第7話エイリアンの糞(1)
「フロアの掃除、終わりました。」
「…ん。」
「僕、ゴミ出ししてきますね。」
「…ん。」
TERUさんが刺された2日後、お店はいつも通り営業していた。GINGAさんと、2人だけでエイリアンの対応をしているが、思いの外問題を起こすことなくやれている。
ただ1つ、問題点を挙げるとすれば、GINGAさんとのコミュニケーションである。
例えば、軽い雑談を振っても…。
「TERUさん、大丈夫っすかね…。」
「…ん。」
「GINGAさんって休みの日とか何してんすか?」
「まあ…うん…。」
「…なんか、飴とかいります?」
「いや…。」
「…。」
「…。」
「…僕、向こうの卓の準備手伝ってくるんで、何かあったら呼んでくださいね。」
「…ッス。」
こんな感じで、取り付く島もないのだ。いつもあんなに気色の悪いメッセージを送ってくるくせに、なぜ対面だとこうも塩対応なのか。
TERUさんが復帰するまで、2人で店を守るしかないのか…。頼むから、何事もなく終わってくれ。そう願いながらゴミ捨て場に向かった。
———
(どうしよぉ~…。またコメット君にそっけない態度取っちゃった~…。)
テーブルを拭きながら、心の中で先ほどの自分の態度を後悔する。なぜ、可愛い後輩にあんなにも冷たく当たってしまうのか。コメット君は傷ついてないだろうか。お詫びもかねて、営業終わりにご飯にでも誘った方が良いのだろうか。いや、でも自分みたいなのに誘われると却って気を使ってしまうのではないだろうか。そんな思考がグルグルと脳内を巡る。
昔からこうだ。本当は、話しかけられて嬉しいのに。言葉にしようとすると、パニックになってしまう。見つめ合うとと素直におしゃべりできない…。俺はTSUNAMIかっつーの。なんて、ウィットに富んだ小粋なボケも、口に出せず頭の中で霧散する。
毎晩、布団の中で自分の言動を振り返り、1人反省会をして枕を濡らしながら眠りにつく。
そんな日々から抜け出したくてホストになったのに、未だに人と上手くしゃべれないまま…。ただのコミュ障がクールだと勘違いされ、なぜか売上につながり、なぜか売上順位が上がっていく。周囲の期待する眼差しは、プレッシャーへと変貌し、ますます思考は脳内から飛び出すことを拒否する。もういっそのこと、ホストなんてやめてしまおうか…。
いやいや、それはダメだ。今はTERUさんがいなくて、コメット君はさぞかし不安だろう。そんな時に、先輩の自分が支えてあげなくてどうする。それに、このピンチを2人で乗り越えれば、きっとコメット君と仲良くなれるはず。
そうだ、TERUさんが退院したらお祝いの食事会を提案してみよう。2人ともきっと喜んでくれるはずだ。よし、なんだか頑張れそうな気がしてきた。きっと、自分ならやれるはずだ。まずは、コメット君に先ほどのお詫びのチャットを入れておこう。そして、今日もバッチリ売上を上げるんだ。きっと、今日のこの状態は、自分が生まれ変わるために神様がくれたチャンスなんだ。
頑張れGINGA、いけるぞGINGA!
———
「ねェ…。私、GINGAが死ねって言えばいつでも死ねるヨ…♡それだけGINGA君のこと愛してるノ♡分かってくれル…?」
「…ん。」
「逆にネ、GINGAと私以外の全部がなくなればいいなって思うこともあるノ。GINGAもそう思ってくれるでショ♡」
「…ん。」
「ふふ…。私たチ、身も心も通じ合ってるわネ♡今度サ、お揃いのタトゥー彫りにいかなイ?」
「…ん。」
無理かもしれない。なぜか今日に限って、やばい客が来てしまった。死ぬってなんだよ。孫に囲まれながら米寿を迎えろよ。まあ、エイリアンに米寿という概念があるのかは知らんが。
「ねエ、聞いてるノ?GINGA。」
「...他の卓呼ばれたから。」
「んモー♡早く戻ってきてよネ♡遅かったラ…許さないかラ♡」
なるべく遅く戻りたい。だがしかし、この子も自分を指名してくれた大事なお客様。この子が長生きしたくなるようなアイデアを考えておこう。
「今日はGINGAのためニ、私の星で取れた野菜を使ったカレーを持ってきたノ♡」
無理かもしれない。目の前でグツグツと嫌な音を立てるピンク色のカレー?を見ながら思った。そもそも、手料理を持ってくる客は地雷と確定しているのに、地球外の食材で作るとは。人間が食べても大丈夫なものなのか。
甘ったるい匂いをまき散らす”それ”を食べたが最後、先ほどの彼女が長生きしたがる方法を編み出す前に、自分が死んでしまうだろう。
「はい、アーン♡」
「...他の卓…呼ばれたから。」
「もー早く帰って来てネ。帰ってこないト…分かるよネ♡」
二度と帰りたくない。だがしかし、この子も自分のためを思って料理をふるまってくれた大事なお客様。この子が作ってくれた料理を食べられるよう、何か策を考えておこう。
「…お待たせしました。」
「ハァ…ハァ…パンツ見せテ…。」
「他の卓呼ばれたから。」
無理無理無理、無理である。シンプルな変態が来た。
