第5話エイリアンの炎(1)
「…があるっと。」
「おい、コメット。何書いてんだよ?」
「TERUさん、これはエイリアンメモっすよ。」
「エイリアンメモ?」
開店前のスタッフルーム。メモを取っていた僕にTERUさんが話しかけてきた。
「エイリアンのお客さんと色々話して、エイリアンの特徴を色々教えてもらったんす。やっぱり、文化の違い?みたいなのは知っておいた方がいいかなって。」
「ふ~ん、何々?エイリアンは美しさによって待遇が変わる…。エイリアンには、変身するためのスイッチがある?」
書き上げている途中のメモを横取りし、TERUさんは中身を確認する。いちいち怒るのも面倒なので、そのまま話を続ける。
「はい。エイリアンには、実は姿を変えるためのスイッチが身体のどこかにあるらしいっす。ちなみに、他人が押せば、押した人の好みの外見に変身するらしいっすよ。」
「へー、奇遇だな。俺もスイッチ付いてるぜ、腰にな。」
「は?」
「いや、だから腰に。」
この前のラーメン屋の一件から、ちょっと先輩らしいところもあるなと尊敬していたが、一気に幻滅する。まさかこんな低俗な下ネタを言うとは。
「…ああ、なんか、腰のスイッチを押せば、女の子を喜ばせる快楽マシーンへと変わる的な?そういうの言っとけば、男にはウケると思ってます?」
「いや下ネタじゃねーよ!拡大解釈しすぎだろ!快楽マシーンってなんだよ、キモすぎだろ!」
「いやね、僕も下ネタが嫌いってわけじゃないですけど、もう少し品性は保っておいた方が…。」
「だからちげーって!お笑いの講釈いらねーよ!」
TERUさんが、ギャーギャーと騒いでいると、ドアが開きオーナーが入ってきた。
「おはよう。全員集まってるか?」
「おはようございます、オーナー。もうみんな集まってます。」
「うむ。良きかな良きかな。じゃあ今日も1日よろしく。あ、そうだコメット。今日、予約入ってるぞ。」
「え、マジっすか!」
「前に来た初回の子が、お前を正式に指名したいんだって。」
「やったー!指名ゲット!」
「いや~絶好調だな。儲かるって素晴らしいよ本当。この調子でお前らが頑張ってくれれば、俺のバイクのローンも速攻で払えるし。」
「めちゃくちゃ私利私欲じゃないすか。」
「まあまあ、俺のバイクのローンのために、この調子で頑張ってくれや。他に共有事項もないので、これでMTG終わり。今日も一日よろしく。」
そうして本日のMTGは終わった。鼻歌交じりに、準備をしているとTERUさんが横に来て話しかけてくる。
「ジジイも言ってたけど、お前確かに最近めっちゃ頑張ってるよな。何が目的だ?」
「目的も何も、まあ、僕も前の一件で学んだんすよ。」
「何が?何を?」
「やっぱホストは、客に入れ込みすぎたらダメっすね。初めてTERUさんと話した時に教えてくれたように、あくまで騙す側でないと。僕はここから一流のホストになります。」
「なんか、分かりやすく闇堕ちしてんな。大丈夫かよ。」
「大丈夫っすよ。愛と勇気だけが僕の友達っす。」
「アンパンマンかな?本当に大丈夫かよ。」
肩に手を回しながら、頭をぐりぐりとされる。うっとおしいと思っていると、胸ポケットにしまっていたスマホが鳴る。
「ん?うわ、またGINGAさんからだ。」
「
コメット君
今日もお仕事お疲れ様(o·_·)ノ”(ノ_<。)
最近ドンドン指名が取れるようになっててすごいネ!ヽ(*·ᗜ·)ノヽ(·ᗜ·* )ノ ハイタッチ!
僕も負けてられないなᕦ(ò_óˇ)ᕤ“
コメット君がナンバー入りしたら、その時は一緒にシャンパンでお祝いしようネ(° ꈊ °)✧キラーン (° ꈊ °)✧˖°オホッ!
オジさんのとっておきのシャンパンコールを見せてアゲル(´ε` )♥
P.S.
