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第8話エイリアンの使命(2)

「明日、月から迎えが来るワ。」


夏の夜の息苦しさを緩和させるように、生暖かい風が頬を撫でる。


「ついに、か。」


覚悟はしていたが、胸の奥がしめつけられるように苦しい。振り返ってみれば一から十まで荒唐無稽な話だ。竹の中から生まれた娘が、見る間もなく絶世の美女へと成長し、今度は月に帰ると言い出すのだ。


「お父さん、お母さん。最後に頼みがあるノ。」


舌足らずなのか、月の住人の特徴であるのか、たどたどしい言葉で彼女は話し出す。俺と妻は、娘の最後のお願いについて聞くために、姿勢を正す。


「月ハ、最近まで他の星と戦をしていテ、私ともう1人の男の子が地球に避難してきタ。私たちはツガイという跡継ぎのようなものデ、2人で今後の月を統治する役目があル。ここまでは話したわよネ。」


俺は、ゆっくりとうなずく。

以前にも聞いた通り、この子が地球に来たのは、戦の影響で跡継ぎが途絶えることを懸念した王族の判断だったらしい。この子ともう1人、男の子が地球に飛来しているはずなのだが、竹を模した宙船が不時着したことで行方不明になっているらしい。


「その男の子を見つけ出せばいいのだな?」


「そう簡単にいけばいいんだけド、実は事前に設定していたコールドスリープの時間が狂ってると分かっテ…。GPSも機能してないし今の地球の技術力ジャ、見つけ出すことすら困難かモ…。」


「コ、コルド…?つまり、どういうことだ?」


「えート、その男の子が目覚めるのガ、千年先なノ。あト、今どこにいるのかも分からないってこト。」


「千年…。あのな、俺もばあさんも、もう若くない。いや、若かったとしても、千年待って、その子を見つけて、ましてや育てるなんて、とても無理な話だ。」


「大丈夫。手はあるワ。これを見テ。」


「これは...?」


「不老不死の薬ヨ。即死するような怪我をしない限リ、永久に生きられるワ。帝にモ、同じものを渡すつもリ。権力者が味方にいれバ、何かと便利だと思うカラ。」


耳を疑うような話だった。この子は、自分が何を言っているのか分かっているのだろうか。


「お前…正気か?自分を育てた人間に、こんなものを渡して…。お前は、俺たちに永遠に生き続けろというのか?」


「残酷なことを言ってるかもしれないワ。だけどあなた達にしか頼めないノ。」


「いや、だからといって...。」


「おじいさん。」


ずっと黙っていた妻が口を開く。嫌な予感がした。妻の目は既に覚悟を決めた人の目だった。


「私は飲むわ。この薬。」


「いや...しかし...。」


「私ね、あなたがこの子を竹藪から拾ってきて、今日までずっと幸せだったの。」


「お母さン…。」


「子供のいなかった私たちにとって、あなたはかけがえのない娘。その娘の頼みなら、不老不死なんて安いものだわ。」


「お母さン…ごめんなさイ...。」


「いいのよ。可愛い娘の我儘くらい。」


そう言いながら、妻は娘を優しく抱きしめる。この世で最も大切な2人の姿を見て、自分も腹を決める。


「…ばあさんを1人にはできないな。」


「あら、私は1人でだって構いませんよ。」


そう言いながら、妻は冗談っぽく笑う。その後、俺たちは夜が明けるまで語り合った。美女へと成長した娘を娶りたいと、国中から高位な男が集まったこと。面倒くさがった娘が、男たちに無理難題を押しつけて、男たちを蹴散らしたこと。それでも、諦めずにしつこく食い下がった男がいたこと。本当は、あの男のことをお前もまんざらでもなく思っていたんだろうと指摘すると、娘は照れくさそうに、そして少し寂しそうに笑った。


夜は明け、朝が来た。そして、あっという間にまた日は沈み、夜になった。月から来た使いの者に導かれ、娘は天へと旅立った。どんどん小さくなる後ろ姿を見届けた後、俺と妻は不老不死の薬を共に飲んだ。

