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3-4. ショッピングモール五階

 スラックスのかかった什器の影から、唸り声とともにゾンビが現れた。黒く染まった眼には憤怒が溢れ、突き出された手の長い爪は鋸刃のようにギザギザだ。女性らしく盛り上がった胸には名札がある。恐らくこのショッピングモールの店員、だった女性。

 その手首を、ハルトは魔力の剣を斬り上げて落とし、返す刃で頭を割った。

 女の店員ゾンビは倒れ伏しピクピクと痙攣するも、すぐに動かなくなる。ゾンビは脳か脊椎部分を大きく損傷すると蘇らないことは、経験的にわかっていた。このゾンビがまた立ち上がるかどうかは五分五分かな、とハルトは思った。

 夜の暗闇に沈むショッピングモールの跡、大出水OZ(オオイズミオズ)館内も、暗視呪文の力で曇りの日中程度に見える。ハルトはゾンビの骸を尻目に足音を忍ばせ、什器の列を出ると、左右を見渡して上階への入口を探した。

「あれ、使えるんじゃない?」

 傍らのエリが指さした先には、稼働の停まったエスカレーターがあった。

「行ってみましょう」

 警戒しつつ、ハルトはエリと紳士服フロアの中央を進む。ここは三階。館内の案内板から、三階までがショッピングフロア、四階がレストランフロアなのはわかっている。ただ建物の外観上は、窓のない5階層目が存在していた。

 恐らくそこに目当てのもの、トアさんの言っていた次元の不安定な場所がある。

 日が落ち、気温はだいぶマシになったものの、まだ暑い。ハルトはベルトに引っ掛けたタオルを手に取ると、顔の汗を拭った。汗だけでなく、ゾンビの黒い返り血の塊も。エリに剣を習って使い始めたのはいいものの、斬撃はゾンビの体液が盛大に散る。その点は厄介ですね、と以前、師であるエリに言ったところ「あなたがまだ下手なだけ」と返された。ハルトは凹んだ。

 特に問題なくエスカレーターまで辿り着くと、ハルトは軽く足先で段を踏んだ。徐々に体重をかけて安全性を確かめると、昇り始める。後続のエリは後方を警戒しつつ、後ろ歩きで段を昇った。

 四階のレストランフロアに出る。エスカレータ―はこの階までで、先はなかった。左右を見渡せば、かつては大勢の来客で湧いたであろう飲食店が続いている。今は傷みきった食材のぼんやりと饐えたような臭気が漂うばかり。大理石を模したタイルにはうっすらと埃が積もり、大小の何かが這いまわり埃をかき分けた跡がそこかしこにあった。

「変異して大きくなった虫やネズミが出るかもしれません、足元にも注意してください」

 エリが頷く気配を感じつつ、ハルトは上階に通じる場所を探して歩き出した。階段か、それともエレベーターか。後者だと早速〈夢幻の鎚〉を消費せねばならない。

 〈審判の日〉から一年以上が経ち、腐敗した食材も喰い尽くされたのか。腐臭は思っていたほど濃くはなく、変異生物も今のところは見当たらない。ハルトは左右を見渡した。赤を基調とした派手な中華料理店の看板に、木目調の和食店の看板。ショッピングモールやデパートのレストランフロアは、どこでもよく似た雰囲気になる。ハルトはかつて命からがら逃げ込んだショッピングモールのことを思い出した。あそこでは、ボス連中がレストランフロアの食材を独占した。その他の避難者はレストランフロアへ入れぬように、階段とエスカレータ―に武装した歩哨まで立てていた。

「なんだか浮かない顔ね」

 いつの間にか隣にいたエリが、防弾ゴーグル越しにハルトの顔を覗き込む。今の彼女は、遊園地跡で硬化していたエルフ兵の装備を拝借していた。都市迷彩のジャケットとパンツ、ボディアーマーとヘルメットを身に着け、詠唱補完ライフルを肩にかけて。弾薬に限りがあるため、リカーブボウと矢筒も背負っている。

「あんまりいい思い出ないんですよ。ショッピングモールって」

 ハルトは言った。口角を強いて上げて思う。今、僕は上手く笑えているだろうか。

「……そう」

 それ以上追求することなく、エリは警戒に戻った。

 このフロアで死を迎えゾンビとして蘇った人々は下階へ、外へ向かったのだろう。蘇らなかった人々は服を着たまま、僅かな肉を貼り付けた骨となってそこかしこに横たわっていた。