僕はコメット君と友達以上の関係になりたいな(*థ౪థ)
GINGA
」
「マジで何なんだこの人。もう自分でオジさんって言っちゃってるし。」
「あれだよ、お前のこと気遣ってんじゃねーの?キモいけど。」
いつもの通り、返信はせずスマホを閉じる。2ヶ月近く、一度も返信したことないのに、一日も欠かさず連絡してくるので、もはや恐怖を感じてる。
「とにかく、僕はここからNo.1ホストになるんで!TERUさんも寝首を搔かれないようにせいぜい注意してください!」
「ああ⁉おい、コメット!」
「なんすか⁉」
「寝首ってなんだよ!」
僕は無視してフロアに向かった。
———
「アハハハハ!もお~コメットちゃん面白イ〜〜♡」
「ありがとうございます!僕もいろんなエイリアンの方を見てきたんすけど、お姉さんみたいに綺麗な人初めて見たっす!」
「んモ〜♡すぐそうやって褒めるんだかラ〜♡ドンペリ追加デ!」
予約で入ってきたエイリアンは、身体を上機嫌に揺らしながらお酒をガブガブと飲み干す。
ホストになってから3ヶ月にして気づいたことがある。会話とは、ただのパターンであり相手の性格・趣味嗜好に合わせて適切な相槌をうつだけのリズムゲームだ。
「私ィ~、男の人と話してテ、こんなに楽しいのはじめテ!コメット君のこト...好きになっちゃったかモ♡だかラ~、今度からお店の外で会わなイ?」
ニュアンスは微妙に異なるが、ある程度仲良くなると多くの客が同じような言葉を口にする。もちろん、同じように返事をすればすべて解決する。すかさず、僕はいつものセリフを口にする。
「あ〜ごめんなさい!うちって店外営業禁止なんすよ。だからコメットとしてはOKできないんすよね。でも…。」
「でモ?」
ここで、エイリアンの耳元へと近づき甘い口調で囁く。
「お姉さん、すっごく綺麗だから。ホストじゃなくて、友達としてこっそり会わない?」
「キャー!会う会ウ!」
「じゃあ、お店の中だと詳しい日取り決められないから、ここに連絡してくれる?」
そう言いながら、名刺の裏にチャットのIDを書いて渡す。
「スマホだけの連絡じゃ味気ないからさ。またお店にも来てよ。そしたらゆっくり話せるし。」
「分かっタ!約束ネ!」
「うん!あ、他の卓呼ばれちゃったから、行ってくるね!」
「早く帰ってきてネ~♡」
そうして僕は卓を離れた。他の卓に移動する僕を見ながら、エイリアンは嬉しそうに手を振っている。ちなみに、店の外で会おうと約束をしたが、あれは噓だ。
このままお店に来たら適当に接客して、店外に誘われた時はのらりくらりとかわす。またお店に遊びにきたら、なかなか外で会えないことを謝りつつ、実際に遊ぶ計画だけを立ててその場を凌ぐ。それを繰り返すことで、店外をせずお金だけ使わせるように仕向けてるのだ。
客を騙し、夢を見せ続ける。我ながら一流のホストに成長したものだ。
襟を正しながら、次の卓に向かう。
「今日も来てくれたんすね!」
「コメット君…!久しぶリ!」
最近、お店によく来るようになったこの人はアベノミさんというエイリアンだ。無茶な要求はしない割に、お金もほどほどに使う、いわゆる”扱いやすい客”である。適当に相手しても怒らないので本当に楽な相手だ。
「今日もありがとう。ゆっくりしてってくださいね。」
「うン!」
「じゃ。僕他の卓呼ばれてるんで。」
そう言い残し、ろくに相手もせず他の卓へ向かった。他の卓といってもすぐ隣だ。僕が他のエイリアンと楽しそうに話しているのがまる見えである。普通ならあまり好ましくないのかもしれないが、これでいい。このまましばらく待っていると…。
「コメットさんにシャンパン入りましたー!」
ボーイの叫ぶ声がする。アベノミさんの卓からだ。こうやって、わざと嫉妬心を煽っていれば、高いお酒をどんどん入れてくれる。すかさず、僕はアベノミさんの卓へと戻る。
