第5話エイリアンの炎(2)
「はあ…。」
「…。」
「…ほあぁ。」
「…。」
「…はふぅん。」
「あーもーうるせぇ!!気持ち悪いため息吐いてんじゃねーよ!!」
スタッフルームにTERUさんの怒号が響く。アベノミさんが飛んでから1週間。僕はまだ気持ちを切り替えられずにいた。
「いやぁ…300万円の借金払い終えるまでに、どれだけかかるかと思うと憂鬱で…。」
「ナンバー入りすれば、そんくらい余裕で返せるだろ。あっ、コメットさんはNo.1ホストになるんでしたっけ?」
「うぜぇ…。」
気休めにもならない会話を続けていると、ドアの奥からアルバイトのボーイが入ってくる。
「あのぉ、すみません。コメットさん宛てに郵便物が届いているんですけど…。」
「郵便物?」
ありがとうと軽く礼を言い、封筒を開けると1枚の便箋が入っていた。
「何それ?手紙?」
「らしいっすね。今時古風な…。」
そう言いながら、書かれていた内容を読んでみる。その内容は予想も付かないものであった。
「
コメット君
急な手紙でごめんなさい。
メールをしようと思ったのだけれど、スマホの通信料も払えなくなったので、こうして紙に思いの丈を記そうと思います。
まず、今までの代金を払えなくなってしまい、本当にごめんなさい。
お仕事頑張ってなんとか工面しようとしたのだけれど、どうしても足りませんでした。最後にお店に行った日に謝ろうと思ったのだけれど、コメット君のガッカリした顔を想像するとどうしても言えませんでした。正直に相談すればなんとかなったのかもしれないのに、自分勝手な理由でごめんなさい。
あれから、どうすれば償えるのか考えたのですが、地球には保険という制度があるそうですね。契約者が死ねば、その後遺族にお金が支払われるのだとか。早速ではあるのですが、地球の保険に契約し、なんとかして私の死後コメット君にお金が入るよう調整しました。
コメット君の気持ちを裏切ってしまった償いにはなりませんが、せめて掛けの代金だけでも返却させていただきたく思います。
もし、もし仮に私のことを少しでも許してくれる気があるのでしたら、最後に一目だけでもお会いしたいです。おこがましいのは重々承知ですが、下記の住所でお待ちしております。
東京都○○-△△-××
#$%&ハイツ102号室
アベノミ
」
「え、えぇ~…。これ…えぇぇ~~~…。」
アベノミさんからの、脅しともいえる手紙を読み言葉が見つからなかった。ホストの仕事をしていると、情緒が不安定な客を相手にすることもあるが、まさかこんなことになるとは。
「おいおいおい、こりゃまたハードな手紙だな。」
「ど、どうしましょうこれ…。」
「どうって言われても…。これも噓かもしれないぜ。」
「え?」
冗談でしょ、と思いTERUさんの顔を見る。TERUさんの顔は、真剣そのものだった。そもそも、こういう時に冗談を言う人ではないと最近気づいたのだが。
「いや、たまにいるんだよ。ホストの気を引きたくて、わざと自殺未遂起こしたりする女。昔、俺の客にもいたぜ。今回のこれが噓とも言い切れない。」
「で、でも…アベノミさんはそんなことするエイリアンじゃないっすよ!」
「でも、売掛飛ばしたんだろ?」
「そ、それは…。」
「一度裏切ったやつは何度も裏切るぜ。それでもお前は向うのか?」
「…。」
ジワジワと理詰めで追い詰められていく。まるで尋問されているようだ。
「おい、コメット?」
「…。」
「おいって。」
パシーン
TERUさんが、僕の顔を覗き込んだ瞬間、僕は反射的にTERUさんの頬にビンタをくらわしていた。
「痛った!何すんだこの野郎!」
「うるさい!」
怒り狂うTERUさんに向けて、僕は反論を述べる。
「そんな風に揺さぶりかけウグッ、たって俺は動じなオグゥッ、いっすよ!元々TERUさんグフゥが…ちょっタンマ!ごめんなさい!もう殴らないで!」
予想以上に殴り返され、上手く喋れない。一度TERUさんに謝り拳を収めてもらう。
「ハァ…ハァ…。元々TERUさんが言ったことじゃないっすか。お客様に夢を見せるのがホストの仕事だって。」
「はあ?今関係ねーだろそれ。」
「関係大ありっすよ!アベノミさんを、ここまで追い詰めてしまったのは僕っす!このままじゃ僕は最低なホストのままっす!僕がなんとかしないといけないんす!」
全て言い切った後に鼻血が垂れる。どうもかっこいいことを言う時に限って締まらない。
「ふん、少しは根性あるじゃねえか。コメット。」
「これでも、未来のNo.1なんで。」
「生意気な。行くぞ。ついてこい。」
「え、それ…。」
TERUさんは、何かの鍵を手に持ってスタッフルームを出ようとする。
「ジジイのバイクのキーだよ。」
———
「来てみたのはいいものの…。」