それから、ツガイと呼ばれる男の子を探す旅が始まった。分かっているのは、娘と同じく光る竹の中にいるということだけ。ただ、それだけの情報を頼りに、国中を歩き回った。

不老不死で、余ほどのことがなければ死なないとはいえ、戦や飢饉など命の危機は何度かあった。それでも、俺たちは竹藪を見つけては1本1本確認して回った。


辛いことの多い旅だったが、楽しいこともそれなりにあった。特に、妻はオランダから伝来した写真機をいたく気に入り、2人で映った写真を喜んで撮った。

それから、灯りをともすのが、蠟燭の火でなく電気へと変わったころ、この国は海の向こうの敵と戦い始めた。身分を隠し、放浪を続けていた俺たちも無関係ではいられず、ついに妻が空襲に巻き込まれた。


「おじいさん…。」


か細い声で妻はつぶやく。見るも無残な姿になった妻は、最後の力を振り絞るように言葉をつづけた。


「あの子の、私たちの娘の願いを、叶えてあげてくださいね。」


1人になった俺は、それでも日本中を歩き回った。長い年月が過ぎ、なぜ自分が旅をしているのか、何度も目的を見失いそうになった。その度に、妻の写真を眺め正気を保ち、また竹藪を漁った。


ようやく光る竹を見つけた時には、元号は平成になっていた。見つからないわけだ。その竹は、光ると表現するにはあまりにも弱々しく、夜中でも辛うじて分かるほどの光であった。

竹の光っている部分のみを家に持ち帰る。娘の話によれば、千年経ったころにこの子は生まれる。もうすぐ、その千年だ。

1日も欠かさず竹を眺めていると、急に音を上げて半分に割れた。中から、赤子が出てきた。温かい。忘れかけていた人のぬくもりだ。涙はとうに枯れたと思っていたが、その子を抱いた途端、目から次々と溢れ出てきた。光り輝く竹から生まれたこの子を、俺はテルヤと名付けた。


テルヤは、すくすくと育っていった。平和で豊かな時代では、戦や飢饉の心配もなくのびのびと育児ができると思ったが、千年ぶりの子育ては予想以上に大変であった。地球人と比べて、テルヤの身体能力は少なく見積もっても5倍近く高かった。力を制御できずに周りから不気味がられ、上手く馴染めていなかったのは手に取るように分かった。

本来なら、何とかしてやるのが親の務めであるが、千年もただ放浪していた自分には人間関係を良好に築く術を教えるのは難しかった。

加えて、大金を楽に稼げるという理由で始めたホストクラブの経営も難航が続いていた。バブルが弾けて、歌舞伎町浄化作戦が始まってからは、以前のように荒稼ぎするのが難しくなった。何とか店を守ろうと仕事にのめり込み、目を離していたうちにテルヤは益々性格をこじらせていった。


そんなある日、家までの帰り道を歩いていると、途中の公園でテルヤが女性と砂場で遊んでいるのを見つけた。その女性が誰なのか、後ろ姿だけで分かった。彼女は、千年ぶりに会う我が娘だった。地球へ視察に来たという彼女を家へと招き入れ、お互いの千年の日々を語り合った。山賊に襲われそうになった話や、妻の最後についての話など、娘は笑いながら、そして涙をこぼしながら聞いていた。

しばらく地球へ滞在するらしく、彼女はテルヤの世話を快く引き受けてくれた。ツガイという定められた間柄だからなのか、テルヤは彼女によくなついた。娘と息子が、仲睦まじく遊ぶ様を見るのは心癒されるものだった。


1ヶ月が経った頃、テルヤが眠った後に彼女は話があると居間に俺を呼んだ。


「明日、月から迎えが来るワ。」


「ついに、か。」


既視感のあるやり取りだった。長いこと留守にしていたため、月から早く帰ってくるよう催促されたらしい。


「もう、しばらく帰っては来れないのか?」


「そうネ、次に地球へ来るのハ、テルヤを月へ迎えに行く時かしラ。」


「そうか。」


「フフ。あの子ったらネ。この前、私に告白してきたのヨ。大きくなったら結婚してやるっテ。」


「どうせツガイ?なんだから丁度いいじゃないか。」


「あら、ダメヨ。月の王様になるにハ、あの子はまだまだわがまますぎるワ。あれジャ、月の民や他の星のエイリアンを魅了することはできないワ。」


「そうか。」


「だからネ。私、あの子のプロポーズを断っテ、こう言ったノ。『女の子はみんなお姫様のように扱いなさい、女の子の我儘は全部叶えてあげなさい。』っテ。それができるようになったら結婚して上げるとも言ったんだけド、ワンワン泣いて聞いてなかったわネ。」


