最終話 その後の色々
あれからのことを幾つか語ろう。
なに、記憶と心の整理をするようなものだ。
ソドゴラ王アルカディア・ハピネス・アンリーシュの崩御は、誤報という扱いになった。
私がなにかをしたわけではない。
ただ、あの日、多くの者が南の島に堕ちる鉄槌と、それを打ち返す〝星〟を視た。
彼らは一様に証言したという、こんな真似が出来るのはアルカディア王だけであると。
そういった事情もあり、各国がソドゴラへ直接乗り込んでくるということはなかった……ことになっている。
計画したものは間違いなくいたのだが、そういった国の国家元首の寝室には、なぜか幼子の幽霊が出没し、思いとどまるよう警告したというのが、宮中での噂だ。
まったく、人をなんだと思っているのか。
とかく、ソドゴラはいまも中立を維持している。
幼女による警告や、アルカディア王を怖れたと口にするものも多いが、実情として、飛び地であるあの島を確保した瞬間、戦争が始まってしまう。
その危険性と利益を天秤にかけ、後者を選ぶ賢明な為政者が多かったというのが、実際の所だろう。
では、渦中のソドゴラはどうなったか。
無論、アルカディア王が正しく不在の島国は、いま、大きな変革を迎えている。
国家運営から革命者達を排除したアトロシアは、国の立て直しを図った。
もちろんあれだけのことをやった彼女への反感はあったらしい。
けれど、誰もが覚えていた、明日への祈りを。
だから互いの悪徳には目を瞑り、よきところを真っ直ぐに見て、もう一度手を取り合う道を選んだ。
まずは、諸外国に勉学のため出ていた有志を再招集。
彼らの実地経験を元に、読み書きや、算術といった教育を開始。
行政においては戸籍の把握、あらたな税制度の確立、経済と生活が軌道に乗るまでに限定した資材の分配などを徹底。
もとより真面目で勤勉な彼らはこれを受け容れ、いまでは日がな一日、勉学と仕事に明け暮れている。
また、建造物の再建も進んでおり、春には観光業も再開できる見通しだという。
「いつだってあなたが帰られる場所を、帰ってきたとき、胸を張れる場所を、わたくしは守り、育みます」
アトロシアは、そう誓ってくれた。
彼女はこれを、己への罰としたのだ。
おっと、忘れてはならないのが、ゴートリーについてだ。
竜による襲撃からいち早く復興を遂げたかの国は――これは辺境伯領も含む――ソドゴラについて支援を行ってくれている。
無論、打算はあって、そして突如現れた幼女魔法使いの正体に思うところがあっての政策であろうが、ありがたいことは確かだ。
主導しているのは第三王子殿。
いや、ヴィル殿と呼ぶべきか。
婚約者問題を一時的にうやむやにすることに成功した彼は、国内の情勢から身をひき、国外を安定させるための装置として自らを定義づけた。
これにはなるほどと手を打ったものだ。
ヴィル殿を利用しようとしたどの勢力も、国を思ってのこと。
ならばこそ、その国を支える外交を行う存在に、ちょっかいをかけることはあまり良策ではないと悟ったのだろう。
「腹芸については、随分と学ばせてもらった。今後は自分が役立ってみせるとも」
とは、仮初めの婚約者殿の言葉である。
さてはて。
それで、私はどうなったのかといえば――
§§
ゴートリーの郊外。
そこに、一軒家があった。
以前は荒ら屋というしかなかったそこに、随分と立派な住まいが出来上がっている。
あれから。
ソドゴラの一件を片付けてから、戻ってくるまでに随分と時間がかかった。
なにせ魔力は使い切ってしまっていたし、ある程度は国を守るために奔走する必要もあったからだ。
そうして日が開いてしまったからこそ、私は今、この家の扉をノックすることに躊躇を覚えている。
彼は、彼女は、待っていてくれるだろうか?
