった。

 ライカは床の死体に視線を落とすと、ひょいと背負子から飛び降りた。

「ここまで来て、帰り道を探している最中にあんたたちに会ったってわけ」そして彼女は右手の親指で、ある箇所を指し示す。「そこのシャッターの先の他はだいたい見て回ったけど、妙なものも現象もなかった。だからたぶん、おたくらの言う〈次元の穴〉とやらはこの……」

 ライカの声を、シャッターの向こう側から響く騒音が塗りつぶす。金属の重量物が破砕され倒れる音に、人語の叫びか獣の咆哮か判然としない大声が重なった。

「何がいる、あるんでしょう?」

 ハルトが問う。明らかに尋常な状況ではない。

「これまでの経験から推察するに、大型の実験動物か、実験に供された人間か、はたまた人類の知らない生きものか」アツロウは答えながらシャッター前に立つと、リュックを下ろして中に手を入れた。「穏当に話ができる存在の可能性は限りなくゼロに近い。用心してくれたまえ」

 シャッタ―の右の壁には、ちょうどの胸の高さにカードのスリットがある。

 ハルトは回収したIDカードをスリットに差し込んでみた。が、何の反応もない。

「セキュリティレベルが高いのだろう」言いながらアツロウは、リュックから幾つものケーブルの垂れたノート型端末を引っ張り出した。「こいつでハッキングを仕掛ける。少し待っててほしい」

 アツロウは端末ケーブルの先につながった白いカードをスリットに差し込むと、カードをそのままに猛烈な勢いで端末のキーを叩き始めた。

「ハルト、矢を頼めるかしら」待ち時間に、ライフルをチェックしていたエリが顔を上げた。「弾倉がもう、これで最後」

「ええ」

 答えながら、ハルトは周囲を見渡した。談話スぺ―スめいたテーブルの脇に、ちょうどおあつらえ向きに枯れかけたパキラの鉢植えが置かれてあった。

 ハルトは鉢植えに近寄ると、呪文を唱え、自然の在り様に心を重ねながらパキラの幹に触れた。そして樹木としての在り様を自身の望む方向へと導く。森羅ペルヒトの魔術は、自然物と同調し術者の望む在り様へと変える力だ。

 呪文は成功し、パキラの鉢のあった場所には魔力を帯びた矢の束があった。鋭い矢尻は琥珀の結晶めいていて、矢羽根は木の葉でできている。ハルトは30本ほどある矢の束を抱えると、エリの元に運んだ。

「へぇ、便利なもんだ」一部始終を眺めていたライカは感心したように言った。キャンディバーを齧りながら。「意外と尽くす男なんだな。ハルトっちは」

「そう見えます?」

 自然を扱う魔術領域である森羅は、サバイバル生活に役立つ呪文が多くて便利。ハルトはそれくらいの感覚で学び始めた。ただ学ぶ理由の中に、エリとの生活や彼女の得意とする弓のため、という意識も少なからずあったかもしれない。

「ああ、噂とはえらい違いさ」

「どんな風に噂されてるの?」

 エリはライカに訊ねた。矢を矢筒に詰めながら。

「強力な魔法の力でエルフの美女をとりこにして、仕事のないときゃエロいことしまくってる。敵対すれば焼かれて消し炭か、裸にされてゾンビの群れに放り込まれる」ライカは諳んじてみせた。「女の武器で上手く取り入れば、ハーレムの一員として安穏とした生活ができるかも。なんてのもあったな」

 典型的な悪の魔法使い的と言おうか、はたまた男性向け願望充足創作物ファンタジー的と言おうか。ハルトはげんなりした。微妙に否定しきれない要素がなくもないのが悔しい。

「わたし、ハルトのとりこなんだ」声を立てて笑いながら、エリはハルトを流し見た。「最強の魔術士さんの情婦(かこいもの)なのね。当たらずとも遠からずだわ」

「えーと……」

 でも誘ってくるのはだいたいエリさんのほうからじゃないですか。と人前で口に出せる度胸はハルトに無く。

「ぶっちゃけ実物は姉弟って感じだけどな。まあ噂話なんて、面白おかしきゃそれでいいのさ。市庁舎周りにいる連中みんな、娯楽に飢えてるだけだし」ライカはキャンディバーの包み紙をポイ捨てすると、腰の水筒から水を飲んだ。「それはそうと、エリねーさんは亜邑には行かないのか? 生き残ったエルフは大概、あそこを目指すぞ」

