第一話 王妃の真意
呼吸が荒い。
心臓が早鐘を打つ。
耳の裏を轟々と血潮が走り、視界は暗く明滅している。
噴き出した冷や汗が、顎の下からしたたり落ちた。
竜を倒しあと、私が崩御したという一報を聞き、即座にゴートリーからソドゴラまでやってきた。
文字通り、飛んできた。
直面したのは、災禍の光景。
倒れ伏す民達の変わり果てた姿と、渦巻く呪詛。
なによりもいままさに、空から堕ちてこようとする、破壊の鎚。
ほとんど反射的に、私は防御魔法を使った。
だが、肉体に宿る魔力は枯渇寸前で、破壊鎚を食い止めるには、この国に残していた結界を再利用するしかないという体たらくで。
いまこの瞬間も、結界防壁は軋みをあげ、破壊鎚はその力の解放する瞬間を待ち望んでいる。
そんな状況で、私は問うのだ。
最愛の、妻へと。
「解るのか。こんな姿になりはてた、私のことが」
「もちろんです。どうして愛するあなたのことを見間違えましょうか」
そうか。
つまり、我が伴侶よ。
「君が願ったのか、アトロシア。私がこの姿になることを」
「はい」
彼女は、ためらいなく頷いた。
隠すことなどなにもないといわんばかりに。
そういうひとだ。
だから好きになって、ずっと寄り添ってきたのだから。
「呪詛士に願ったか、アトロシア。私の魔法ではなく、己のすべてを捨ててまで」
「はい。この国を、壊したかったのです」
「……なぜだ」
胸中で渦巻く、いくつもの名状しがたい感情をぶつけるように、大きく身もだえながら問えば。
妻はあまりにもなにも変わらない、穏やかな表情で、泰然と応える。
「必要なことだと考えたからです」
「だから、なぜだと……っ!」
雷鳴が鳴り響いた。
全身に負荷が増し、血管が破れそうになる。
結界がダメージを受けている?
視線を跳ね上げれば、呪詛によって形作られた破壊鎚から、おびただしい量の雷が、ソドゴラ全域へと降り注いでいた。
それは容赦なく、結界の魔力を削り取っていく。
……長くは保たない。
判断に迫られたとき、私の鼓膜を、か細い声が揺らした。
「こわい……こわいよぉ……」
老人のような、赤子のようなそれ。
アトロシアがいるバルコニー。
その隅から聞こえた声を辿り、目をこらせば、横たわり、膝を抱えた、皺だらけの肌の男がいて。
「まさか……ゾッドか?」
「こわい、くるしい、つらい」
言葉を失う。
彼の成れ果てた姿に。
呪詛が為した結果に。
だが、それ以上に。
「たすけて」
彼は、祈ったのだ。
この状況で、神や世界にではなく。
涙を流しながら、怯えきった眼差しで。
しかし確かに、私を見て。
「恥を、恥を知りなさいっ」
激昂した。
あの、いつであっても沈着冷静であったアトロシアが。
ゾッドを見て、その言葉を聞いて。
彼女はしなびたゾッドへと歩み寄ると、かかとを振り上げ、何度も踏みつける。
「おまえ達が奪ったのでしょう! アンリーシュからすべてをおまえたちが! にもかかわらず、自分たちが奪われれば掌を返して救いを求めるなんて――恥を知れ!」
何度も、何度も、何度も。
踏みつけて、踏みつけて、踏みつけて。
彼女は、怒っていた。
自分のためにではなく、私のために。
ああ、そうか。
ようやく解った。
アトロシア、君は。
「私のために、国を滅ぼそうとしたのか」




