第2話エイリアンのライバル(1)
「お待たせしましたぁぁあぁあぁ!?」
ドンガラガッシャーン!!
スタッフ4人がかりで作ったシャンパンタワーは、見るも無残に崩れていった。なぜなら、新人ホストであるこの僕、コメットが漫画のごとくアクロバティックに転んで、シャンパンタワーへ頭から突っ込んだからである。タコとクラゲを合わせたような出で立ちのエイリアンと、隣に座っていたTERUさんは頭からシャンパンを浴びた。
「キャー!」
「バカヤロー!何してんだ新入り!」
「ご、ごめんなさ~い!!」
「姫、大丈夫?ごめんね、こいつ新人で…。」
「あわわわわ…。」
「なにテンパッてんだ!いいから、おしぼりもってこい!」
「は、はいっす!」
TERUさんに言われ、大慌てでおしぼりを取りに向かう。パニックになりながらも、目に付いた白いものをつかみ、また卓へ戻る。
「お待たせしました!おしぼりっす!」
「おせーよ!…おいこれ。」
「へ?」
「おしぼりじゃなくて俺の予備のスーツじゃねえか!」
「はっ、しまった!つい、色が似てて…。」
「おいおい!失敗をカバーするために、小粋なボケを絞りだしたんか?おしぼりだけに!」
「…?」
「いや笑えや!"絞り"と"おしぼり"をかけたギャグだろ!なんでこっちが滑った感じになるんだよ!」
「あっ、すいません!ダーハッハッハッ!!」
「もういいもういい!シャンパンはぶっかけられるわ、後輩をカバーするためのギャグも滑るわで、場は冷え切るわ!新入り、お前がなんか面白いことやれ!」
お客さんの前なのに、TERUさんは珍しく我を忘れている。まあ完全に僕のせいなのだが。ひとまず、この場を温めるために前々から考えていたとっておきを披露する。
「はい!じゃあ、えーと。エイリアンとかけまして、女子高生好きのおじさんとときます。その心は、どちらも征服(制服)が好きでしょう!」
「…ん?なに?どういうイミ??」
「バカ!エイリアンのお客様がなぞかけなんて知ってるわけないだろ!外国人でも知ってる人少ないんだぞ!」
「あ、あれぇ…?面白いと思ったのに…。」
おかしい。田舎のおじいちゃんは、こういうなぞかけをするといつも笑ってくれたのに。おろろとしていると、見かねた様子でTERUさんが指示を出す。
「もうこっちいいから、GINGAのヘルプ入っとけ!」
「は、はいぃ…!」
シャンパンでびしょ濡れの床を滑りながら、GINGAさんのいる卓へ向かう。
何故こんなにも怒られてばかりなのか。さかのぼること数日前のことだ。
———
「えー、みなさんご存知の通り、今日からVIPルームの一角を、エイリアンのお客様専用のブースにします。基本的にはTERUがメインで対応しますが、複数名での来店も考えられるため、もう2人エイリアン専門のホストになってもらいます。」
エイリアンが初めて来客した翌日のミーティング。ナキオオーナーが今後の営業方針について話し出す。いつもは人の話を聞かず騒々しいメンバーばかりだが、今日は誰一人私語をしていない。昨日の営業でエイリアン相手にトラウマを植え付けられたため、自分が選ばれないよう皆必死に心の中で祈っていたのだ。
「1人目が、先日の接客でエイリアン相手に全く動じなかった、No.6のGINGA。よろしく。」
「…っす。」
(流石GINGAさんっすね。あのエイリアンに全くビビらなかったなんて。)ヒソヒソ
(ああ、うちのクール系ホストの中だとトップの成績なのもうなずけるな。)ヒソヒソ