私のような愚か者に、そんな期待を抱くことがゆるされるだろうか?
解らない。
解らないからこそ、手をこまねき、立ち尽くしていると。
そうしていると。
扉が、内側から開いた。
現れたのは、少女。
すっかり病から立ち直った彼女は、私の姿をみとめるなり、目を丸くして。
思いっきり、ドアを閉めた。
……ああ、やはりだ。
やはり、私に帰るべき場所など――と思っていると。
ドタバタと、家の中が騒がしくなる。
そして、今度は弾け飛ぶような勢いで、ドアが開いた。
「お嬢……!」
姿を見せたのは、半裸で、全身の至る所にタトゥーのある褐色の巨漢。
彼は切羽詰まった表情でこちらに迫ってくると、私の脇の下におもむろに手を差し入れ、そして。
高い高いを、した。
「お嬢!」
「……いや、なにをやっているのかね、ブラム氏」
「なにって……恩人が無事帰ってきたんだ、やることはひとつだろ!」
他人をことわりもなく持ち上げることが?
それは……随分と独特なコミュニケーション手段だな。
「本当によぉ、心配したんだぜ……?」
少しばかり意地悪な言葉でも口にしてやろうかと思っていると、急に彼は顔をくしゃくしゃにして、涙を流しはじめた。
後ろでは、ルルさんも目元を拭っている。
……ああ、やはり私は愚か者だ。
こんなにも、彼らに心配をかけていたのだと、思いもよらなかったのだから。
「私は無事だとも」
「ああ、そうだな。俺の知ってるお嬢は、いつだって無敵だ」
「……いい家が建ったものだな」
「おう、仲間が尽力してくれたからな。あのいけ好かねぇ眼鏡も。あの野郎、突然お嬢を馬車で攫っていって、戻ってきたら竜退治に駆り出しやがって。俺らはいいとして、もしもお嬢になにかあったらタダじゃ済まさないつもりだったが……」
案外、悪い奴じゃなかったからよ、初めて顔を合わせたときのことは水に流したぜと、彼は笑う。
そうか、ブラム氏とヴィル殿には、因縁があったか。
いや、思えばあの夜、私たち三人が居合わせたことこそ、すべてのはじまりで。
「それより、お嬢。無事だってんなら、まずは言うことがあるだろ」
言うこと?
……そうか。
そうだな。
君たちは、そういう存在だ。
私は大きく息を吸って。
朗らかに、明るく、真っ直ぐに告げる。
「ただいま」
「おかえりだ」
「ええ、おかえりなさい、アンリさん」
二人の言葉が、胸の裡に温かくしみる。
ブラム氏が私を地面へと降ろし「よーし」と拳を打ち鳴らした。
「帰ってきたとなりゃあ、やることはやっぱりひとつだ。祝いの宴をやるぞ」
「だったら、ひとつやらせて欲しいことがある」
「おん? お嬢からの頼みとは珍しい。なんでも言ってくれ」
では、遠慮無く。
「私に、スープを作らせて欲しい」
誰かのために行動すること。
願いを叶えるということの意味。
それを知ったいまならば。
きっと出来るはずだろうから。
「美味しいマメのスープを、御馳走するとも」
かくして、アルカディア・ハピネス・アンリーシュは表舞台から静かに退場し。
そして一人の幼女が残った。
アルカ・アンリ。
白木等級の彼女が、これからなにを為し、なにを知っていくかは解らない。
それでいい。
なぜなら未来とは、苦心と試行錯誤の末に、掴むからこそ価値のあるものなのだから。
「さあ、宴を始めよう」
かつて楽園王だった幼女の人生やりなおしは。
そう。
いま、ここからはじまるのだから!
やりなおし楽園王の冒険者生活 完
王様たちの行く末が清らかな祈りに支えられますかは、観劇の皆様次第。
どうか拍手喝采にて王のいましめを解き、自由を与えていただければ幸い至極にてございます。




