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TS楽園王の自由気ままなやりなおし冒険者ライフ  作者: 雪車町地蔵
第一章  楽園王、幼女に転生する

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第四話 はらぺこ幼女とマメのスープ

「あなたはこの国の王族。違いますかな?」


 ウインクととともにそう囁けば、彼の(まなじり)が、眼鏡の奥で鋭く持ち上がる。

 そして、倒れ伏していたときからずっと握っていたものを、こちらの呼吸、隙に合わせて抜き放とうとして。


「おっと、それはやめたほうがいい。(まも)(がたな)は人を傷つけないことで護身の魔力を保っているのだから」

「なっ」


 振り抜こうとした短刀の(つか)をやんわりと押さえつけられ、彼は唖然となった。

 ふむ、見事な仕事がされた短刀だ。

 柄頭には、鞘に収められた剣とドラゴンの紋章が象嵌(ぞうがん)されている。

 一級の工夫(くふ)の技だろう。


 この紋章は、ある国の王家でしか使用が許されていない。

 経済大国ゴートリー。

 私の国とは、海を挟んで向かいにある異郷。

 つまりは、ここだ。


 在任中はなにかと業突(ごうつ)()りなこの国と、折衝を続けるのは大変だったものだが……実際に訪ねてみると、なるほど国力は豊かそうだ。

 もちろん、私の国ほどではないが。


 そして、目前の青年はおそらく王族。

 見覚えまであるとなれば……国王と王妃の極めて近い縁者。

 導き出される結論は、第三までいる王子のどれか。


「兄君は健在かな?」


 あて推量で口にした言葉は、どうやら正鵠(せいこく)を得ていたらしく、彼は非常に警戒した目つきをこちらに向けてきた。

 おっと、しまった。

 まだ王の姿をしているつもりで話してしまったが、いまの私は幼女。

 さすがに怪しすぎるか。


「……ならば、こちらも黙っていましょう。レディ、あなたが他国の密偵(みってい)か、或いは貴族令嬢であるということを」


 刺し返すように、金髪の青年が告げる。

 私が、なんだって?


「貴族令嬢? はっはっは」


 なんて面白いことを口にする男なのだ。

 冗談にしては皮肉が効いているし、真実を看破するにはいささか方向音痴。

 だが面白いので、勘違いは指摘しないでおこう。

 なに、嘘は言っていない。


「凄まじい魔法でした。自分では太刀打ち出来ないでしょう」


 立ち上がろうとする彼に手を貸すと、なぜだか称賛を受ける。

 なんのことだ?


「たいしたことなどしていないぞ? 〝赤い靴〟は初歩の魔法だ」


 いまの私は絶不調。

 ろくな魔法を使った覚えはない。

 首をかしげていると、彼は信じられないと目を丸くする。


「相手が拒んでいるのに、身につけている服や装備を別のものにすげ替えるなんて、宮廷魔法使いでも出来ない。まして行動を強制するなど……それを初歩だと? 正気とは思えない」

「あー、たしかに正気かは疑わしい」


 なにせ幼女になりはてているからな。

 脳の作りも変わってしまっている可能性が高い。


「けれど、初歩であることは事実だとも」

「ならば、もっとできると?」

「望むなら、ご覧に入れようか」

「……無償でなら、お願いしたい」


 彼が、神妙に頷いたのを見て。

 私は入り口のドアへと向かって指を弾いた。


「『工夫(くふ)よ仕事だ――修繕細工(トンテン・カンテン)』」


 すると魔法の青白い光が尾を引いて走り、扉に命中。

 壊れていた欠片が一つに集い、元の形へと復元される。

 店内では同じように、乱闘で壊れた椅子や机も修復されているだろう。


「時間を操った!?」

「そこまで大げさなものではないし、それはやってはいけないことになっている。あくまで修繕しただけだとも」

「ですが、ここまで完全に、傷痕一つなく治せるとは……」


 扉に張り付いて鼻息も荒く観察を始めた彼が。

 なんだか魔法を求めたばかりの頃の自分と重なって、私は自然と笑顔になってしまった。


 そうしていると入り口が開き、王子殿を押しのけて、禿頭の御仁……確かこの店の店主殿が顔を覗かせる。

 彼は扉と私たちを交互に見遣ると、クイリと店内を指差した。


 青年と顔を見合わせ、促されるまま中に入り、カウンター席へと案内される。

 腰掛ければ、目の前に、皿が一枚おかれた。


「おお」


 湯気を立てる、薄く色づいたスープだ。

 具はマメがゴロゴロと入っている。


「店主、戴いても?」


 訊ねれば「もめ事を解決して、修理までしてくれた礼だ」と告げられた。

 ついに念願の食事にありつける。

 なんと素敵で、ありがたいことか。

 私は興奮で震える手でスプーンを持ち上げ、スープを一掬い、口元へ運ぶ。


「……うまい」


 全身に、熱が染み入るようだ。

 喉から食道を通じ、胃の腑まで落ちたスープは穏やかなぬくもりへと変わる。

 あじつけの薄い塩味は、むしろ日頃から食べ物を排していた私にとっては丁度いい刺激で、何十年と眠っていた味蕾(みらい)が花開くのを感じられた。

 マメの皮は歯を立てればカプツンと破れ、旨味と心地よい渋みを存分に口腔へと溢れさせる。

 それが骨ガラから取られたと思わしき出汁(だし)と見事に調和し、強い満足感と心地よさを与えてくれる。


 ホッと吐息が滑り出る。


 美味い。

 ほんとうに、とっても。

 数十年ぶりの食事を、無作法にならないように、それでも一生懸命に食べていると、店主が呆れたように微笑んだ。


「子どもが美味そうに飯を食うのは、いつ見ても気持ちがいいもんだ。こっちも料理の甲斐があるぜ。もっとも、たかがマメのスープだがな」

「謙遜かね? 実際大したものだとも。店主、スカウトに興味は?」

「身の丈を知るのが、長生きの秘訣だと(わきま)えているのが大人さ」

「賢明だ、その選択を尊重する」


 言い終えて、再びスープに向き合っていると。

 突然、隣の王子殿が、懐から革袋を取り出し、テーブルの上に置いた。

 ドサリと音を立てるそれが、店主の前へと押し出される。

 中身はどうやら、硬貨らしい。

 料理の代金かと思っていると、彼は、


「この女性と話がしたいのです。席を外してください。出来れば誰も近づけないで欲しい」


 眼鏡をカチャっと押し上げながら、そんなことをのたまった。

 おっと王子殿、それは露骨に悪手だぞ?


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