自分が選ばれなかったことに安堵したメンバーがヒソヒソと話す。GINGAさんは、LUNA・LUXに入ってわずか半年でNo.10にまで上り詰めた実力派のホストらしい。寡黙で、営業が終わればさっさと帰宅するため、まだ話したことはない。
「えー次に、新人のコメット。」
「えっ。」
まさか、自分が呼ばれるとは思ってなかったため、素っ頓狂な声が出る。その様子を見たオーナーが続けて話し出す。
「まあ、まだまだ経験が浅いし、お前はホストというよりヘルプ要因だな。No.1とNo.6のサポートするのは勉強になると思うから存分に研鑽を積んでくれ。」
「は、はいっ、頑張ります!」
「よし、じゃあ今日も1日よろしくお願いします。解散!」
人間相手の営業に戻れると安心しきったメンバーは、緊張から解き放たれたのか談笑しながら各持ち場に移動する。中には、ニヤニヤしながら「ドンマイ!」と僕の肩を叩くメンバーもいた。
———
「こぉ~~のバカ新人!1日で何回ミスするんだ!」
「も、申し訳ありませんっす!」
エイリアン専門のホストになってから、1週間が経った日の営業終わり。スタッフルームで正座させられ、TERUさんのおしかりを受けていた。
「で、でも、お2人のヘルプを僕1人でやるのは、タスクの量に合った人員配置ができてないというか…。マネジメントに問題があるというか…。」
「小難しい言葉を使うな!人手が足りないとしても、頭からシャンパンタワーに突っ込むのはおかしいだろ!」
「ご、ごもっともっす…。」
なんとか御託を並べて煙に巻こうとしたが、自分のあまりの不甲斐なさ故に、甘んじてお説教を受け入れるしかなかった。
「ボケ!穀潰し!税金泥棒!」
「き、給料泥棒のことですかね…?」
「うるさい!バカアホうんち!!だいたいお前は~~~!」
この調子で、お説教は終電が過ぎても続いた。ご立腹のTERUさんが帰ってから、1人でお店の締め作業を終わらせたときには、時刻は3時を回っていた。ヘロヘロの僕は、そのままスタッフルームで寝落ちしてしまった。
「———ット。おい、コメット!」
「ひゃい!」
「何寝てんだ。」
「あ...オーナー。おはようございます。」
「大丈夫か?なんか、うなされてたけど。」
「いや~…ヘルプって1人だと大変で…。さっきもTERUさんにどやされる夢見てたっす。」
「そうか、人手が足りてなくてかたじけないな。どうしてもエイリアンを相手できるスタッフがいなくて…。テルヤの相手も大変だろ?」
オーナーは、申し訳なさそうな顔で僕を労わってくれる。年上の、地位のある人に下手に出られると、慌ててフォローをしたくなる。
「いやいや!確かに横暴なところはありますけど、やっぱり腐ってもNo.1ですから!すごく勉強になるっす!」
「そうか。なら良かった。GINGAとはどうだ?上手くやれてるか?」
「あー、それが…。見てくださいよ、これ。」
そう言いながら、オーナーにGINGAさんから送られてきたチャットを見せる。
『
コメット君
今日もお仕事お疲れ様(^o^)/
一緒に働いて1週間だけど、そろそろ慣れてきたカナ??(*^^*)
失敗してTERUさんに怒られちゃう(>_<)
なんてこともあるだろうけど、気にしなくて大丈夫だよ!☆.。.:*(嬉´Д`嬉).。.:*☆
そんな時は僕が優しく慰めてあげるからね(▽◕ ᴥ ◕▽)ナンチャッテ
営業中は難しいけど、コメット君ともっと仲良くなるために
色々お話してみたいな⊂((〃 ̄⊥ ̄〃))⊃
今度コーヒーでもいかがカナ?(*’∀’人)♥*+
あしたもまた頑張ろうね(゜∀三゜三∀゜) ウホー!
