第六話 魔法幼女の腕っぷし
目一杯に見得を切り、ケープを本来の大きさ、マントにして翻し。
ブラム氏一堂を庇うため、巨大赤熊の前に立ち塞がる。
だが、哀しきかな、この身体は幼女のそれ。
蹴り飛ばしたはずの巨大赤熊は、いまだ健在だった。
どれほど加速していても、魔獣を沈黙させるには体重と筋力が絶望的に足りていなかったのだ。
「テメェ、は」
息も絶え絶えといった様子のブラム氏が渋面で呻く。
「ばか、野郎。こいつは、白木等級が敵う相手じゃ」
「知っているとも。ツァール・ベオの毛皮は火に強く、氷に強く、雷に強く、斬撃に強い。魔法使いとも、戦士とも相性の悪い相手だ。本来なら物量ならぬ、質量攻撃で圧殺するしかない。だが、それは個人には難しい」
「解ってるなら、俺の仲間を連れて逃げろ」
「そうはいかない。なぜなら私は願われたのだぞ、助けてと」
ゆえに、全力で相手をする。
うなり声を上げて、巨大赤熊がこちらを睨む。
警戒して距離取っていたそれだが、私の姿を見てどうやら侮ったらしい。
嘲笑するように牙を剥き、猛然とした勢いで襲いかかってきた。
「あぶねぇ!」
ブラム氏の警告。
しかし、私は避けない。
気息を整え、魔力を錬り、拳に集め、面と向かって迎え撃つ。
「ぎゃん!?」
悲鳴を上げて吹き飛んだのは、巨大赤熊の方だった。
吹き飛ばされた巨体がズシンと地面に落ち、そこで巨大赤熊は苦悶にのたうち回る。
「なにを、しやがった……?」
唖然とした表情で訊ねてくるブラム氏へ。
「はっはっは。炎や雷を弾かれるからといって、魔法使いが手も足も出ないとでも思ったかね?」
私は、口元にいつの間にか刻まれていた笑みを親指で拭って消しながら、答えた。
指先から、魔力の残滓をほとばしらせながらだ。
「古流魔法拳術」
いにしえの時代、世界には強大なモンスターが溢れていた。
いまよりずっと強い魔物たち。
それらはときに、群で襲ってくる。
いかに勇敢な英雄も、偉大な魔法使いも、敵の数が多くなれば組み付かれる。
そんなとき、自らの身を守る術が必要とされ、開発されたのが、この魔法拳術だ。
火に強いものには、凍結を帯びた魔力を。
打撃に強いものには、切断を帯びた魔力を。
そして斬撃に強いものには、体内へと魔力そのものを流し込んで内臓を直接打ち据える拳法。
それこそ、古流魔法拳術。
巨大赤熊の毛皮と分厚い脂肪、筋肉は、たしかにほとんどの攻撃を無意味にするだろう。
だが、魔力そのものを弾くわけではない。
触さえすれば。
そして、相手の体内で魔法を結実させる精緻な遠隔操作能力とズバ抜けた制御能力さえあれば、このように対抗することは可能。
そう、古流魔法拳術は、あらゆる状況下で、それに対応した魔法を使えるものだけが習得できる技なのだ。
もっとも、習得が面倒すぎて、いまでは誰も使っていない。
私が覚えているのはたまたまだ。
なにせ一人で、大陸を歩き回った時期が多かったのでね。
護身術は必要だったわけだ。
「ぐるぁ……」
起き上がってくる巨大赤熊。
瞳には恐怖と、渦巻くような緑色の怒り、憎悪、呪詛。
……やはり、ただのモンスターというわけではなさそうだ。
いかに魔物とはいえ、獣は、相手が自分よりも強いとわかれば逃げる。
だが、これは向かってくる。
そこにあるのは、尊大なほどの自負。
己がこの森における頂点捕食者の一角、あらゆる暴虐がゆるされるという経験則。
「だからなんだ。私が、この私が、願いを聞き届けない理由になどなるものか」
ゆっくりと、両手を組む。
祈るような所作から、それを前方へと突き出して。
今度は両手を開き、高らかに打ち鳴らす。
弾けるは、青い魔力。
私の双眸が、いま煌めいて。
「がぁっ!」
何かを察した巨大赤熊が、吠え立てながら先手を取った。
突進から、雄叫びとともに振り下ろされる、大剣を五つ束ねたが如き爪。
私は少しだけこの獣について祈り。
覚悟を、決めた。
「存分に私を怨め、『極大重力拳』!」
魔力を収束させた拳が、モンスターの胸を強く打ち据え。
その中核に、再生不可能な負荷を与える。
周囲の空間が歪み、局所的に明暗が反転するほどの絶大重力が、コアを蹂躙。
完膚なきまでに破砕する。
そして巨大赤熊は、
「――」
二度と。
もはや二度と、起き上がってくることはなかった。
「さて……」
骸から視線を切り、振り返ってブラム氏へと手をかざす。
「無事かな? すぐに治療をしよう」
手当のための魔法を発動しようとする私の手を、彼が強く掴んだ。
何事かと思う間もなく。
ブラム・ハチェットはその場に突っ伏し。
「頼む! なんでもする、なんだってする、金も払う命も差しだす。だから、あんたの力で救ってくれ! 俺の――妹を!」
そんな、懇願の言葉を、口にしたのだった。




