第三話 楽園王、素性の偽装に難色を示すこと
ヴィルヘルム殿は、じつにモテた。
もちろん、私とて若い頃は引く手あまただったが、いまの彼はそのような領域にいない。
言うなれば、宮廷劇の中心人物。
つまり、各勢力が第三王子という鬼札を用いて、どうやって優位性を確保するか、という状況に陥っているのである。
ゴートリー、怖ろしい国だな。
メイドとして観察した結果、ヴィルヘルム殿の元にやってくるご令嬢の数は、平均して日に三人。
ここ数日で、十五人を超えていた。
ご令嬢は貴族に留まらず、豪商や武勲をあげた騎士団長の娘など、色とりどりの百花繚乱。
問題はどの花も、服用すればいずれ死にいたる毒であったことだが。
出会い頭、彼へと抱きつこうするもの。
たっぷりと〝それらしい〟香を焚きしめた手紙を送ってくるもの。
気が付けば、私室付近に突っ立ている令嬢。
まったく、彼には心の安まる暇などないようだった。
これが絵物語であれば、面白くなってきたと快哉を叫ぶところであるが。
残念ながらヴィルヘルム殿は大恩ある知己の相手。
捨て置く真似など出来ない。
おそるべきは、令嬢たちが彼へと贈るプレゼントの多くに毒が仕込まれていたことである。
これに関して、番兵はなにをしていたのか、という叱責は的外れだ。
なぜならその毒とは、人の心を操る〝呪詛〟であったのだから。
「まずもって、私か同等の魔法使い以外、この毒に気が付くことは出来ない」
「それは、楽園王が同席でもしなければ発覚しない完全なる計画ということか」
計画と断言するのは難しい。
なぜならこの呪詛のベクトルは、第三王子たる彼の心根を掌握することにある。
つまり、その御心、寵愛を一身に受けるための呪いなのだ。
端的にいえば、惚れ薬である。
各陣営の思惑を勘案すれば、誰が利用しても不思議ではなく、事実誰もが利用している。
だが、呪詛を使える術者など、この世界にどれほど残存していることか。
「そもそも、呪詛とはなんだ」
防諜用の魔法を展開した彼の私室で。
ヴィルヘルム殿は、根本的な問いかけを放った。
本来この手の知識はあけすけにするものではないのだが、状況が状況である。
私は伝えることを決断する。
「呪詛。それは魔法と対をなすものだ。魔法が理屈と信念を持って真を世に描き出す技なら、呪詛はその逆。嘘と偽りによって、世界を欺く術そのもの」
人間の情念、欲望、残留思念などを燃料として。
魔法に匹敵する世界の書き換えを実行する術。
それこそが呪詛。
「これだけならば、世の表舞台から消える道理はないとも。けれど、事実呪詛は世間から忘れ去られた」
「なぜだ」
「覚えていることすら、危険だからだ」
あるだけで感情を喰らう。
人から人に伝染し、無秩序に増えていく。
制御することすら困難で、ただ欲望を実現し続ける。
「だから、大昔に人々の記憶から、呪詛は消された。もっとも、その有用性を認めたものたちの口伝の中で残り、未だに緑色の炎を燃やしているわけだが」
「そんなもので脅かされていたのか、自分は」
さすがに渋面を浮かべるヴィルヘルム殿。
けれど、事がそれだけで済んでいるのなら、正直なところ、私が介在する必要はないのだ。
しかし、私の直感は言っている。
もっと、小さな所から。
ずっと、深いところまで。
この国を呪詛が、冒しているように思えてならないと。
「ならば、やはりアンリ嬢には私の婚約者のふりをしてもらうよりほかないようだな」
「――いま、なんと?」
懸念事項に思考のリソースを裂いていたら、とんでもない言葉が聞こえてきた気がしたが?
「だから、自分の婚約者を演じてもらう。以前も言ったはずだ」
眼鏡をカチャリとやりながら、真顔でそんなことを口にする第三王子殿。
いやはや、まったく。
「正気かね? 私だぞ?」
「わかっているさ! これは禁断の配役だ」
ああ、王子と老王が婚約など有り得な――待て。
いまの私は見目麗しい幼女だ。
つまり、非常に年少の娘に懸想する第三王子という図式が出来上がってしまうのではないか?