ゴオオオオオオオ
「なんでアパートごと燃えてるんだよぉ!」
TERUさんの運転で、アベノミさんの家の住所まで来てみると、激しい劫火を放つアパートが見えた。
周りを野次馬が囲んでいるが、アベノミさんの姿はない。適当にとなりの人に声を掛ける。
「すいません!ここの102号室の住人知りませんか⁉」
「いや…見てないですけど…。」
「え⁉じゃあ、まだあの中に⁉」
「多分…というか、火元も102号室らしいですよ。」
確定だ。本気で死のうとしてる。自分のせいだ。どうしよう。そうだ。とりあえず救急車を。いや、こんだけ人がいるんだから誰か呼んでるはず。でも間に合わなかったら。
思考が上手く回らない。パニック状態だ。
「皆さん!どいてください!」
混乱する思考を切り裂くような、金切り声が聞こえる。
声のする方を向くと、水の入ったバケツを持つ女性がいた。その後ろで、何人かが列になりバケツリレーを行っていた。
「隣が私の家なんです!燃え移る前に少しでも消火に協力してください!」
女性が必死に叫ぶ。刹那、僕の頭の中である考えが閃く。
先頭で、バケツの水をアパートにかけている女性に声をかける。
「手伝います!貸してください!」
「ありがとうございます!…ハア⁉」
バケツを手渡した女性は、バケツの中身を頭にぶち撒ける僕を見て驚く。
「ちょっと!何やってるんですか!」
「すみません!中に知り合いがいるかも知れないんす!」
そう言い残し、アパートに向かって全力疾走する。その勢いのまま、102号室のドアを蹴破った。
中は想像以上に火が回っていた。姿勢を低くして、廊下を歩きリビングへ向かう。スプリンクラーが作動しているが、炎の勢いに追いついていない。弱々しく水が垂れている真下にアベノミさんがいた。
「おい、おい!」
「うぅ…。コメット…くン…?」
「しっかりしろ!死んじゃだめだ!」
「うぅ…私に会いに来てくれたんだネ…。私のこト…許してくれるノ…?」
喉が焼けているのだろう。かすれた声で話しかけるアベノミさんは、目に涙を浮かべていた。僕はその潤んだ瞳を見つめながら答える。
「ちげえよ!!掛けの代金払え!」
「えっ…。」
「えっ、じゃねーよ!お前が使った分の金払えっつってんの!」
「いヤ、あノ…手紙にも書いた通リ、保険かけてるかラ、お金なラ…。」
「ふざけんな!そんなんじゃ足りねーよ!」
今にも気を失いそうなアベノミさんを抱えながら続ける。
「俺は、TERUさんを超えてNo.1ホストになるんだ!そのためには、お前にはまだまだ働いて、まだまだ店に金を落としてもらわなきゃならないんだよ!」
「ひ、ひどイ…。ずっとあなたのために稼ぎ続けろっていうノ…?」
死にかけの相手になんてことを言うのだろう、と言った感じでアベノミさんは涙目になっている。構わず僕は続ける。
「そうだよ!その代わり、」
「ホストとして、俺が世界一幸せな夢を見せてやる。」
「だから、まだまだアベノミさんの接客は終わってないっす。途中で帰るなんて許さないっすよ!」
そこまで、言い切るとキッチンの方から爆発音が聞こえた。ガス管か何かが爆発したのだろうか。玄関までの道のりが激しい炎に包まれていた。
「と、とにかく、ここを出ないと。アベノミさん、つかまって。」
アベノミを抱えようとしたが力がうまく入らない。それどころか視界が歪む。
(あ、やばい)
苦しい。息ができない。もはやここまでか。最後にルイ13世を飲んでみたかった。
「…ぉぉぉぉおおおお!」
遠くで声がする。
「うおぉぉぉぉぉ!コメットォォォォ!!」
ドンガラガッシャンと大きな音がする。朧げな意識の中、バイクで突っ込んでくるTERUさんが見えた。
———
「あ、目ぇ覚ました。」
気がつくと知らない天井が目に映った。横にTERUさんが見える。
「…誰はどこ?ここは私?」
「何言ってんだお前。」
「いや…面白いかなって。」
「お前って、人に厳しい割にギャグセン低いよな。」
呆れた様子でTERUさんは呟く。どこか安心しているように見えた。
「僕は、何日くらい眠ってましたか?」
「4時間ちょっとだよ。ただの軽い酸欠だ。んで、ここはうちの店が昔からお世話になってるモグリの病院。」
「そうですか…説明ご苦労。」
「お前さては、病人なら殴られないって思ってるな?」
笑いながら握り拳を見せるTERUさんに慌てて訂正する。
「いや、ごめんなさい。冗談っす。ちなみに、アベノミさんはどうなりましたか?」
「あのエイリアンなら、先に目覚めてもう帰ったよ。なんでもエイリアン用の避難シェルターがあるらしいぜ。」
「えぇ、噓でしょ?だって僕が助けに行った時、既に全身大火傷でしたよ?」