 統京湾上の人工島、亜邑あむらはエルフたちが多く暮らすエリアだ。一般の人間が入るには書類審査と予約が必須で、実質エルフの自治区のように扱われていた。ハルトもTVの特集番組で観たことしかない。

 湾岸の〈魔王軍〉のことが気にはなる。でも復興庁の再興作業が徐々に進み始めた今なら、入念に準備すれば亜邑に辿り着くことも可能かもしれない。ハルトは思う。エリさんがそれを求めるなら、全力で協力しようと。エリさんがエルフ社会に行き、自分はここに留まる。元に戻るだけだ。なのにそのことを想像すると、胸の一部が削ぎ取られたような気分になった。

「行かないわ」ライカの問いに、エリは即答した。リカーブボウの弦を調整しながら、微塵の逡巡もなく。「あまり好きじゃないのよ、エルフって」

 エリの言葉を聞いたハルトは、我知らず小さく安堵の息をついた。そして我に返る。なんで安心してるんだ僕は。エリさんが同族のもとに行くなら、それが本来あるべき形なのに。

「ふーん。ま、わからないでもないかな」

 ライカは言うと、アツロウのものより一回り小型のエネルギーSMG(サブマシンガン)にバッテリーを叩き込んだ。

「準備完了だ」アツロウが端末から顔を上げる。「キーを叩けばシャッターが開く。用意はいいかな?」

 シャッターの左脇にハルトが立ち、その後ろにエリがライフルを構えて控える。右脇はアツロウとライカだ。これなら開け放たれたシャッターの向こうに何がいても、その真正面に身を晒さずに済む。

 ハルトはエリと視線を交わし、アツロウに向かって頷いた。アツロウも頷くと、厚い手袋の太い指でEnterキーを叩いた。

 カードスリットのランプがグリーンに点灯し、ゆっくりとシャッターが上がる。騒音と咆哮が大きく鳴り響き、徐々に内部が顕わになった。真っ直ぐ続く通路の床に、ロッカーにデスク、キャビネットにPC端末と、あらゆる機材が破壊されて散らばっている。累々と横たわる死骸は、これまで見て来た研究者と思しきもの。中にはエルフや短躯のドワーフらしき骸もある。それに加えて、防火戸前にあったKBC警備員と同じ装備の骸が幾つもあった。天井の照明は破壊され、暗い。しかし暗い通路のその奥に


 オオオォォォオオオオオアアアァァアアア―――!!


 それは青白い電光を全身から迸らせ、咆哮をあげる。断続的なその電光で、通路を照らす人型の何かがいた。長い髪は逆立ち、服は破れ焦げ、元の姿格好がわからない。剥き出しの背には一対の、折れた翼のような金属の突起が生え伸びる。白く発光するその両眼に、正常な意思は欠片も読み取れない。

 瞳孔の見当たらない白く光る眼で周囲を睥睨しながら、電光を放つ人型は近くの物を手当たり次第、破壊していた。青白い火花を纏うその拳が振るわれる度、ロッカーはひしゃげて吹き飛ぶ。電撃が放たれ空気中を蛇のようにのたうち、ドアを破壊した。

「何なんですかアレは!?」

 騒音に負けじと、ハルトは問うた。動きだけなら、攻撃性の高いゾンビのように見えないこともない。これまで帯電したゾンビに遭遇したことはあった。ゾンビ内の人工臓器とその維持用蓄電装置の暴走で、そのようになることがある。しかし今、目の前にいるアレは、そんなものとは桁違いの電撃を周囲に放っている。