てか、なんだよ。エイリアンが長生きしたくなるようなアイデアとか、エイリアンが作った料理を食べられるような策って。あってたまるかそんなもん。やっぱり、僕にはホストは向いてない。次のお客様がやばかったら、コメット君には悪いが早退しよう。家に帰ってアイスを食べよう。そうしよう。
「…こんにちハ。」
「…ご指名ありがとうございます。」
「…エト、ごめんなさイ…。私、喋るの苦手デ…。」
「…ん。気にしないで。」
今のところは普通の感じだ。僕も喋るのは苦手なので少し困るが。
「…最近、地球の捜査員が人手不足デ…。アッ、捜査員ってのは秘密なんだけド…。ツガイっていうのを探してテ、エット、アノ…。」
「…ん。ゆっくりで、大丈夫。」
「ごめんなさイ…。私、ブスだし上手く喋れないかラ、裏方の部署にいたのニ…。GINGAさんも私なんかと話しても楽しくないし迷惑ですヨネ…。」
自虐的な人だ。自分と重なる部分を感じる。
「…そんなことない。ホストは癒しを求める…場所。迷惑なんかじゃ…ない。」
「ソ。そうカナ…。」
「それに…可愛い…と思う。」
「ホ、本当…?」
「…ん。」
「エヘヘ、ホストって怖いイメージだったけド、GINGA君って優しくて喋りやすいネ…。」
ドキリと胸が鳴る。なんて可愛いんだ。他のお客様とは全然違う。久しぶりに会話のできそうな人の接客をしている。
「…お名前は?」
「あっ、私、ナカノミって、いいます。」
「ナカノミさんも…話しやすくて…素敵な、人。」
「ほ、本当!嬉しいなぁ。私たち、気が合うのかもしれませんね。」
「…うん。そうかも。」
———
今日は楽しかった。ナカノミさんみたいなお客様ばかりならいいのに。閉店後に、お店のテーブルを拭きながら思い出していた。
ナカノミさんは、話すのが苦手な分聞き上手で、つたない自分の話を終始楽しそうに聞いてくれた。人間関係や仕事の愚痴、日々感じる生きづらさなど、他の誰にも話せないことを、ナカノミさんにはなぜか話せた。彼女も、生きていく中で同じことを感じていたらしく、深い相槌を打ちながら共感を示していた。
僕の話をひとしきり聞き終えた後、彼女はある誘いを持ち掛けてきた。
「良かったラ、私の星に来なイ?」
彼女の星には、自分と同じような悩みを持っている人が多く、お互い寄り添い合って生きているらしい。時折、地球の人間も来るらしく、ここでなら自分らしく生きられるのではとのことだった。
いきなりの誘いだったため、返事は一旦保留にしておいたが、正直かなり魅力的に感じた。
考えてみれば、今まで生きてて誰かと共感できた経験が、僕にはほとんどない。周りの目を気にして、良かれと思ってした行動はすべて空回り。優しくあろうとすれば気味悪がられ、黙っていれば気の使えない邪魔者と疎まれていた。
25年も生きていればいい加減分かる。恐らくこの星と自分の相性は良くない。この機会に環境を変えてみるのもいいのかもしれない。テーブルを一心不乱に磨きながら考えていると、自分を呼ぶ声が聞こえた。
「…さん、GINGAさん!」
ハッと我にかえる。コメット君が呼んでいた。
「備品の補充、終わってますか?」
「ああ…うっす。」
「いや、うっすじゃなくて。終わってるんすか?全然足りてないんすけど。」
「あ、ごめん…。」
「全然急ぎじゃないんすけど…当番なんで頼みますね。」
「…ッス。」
忘れていた。そうだ、しっかりしないと。たとえ別の星に行くことになったとしても、後輩のコメット君に迷惑をかけるのは違う。
僕は、急いで備品を補充しに向かおうとしたところ、またコメット君に声をかけられる。
「あ、あと明日の開店前にTERUさんのお見舞いに行くって話してたじゃないっすか。お見舞いの品って何か買っていきます?」
「…あー、えっと…。」
「僕はベタに果物で良いと思うんすけど。」
「…ああ、じゃあそれで。」
「それでって…せっかくだし、なんか案出してくださいよ。僕よりTERUさんとの付き合い長いじゃないっすか。」
「…えー、あー…。」
「…いや、やっぱりいいっす。それより、オーナーからお見舞い品の代金って貰ってます?3人からってことで渡すんで、GINGAさんがオーナーの分は先んじて貰っておくって話でしたよね?」
「あ…。」
これも忘れていた。確かに自分がオーナーに話しておくと言っていた。コメット君と、2人きりの営業だからと張り切っていたのが空回りしてしまった。
「…ごめん。」
「いいっすよ。もう僕が伝えておくんで。」
「え、あ、いや…。」
「はあ…。あの、備品のこともそうっすけど、今はTERUさんがいなくて大変なんだから、こういう時くらいは協力しましょうよ。とりあえずお見舞い品は果物でいいっすか?」
「あ、うん…。」
そう言うと、コメット君は掃除を終わらせて帰っていった。入ったばかりの頃は、拭き忘れや掃除そのものを忘れていることなども多かったのに、今は完璧にこなしている。
こちらに背を向けて歩く背中が、実際よりも遠く感じた。




