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第4話エイリアンの枝(2)

「いや~楽しかったすね!」


「そうネ…。」


事前に目星を付けていたデートスポットを周り切り、僕らは個室居酒屋で一息ついていた。お酒を飲みながら、今日のデートの感想を楽しく言い合う。


「やっぱり、師匠の落語は最高でしたね!臨場感と間の使い方が他とは一線を画してるっす!」


「そうネ…。」


「あとは、水族館のイルカショーも楽しかったっすね!僕、品川って初めて行ったんすけど、結構オフィス街って感じなんすね。」


「そうネ…。」


「それに、代官山のカフェ巡りも良かったっすね。事前にインスタで調べてたおすすめのカフェ5件とも周れて良かったっす!」


「そうネ…。」


「あとは何といっても東京タワー!やっぱ東京に住んでるなら1回くらいは行くべきっすよね!」


「そうネ…。」


今日の感想を語らうには、時間がいくらあっても足りない。2時間制で予約したのは失敗だったなと思いつつ、クラモミさんのグラスが空いていることに気づく。ここは、スマートに注文を聞いてあげなければ。


「クラモミさん、飲み物何か頼むっすか?」


「そうネ…。あ、じゃあレモンサワーをお願イ。」


「了解っす!じゃあ店員さん呼びますね!」


僕も同じものにしよう、と思いながら注文のベルを押す。雑談を挟む間もなく、店員はやってきた。


「おまたせ…いたしましタ。ご注文お伺いいたしまス。」


「レモンサワー2つお願いします!」


「はーイ…。少々お待ちくださイ。」


なんだか、ぎこちなさの残る店員だ。それに聞き覚えのある声だ。お酒が来る間、もう少し今日のデートについて話そうと思ったが、急に尿意を催す。


「いや~、少し飲みすぎちゃいました。ちょっとお手洗い行ってくるっす。」


「行ってらっしゃイ…。」


廊下の角にあるトイレに入り、さっさと用を足す。手を洗い、髪型を整えながらしみじみと思う。ホストになってから、初めての店外営業をこんなに完璧にこなせるとは。自分の才能を恐ろしく感じる。何より、初めてできた常連客を喜ばせられたことが嬉しい。今日を機に、クラモミさんとの仲も更に深まっただろう。

ウキウキとした気持ちで部屋に戻ろうとすると、後ろから店員に声を掛けられる。


「ねェ。」


「はい?」


「あの子はやめときなさイ。」


「えっと…何の事っすか?てか、誰っすか?」


「ああ、そっカ。私よ、私。イシノミよ。」


「は、え、マジっすか⁉」


聞いたことのある声だと思った。見た目は全く違うが、確かにイシノミさんの声だ。


「そっカ、知らないわよネ。エイリアンは、身体のどこかに変身スイッチがあっテ…。」


「いや、それはクラモミさんに聞いてるっす。そうじゃなくて、なんでイシノミさんがここに⁉」


「私、結局あの後すぐに月の捜査員を辞めテ、地球人として暮らすことにしたノ。今はここでバイトしてるノ。ちなみにあだ名はイッシーにしたワ。」


「店員のネームプレートをあだ名にするタイプの居酒屋なんすね…。それにしても偶然だなぁ。…ちょっとお会計負けてくれません?」


「バイトの私にそんな権限ないわヨ。そうじゃなくテ。一緒に来てるのクラモミでショ?あの女はヤバいから今すぐ離れた方がいいワ。」


「あれ、知り合いなんすか?」


「知り合いっていうカ…クラモミは捜査員の中でちょっと有名だったのヨ。」


「有名?」


イシノミさんは、個室に戻ろうとする僕を、真剣な顔で引き留めようとする。クラモミさんがヤバいとはどういうことなのだろうか。ひとまず話を聞いてみることにする。


「人間の姿のクラモミを見ても分かる通リ、あの子はとんでもない美貌を持ってるノ。何せ月のエース捜査員だしネ。彼女はその美貌を使っテ、捜査に向かった星の男を必ず虜にしテ、必要な物資や情報、果ては星そのものまで手中に収めてきたワ。ついたあだ名が”星堕としのモミー”」


