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TS楽園王の自由気ままなやりなおし冒険者ライフ  作者: 雪車町地蔵
第二章 楽園王と、粋がらないと生きていけない冒険者

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第四話 半裸タトゥーの男、再び

 全身に通う魔力の回路(みちすじ)が万全ならば。

 どんな仕事も、依頼も、私はほんの一瞬で解決してしまっただろう。


 けれども転生は、思ったよりも深刻なダメージをこの身に残していたようだ。

 いまの私は、詠唱を破棄して技を使うことすら出来ないし、単純かつ初歩的な魔法ですら、精緻な出力調整が要求される。


 つまり、なにを言いたいのかといえば。

 革をなめす作業とドブさらいが終わった頃には、私の総身は汚れにまみれていた、ということだ。


 ドブさらいで泥まみれに。

 皮を()ぎ、なめす作業で動物の体液と薬品まみれに。


 若い頃は、私も諸国を行脚(あんぎゃ)した身の上だ。

 こういった仕事、生物の死に近い役割が、人々から毛嫌いされることは身を以て知っていた。

 だからこそ、冒険者の中でも地位の低い、白木等級が任されるのだろうと、腹をくくって臨んだ。

 にもかかわらず、だ。


「よく頑張ってくれたねぇ、お嬢ちゃん。本当に、ありがとうねぇ」


 ありがとうと、依頼人の一人である老爺が、そう口にした。

 仕事を終えるたび、この街の人々は感謝の言葉を贈ってくれる。

 私はそれだけで、毎度泣き出してしまいそうだったのに、彼らはなけなしの食料から、よく働いてくれたからと食料をわけてまでくれた。


 外見で特別扱いされたのかもしれない。

 嬉しい気持ちと同時に、同じ待遇を受けられないものもいると悟り、歯がみする思いに駆られた。


 もっと多くを知らなければと、私は躍起になって仕事に打ち込み。

 だから、ギルドへ戻ったとき、受付のお嬢さんに指摘されるまで、その事実をすっかり失念していたのである。


「本日の標語――報酬を、もらうまでが冒険者――ですよ?」


 依頼の達成を報告し、そのまま立ち去ろうとする私を呼び止めた受付のお嬢さんは、やんわりと(たしな)めてくる。


「あなたは仕事を果たしました。であれば、正当な対価を受け取るべきです。それをしないことは、特別な意味がない限り、依頼者へ不誠実な振る舞いになります」


 まったくもっての正論、咄嗟(とっさ)に反論すら出てこない。

 自分の半分ほども生きていないお嬢さんに注意されてしまうとは、なんと恥ずべきことだろう。

 先日まで自信を持って国を治めてきたが、どうにも私は十分すぎるほどの暗君であったらしい。


「さあ、アンリさん、受領されてください」

「……(つつし)んで」


 台の上に置かれた銅貨5枚を受け取る。

 ヴィルヘルム殿が紹介してくれた宿の、宿賃にも足りない金額。

 冒険者のいまの相場は解らない。

 けれど、一日かかりきりの仕事をこなしても、その報酬は銀貨1枚どころか、その十分の一にも届かない。


 朝一で買うパンが銅貨1枚。

 仕事終わりに麦酒をあおれば銅貨が2枚。

 他の出費も考えれば、いかにギリギリか推しはかれるというもの。


 これが、白木等級、駆け出し冒険者の値段。

 それでも不思議と、(いきどお)りはなかった。

 彼らの生活が、この地点から出発しているのだという事実を知れたことに、むしろ満たされてすらいたのだから。

 そんなときだ。


「――てめぇ、なんでここにいやがる?」


 背後から、怒気をはらんだ声が響いた。

 振り返れば、半裸の巨漢。

 全身に赤いタトゥーをいれ、輝かしい装飾品を身につけて、首からは呪術めいた人形を提げた男。

 ゴートリーへやってきた初日に出会った冒険者。

 名前を確か。