「らしいな。なんでもエイリアンって物凄い回復力を持ってるらしくて、あの程度ならすぐに治るんだってよ。火事で死ぬなんてありえないらしい。」
「じゃあ…やっぱり僕の気を引くための噓だったのか…。くそっ、無駄足だったのかよ。」
「そうでもないかもしれないぜ。ほら。」
そう言いながら、TERUさんは一枚のメモを僕に渡す。紙にはただ一言、あの手紙と同じ筆跡でメッセージが残されていた。
『また遊びに行きます。』
「ま、今回の一件はいい勉強になったんじゃねーの?ちょっと見直したぜ。」
「…TERUさん。」
「ん?」
「改めてなんすけど…僕、No.1ホストになります。」
そこまで言い切ると、また僕は眠りについた。疲れが出たのだろうか。アベノミさんが来店する夢を見た。
———
火事の一件から1週間が経った。僕はとっくに退院して、通常通り勤務している。アベノミさんとは、あれからまだ1度も会っていない。無理もないだろう。1週間じゃ、次の仕事なんて決まりっこない。ましてや、お店に遊びにくるのなんて、それこそ無理な話だ。ため息をつきながらテーブルを拭く。あの日、置手紙にはまた遊びにくると書いてあったが、本当に会える日は来るのだろうか。
「…TERUさん。」
後ろから声がして、ビクッとしながら振り返る。TERUさんだ。なぜ自分の名前をさん付けで呼ぶのか。理由は分かっている。
「改めてなんすけど…僕、No.1ホストになります。…ブフッ、ギャーハハハ!」
退院して以来、あの日の僕の宣誓をイジりまくっている。毎日毎日、飽きる気配もない。
「やめろ!真似すんな!イジるな!」
「まーまーコメット君よ。今回のことはいい勉強になったんじゃないっすか?プクク。」
こんな調子で、何度も追い払うが懲りることなくしつこくイジられる。いい加減うんざりしていたところ、TERUさんの後ろにオーナーがやってきた。すぐ後ろにいるが、TERUさんは気づかない。
「や~いや~い、借金まみれのアホうんこ~www」
「お前もな、テルヤ。」
ビクッとしながら、TERUさんは振り返る。みるみるうちに顔が青ざめていく。
「お前が1週間前にぶっ壊したバイクの修理費の見積もりがでました。」
そう言いながら、持っていた見積書を見せる。横から覗き込んでみたが、とにかく0がたくさん並んでいた。
「ま、ローン組んで返済してもいいぞ。イチゴ(1日で5割)だけどな。」
「やーいやーい!ざまあみろアホNo.1!」
「お前もな、コメット。」
「えっ…。」
「お前の入院費は、一旦俺が立て替えていました。これが、その見積もりです。」
そう言いながら、オーナーは僕にも見積書を渡す。こちらも、目が飛び出るほど0がたくさん並んでいた。
「モグリの医者なんで、ちょっと高額になってるけど。まあ、掛けの分と合わせて頑張って返済してくれよな。」
そう言いながら、オーナーは出ていく。後には、借金に絶望する僕たち2人が残されていた。
「TERUさん…。」
「なに…?」
「臓器買ってくれる医者、紹介してくれません?」
———
『全ク、大変な騒ぎを起こしてくれましたネ。』
「は、いエ、そノ…今回の件についてハ、弁解の余地もなク…。」
受話器越しではあるが、私は姿勢を正しペコペコと頭を下げていた。言葉にした通り、本当に弁解の余地もない。まさか、資金調達の捜査員が勝手に店へ通い、それに飽き足らず地球で火災事故を起こすとは。なんとか、任務を遂行する上での不慮の事故ということで片を付けたが、何らかのペナルティは覚悟しなければ。
『で、あのアホはどうしたんでス?』
「アベノミですカ?もちろん処刑しましタ。」
『資金調達の当てはあるんですカ?現状2名が消えてますガ。』
「もちろんでス。そこは問題なく対応しておりまス。」
『問題山積みなんですけどネ。』
チクリと嫌味を言われる。受話器を握る手が震える。言い返してやりたいが、何も言い返せない。
『全ク…ただツガイを連れて来ればいいだけの任務なのニ、なぜこうも問題ばかり起きるのカ…。』
「申し訳ありませン。ツガイについては、目星もついておりますのデ、すぐにでも月にお連れできるようニ…。」
『そう言い続けてしばらくたちますがネ。ああ、そうダ。業務連絡でス。』
「はイ?」
『ツガイを連れてくるのが想定より遅いのデ、別のチームも地球に派遣することになりましタ。』
「エ…。」
『頑張ってくださいネ。後から合流したチームがツガイを連れてきたなんてことになれバ、それこそあなたは終わりですヨ。それでハ。』
「は、はイ…。」
まずいまずいまずい。このままでは、出世はおろか私自身が粛清の対象になる可能性も…。とにかく、すぐにでもツガイの正体を特定しなければ。期限の8月15日が、私の命日になってしまう。焦る心を落ち着かせながら、私は受話器を握り部下の番号へとかけた。