「すげぇ~。」


「すげぇ~っテ、今はあなたが狙われているのよ!わかってるノ⁉」


「ハッ!」


「一緒にいるってことハ、あなたデートに誘われたんでショ?もう誘拐の条件は実質クリアしちゃってるわヨ!」


話の内容を咀嚼しきれていない僕とは違い、イシノミさんはかなり深刻な様子だ。しかし、僕はイシノミさんの話を信じるどころか、クラモミさんの擁護にまわる。


「いやいや、大丈夫っすよ。クラモミさんは純粋に僕とデートしてるだけだし、誘拐とかそんなのが目的じゃないっすよ。」


「誘拐される人はみんなそういうのヨ!自分だけは大丈夫って言ってる人ガ、結局詐欺に騙されるんじゃなイ!」


「だから誘拐とかじゃないですって!そんなに言うなら、戸の隙間からこっそり見ててくださいよ!僕らは健全なホストと客の関係ですから。」


「ホストと客の関係がそもそも不健全ヨ!危なくなりそうだったラ、すぐ止めに入るからネ!」


そう言い合いながら、僕とイシノミさんは個室まで向かう。イシノミさんが廊下の物陰に隠れたのを確認して、僕は戸を開ける。何も心配することはない。僕とクラモミさんは、強固な信頼関係で結ばれているのだから。例え、人間とエイリアンでも分かり合えるという事実を見せつけてやる。


「いやぁ~、お待たせしたっす!クラモミさん!」


サーーーッ


「ア。」


戸を開けると、僕のお酒に白い粉のようなものを混ぜているクラモミさんがいた。このタイミングで戻ってくるとは思わなかったらしく、粉をお酒にかけている状態で固まっている。


「…えっと、それは、何をしてるんすか?」


「…風邪薬ヲ、レモンサワーに混ぜって飲もうかなっテ。」


サーーーッ


「僕の席に置いてあるレモンサワーっすよね、それ。」


「…。」


サーーーッ


「…あの。1回止めてもらっていいっすか?」


いやな沈黙が続く。恐らく、というかほぼ間違いなく風邪薬ではない。何かの間違いである可能性はないものかと、思考を巡らせたが何も思いつかない。確実に僕を誘拐しようとしている。

