第7話エイリアンの糞(2)
「はあ⁉脱走した⁉なんでっすか!」
「こっちが聞きたいわよ!全く、散々わがまま放題しておいて…。」
病院の受付で、コメット君と看護師さんが言い争っている。
看護師さんの話によると、今日のお昼からTERUさんは行方不明になったようだ。病院中を探しても見つからず、もしかすると外へ出て行ったのかもしれないらしい。
「とにかく、こっちで探しとくんで、待合室にいてください。全く…これだから夜職の人間は…。」
「す、すいませんっす。」
案内されるがまま、待合室に座り看護師さんの続報を待った。コメット君とは、今日はまだ一言も会話をしていない。
昨日のことがあるから気まずい。ちゃんと謝らないといけないのに、口に出そうとすればするほど、動悸が激しくなる。
いや、もしかしたらもうこのままでいいのかもしれない。今日ナカノミさんが遊びに来た時、僕は地球を去る。もうこれっきり、この星の人たちと会うことはないのだ。誰も何も嫌な思いをせずに、僕だけがひっそりといなくなれば解決する。
「…さん、GINGAさん。」
また名前を呼ばれた。コメット君がこちらを見ている。
「あ、はい…。」
「大丈夫っすか?ずっと下向いてますけど。」
「いや、うん。はい…。」
「そうっすか。あの、GINGAさん。」
コメット君は、まっすぐと僕を見つめてくる。また何かやってしまったのだろうか。次の言葉を聞くのが怖い。唇の動きがスローモーションに見える。もう全部自分が悪かったから、これ以上何も聞きたくない。
そう思い、耳を塞ごうとしたが、コメット君の放つ言葉は意外なものだった。
「昨日はすいませんでした。」
「…え?」
「いや、TERUさんがいないことで焦ってて。ついGINGAさんにキツく当たってしまって。」
「…。」
「GINGAさんも、いつも僕のミスをカバーしてくれたり、見えないところで雑用とかやってくれてるのに、あんな風な態度取ってしまって、本当にすみませんでした。」
予想だにしていなかった謝罪に、身体が固まる。放心している場合じゃない。自分も昨日のことを謝らなければ。
「…いや、僕の方こそ…ご、ご…ごごっ。」
呂律が回らない。たった一言を口に出せない。
「…前から思ったんすけど。」
「…な、なに?」
「もしかして、GINGAさんってクールキャラだから話さないんじゃなくて、話すことそのものが苦手なんすか?」
「う、うん…。」
「…。」
何か気に障ること言ってしまったのだろうか。無言の間が怖いが、自分から話を進められない。
ピロン
オドオドとしていると、スマホが鳴った。通知の欄を確認すると、コメット君からだった。
『チャットなら大丈夫っすか?』
コメット君の顔を見る。コメット君は、ニコリと笑いかけてくれた。僕は急いで返信を送る。
『うん!v(=^0^=)vもちろん大丈夫だよ(´ε` )♥』
そこからは、スマホを介して話し合った。隣に座っているのに、顔も合わせず指だけでコミュニケーションを取るのは不思議な感覚だった。
『じゃあ、コミュニケーション能力を身につけるために、ホストになったんすか?』
『そうだよ(^_-)-☆でも、全然うまくいかなくて…(;·∀·)』
『じゃあ、毎日送ってくるあのチャットはなんなんすか?』
『仲良くなれるかなって思って…(꒪ཫ꒪; )ヤバイ』
『じゃあ、いつもおじさん構文なのは?』
『フランクな感じの方がいいかなって…ヾ(◎o◎,,;)ノぁゎゎ』
チャットのやり取りは、優に100件を超えた。口にすれば上手く伝わらないことも、文字に起こせばすんなりと伝えることができた。
コミュニケーションが楽しいと思ったのは初めてだった。
『え、あそこのラーメン屋行ったことないんすか?くそまずいっすよ。』
『1人だと入りづらくて…(^^;』
『今度一緒に行きましょうよ!』
『いいの⁉٩(๑òωó๑)۶ぜひ行きたいなლ(´∀`ლ)おじさん期待しちゃうな(° ꈊ °)✧キラーン』
『キモ。』
「あのー、テルヤさんのお見舞いに来た方々ですか?」
