第九話 ようこそ我が家へ
反射的に展開した防御魔法が、爆発を無かったことにする。
私は即座に、小屋の外へと飛び出した。
言うまでもなく、兄妹を危険にさらさないためだ。
待ち受けていたかのように、いくつもの火球が飛来。
広域魔法。
大きく手を振って、すべてを打ち消す。
同時に、指先にねっとりと絡みつく感覚があった。
視覚を限界まで強化すれば、微かに〝緑色〟の光が見て取れる。
やはり、間違いない。
「ふむ、正面から打って出てくる度胸はないのかな?」
挑発してみれば、あっさりと相手は姿を現した。
あの魔法使いだ。
ブラム氏のパーティーメンバーであり。
彼の危険をギルドに大げさに触れ回り、依頼がつかないようにして。
そして、ルルさんに人形を――呪詛装置を作らせた張本人。
「…………」
彼の瞳は曇っていた。
緑色のモヤが、その意志を覆っている。
〝呪詛〟と呼ばれるもの。
魔法と対を為す、この世の法理をねじ曲げる異常式。
ひとの情念を拗らせ誇張し、嘘と偽りで塗り固める術。
よって、恐らくこの魔法使いは。
「……したかった……だけのものに……ずっと」
彼は、ブツブツと呟き、次第に大きな声で喚き散らす。
「独占したかったっす! あっしだけのものに! ずっと兄貴が欲しかったっす! でも、いまは――オマエっす!」
ねっとりとした眼差しが、絡みつくような欲望が、私の肢体へと向けられる。
「その幼さであっしを超える魔法の才能。欲しい、ほしいっす。おまえを育て上げれば、あっしは最高の指導者になれるっす。兄貴の弟分でいるより、ずっとすごい地位と名声を得られる。だから」
彼が、詠唱する。
おそらく、最大の破壊の威力を込めた火の魔法。
すでに生じた火球は巨大赤熊よりも大きく、もしも私が避ければ、背後の小屋に直撃して消し飛ばすだろう。
ブラム氏は逃げられる。
けれど、ルルさんは?
「あっしに能力を示すっすよ、幼き大賢者候補……!」
「それは随分、高く買われたものだな」
放たれる火球。
私は。
「しかし、この程度で値踏みをしようというのは、いくら何でも安く見積もりすぎではないかな?」
「なっ!?」
男が、絶句した。
火球が、消え去ったからだ。
「なぜ……」
当惑する彼へ、私はただ、事実を告げる。
「球形大気防護圏。すなわち、防御魔法が、終わっていなかったからだとも」
「ありえないっす! 防御の技は、一回の使い切りで――まだ、使い終わっていない……?」
答えに行き着いたらしい彼が、がっくりとその場に膝をつく。
それから、ケタケタと笑い出した。
「すごい、すごい才能っすよ。壊れるまで続く防御の魔法なんて……これなら本気で、賢者にだってなれるはずで」
「生憎、私はそこまで知恵者ではなくてね。最適解を必ずしも選べるわけではないのだよ」
もしも選べたのなら、国を追い出されるはずもなかったのだから。
「ともかく、仕舞いにさせてもらうぞ」
拳を握る。
魔力を流す。
古式魔法拳術。
目標、呪われた魔法使い。
出力、最大!
「待て! そいつは、俺の……!」
小屋から転がり出てきたブラム氏が、悲痛にも彼を庇おうとするが。
すこしばかり、遅かった。
私の魔力を帯びた拳が、呪われた魔法使いの胸にぶち当たって。
「……は!?」
ブラム氏の、驚愕に満ち満ちた声。
さもありなん。
いま私に殴られた男の全身が爆発したのだから。
いや、正確に表現するなれば、その体内に残存していた〝呪詛〟が、魔力によって押し出され、弾け飛んだのである。
空間中に排出された呪詛は、しばらくの間、口惜しそうに漂っていたが。
やがて、ほどけるようにして、消えてなくなった。
「ふぅー」
大きく息をつく。
解呪の連続など、何十年ぶりに行うだろうか。
神経を非常に使う作業なので、随分と緊張してしまったが、上手くいってよかった。
こてんと倒れる魔法使いくんを私は抱きかかえ――自分が幼女になっていること完全に失念していたため、危なくもろともに倒れそうになったが――ゆっくりと地面に寝かせる。
駆け寄ってきたブラム氏に、彼が無事であることを伝えると。
この半裸の男性は、目尻いっぱいに涙を溜めて、
「面目ねぇ……俺ぁ、こいつが死ぬかと……っ」
なんて、らしくもない顔で、漢泣きするのだった。
そうか、彼にとって大事なものとは、家族なのだろう。
妹さんもそう。
この魔法使いくんたち弟分も、きっとそうだ。
……よく解るとも。
アトロシアとの間に、ついぞ子宝に恵まれることはなかったが、私とて愛した。
妻を、国を、民を。
「ああ、そうだ」
重要なことを忘れていた。
ブラム氏の胸元の人形が、呪詛人形だと確定したいまなら、やっておくべきことがある。
「手間をかけるが、ちょっと屈んでくれるかね、ブラム氏」
「あ、ああ」
身を倒す彼へと、私は顔を近づけ。
「おいっ」
そっと、口づけた。
人形の、中心部分に。
そして、魔法を詠唱する。
呪詛が追い出され、先ほどと同じように霧散。
「万世万歳。よし、これでただのお守りになったはずだ。家族の作ってくれたものだ、末永く身につけておきたいだろう?」
そんな言葉を彼にかければ。
浅黒い肌を、すごく赤くしていた半裸の銀等級冒険者は。
「――ありがとよ、恩人。妹のことも、弟分のことも」
ひどく真っ直ぐな感謝を、私にくれたのだった。
……どうしたものか。
気を抜くと泣いてしまいそうなのだが、なんども号泣するというのはバツが悪い。
とにかく、呪われていた弟分くんの治療も必要なので、私たちは協力して、小屋へと彼を運ぶ。
一仕事を終えて、日も暮れてきたので宿へ帰ろうとして、
「あ」
「どうした」
「……さしたる問題ではないのだが」
私は、帰る場所がないことを思い出していた。
「この辺りに、野宿に適した場所はないだろうか?」
そう訊ねると、ブラム氏とルルさんは顔を見合わせ。
ほとんど同時に、ニヤリとして、頷いてみせた。
「泊まってけよ、うちに」
「泊まっていってくださいな、我が家に。なにもありませんが、雨風はしのげますので」
いや、そういうわけには。
「なーに遠慮してんだ」
ブラム氏が、太い腕をこちらの肩へ回してくる。
「駆け出し冒険者の面倒を先輩が見る、当たり前のことだろう」
「兄さんもこう言っていますから。それに、わたしも年の近い女の方と、お話しできるなんて嬉しいですし」
……おっと。
これは、ひょっとしなくとも、逃げ場がないのか?
私はたっぷりと言い訳や固辞する方法を考えたあと。
がっくりと頭を垂れて、〝お願い〟するのだった。
「では、厄介にならせてもらうとしよう」
「厄介どころか助けてもらったのこっちだ。だから」
先輩冒険者が。
じつにいい笑顔で、気風よく、威風たっぷりに、こう言った。
「ようこそ、我が家へ。歓迎するぜ、恩人」
斯様にして私は、銀等級冒険者、町の顔役、あれくれものたちの兄貴分。
ブラム・ハチェット氏の家に、ご厚意で住まわせてもらうことになったのである。
……まあ、調べる必要もあったからな。
あの呪詛の、出所を――




