幕間 そのころソドゴラは (別視点)
飲めや歌えの大宴会が繰り広げられるのは、ソドゴラ王城玉座の間。
かつて清貧さと質実剛健を体現していたそこは。
いまや頽廃と、酒池肉林の様相を示していた。
革命家たちや若者たちはほとんど裸で寝そべり、くちゃくちゃと汚らしい音を立てながら、床に直に置いた食事を貪る。
その中心。
玉座に腰掛け、肉をかじり、女を抱き寄せ、酒をあおるのはゾッドであった。
彼らの前には、アルカディア王とともに、この地に移住してきた第一世代の老人たちが、ただひたすらに頭を垂れ、箴言を繰り返している。
「ゾッドさま、どうかお耳を傾けてくだされ。いまあなたさまが口にされているのは、秋に収穫し、これからの冬をしのぎ、一年を支えるための食料なのですじゃ」
それを浪費されたら、民は餓えて死ぬことになると、老人は何度も繰り返す。
「また、税を名乗って、家々の貯蓄をこうも搾り取られてはたまりませぬ。これまでは必要なだけであったものを、十倍も二十倍も重ねられては、最早圧政、あまりに無体ですじゃ……」
天の太陽が、確かに動いたのが解るほどの時間、辛抱強く彼は言葉を尽くした。
「どうか、どうかご再考を! お願いですじゃ!」
同じ時間、ゾッドは女を愉しみ、酒を喰らい、随分と酩酊しながらも、ずっと老人たちを無視してきた。
だが、あまりに彼が応じないため、老爺の一人がぼそりと、
「アンリーシュ王ならば……」
と呟いた刹那、彼はカッと目を見開く。
「うるさいぞ、死に損ないども! この国はぼくのものだ。ぼくの治政に文句があるな、さっさと出て行けばいいじゃないかっ」
声を荒らげ、かじっていた肉を足下へ投げ捨て、激怒に任せて踏みにじる。
堪忍袋の緒が切れたのだ。
同じように、老人たちの我慢も限界を迎えようとしていた。
けれど、その時である。
玉座の間に、ある人物が姿を現した。
若者であった。
かつてはゾッドの学友であったもの。
島の外へ、世界を知るために旅に出ていた優秀な国民の一人。
感性瑞々しい青年であった。
アンリーシュ王へ、外遊の成果を示すために馳せ参じた彼を待ち受けていたのは、ゾッドの醜態。
俊英たる青年は、にわかにただ事ではない状況になっていることを察する。
なにせ、玉座に王以外が腰掛けるなど、あってはならないことなのだから。
少なくとも、他国ならば絶対に。
「ゾッド、なにをしているんだ。そこは王様のための場所だぞ」
「だったらなにも間違っちゃいないね。この国のいまの支配者はぼくなんだからさ」
「……ここに来るまで、国の様子は見てきた。目抜き通りは荒れ果て、暴動が起きて、建物は崩れ、畑は掘り返されている。なにかあったとは思った……よほど取り返しのつかないことをしたね?」
さてねと恍けるゾッド。
彼にしてみれば、目の前の老人も若者も、等しくうるさい愚か者でしかなかったのだ。
「おお、戻ったのじゃな? じつは――」
老人たちが青年に訴える。
この国になにが起きたのか。
簒奪と、処刑と、そのあとの凋落を。
すべてを聞いて、青年の髪がぶわりと逆立った。
怒り心頭になったのだ。
「解っているのかい、ゾッド? この国は、よほど恵まれた場所だったんだ。きみは知らないだろうが、外の世界には戦争や飢饉がある。人は簡単に死ぬんだぞ?」
「だから力がいるんだろ? ぼくがその音頭を取ってやろうって言うんじゃないか。この国を、どこよりも強い暴力の都にしてやるよ。そう、手始めにおまえらの言うことを聞いてやる。税を取り立てないために、隣国へ戦争を仕掛けるんだ……!」
「馬鹿な」
さも名案を口にしたという様子で笑うゾッドに対し、青年はありありと失望をみせる。
「この国には、戦う力も、武器もないんだよ。ゾッド、ああ、ゾッド。おれたちは、ただアンリーシュ王に守られていただけなんだぜ……?」
「黙れっ!」
瞬間、ゾッドは酒杯を青年へと思いっきり投げつけた。
彼の顔は憤怒によって紅潮、悍ましい形相になる。
「二度と、おまえたち二度とだぞ? その名を口にするなよっ。もし呼んでみろ、おまえらの頬を引き裂いて、舌を引っこ抜いてやる!」
「何度だって言うぞ、この国はアンリ――」
それ以上を、青年は口に出来なかった。
白目を剥き、崩れ落ちる青年の背後から、すっとアトロシアが現れた。
彼女はゾッドへ冷たい視線を向けると、
「この者は、地下牢へ繋いでおきます。そちらの者たちも」
と、氷のような言葉を吐く。
ゾッドが鼻先で笑う。
「いいぜ、好きにしな。ただし、おまえの横暴だと言っておくからな。なあ、構わないだろう、女王さまよぉ?」
「はい」
取り合うこともなくただ頷き、アトロシアはゾッドの部下たちに手伝いを頼む。
老人たちと、青年を地下牢へ連れて行くためだ。
「王妃様! なぜかようなものに魂をお売りになったのじゃっ?」
「わ、わしらは確かに、いちど王を裏切った。しかし、あなたさままで」
「なぜ、なぜですじゃか!?」
「…………」
アトロシアは答えない。
「あっはっはっは! そんなの決まってるだろ、女王さまはあのクソ魔王に愛想が尽きていたんだよ。決まってるよなぁ……!」
ゲラゲラと嘲笑し続けるゾッドにもまた、アトロシアが応じることはない。
一同を地下へと連行しながら、彼女は一度だけ玉座の間を振り返る。
その、氷雪の如き瞳には。
「ああ、王様が今一度戻ってきてさえくれれば……」
「王よ、偉大なる楽園王さま……」
「その王様は死んだんだよ、バーカ! おまえらが殺したのさ、ぎゃははははは!」
「おお、おおおお……」
革命家たちと、王を気取る愚者と、そして憤懣やるかたない国民たちから立ちのぼる〝緑の光〟が、確かに見えていた。
〝呪詛〟が、ソドゴラを覆う。
アトロシアは、これをただ、黙って見ていた――