「冗談ではない!」
「安心してくれ。戸籍は偽造する。こちらの陣営に属している辺境伯に注文ずみだ」
「重ねて冗談ではない!」
戸籍を偽装するだと?
それは、私に嘘をつけということだぞ。
解っているのかっ?
「そこを曲げてでも、頼みたい」
静かに、彼が頭を垂れた。
王族が。
どこの馬の骨とも解らない幼女に向かって。
熱くなっていた頭が。
冷や水を浴びせられたように一瞬で醒める。
「国を分断するわけにはいかない。自分の立場はあくまで第三王子。兄と姉を立てるのが本分。愛すべき母国を守るためなら、自分は喜んで犠牲になろう。しかし」
そう、しかしだ。
この心優しき青年にとって、己が切っ掛けで内乱が起きかねない現状など、耐えられるものではないのだろう。
彼は、真に民を愛していた。
ああ、本当に、よく似ているものだな……。
「解った。だがヴィルヘルム殿。条件を二つ呑んでもらおう」
私は、魔法によって収納空間から書類の束を取り出す。
「それは?」
「有事における冒険者ギルド人員の即応動員システムについてまとめた草案だ」
「なんだって?」
怪訝そうな彼へ書類を手渡し、説明をはじめる。
「巨大赤熊の一件で察したのだが、現在のギルドには遊撃隊的な活躍を期待できない」
「依頼書か。だが、あれは破落戸を縛る枷でもあるが」
「無論、理解しているとも」
冒険者はあくまで、利便性や稼ぎの問題でゴートリーを拠点にしているに過ぎない。
もし、デメリットがメリットを上回れば、彼らは速やかに拠点を変更するだろう。
流浪を選び得る、というのが、冒険者最大の強みなのだから。
けれども同時に、ゴートリーという国は、治安維持を冒険者に仮託している。
王宮において内紛が発生し得ない状況ならば、当然必要な人員、信頼の置ける将を手元や要所に配置したくなるのは人情だ。
よって、常備軍や衛兵の質は下がり続ける。
これらの問題を、一挙に解決しうる可能性。
それが即応動員システムだ。
「いまは厄介なモンスター程度で済んでいるだろうが、いつかこの国が、強大な災厄に直面するときが来るかも知れない。常備軍を上回り、地方豪族から私兵を集める間もないかも知れない。考えてもみたまえ、そんなとき真っ先に活用できるのはなんだね?」
「冒険者、か」
「イグザクトリー」
王都にも多くが滞在し、各村落にも顔を出している彼ら冒険者ならば、場当たり的な対処にもってこいじゃないか。
少なくとも、いちいち民兵を募るよりよほど手っ取り早い。
「だからこそ、これを即座に動かせるシステムの構築が必要なのだ。第三王子殿、お願いできるかな?」
私がそう問えば。
彼は。
「君は、優しいな、アンリ嬢」
ヴィルヘルム殿は、柔らかく微笑んだ。
「本心を慮ることぐらい、自分にもできる。アンリ嬢は冒険者達が、相互に己を守れる環境を構築したいのだろう?」
「…………」
「有事にならなくとも、強大なモンスターや危機が立ち塞がったとき、内部の権利で増援を行えるようにしたい。助け合えるようにしたい。それがあなたの本心だ。違うか?」
さて、私にはとんとわからない。
あくまで王族であるなら、民を守るため、利用できるものをすべて使うべきだと考えているに過ぎないのだから。
「その民に、あなたは冒険者を含めたのさ。自分は、敬意を表するよ。だから、これについては検討する。早期に実現できるよう努力させてもらうさ」
「……ありがとう、ヴィルヘルム殿」
「それは、自分のセリフだな。それで、二つ目の条件とは?」
真面目な表情になった彼に。
私も、たいへん真面目な表情で応じる。
「私の身分を用意する方法は?」
「辺境伯夫妻の養女になってもらう。一時的な措置だが」
「ふむ」
では、やはりこの手しかあるまい。
第二の条件、それは。
「辺境伯夫妻の元に、私自ら、挨拶に行かせてもらうことだ」