「ゾンビ化した実験サイボーグ、だろう」アツロウが答えた。ハルトらに聞こえるよう大声で。「近づかれる前に仕留めたいが」

「僕がデコイになります。魔力の鎧は耐電性能が高いんで」

 魔力の鎧は招雷呪文の電撃もおおよそ無効化できる。帯電ゾンビにも対応できたからやれるはず。

「やってくれるか。では3カウントで出てくれ。君が出たら一斉射だ。エリさん、用意はいいかな?」エリが頷くのを確認し、アツロウはカウントを開始した。「3、2、1!」

 ハルトが飛び出し、電光ゾンビに向かって魔力の剣を自身の正中に立てる。ほぼ同時に、入口両脇から光弾と銃弾が放たれた。

 光弾と銃弾が電光ゾンビに殺到し、その身を穿ち削る。その衝撃に耐え切れぬように、電光ゾンビは身を屈めると左手を突き出した。まるで助けを求めるように。

「セ……ド、セ……」

 そして人語のような音声を発した。次の瞬間

「あっ!」「ちくしょう!」「っ!?」

 アツロウとライカのエネルギー火器が、エリのライフルがその手から引き剥がされた。銃火器は宙に浮いたまま猛烈な勢いで飛んでゆく。電光ゾンビの左手に向かって。

 ジジジと機械の駆動音めいた音が聞こえる。銃火器だけではない。周囲に散らばる金属片、折れたパイプも飛んでゆく。音が止むと同時に、エネルギー火器とライフル、金属部品が落ちた。電光ゾンビの足元に。

「強力な電磁石か? そんなものを……グァッ!」

 のたうつ電撃がハルトの横を曲がってすり抜け、アツロウを襲う。青白い火花が散り、衝撃に彼の巨躯がくずおれた。

「センセー!」ライカが倒れたアツロウの襟を引っ掴み、安全圏へと引っ張ってゆく。「タコ焼きになっちまうにはまだ早いって!」

 電光ゾンビが身を起こす。その白く光る眼が小さな獣人の女に向いた。

「エリさん、援護を!」

 ハルトは返事も待たずに電光ゾンビに向かって駆け出した。瓦礫と死体を踏み越えながら、呪文を唱えて2本の自律剣を召喚して飛ばす。

 電光ゾンビの眼が自律剣に向き、その左手が伸ばされる。が、魔力で造成された剣に磁力は通じない。自律剣は回転しながら電光ゾンビに襲いかかった。

 電光ゾンビの猛烈な拳打が自律剣を弾く。

 決定打にはならないか。ハルトは呪文を唱えて左腕に氷の大盾を造り出した。後方に電撃を通さぬよう、電光ゾンビを真正面に捉えて立ち回る。猛蛇のごとき電撃が襲い来る。多少の衝撃はあるものの、氷の盾と魔力の鎧で防ぎきれた。

 即、攻め込むには足場が悪すぎた。死者とは思えぬ速度で突っ込んでくる電光ゾンビを、ハルトは氷の大盾で受け止める。その電光の拳打は、大砲でも受けたかのように体の芯に響いた。このゾンビ、手足も生身じゃないのか。この打撃力で拳が無傷なんて、常人ではありえない。KBC製の義肢はパラリンピックのメダリストを輩出したことでも有名だった。

 防戦一方。膠着する状況を風切り音が破った。

 連続して飛来するエリの矢が、電光ゾンビの首と腹に突き刺さる。僅かに動きを止めた電光ゾンビを、ハルトは大盾で押し返し、崩れた隙に魔力の剣を突き入れた。電光ゾンビが身を捻って躱すところを、直突きから更に踏み込み、鉤突きへとつないで追撃する。敵者の防御をかいくぐる突きの連携技は、エリから学んだものだ。

 脇腹を狙って繰り出された剣先は、電光ゾンビが身を捩じったため外れた。が、その背の翼状突起に引っかかった。

 翼状突起の櫛のような隙間に、魔力の剣の刃がはまり込む。電光ゾンビはもがき、更に身を捩じる。ハルトは剣を手放すまいと、渾身の力を込めて耐え凌ぎ、驚いた。翼状突起から放たれる異常な熱さに。もう少し近ければ間違いなく火傷していた。

 その時ゴキンと音を立て、金属製と思しき翼状突起の一方が折れた。

「ァ、ァ……ア、モ……」

 途端に電光ゾンビが動きを止めた。翼状突起から発する熱が、電光ゾンビの全身に拡がる。

 ハルトは熱さに耐え切れず、後ろへと飛び退いた。

「……セ、モ……」電光ゾンビは声を発しながら膝を折った。その胸から湯気と煙が立ち昇る。同時に肉の焼ける焦げた臭いも。「ド、セ……」

 青白い電光は明滅しながら徐々に力を弱め、消えた。同時に電光を放っていたゾンビは倒れ伏した。その首から上だけが、まだピクピクと小さく動いている。

 ハルトは歩み寄ると、剣を振り下ろしてその頭を叩き潰した。

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