こちらが口ごもっていると、クラモミさんは急に舌打ちをして、綺麗な顔を歪ませながら話し始めた。


「あーもうダリィ。あとちょっとだったのニ。そうヨ、これはお察しの通り睡眠薬。あんたを誘拐するためニ、今まさに仕込もうとしてたとこヨ。」


今までとは打って変わって、ガラの悪い話し方をする。その時、ようやく自分が騙されていたことに気づき始めた。戸惑いを隠せないまま、クラモミさんに尋ねる。


「そ、そんな…。でも、コメット君ともっと色々なお話ししたかったって…。」


「あれは、あんたを誘いこむための嘘ヨ。あの3人のホストの中デ、あなたが一番チョロそうだったシ。でも、もう誘拐なんかできなくてもいいワ。」


「え?」


「今日のデートで分かったワ。あなたは確実にツガイじゃないっテ。」


「ツガイ?」


聞きなれない言葉だった。しかしどこかで聞いたことがある。思い出そうにも、目の前の事実がショックで、上手く頭が回らない。


「あんたは気にしなくていいワ。というより、もっと別のことを気にした方がいいわネ。何?今日のデート。」


「え?」


「え?じゃないわヨ!なんで1回のデートで落語聴いて水族館行ってカフェ5件も周って東京タワー登ってんのよ!選挙前の政治家よりハードスケジュールだワ!」


クラモミさんの急にな激昂にさらに戸惑う。あの完璧なデートの何がいけなかったのだろうか。とりあえず、弁明を始める。


「事前におすすめのデートプランを調べたけど、どれがいいか分からなくて…。ならいっそ、良さそうなプランを全部実行しようかと…。そしたら完璧になるかなと…。」


「なんで全部合わせるのヨ!ラーメンのトッピングじゃないのヨ!変身するのって体力使うのニ、クソなプラン組みやがっテ!もともと下っ端の時点でツガイの可能性が低いのは知ってたシ、基地までさらって洗脳なり催眠かけテ、情報聞き出したりしようとしたけド、時間の無駄だったワ。」


そう言いながら、クラモミさんは帰り支度を始める。


「え、あの…。」


「あ、目的もバレちゃったシ、もうお店にも行かないから安心しテ。せいぜい向いてないお仕事頑張っテ。」


そう言い残し、クラモミさんは部屋から出ていった。独り取り残され呆然としていると、カラカラと戸を開ける音がする。イシノミさんが気まずそうに入ってきて、僕の肩をポンと叩く。


「まあ、その、あれヨ。元気出しなさいヨ。デートがクソ過ぎテ、エイリアンの方から断られる人間はきっとあなたが初めてヨ。」


———


「ギャーハッハッハッ!そんな小学生が考えたデートするやついねーよ!」


いつものラーメン屋、クラモミさんとのデートのあらましを聞いたTERUさんは、目に涙を浮かべながら大笑いしていた。


「だって…デートとかしたことなかったし…。」


「いやー流石コメットさん!お笑いのセンスがさえてますな~!」


「うるさいな!笑うなら笑え!」


「はい!遠慮なく笑わせてもらってます!」


周りのお客さんの迷惑も考えずに、TERUさんは店中に聞こえる声量で笑っていた。いつもなら迷惑そうに咳払いをする店主も、なぜか笑いをこらえているかのように、下を向いていた。

TERUさんはラーメンをすすっては笑い、笑ってはすすってを繰り返す。笑うのを止めて落ち着くまでに、替え玉を3杯もしていた。


「あー面白い。てゆーか、コメット。なんでそのクラモミさんにあんな入れ込んでたんだよ?指名客とはいえ、お前変だったぞ?」


「別に入れ込んでなんかないっす。ちょっとかけがえのない存在になってただけっす。」


「それを入れ込んでたって言うんだよ。どーせもう店には来ないんだろ?もったいぶらずに教えろよ。」


こっちの気も知らずに、しつこく詳細を聞いてくる。仕方なく、僕はクラモミさんを特別視してたわけを話す。


「だって…。」


「だって?」


「No.1目指してるって言って、『応援してる』って言ってくれたから…。」


「はあ?そんだけ?」


「そんだけ?じゃないっす!初めてだったんすよ!茶化したり、バカにせずに真剣に応援してくれた人!まあそれも噓だったんすけど!」


そこまで言葉にすると、抑え込んでいたはずの涙が目からボロボロと流れ落ちた。止まらないそれを誤魔化すために、思い切りラーメンをすする。


「グスッ…くそっ、ここのラーメンしょっぱすぎだろ…。」


「お前…そんな泣くなよ。悪かったって、元気出せよ。」


「うぅ…。」


ほら、と言いながら僕のどんぶりにチャーシューと煮卵を入れる。優しいところもあるなと泣きながら感動したが、煮卵はかじり掛けだったので小皿に移しなおした。なぜか店主も僕らの様子を見て、涙ぐんでいた。


「まあ、あれだよコメット。こういうことがあるから、ホストはお客様に入れ込みすぎちゃダメなんだよ。俺たちはお客様に夢を見せる側であって、お客様に夢を見ちゃだめだよ。」