 レストランフロアをぐるりと巡って、元のエスカレータ―のあった地点が見えてきた。果たして上階への入り口はどこにあるのか。ハルトが頭の中でこのフロアの地図を組み立て、確認を始めたその時

「ハルト、これは……」

 エリは屈むと山刀マチェーテの先で、床にうつ伏せに横たわる死体をつついた。そのままブーツの先を引っかけて仰向けに転がす。

 その死体は、これまで見て来た一般客や店員の骸とは毛色が違った。ほぼ骨となった死体が着ているのは、濃いグレーのケブラージャケットとパンツ。上体には軍のものに準じた黒い防弾ベストを重ね着している。傍らには割れたライトをサイドに付けたヘルメットが、足元にはSMG(サブマシンガン)と思しき黒い銃器が転がっていた。

 エリが銃器を拾い上げて確かめている間に、ハルトは死体のジャケットをまさぐった。内ポケットにあったIDカードを取り出すと、表面を見て記載内容を読み上げる。

KBCカヅノ・バイオテック・コーポレーション警備部第6施設管理課、石川憲吾」

「カヅノ・バイオテック。義肢と移植用人工臓器開発で有名な企業ね」エリが銃器をチェックしながら言う。「確か北米のホロニック・バイオ社と世界シェアの1位2位を争ってた」

「なんでそんなところの警備担当が、ショッピングモールなんかに?」

 物々しい装備品と合わせて、怪しい事この上ない。

「さあて、ね。っと」エリが黒い銃器から弾倉と思しき部品を外して見せた。「これ、弾倉じゃないわ。たぶん蓄電池バッテリーかそれに近いもの。エネルギ―兵器よ、この銃」

 エネルギー兵器。〈審判の日〉前の世界では、レーザーや粒子ビームを使った兵器の開発は進んでいたものの、まだまだ実験段階で実用化の目途など立っていなかったはず。近年、造技テクノロスの魔術領域が先に、蓄電池の電力を使った光線攻撃を呪文で実現していた。

 俗に言うオーバーテクノロジー? 人工臓器の製造企業が? ハルトはIDカードの表裏を確認すると、上を見上げて思う。ここで、この上階で何が起きた?

「エネルギー残量はゼロね。一年以上放置されてたみたいだから、あまり期待してなかったけど」エリはエネルギー銃を足元の床に置いた。「仕事が終わって余裕があったら、回収して帰りましょ」

「ええ、他の装備品も商店街に持っていけば、それなりの値段が付きそうですし」

 しかしどうやって上階行こうか。階段がなければ最悪、窓から外に出て壁を登り、五階の壁を〈夢幻の鎚〉で破壊せねばならない。〈夢幻の鎚〉はなるべく消費したくないんだけど。ハルトがそんなことを考えていると、警備員の死体の足の方角に非常階段が見えた。

 近づいて確認すると、エスカレータ―同様、この階止まりで上階へは続いていない。が、奇妙なことに、非常階段脇の防火戸の下から褐色ものがタイルに滲み、乾いて固まっていた。

 ハルトが防火戸の取っ手を引いてみるも、防火戸はビクとも動かない。

「ここ、少し色が違うわね」

 エリが取っ手の横の壁を指で探った。彼女の細い指先がそろそろと壁面を辿ると、ある一点で壁の中に浅く埋まる。壁と同色の細長いカバーでカモフラージュされた、カードスリットがそこにあった。

「すごいですね、全然わからなかった」

 ハルトが感嘆すると、エリの口の端が心もち上がった。

 ハルトは早速、先ほど回収したIDカードをスリットに差し込む。スリットの端にある米粒ほどの小さなランプがグリーンに点灯した。同時にカコン、と乾いた金属音が鳴る。

「ロックが外れたみたいですね」すぐには開けず、ハルトは呪文を唱えて魔力の鎧を展開した。「少し下がっててください」

 エリが頷いて数歩後退したのを確認しつつ、ハルトは魔力の剣を床に置く。ベルトポーチから手鏡を出して右手に持つと、左手を防火戸の取っ手にかけた。そして防火戸を僅かに引くと