チャットを続けていると、看護師さんに話しかけられる。TERUさんの居場所が分かったのだろうか。
「あ、そうっす。」
「すみませんが、テルヤさんがどうしても見つからなくてね。やっぱり外出してるらしいんですよ。」
「マジっすか…なんかすみません、うちのアホが。今日は一旦帰ります。」
「はい、もし見つけたら病院に戻るよう伝えておいてください。」
そうして、僕らは病院からお店へと向かった。お店へ向かう途中も、コメット君はチャットで僕と色々な話をしてくれた。
『じゃあ、TERUさんがいなくなったこと、僕からオーナーに報告しておきますね。』
『了解。 (*´╰╯`๓)コメット君、改めてありがとう<(_ _)>僕、こんなに人と話せたの初めてだよ(´;︵;`)』
『それは良かったっす。僕も、GINGAさんのこと知れて良かったです。全然喋らないし、怖い人だと思ってたんで。』
『そ、そうだったの? (๑ १д१)ごめんね(´;︵;`)口で話すの苦手だから…。本当は、みんなみたいに普通に喋れたらいいんだけど….·゜゜·(/。\)·゜゜·.』
『いいんじゃないっすか?苦手なことは無理にしなくても。』
『え?』
『チャットしてるうちに、面白い人だって分かりましたし。これからも、おじさん構文のチャット、楽しみにしてます。』
「…GINGAさん?」
前を歩いていたコメット君が声をかける。チャットを返せずに放心していた。訝しげに、こちらを見るコメット君の顔を見つめる。身体に電流が走ったような気分だった。
———
「それデ、昨日言ってた件だけド、考えてくれタ?」
ナカノミさんは、約束通りお店に来た。昨日話した、別の星への移住についての確認だった。
「うん…。その件、なんだけど…。」
うんうん、とナカノミさんは頷く。僕は、深呼吸をしてナカノミさんの顔を見つめながら話す。
「ごめん、地球の離れることは、できない。」
僕の出した答えに、ナカノミさんは意外そうな顔をする。僕は、続けて答える。
「僕は、確かに地球での暮らしに生きづらさを感じている。でも、このまま別の星へ行ったとしても、僕はきっと変われないと、思う。」
「今日、僕が話すのが苦手だと知って、チャットで話してくれた後輩がいたんだ。いつも、面と向かって話しかけても、まともに返事もできなかった僕に合わせて、スマホ越しに色々話し合ってくれて…。すごく楽しかった。最初は全然喋らない僕のことが怖かったのに、勇気を出してくれて…。それに、会話が苦手なら、無理しなくてもいいとも言ってくれたんだ。」
「それで…ああ、無理しなくても自分の出来る範囲で出来ることをやればいいんだなって思った。でも違うんだ。とてもいいことのように聞こえるけど、それはコメット君…その後輩に甘えているだけなんだって。」
「コメット君と話していて楽しかったのは、コメット君が勇気を出して僕に寄り添ってくれたからなんだ。同じように、僕が生きづらさを感じていたのは、僕が相手に寄り添う勇気がなかったからだ。失敗して傷つく勇気がなかったからなんだ。このままじゃまた誰かに甘えてばかりのままだ。俺は、俺が誰かにしてほしいことを、俺からしなきゃいけないんだ。」
「正直…今も人と面と向かって話すのは怖い。それでも、僕は、大切な仲間とくだらない雑談をして笑い合いたいと思ったんだ。コメット君が勇気を出したように、僕も勇気を出せるような人間になりたい。」
「ナカノミさんに誘ってもらえてうれしかった。でも、もう少しだけ僕は、地球で頑張ってみたい。」
息を切らしながら、誠心誠意思いの丈を伝え頭を下げる。あの時、コメット君の何気ないチャットで気づかされたのだ。自分の甘さと、周りの人の優しさに。僕は、その優しさから逃げたくなかった。ナカノミさんには申し訳ないが、きっと分かってくれるかもしれない。恐る恐る、顔を上げてみる。
「…ハ?」
「え?」
ナカノミさんは、見たことのない形相をしていた。エイリアンの表情のバリエーションは良く知らないが、これは恐らく激怒している。
「一晩待たせといテ、断るとかなしだロ。」
ガシガシと後頭部を触手で器用に掻きながら呟く。