「ぐぅ…。」


「ぐうの音が出るってことはまだ余裕あるな。このまま朝まで説教すっか?」


「いやっすよ。なんでそんな酷い提案するんすか。」


「バーカ。奢ってやるんだよ。いいから付き合え。」


「TERUさん…。じゃあ、こんなクッソまずいラーメン屋じゃなくて、焼き肉がいいっす!」


「おう、行くか!おっちゃん、お勘定!」


先ほどまで涙ぐんでいた店主が、ガンを飛ばしながらお釣りを投げつけてくる。

ラーメン屋を出た後、本当にTERUさんは朝まで付き合ってくれた。朝日が昇り始めたころには、僕もTERUさんもまっすぐに歩くことすらできぬほど酔っぱらっており、フラフラと道路を右往左往していた。肩を組みながら笑い合い、気づけば神田川の遊歩道まで来ていた。


「ギャーハハハハハ!女なんてクソくらえだー!」


「そーだそーだ!クソくらえだオロロロロ…。」


「うわ!また吐きやがった!」


本日4回目のゲロを吐き出す僕の背中を、TERUさんは乱暴にさする。幸い、目の前が川のため道路を汚すことはなかった。背中をさすりながら、TERUさんが話しかける。


「そういやコメット、さっきの店でこれ忘れてたぞ。」


「うぅ…これ…?」


TERUさんが手渡してきたのは、クラモミさんにもらったブローチだった。お店で見た時と変わらず、鈍い光を放っている。一瞬、クラモミさんの顔がよぎった。


「ほれ、いらないのか?」


「うぅ…せい!」


TERUさんの手から受け取るや否や、僕はブローチを川へと思い切り投げた。まるで、今日までの思い出と決別したかのように思えた。


「あー!不法投棄!」


TERUさんにしては、難しい言葉で僕を責める。そんなことはお構いなしに、僕はゲロとブローチを捨てた神田川へと叫んだ。


「絶対No.1になってやる!」


———


「ち、ちょっと待ってくださイ!私が粛清されるっておかしいでショ⁉今までどれだけこの星に貢献してきたと思ってるんですカ!」


光線銃を突き付けられた状態で、クラモミは必死に弁明を始める。この光線銃は、ある一定の階級にならないと支給されない特別なものだ。身体の頑丈なエイリアンは、この光線銃じゃないと処刑できないが、まさかこんな使い方をしないといけないとは。正直残念だ。


「ほラ、火星を堕としたのだっテ、金星に基地を作るために必要な物資を用意したのだっテ、冥王星を惑星から外せたのだっテ、全部私の尽力あってこそじゃないですカ!」


「そうだナ。全部わかってるだけに残念ダ。お前ガ、噓をついたら粛清されるという宇宙法を忘れていたとはナ。」


「はア?私がいつ噓をついたっていうんですカ!」


死の間際にいながら、とぼけたふりをする胆力に感心しつつ、彼女が噓をついている根拠を説明する。


「この前、あのホストにプレゼントしろって、ブローチを渡しただロ?あれはナ、盗聴機能が付いているんだヨ。ツガイの情報を少しでも聞き出すためにナ。お前、居酒屋で自分から噓ついてたこト、自供したよナ?」


「…!」


「ま、全部筒抜けだったってわけダ。ジャ…。」


「待ってくださイ!もう1回、もう1回だけチャンスヲ!」


「宇宙法に則っテ、噓つきは粛清しまス。」


光線銃の引き金を押すと、あたり一面が強烈な光に包まれる。その直後、クラモミがいた場所には、誰もいなくなっていた。まるで、元から誰もいなかったかのように、一欠けらの痕跡も残っていない。


優秀な部下でも、贔屓することなく平等に裁かないといけないのが上司の辛いところである。しかし、まさかクラモミですら失敗するとは。また新たな人員を準備するために、あの電話番のガキに頭を下げないといけないのか。楽勝だと思っていた任務が、予想以上に長引き、苛立ちばかりが募る。期限まであと1か月半、そろそろ焦らなければと思いつつ、受話器に手をかけた。

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