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TS楽園王の自由気ままなやりなおし冒険者ライフ  作者: 雪車町地蔵
第三章 楽園王と、消えた貴重品たち

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幕間 そのころソドゴラは (別視点)

 飲めや歌えの大宴会が繰り広げられるのは、ソドゴラ王城玉座の間。

 かつて清貧さと質実剛健を体現していたそこは。

 いまや頽廃(たいはい)と、酒池肉林(しゅちにくりん)の様相を示していた。


 革命家たちや若者たちはほとんど裸で寝そべり、くちゃくちゃと汚らしい音を立てながら、床に直に置いた食事を(むさぼ)る。

 その中心。

 玉座に腰掛け、肉をかじり、女を抱き寄せ、酒をあおるのはゾッドであった。

 彼らの前には、アルカディア王とともに、この地に移住してきた第一世代の老人たちが、ただひたすらに頭を垂れ、箴言(しんげん)を繰り返している。


「ゾッドさま、どうかお耳を傾けてくだされ。いまあなたさまが口にされているのは、秋に収穫し、これからの冬をしのぎ、一年を支えるための食料なのですじゃ」


 それを浪費されたら、民は餓えて死ぬことになると、老人は何度も繰り返す。


「また、税を名乗って、家々の貯蓄をこうも搾り取られてはたまりませぬ。これまでは必要なだけであったものを、十倍も二十倍も重ねられては、最早圧政、あまりに無体ですじゃ……」


 天の太陽が、確かに動いたのが解るほどの時間、辛抱強く彼は言葉を尽くした。


「どうか、どうかご再考を! お願いですじゃ!」


 同じ時間、ゾッドは女を(たの)しみ、酒を喰らい、随分と酩酊(めいてい)しながらも、ずっと老人たちを無視してきた。

 だが、あまりに彼が応じないため、老爺の一人がぼそりと、


「アンリーシュ王ならば……」


 と呟いた刹那、彼はカッと目を見開く。


「うるさいぞ、死に損ないども! この国はぼくのものだ。ぼくの治政に文句があるな、さっさと出て行けばいいじゃないかっ」


 声を荒らげ、かじっていた肉を足下へ投げ捨て、激怒に任せて踏みにじる。

 堪忍袋の緒が切れたのだ。

 同じように、老人たちの我慢も限界を迎えようとしていた。


 けれど、その時である。

 玉座の間に、ある人物が姿を現した。


 若者であった。

 かつてはゾッドの学友であったもの。

 島の外へ、世界を知るために旅に出ていた優秀な国民の一人。

 感性瑞々(みずみず)しい青年であった。


 アンリーシュ王へ、外遊の成果を示すために()せ参じた彼を待ち受けていたのは、ゾッドの醜態(しゅうたい)

 俊英(しゅんえい)たる青年は、にわかにただ事ではない状況になっていることを察する。

 なにせ、玉座に王以外が腰掛けるなど、あってはならないことなのだから。

 少なくとも、他国ならば絶対に。


「ゾッド、なにをしているんだ。そこは王様のための場所だぞ」

「だったらなにも間違っちゃいないね。この国のいまの支配者はぼくなんだからさ」

「……ここに来るまで、国の様子は見てきた。目抜き通りは荒れ果て、暴動が起きて、建物は崩れ、畑は掘り返されている。なにかあったとは思った……よほど取り返しのつかないことをしたね?」


 さてねと(とぼ)けるゾッド。

 彼にしてみれば、目の前の老人も若者も、等しくうるさい愚か者でしかなかったのだ。


「おお、戻ったのじゃな? じつは――」


 老人たちが青年に訴える。

 この国になにが起きたのか。

 簒奪(さんだつ)と、処刑と、そのあとの凋落(ちょうらく)を。

 すべてを聞いて、青年の髪がぶわりと逆立った。

 怒り心頭になったのだ。


「解っているのかい、ゾッド? この国は、よほど恵まれた場所だったんだ。きみは知らないだろうが、外の世界には戦争や飢饉(きが)がある。人は簡単に死ぬんだぞ?」

「だから力がいるんだろ? ぼくがその音頭(おんど)を取ってやろうって言うんじゃないか。この国を、どこよりも強い暴力の(みやこ)にしてやるよ。そう、手始めにおまえらの言うことを聞いてやる。税を取り立てないために、隣国へ戦争を仕掛けるんだ……!」

「馬鹿な」


 さも名案を口にしたという様子で笑うゾッドに対し、青年はありありと失望をみせる。


「この国には、戦う力も、武器もないんだよ。ゾッド、ああ、ゾッド。おれたちは、ただアンリーシュ王に守られていただけなんだぜ……?」

「黙れっ!」


 瞬間、ゾッドは酒杯を青年へと思いっきり投げつけた。

 彼の顔は憤怒によって紅潮、(おぞ)ましい形相になる。


「二度と、おまえたち二度とだぞ? その名を口にするなよっ。もし呼んでみろ、おまえらの頬を引き裂いて、舌を引っこ抜いてやる!」

「何度だって言うぞ、この国はアンリ――」


 それ以上を、青年は口に出来なかった。

 白目を剥き、崩れ落ちる青年の背後から、すっとアトロシアが現れた。

 彼女はゾッドへ冷たい視線を向けると、


「この者は、地下牢へ繋いでおきます。そちらの者たちも」


 と、氷のような言葉を吐く。

 ゾッドが鼻先で笑う。


「いいぜ、好きにしな。ただし、おまえの横暴だと言っておくからな。なあ、構わないだろう、女王さまよぉ?」

「はい」


 取り合うこともなくただ頷き、アトロシアはゾッドの部下たちに手伝いを頼む。

 老人たちと、青年を地下牢へ連れて行くためだ。


「王妃様! なぜかようなものに魂をお売りになったのじゃっ?」

「わ、わしらは確かに、いちど王を裏切った。しかし、あなたさままで」

「なぜ、なぜですじゃか!?」

「…………」


 アトロシアは答えない。


「あっはっはっは! そんなの決まってるだろ、女王さまはあのクソ魔王に愛想が尽きていたんだよ。決まってるよなぁ……!」


 ゲラゲラと嘲笑し続けるゾッドにもまた、アトロシアが応じることはない。



 一同を地下へと連行しながら、彼女は一度だけ玉座の間を振り返る。

 その、氷雪(ひょうせつ)の如き瞳には。


「ああ、王様が今一度戻ってきてさえくれれば……」

「王よ、偉大なる楽園王さま……」

「その王様は死んだんだよ、バーカ! おまえらが殺したのさ、ぎゃははははは!」

「おお、おおおお……」


 革命家たちと、王を気取る愚者と、そして憤懣(ふんまん)やるかたない国民たちから立ちのぼる〝緑の光〟が、確かに見えていた。

 〝呪詛〟が、ソドゴラを覆う。

 アトロシアは、これをただ、黙って見ていた――


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