ケラケラと、彼女は笑顔を絶やさず話していた。心の底から笑っている彼女を見ていると、あの日の少し寂しそうな笑顔が目に浮かんだ。今更もう遅いが、どうしても聞かずにはいられなかった。


「本当に良かったのか?」


「何ガ?」


「あの日、あのまま月に行って。好きだったんだろう?あの男のことが。」


娘がまだ地球にいたころ、しつこく求婚してきた男たちのうちの1人に気を寄せていたのは分かっていた。


「そんなこともあったわネ。」


グラスの中に残ったお酒を飲み干し、娘は目をそらす。彼女は、宇宙のしきたりの兼ね合いで噓をつけない。そのため、答えたくない質問については、いつもはぐらかす。


「俺は、ずっと後悔している。」


「何ガ?」


「あの日、お前を月へと見送ったことを。この星で、3人で暮らす幸せもあったんじゃないかと。」


娘は目を合わせない。自分のグラスにお酒を継ぎ足し、黙って飲み続ける。


「命が尽きるまで、月の民を守り国を統治することがお前の運命だと知ったとき、あの男は全て捨てて自分と生きようと告白していたよな。なぜ、親である自分は、あの男のようにお前を守れなかったのか。」


「ずっと考えていた。千年もの間、姫として崇め奉られ、星の命運を握る重責に耐えることが、お前の幸せなのかと。」


「本当は、あの男と…。」


トン、とグラスを置く音で、次の言葉を遮られる。


「辛くなかったといえバ、噓になるわネ。」


彼女はグラスから手を放し、続ける。


「たった1人デ、月を守っていくのハ、確かに孤独で辛い日々だったワ。自分に課せられた運命を呪ったことだってあル。」


「それでモ、辛いだけじゃなかったワ。みんないい人ばかりだシ。それなりに楽しいと思えることもあるノ。今の暮しも幸セ。これは噓じゃないワ。」


「あの子にモ、自分と同じ運命を背負わせるのハ、少し辛いけどネ。」


そう言うと、また寂しそうに笑い、それ以降会話はなかった。

夜が明けると、テルヤが起きる前に出ていった。


「この子がもう少し大きなったラ、また迎えにくるワ。あとこレ。」


そう言いながら、彼女は何かを手渡す。名刺の束と、おもちゃみたいな銃だった。


「太陽系第3惑星地球親善大使 兼 地球支部所属特別宇宙捜査官室長 ナキオ…?」


「私の権限で勝手に任命したワ。」


「本当に、いつも勝手だな。」


「まあまア、きっとお父さんにとってモ、悪い話じゃないワ。」


そう言って、彼女は迎えに来た月の使者と帰っていった。

それから、あっという間に月日は流れ、テルヤは18歳になった。高校にも進学せず、どうしたものかと思っていたが、うちのホストクラブで働きたいと言い出した。どうせ、他の仕事につくこともできないだろうし、プー太郎になるよりはマシだと許可したが、あっという間にNo.1へと駆け上がって行った。


テルヤがNo.1になってしばらくが経ったころ、月の使者であるエイリアンが現れた。

オトモミと名乗った彼女は、月の情勢が芳しくなく早めにツガイであるテルヤを連れて行きたいこと、宇宙法の改正によって人間の拉致が禁止になったため、こちら側からテルヤを差し出して欲しい旨を伝えた。