「ジ、ジじ……ン入者、ヲボボヲ、ハ、バィ除、シシ、ジジマ、ママッマ……」

 調子外れの壊れた機械音声とともに、ガチンガチンと金属同士の衝突音が聞こえてきた。ハルトは戸の隙間に手鏡を差し入れ、鏡に映る中の空間を確かめる。

 奥に階段のある六畳ほどの室内の床は一面、黒とこげ茶色に変色した血の痕が広がっていた。大量の薬莢とともに人骨と肉片が散らばる。奥で蠢く四肢のないゾンビ1体に向かって、自律銃座タレットの機関銃が撃鉄だけを鳴らしていた。それに合わせて、機関銃から垂れた空の弾帯がむなしく揺れている。

 ハルトは手早く手鏡をしまうと、魔力の剣を拾って室内に突入。自律銃座を、次いで四肢のもげたゾンビを破壊した。

 エリも防火戸を装った隠し扉を抜けてくると、階段を見上げる。

「非常階段、緊急用の避難路って感じね」

「五階に通じるメインのエレベーターが何処かに、たぶん地下駐車場あたりにあるんでしょう」ハルトは一階で確認した建物の見取り図を思い出した。「でも電源がまだ生きてるなんて、驚きです」

 ハルトは魔力の剣を、エリはライフルを手に階段を昇る。意外と長く、途中の踊り場に差し掛かると

「ハルト、ちょっと顔貸して」

「はい?」

 唐突にエリに言われ、ハルトは彼女と向き合った。エリは防弾ゴーグルを下ろすと、ポーチから包帯やガーゼを切る小さなハサミを取り出す。

「あの、エリさ」

「兜とヘルメット脱いで、ゴーグルも下ろして」

 有無を言わさぬその言動には、疑問を差し挟む余地もない。ただ彼女の言葉の切羽詰まった真剣さには、嘘を差し挟む余地もない。ハルトは言われたとおりに魔力の兜と軍用ヘルメットを脱いで床に置き、防弾ゴーグルを下ろした。

 するとエリは左手をハルトの右頬に伸ばす。

 え? ちょっとこんなところで? と戸惑うハルトの予想は外れた。エリは左手でハルトの頬から右頭をがっちり掴んで固定すると、右手のハサミの尖った先端をハルトの額に突き刺した。

「いだっ!」

 鋭い痛みにハルトは叫ぶ。しかしエリは手を止めない。彼女はハサミを突き刺したままグリグリと動かし始めた。

「痛い! 痛いですよエリさん! 何すんですかっ」

「我慢なさい! すぐ済むから」エリはハルトを掴んだ手を緩めず作業を続ける。「異次元の存在や混沌寄りの生きものから身を護る、防御紋を彫ってるの」

「エリさん、魔法使えないんじゃ……」

「魔法なんて域のものじゃないわ。ないよりマシってだけのおまじないよ」

 まあそういうことなら。とハルトはエリの作業が終わるのを待った。意図がわかれば、痛みも騒ぐほどのものでないことがわかる。血が少し滲む程度に額の皮を浅く裂いているだけだ。額に感じる幾本もの痛みの筋は、合計で8本。矢の形だろうか。それが一点を中心に外に向かって放射状に伸びている。

「これでよし、と」エリがハルトの頭から手を離した。「その刻印に血が流れてる限り、効果が続くわ。ハルトは傷の治りが速いから、もつのはせいぜい2、3時間程度ね」

「エリさんはやらなくていいんですか?」

 ちくちくした痛みにハルトは眉根を寄せる。余計に痛んだので、顔の筋肉をゆるめた。

「わたしはいいの。耐性あるのよ、生まれつきね」

 そう言うエリの顔に浮かんだ笑みは、ほんの少し自嘲を含んで見えた。

 五階に到着し、ハルトはグレーのドアのノブを捻った。引き開けた隙間に手鏡を差し込むと、ドアの向こうを窺う。明かりのない廊下が前方に長く伸びている。先のような自律銃座はなく、動くものも見当たらない。

 それでも警戒しつつ、ハルトは剣先を前に出しながらドアを抜けて廊下に出た。途端に廊下の照明が一斉に灯った。

「センサーもまだ生きてるんだ」

 廊下の天井を見上げて、ハルトは目を細めた。真白い廊下に目を戻せば、左右の壁に沿ってドアが並んでいる。

「これ、全部の部屋見ていかなきゃならないんですよね?」

「そうなるわね。当たりが見つかるまで、地道にいきましょ」エリがライフルを構え直す。「いつもどおり前衛、よろしくね」

「了解。じゃ、行きましょうか」

 答えを返しながら、ハルトは右のドアに手をかけた。

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