第1話 エイリアンの襲来(2)
「おい!ロックアイス余ってないのか⁉」
「も、もう在庫がありません!あいつらバクバク食べちゃいます!」
「俺、ちょっとコンビニまでダッシュっで買ってきます!」
「あ、コンビニ行くなら酒も一緒に買ってきてくれ!」
「はい!えと、なんの酒を…?」
「アルコールならなんでもいい!あいつら無限に飲むぞ!」
「うわ!3卓暴れだした!だれか止めにいけ!」
「むむむ無理ですよ!あんなバケモノの相手なんて!」
「くそっ!てゆーか、TERUさんどこに行ったんだよ!」
「今ナキオさんが新人に迎えに行かせてるって!」
「あ~何でもいいから、はやくきてくれぇぇぇ!」
———
「ここがTERUさんの家か…やっぱでかいな…。」
見上げると、首が痛くなるほど大きなタワーマンションの前で独り言をつぶやく。
エイリアンが来客する日、TERUさんは無断欠勤をしていた。事前に見越していたオーナーは、TERUさんを引きずってでも連れてくるよう僕をお使いに向わせた。部屋の番号は聞いていたので、インターホンから呼び出す。
ピンポーン
『誰?』
「TERUさん!新人のコメットです!早くLUNA・LUXに来てください!」
『やだ!化け物の相手なんかしない!お前らでなんとかしろ!』
「そんなこと言ったって、エイリアンの相手なんて誰もできなくて…もうTERUさんだけが頼みなんです!」
『うるさい!嫌だったら嫌だ!』
子供のような駄々をこね、TERUさんは一向に出てくる気配がない。なすすべもなく途方に暮れていると、胸ポケットのスマホが鳴る。
プルルルル…
「はい、もしもし。」
『おう、コメット。テルヤはいつごろ来る?』
「オーナー!それが、マンションの前まで来たんですけど、全く出てくる気配がなくて…。」
『あ!新入り、お前今ジジイと話してるだろ!バーカバーカ!アホオーナー!お前の母ちゃんでべそ!!』
『あーだいたい分かった。コメット、テルヤに俺が今から言うことをそのまま伝えろ。』
「はい、はい、分かりました。えーと、TERUさん!」
『あ?なんだよ?』
ナキオオーナーから聞いた言葉を、そのままTERUさんに伝える。
「お店にいるエイリアンなんですけど、実は———」
『!』
———
「んねーねー、このあと一緒にホテル行きましょうヨ~♡」
「ひっ!う、うちは基本アフターやってないんで!」
「んもぉ~つれないわネ~。じゃあ出会えた記念にチューしちゃオ♡チュー♡」
「ひえええ!勘弁してください!」
タコの吸盤みたいな唇に顔中を吸われ、担当していたホストは泡を吹いて倒れる。
「だ、だめですオーナー!No.2のKOUGAさんもダウンです!」
「くっ…すまないKOUGA。お前のことは忘れないぞ。」
「こっちもです!No.4のMETEOさんも裸にされて…!」
「エイリアンのセクハラという名の侵略が止まりません!」
「オーナー!もうこの店はダメです!今すぐ脱出を!」
「もはや…ここまでか。」
バンッ
「「「!」」」
「「「TERUさん!」」」
店の扉を開けた瞬間、メンバー全員がこちらを振り返る。荒れに荒れた店内を一瞥して、TERUさんがつぶやく。
「ふん、お前ら揃いも揃ってこの様か。やっぱりNo.1の俺がいないとダメだな。」
「んね~♡早くほかのホストつけなさいよ~♡」
一瞬、TERUさんの登場により安堵感が流れたが、エイリアンの呼ぶ声に、また不安げな空気が流れる。しかし、TERUさんはお構いなしに声をかける。
「おい!えーっと…新入り!」
「は、はい!コメットです。」
「いい機会だから袖で見てろ。このNo.1の働きを。」
そう言い残すと、髪型を軽く整えフロアへ向かっていった。
———
「ほらぁ~~♡チューしよぉ、チュー♡」
「うぎゃあああああ!誰かあああああ!」
No.2のKOUGAさんの代わりに入ったホストも、執拗にキスを迫るエイリアンの前で発狂していた。その2人の間に割って入るかのように、TERUさんが声を掛ける。
「失礼します。姫様、ご一緒してもよろしいでしょうか?」