「ツガイがいないかラ、二番手を手駒にしようと思ったのによウ。まさかこんな雑魚にすら相手にされねえとはナ。」
「え、いや、あの…。」
「アー、少し黙ってロ。」
そう言いながら、ナカノミさんは得体の知れない機械を操作する。何かを確認している様子だった。
「そっカ、あいつは首になったんだっケ。じゃあお目付け役はいなわけダ。よシ、GINGAくんヨ。悪いけド、無理やりにでもついてきてもらうワ。」
そう言うと、ナカノミさんが手に持った機械をこちらに向けた。ボタンを押したと同時に僕の周りが光に包まれ、ブウンと鈍い音が鳴る。
「え、え?」
「このまマ、私の星まで小旅行を楽しみましょウ。」
光は、段々と強くなり目も開けられない程になった。鼓膜を揺らすモスキート音が強くなる。今更になって気づいた。このまま誘拐されてしまう。
「ジャ、行きましょウ。」
「待って!誰か助け———」
シュウウウウウン
機械の停止する音がした。目を開けると、そこは先ほどと変わらずお店の中だった。そして、目の前にオーナーが立っていた。
「大丈夫か?GINGA。」
「…全然余裕です。」
本当はビビりすぎて漏らしてしまったが、意味のない見栄を張ってしまった。
オーナーは、ナカノミさんに向かって話し始める。
「お客様、当店スタッフへの無理やりなお誘いはおやめください。」
「あんたがオーナーのナキオ?そこをどきなさイ。その男、連れて帰るかラ。」
「そういうわけにはいきません。宇宙法で定められている通り、誘拐を断られた場合素直に帰っていただきませんと。」
何の話をしているのか分からない。ナカノミさんはオーナーの申し出を鼻で笑う。
「ハッ。宇宙法?そんなの知ったこっちゃないわヨ。だっテ、私たちを監視するオトモミはこの仕事辞めちゃったシ。誰も見てないんだラ、犯罪にはならないワ。」
「…どうしても、おやめ頂くことは叶いませんか?」
「エエ。さっさとどきなさイ。」
「…仕方ない。」
そう呟くと、オーナーは胸の内ポケットから何かを取り出した。SF映画に出てくる、光線銃に似たおもちゃだ。そんなもので、事態が好転するとは思えない。
しかし、ナカノミさんはみるみるうちに顔を青ざめていった。
「ナ、なんデ、あんたがそれを持ってんノ⁉」
「宇宙法に則り、あなたを処刑します。」
再び、周囲を眩い光が包んだ。あまりの強烈さに、目をつぶらずにはいられない。しばらくして、目を開けると、そこにはナカノミさんの姿はなかった。
「GINGA、この卓のバッシングよろしく。」
そう言って、オーナーはフロアから出ていった。テーブルには、シャンパンのボトル1本と、グラスが2つ置いてあった。しかし、どこを探しても、それ以外のナカノミさんがこの場にいた証は見つからなかった。
「大丈夫っすか?GINGAさん。」
騒ぎを聞きつけたコメット君が、心配そうに話しかけてくれた。
「ん、ああ…。」
「よくわかんないすけど、災難でしたね…。代わりに僕、片づけときますよ。」
「…ん。」
脳が混乱している。なんでこんなことになったんだっけ。ナカノミさんと別の星へ行く話はどうなったんだっけ。そうだ。自分で地球に残るって決めたんだった。自分の代わりにテーブルを綺麗にしてくれているコメット君を見る。勇気を出さなきゃ。
「あ、あのさ!コメット、くん。」
「はい?」
コメット君が振り向く。勇気を出して、自分の口で伝えるようになるんだ。今日がその始まりの日だ。
僕は深く息を吸い込み、彼の目をまっすぐ見つめながら言った。
「替えのパンツ、買ってきてくんない?」
———
「おう。」
ノックもせずに、ドアが開く。こんなことをするのは1人だけと決まっている。
「テルヤ、お前病院は?みんな探してたんだぞ。」
「治った。」
「治ったってお前…。」
こちらの心配など、意に介さずぶっきらぼうに答える。さらに、こちらの言葉を遮り、話し始める。
「あのさぁ。」
「どうした?」
「ちょっと前から思ってたんだけどよぉ。」
「おう。」
「もしかしてなんだけどよぉ。」
「なんだよ。」
「———俺もエイリアンなのか?」