「シャンパンありがとう!今日はこのままアベノミさんだけのホストだよ!」
「本当!嬉しイ!」
「いや~最近どうっすか?僕は休みの日も結構忙しくて…。」
アベノミさんの隣に座りながら、内容のない話をペラペラと進める。これで今日は50万の売上がたった。全くもって楽な商売である。閉店間際までアベノミさんに付き合い、今日の営業は終了した。MTGも締め作業も終わり、帰り支度をしていると、TERUさんが話しかけてきた。
「コメット、お前あれ大丈夫なの?」
「何がっすか?」
「ほら、アベノミさんだっけ?あの人、かなり金使ってるじゃん。」
「大丈夫っすよ。大丈夫っすよ。エイリアンってめちゃくちゃ金持ってるらしいし。嫉妬心を煽っとけば大金落とすんでチョロいっすよね。」
「いや…まあ、お前がいいならいいけど。」
「?はいっす。」
変な人だ。さては僕に追い抜かれないか不安になっているな。まあ、その不安はおそらく的中するのだが。今月の成績発表が楽しみだ。私服に着替えて、小粋なステップを踏みながらその日は帰宅した。
———
「おはよう。」
「…。」
「なんだ、コメット。突っ伏したままで。先輩に挨拶しろよ。」
「…。」
「なんだこいつ、生意気に無視しやがって。」
「…。」
TERUさんに話しかけられても、相手する元気すらない。そもそも今日は、出勤できただけで偉いくらいだ。
「ジジイー。コメットが無視するんだけど。」
「そっとしといてやれ。こいつ、やらかして落ち込んでるから。」
「え、何々?なにやったの?」
「こいつの指名客のアベノミっていただろ?」
「おう。」
「あの人、売掛払えなくて飛んだんだよ。」
「ええ?いくら?」
「300万。」
「300万⁉」
「残念ながら、コメット君はしばらくお給料はなしです。」
「バッカでぇ~~~wwwギャーハッハッハ!」
事務所にTERUさんの耳障りな笑い声が響く。掛けとはいわゆるツケのことだ。ホストクラブの支払いは高額になる場合が多いため、一時的にホストが会計を立て替え、後日まとめて払ってもらうケースもあるのだ。
通常、掛けはしっかりと信頼関係を築けた客に限るが、僕は完全に油断していた。てっきり払えるものだと思っており、結局ズルズルと300万円も掛けを作ってしまった。
「仮に300万の売上が掛けじゃなかったら、No.5にはなってたな。」
「最近成績良かったのにな~wNo.1ホストになるとか言ってたのにな~www」
「キィィィィィーーーー!」
机に突っ伏したままの、僕の耳元で煽るTERUさんを奇声を上げながら追い払う。ゲラゲラと笑いながらTERUさんは逃げていく。
「うぅ…。ちくしょう…。今月どうやって生活すればいいんだよ…。家賃すら払えねえよ…。」
「流石に分割で立て替えればいいよ。利子はつくけど。」
「オーナー…あんた神様みてぇな人だ…。」
「トゴ(10日で5割)だけどな。」
「邪神だった…。」
冗談ではなく、本当にあり得そうなのが怖い。10日で5割。最悪臓器を売ることも考えなければ。
「なるべく早く返してくれよ。俺のバイクのローンのために。」
「うぅ…。はい…。」
「てか、なんで掛けにしたんだよ。エイリアンって金持ってるんじゃねーの?」
「いや、それが…。」
アベノミさんが初めて来店したときのことから話し始めた。話は1ヶ月前に遡る。
———
「初めまして。コメットっす!」
「は、初めましテ。アベノミって言いまス。」
そのエイリアンは他と違って遊び慣れてなさそうな印象だった。お店の煌びやかな内装にオドオドし、渡されたメニューの中身を一つ一つ吟味している。緊張している様が見て取れた。
「お姉さんは普段何してるんすか?」
緊張をほぐすのも兼ねて、世間話を振ってみる。