GINGA
』
「えぇ...。なにこれ。」
「こんな感じのチャットが毎日届くんすよ。まあ、悪い人じゃないと思うんすけど、あの人対面だと全然喋んないじゃないすか。なんか、ちょっと怖くて...。」
「それは…怖いな。まあ、仕事はしっかりするし真面目なやつだから仲良くしてやってくれ。」
「はい…。」
「なんだなんだ。元気ないな。」
「いや…この1週間迷惑かけてばかりで…。ちょっと自信なくなっちゃったっす。なんか僕ってホストの才能ないのかなって。」
「そうかぁ?俺はお前を見てると、新人の頃のテルヤを思い出すけどな。」
「えっ、それって…僕がTERUさんみたいなポテンシャルを秘めてるってことっすか⁉」
「ああいや、店で問題起こすところとか。」
「似てちゃダメなところじゃないっすか。てか、TERUさんってお店で問題とか起こしてたんすか?」
「いや~もうしょっちゅうだよ。雑用はしないし、先輩にもケンカ腰だし。挙句の果てには、ヘルプの分際で先輩の指名客奪って自分の客にするし。」
「めちゃくちゃじゃないっすか。でも、TERUさんならやりそうっすね。」
「あいつ、ああ見えて喧嘩強いから誰も文句言えねぇし、それでいて売上はガンガン出すからな。毎日みんなが陰口言ってたよ。」
オーナーも苦労していたのだろう。遠い目をしながら、しみじみと語っている。そんな様子のオーナーを見て、僕は前々から聞きたかったことを尋ねる。
「へ〜、子供の頃からそうだったんすか?」
「は?」
「ああいや。TERUさんは、小さい頃からオーナーが面倒見てたって噂で聞いたので。」
「ああ、まあそうだな。竹藪で拾ったんだわ。」
「そんな山菜みたいな。」
「ハハ。あいつは、子供の頃いじめられててな。教科書を破かれたり、上履きを隠されたりとかは日常茶飯事だったな。とにかく色々あってあんな風になっちまったんだ。」
「そうだったんすね…。」
「小3くらいからまともに学校にも行かなくなったし、分数とか概念も知らねえんじゃねえか?人間嫌いになって、ずっと犬とか猫と遊んでたし。」
「えぇ…。でもそっから何でホストになったんすか?接客業とかメチャクチャ嫌いそうなのに。」
「んー多分あいつの影響かな。」
「あいつ?」
「俺1人で子育てするのも大変だからな、女に時々世話してもらってたんだよ。俺が相手すると暴れるくせに、その女には妙になついてな。『女の子はみんなお姫様のように扱いなさい、女の子の我儘は全部叶えてあげなさい。』って言われてたらしい。」
「ああ。だから、ああいうスタイルで営業してるんすね。ちなみにその女の人って…?」
「あー、俺がだいぶ昔に世話した女的な?まあ俺も昔はイケイケだったしな。」
「あ、あー。なるほど。」
TERUさんがあの性格になったのは、この人の影響もあるのでは?と思ったが口にはしないでおいた。
「ま、という訳だしテルヤと仲良くしてやってくれ。」
「どういう訳かよく分かんないっすけど…、僕じゃ力不足っすよ。」
「そうか?お前といる時のテルヤは楽しそうに見えるぞ。」
「本当っすか?」
「ああ。コメットは、失敗して怒られることも多いけど、テルヤを避けたりしないだろ?今までテルヤのヘルプになったやつは、みんなすぐやめてったし、嬉しいんだと思うぜ。」
「まあ、怒られるのは慣れてるんで。」
「今まであいつの周りにそういう人間はいなかったからな。年も近いし、よかったら友達になってやってよ。」
「えぇ!それは恐れ多いっすよ!」
「まあまあそう言わずに。って話してたらもうこんな時間か。飯もろくに食ってないんだろ?奢るからどっか食いにいこーぜ。」
「やった!ゴチになるっす!」
「その代わり、明日からも仕事頑張ってくれよな。」
「任せてください!お2人のヘルプを完璧にこなしてみせますよ!」