「あらやだ、なぁ〜にこのイケメン!あなたお名前ハ?」
「初めまして。当店でNo.1ホストをやらせてもらってます、TERUです。」
「やぁだぁNo.1!いいじゃなぁイ♡ほらこっち座っテ!」
「はい、失礼いたします。」
自然な流れでエイリアンの隣に座り、応対していたホストへ耳打ちをする。
(今のうちに他の卓のバッシングでもしとけ)ヒソヒソ
(あ、ありがとうございます!)ソソクサ
「んまーんまー!隣で見るとますますイケメンねー♡んねー、あなた私とチューしまショ♡チューしたらドンペリ入れてあげる♡♡」
上機嫌で喋り続けるエイリアンは、吸盤のような唇をチュパチュパと鳴らしながらTERUさんへ迫る。しかし、TERUさんはエイリアンの手を払いのけ呟く。
「ダメです。」
「んもー、あなたも私を満足させてくれないのネー。」
「そうじゃないですよ。ドンペリじゃなくて、シャンパンタワー。」
「え?」
「シャンパンタワー入れてくれたら、いくらでもキスしますよ。」
「本当⁉じゃあシャンパンタワーお願イ!」
「シャンパンタワー入りましたー!」
「「「ありがとうございまーす!」」」
裏で待機していたスタッフが現れ、お決まりのシャンパンコールが始まる。
「Ladies and gentlemen...!
今宵、月よりも輝く姫のために──!!
ドンペリ ゴールド 降・臨ーーー!!」
\\ L・U・N・A!LUX!! //
「祝福の月光浴びて、
TERUが今、姫に捧ぐーー!!」
\\シャンパン!シャンパン!シャンパンパンパパン! //
「す、すごい…!卓に入って僅か5分でもうシャンパンコールが…!」
「おい、コメット!なんなんだよあれ!TERUさん昨日まであんなに嫌がってたのに、何で急にやる気になったんだ?」
シャンパンタワーの奥の、エイリアンに吸い付くされているTERUさんを見ながら、先輩ホストたちは、興奮気味に尋ねる。
「それが、TERUさんにこう言えってオーナーが———」
———
「はい、はい、分かりました!えーと、TERUさん!」
『あ?なんだよ?』
オーナーからの電話を切り、インターホン越しにTERUさんへ話しかける。オーナー曰く、今から言うことをそのまま伝えれば、TERUさんは大急ぎでLUNA・LUXに向うらしい。
僕は半信半疑で、TERUさんに伝言を伝える。
「オーナー曰く、お店にいるエイリアンはみんな女性らしいです!」
『…。』
「…TERUさん?」
返事がない。やはり無駄だったのだろうか。そう思った刹那、インターホンからつんざくような怒声が鼓膜に届く。
『ばかやろう!そういうことは早く言え!すぐ準備するから待ってろ!』
こちらの返事を待たずに、インターホンが切れる。そして、5分も経たずにぼさぼさ頭でパジャマ姿のTERUさんが、エントランスから走ってきた。脇には、お店で使う専用のスーツを抱えている。
「何してんだ新人!さっさと行くぞ!」
「は、はや!」
表で待機していたタクシーにダッシュで乗り込み、お店へと向かう。TERUさんはタクシーの中で髪をセットし、大急ぎで専用のスーツに着替えていた。信号待ちの中、丁寧に前髪を整えているTERUさんに尋ねる。
「TERUさん、やる気になってくれるのはありがたいっすけど、なんで急に…?」
「決まってんだろ!女の子が俺を待ってるんだ!」
「ええっ、女の子って…。まさかエイリアンでもOKなんですか⁉」
「馬鹿野郎!新人、お前ホストの仕事って何か分かってんのか?」
「え?えーと、女の子の接客、ですよね?」
急な問いかけにたじろぎながらも、僕は模範的な回答を繰り出す。しかし、TERUさんの答えは予想外のものだった。
「ちげーよ!ホストの仕事はな、女の子を騙すことだ。」
「うわ最低!いくらなんでも不誠実っすよ!」
「うるせぇ!!」
またもや雷を落とされる。タクシーの運転手が迷惑そうな顔で咳払いをするが、TERUさんは構わず続ける。