また俺は、自分の子を連れていかれるのかと絶望していたところ、オトモミのある一言に活路を見出した。


「デ、どの男がツガイなのだ?」


彼女には、テルヤがツガイであるという情報は届いてなかった。単なる伝達不足か知らないが、俺はチャンスだと思いある賭けを持ち出した。


「私たちが、ツガイとその他の人間の接客を受けテ、誰がツガイか当てた上で連れ出すことができれば勝チ?」


「そうです。もし勝ったら、あなが次の支部長になれるよう私の方で推薦しておきますよ。」


「何を世迷いごとヲ、お前に何の権限ガ…。」


そう言いかけたところで、娘からもらった名刺を見せる。鼻で笑っていたオトモミは、みるみるうちに真剣な顔となり、この賭けを受けた。


予想通り、俺は賭けに勝ちテルヤは未だ月に連れていかれていない。このまま月のやつらの好きにはさせない。今度こそ、俺が守ってみせる。


———


「以上が、テルヤのすべてだ。」


「…。」


オーナーの長い昔話が終わった。黙ったままの僕たちを見て、オーナーは呟く。


「まあ、そうだよな。急にこんなこと言われても信じられないよな。」


「…いや、そうじゃなくて。」


「ん?」


「話が長くて、半分くらい頭に入ってこなかったっす。」


「…は?」


「なんか、校長先生の話みたいで、最後まで聞くのが辛かったっす。TERUさんに関しては途中から意識が宇宙に飛んで行ってましたよ。てか今も帰ってきてないし。」


「ホエー…。」


落語の師匠もそうだったが、年寄りは話が長すぎる。TERUさんが放心してしまうのも、無理はないだろう。


「ほら、TERUさん。帰ってきてください。」


「はっ!あぶねぇ、寝てた。」


「くそっ…これだから最近の若い子は…。お前らあれだろ、映画とか最後まで見れないレベルで集中力ないだろ。」


「あ?なめるなよジジイ!そんくらい見れるわ!ファスト映画なら。」


「ファスト映画を映画にカウントするな!」


「ええと、つまり。TERUさんの正体は、ツガイっていうエイリアンの王様で、オーナーはTERUさんを連れてかれたくないから、賭けを持ち出して僕らにエイリアンの接客をさせてたってことですよね。分かりました?TERUさん。」


「うん、分かった。」


「めちゃくちゃ分かりやすく要約するじゃん。お前AIか?」


オーナーのツッコミは一旦無視して、話を元に戻す。


「でも大丈夫なんすか?今は大人しく遊びにきてますけど、今日のGINGAさんが相手してたお客様みたいに、なりふり構わないエイリアンも来るんじゃないっすか?」


「そうだな。確かテルヤを連れていく期限が8月15日だったから、強行突破してくるやつらもいるだろうな。」


「もうあと1ヶ月もないじゃないっすか。」


「ああ、だから、それまでにテルヤを遠くに逃がす。」


そう言うと、オーナーは机からバイクのキーを取り出す。


「え、バイクで逃げるんすか?」


「そんなわけないだろ。バイクで羽田空港まで行って、その後は海外へ高飛びする。」


「海外に行ったくらいで、エイリアンの追手を撒けるんすか?」


「それは分かんないけど、やれることをやるしかないだろ。」


「だとしてモ、あまりにも無謀だワ。」


「そうっすよ。もうちょっと別の案も考えるべきです。」


「そんなの、やってみなきゃ分かんないだろ!」


「え?」


「え?」


「エ?」


あまりにも、自然に会話へ入ってきたので気づかなかった。いつの間にか、僕の隣に見たことのない美女が立っていた。


「おしイ。一足遅かったわネ。」


「お、お前は…!」


「覚えててくれたのネ、うれしいワ。女の子には優しくしてル?」


TERUさんは、その女性を見て驚きの声をあげる。僕には、この人が誰かまだ分からなかったが、次の言葉でようやく誰か理解した。


「久しぶり、お父さん。悪いけどテルヤ君は月に連れて行くワ。いや、指名するって言った方がいいかしラ。」


「えっ、この人が月のお姫様っすか⁉」


「待て!俺たちが宇宙法を知らないと思ってんのか?無理矢理連れて行くのは違法行為だぞ!」


オーナーは、焦ってお姫様に止めるよう呼びかける。しかし、お姫様は魔性の笑みを浮かべながら言う。


「あら、知らないノ?」


お姫様は謎の機械を取り出す。エイリアンが、GINGAさんを誘拐しようとした時と、同じものだ。


ブウゥン


「うおっ!なんじゃこりゃあ!」


TERUさんは、機械によって謎の光に包まれる。


「国家ぐるみでの犯罪ハ、犯罪にはならないのヨ。」


お姫様は、そう言い残し機械のスイッチを押した。まずい、このままではTERUさんが…。


「TERUさん!」


光の粒子に包まれるTERUさんの手を掴む。そのまま、引き抜こうとするが光は僕までもを包み込んでいった。


「えっ。」


シュウウウウウン


機械の異音が鳴る。身体が揺れる。三半規管が狂いそうだ。しばらく耐えていると、揺れは落ち着いてきた。


「ここは…?」


恐る恐る目を開けると、そこは知らない部屋だった。窓があるので、外を見てみる。外には銀河の星々が浮かんでいた。

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