「わ、私ハ、普段アパレル店員をしていましテ…。」
「へえ!アパレル店員!この前遊びに来たお客さんは鉢を売ってるって言ってましたよ。てことは、アベノミさんも資金調達?がメインのエイリアンさんなんすか?」
「あ、はイ。わ、私たち資金調達がメインのエイリアンハ、効率良く資金を稼ぐために出来高制の仕事に就くことが多くテ…。」
「そうなんすね~。あ、他の卓呼ばれたんで。ちょっと失礼します。」
「あ、はイ…。」
そう言い残し、他の卓へ向かう。遠目からチラリと見ても分かるくらい浮いていた。実際、場違いな空気にいたたまれなくなり、二度と来店しない客は多い。恐らく、あの客ももうお店に来ないだろう。金遣いも荒くないだろうし、適当にあしらっておこうと思った矢先だった。
「シャンパン入りましたー!」
「⁉」
アベノミさんの卓からボーイの高らかな声がする。ボーイがこちらに合図をする。
「ち、ちょっと呼ばれたんで行ってきますね!」
僕は慌ててアベノミさんの卓へと戻る。
「あ、お、おかえりなさイ…。」
アベノミさんの隣へ座り、シャンパンの種類を確認する。テーブルに置かれていたのは1本50万円するシャンパンだった。
「え、これ、アベノミさんが入れてくれたんすか⁉」
「う、うン。せっかくだしなんか頼んだ方がいいかなっテ…。」
「あ、ありがとうございます!じゃあ、今日はゆっくりお話しましょう!」
「ほ、他の卓はいいノ…?」
「いやいや、こんだけお金使ってくれるんだから、優先してお相手しないと罰が当たりますよ!今日は丸1日お相手するっす!」
「ほ、本当⁉」
その日は、他の客も特に金を使うエイリアンはいなかったので、本当に丸1日アベノミさんの相手をした。それがかなりうれしかったのだろう。その日を皮切りに、アベノミさんはLUNA・LUXに足繁く通うようになった。
しかし、お店に払う札束に段々と千円札が混ざるようになり、またしばらくすると小銭も混ざるようになった。考えてみれば、その時に止めておけばよかったのかもしれない。ついに代金が払えない日がきてしまったのだ。
「ごめんなさイ…。月末にお給料入ったラ、まとめて支払うかラ…。」
悲しそうな表情をするアベノミさんに、そこまで言われると断ることはできなかった。
「じゃあ、月末に絶対払ってくださいね。」
「あ、ありがとウ!」
アベノミさんは、救われたように微笑む。
この時の選択が間違いだった。掛けが払えないから雑な接客になる。それに焦って掛けでシャンパンを入れる。そして、また払えず掛けが増えていく。そうやって最悪なループにハマってしまった結果、凧の紐がキレたようにアベノミさんはどこかへ飛んでしまった。
話は、現在に戻る。僕は、机に突っ伏したまま呟いた。
「やっぱり、エイリアンは信用ならねぇ…。」
「まだ言ってんのか。てか半分は自分の責任だろうがこのバカ。」
コツン、とTERUさんに頭を小突かれる。
「前にも言っただろ、ホストの仕事って何なのか。」
「…女の子を騙すことっすよね?」
「その先だよ。女の子を騙してひと時でもいい夢見させるのがホストの仕事だ。悪夢見せてどうするんだよ。今回の一件はお前の力不足だ。」
今回ばかりは、ぐうの音も出なかった。小学校もまともに通っていないこの人に仕事とは何かを説かれるとは。
「ま、そうやってわざと客を追い詰める、クソホストもいるけどな。お前にゃその営業方法は似合わねえよ。高い勉強代だと思って反省しな。」
そう言い残し、TERUさんはスタッフルームを出ていった。
「あ、臓器とか売りたくなったらいい医者紹介するぜw」
スタッフルームを出る直前に、TERUさんはそう捨て台詞を吐く。このままだと本当に臓器を売らなきゃいけないかもしれない。絶望したまま、その日は心ここにあらずの状態で仕事を終わらせた。