「いいか、お前もホストやるつもりなら覚えとけ!女の子酔わして金巻き上げるだけのホストなんて、存在自体が不誠実なんだ!聖人君子でいたいなら座禅でもくんどけ!相手がエイリアンだろうが、女の子を騙して騙して騙し切って、お店の中だけでも夢を見せるのがホストだ!」
ウォッホン、とタクシーが再度咳払いをする。そこからは、お店に着くまで無言で過ごした。
———
「———てな感じでした。」
「志はすごいけど…。あれ相手によくできるな。もう寄生獣に食われてる感じになってるぞ…。」
先輩は、先ほどの話に感心しつつも、エイリアンに吸われてベチョベチョになっているTERUさんを見てドン引きしていた。
正直、自分も引いてる。立派なポリシーを持っていても、同じように身体を張る覚悟はない。尊敬と畏怖の眼差しで、TERUさんを眺めていると、後ろから声をかけられた。
「あれが、あいつがNo.1の座に居続ける理由だな。」
「ナキオオーナー!」
「コメット、よくテルヤを連れてきてくれたな。あいつの接客はすごいだろう。」
「はい!もう、すごいというか、なんというか、やばいっす!」
「あいつはな、女の子が喜ぶことなら何でもやる。特に、色恋営業ならエイリアンだろうが落とせない女はいない最強のホストだ。コメットも、あいつを目指してNo.1を目指せよ。」
「はい!No.1は目指したいっすけど…。」
いつの間にか、複数のエイリアンに触手でグルグルに拘束されているTERUさんを見ながら言葉を続ける。
「絶対ああはなりたくないっす。」
———
「みんな。今日はお疲れ様。ミーティングはなしでいいから、帰ってゆっくり休んでくれ。」
「はい…。」
エイリアンの襲来に、心身ともにボロボロになったメンバーは、その身体を引きずりながら帰り支度をする。かく言う僕も、接客をしたエイリアンに気に入られて、身体中を吸われてしまい、ローションプレイをした後のようにベタベタのヌルヌルになってしまった。
一番身体を張ってたはずのTERUさんは、さもこれが日常生活かのように、ピンピンしてる。
「おい、テルヤ。」
さっさと帰ろうとするTERUさんを、オーナーは呼び止める。
「昨日も話した通り、あのエイリアンたちは優秀なホストに接客されるのを希望している。」
「...。」
「あいつらが満足するまで、お前にはしばらくエイリアン専門のホストとして働いてもらうが、いいな?」
「…その前に一つだけ聞かせろ。」
「なんだ?」
「この店に来るエイリアンたちは、本当に全員女の子なんだろうな?」
「ああ。100人中100人、全員が女の子だ。」
「よっしゃ!それなら、エイリアンだろうがなんだろうが関係ねえ!うちに遊びに来る女の子は全員俺が夢見せてやるよ!」
1人で張り切るTERUさんを見ながら、その場の全員が同じことを思った。
(絶対にこの人みたいにはなれねぇ…。)
———
「アーアー、こちらは太陽系第3惑星地球。聞こえてますカ?ドウゾ。」
『こちら太陽系第3惑星地球第1衛星月。聞こえてまス、ドウゾ。』
「女王様にお伝えくださイ。地球の日本国東京都にあるホストクラブ、LUNA・LUXにて潜入捜査を開始。予定通り、ツガイを見つけて月に連れて帰れそうデス。」
『了解しましタ。女王様にお伝えしまス。期限まであと4ヶ月程度デス。なるべく早く連れて帰ってくるようニ。』
そう言い残すと、月側の担当者は一方的に通信を切断した。受話器を置き、深いため息をつく。相変わらず本社勤務の人間は、我々地方勤務のエイリアンを下に見ている節がある。
それにしても、武力による侵略が、宇宙全体で禁止されてからというものの、人間1人をさらうのも面倒になった。わざわざ話し合い、許可を取ってから誘拐しなきゃいけないなんて、もはや誘拐とは呼べない。
まあいい。この仕事が成功すれば、出世は間違いないし、役員になることだって夢ではない。役員になれば、あんな電話応対しかできない本社のガキを、即刻辺境の星にだって飛ばせるのだ。さっさとツガイを見つけて帰ろう。夜空に浮かぶ月を眺めながら、地球の酒を飲み干した。