「ブラム・ハチェット、だったかね?」

「……感心したぜ、顔役の名前を覚えてるとはよ。俺も覚えてるぜ、あの夜のことを」


 睨み付けてくる彼。

 顔役かどうかは知らないので、受付のお嬢さんへ視線をやれば、ゆっくりと首を横に振られる。

 なるほど、複雑な理由がありそうだ。


「なによそ向いてやがる。テメェには随分と恥を掻かされたからな……冒険者証を下げてる以上、同業者だな? だったら手加減しねぇ。落とし前、ここでつけさせてもらうぜ」

「具体的には、どうしろと? 謝罪であれば行うが」

「いま受け取った報酬を、全額置いてけ。でなければ、俺たちの下働きとして訓練を――」

「解った、渡そう」


 銅貨を即座に彼の方へ差しだせば、受付のお嬢さんが「いけません!」と声を大きくする。


「ギルドにおいて、搾取(さくしゅ)御法度(ごはっと)です。ブラムさんも、その銀等級に傷がつきますよ?」

「……面食らってるのはこっちだ。その日暮らしの白木等級が、素直に差しだすとは思わねぇだろ。俺は冒険者として生きていく心構えを教えてやるつもりだっただけだ」


 苦々しい顔つきをする彼。

 おっと、思ったよりも悪い人間ではないようだぞ?

 などと考えていると、彼の背後から三人の男達が顔を出した。

 全員が、下卑(げび)た笑みを浮かべている。


「ブラム兄貴ぃ、こいつ兄貴のこと舐めてるんすよぉ。おいらたちが懲らしめてやるでヤンス」

「へっへっへ、お嬢ちゃん、大人しくしてればすぐに済むからねぇ、へっへっへ……」

「…………」


 舌なめずりをしながら近づいてくる二人組と、ブツブツと何事かを唱えている一人。

 それを見て、額に手を当てうんざりとした表情をするブラム氏。


「この慢心がなけりゃ、もうちょっと人の役に立つんだがな、こいつらは」

「なにを黄昏(たそが)れているのですが、止めてくださいブラムさん。ギルドでの私闘もとうぜん御法度――」


 受付のお嬢さんが、そこまで言いかけたところで。

 三人組の中で、ずっと何事かを呟いていたものが顔を上げ、こちらへと手を向けた。


「いけぇ! 火炎(アッド・)爆裂焼夷弾(ファイア・シュート)!」


 火焰爆裂焼夷弾。

 広域攻撃を目的とした、破壊魔法。

 もしも発動が完了していれば、この敷地内にいたほとんどの人間が対象に取られ、火傷を負っていただろう。


 けれど無論、そのような未来は訪れない。

 私がここに、居るのだから。


「『()遮断(しゃだん)するもの――対象他者(アザー・エルス)沈黙(シー・シャット)強制(・イレイザー)球形(ガーデン)大気(・アトム)防護圏形成(・スフィア)』」


 居合わせた全員に対して、半自動的に防御魔法を発動。

 一人一人を包み込むように、防御障壁が展開。

 同時に、沈黙(うちけし)の詠唱によって、爆発寸前の熱球が蒸発、雲散霧消する。


「げぇっ!?」


 悲鳴を上げたのは、まさに魔法を行使した男自身だった。


「あっしの中級魔法を無力化!? 同時に障壁を展開!? それをこの場の全員に? あ、ありえないっす……ひっ!?」

「君は卓越しているな。ここまで練り上げた努力は称賛(しょうさん)しよう。だが――火遊びは感心しない。なぜなら魔法は」


 幸せのために、使うべき技なのだから。


「うわぁあああああああああああ!?」


 ちょっとした忠告を送れば――なにせ、魔法を打ち消したとき、奇妙な感覚が指先に残った――彼は顔色を真っ青にしてその場から脱兎(だっと)の如く逃げ去って行く。


「あ、兄貴、なんかヤバいですぜ!」

「あ? 弟分であるテメェらまで舐められて引き下がれってのか?」


 怒髪天(どはつてん)()くブラム氏と、及び腰の弟分とやら。

 ブラム氏が顎を引き、拳を握り、(まなじり)を決し、こちらへと向かってこようとする。

 だが、それを止めたのは、思わぬ人物だった。


「ブラムさん、銀等級冒険者ブラム・ハチェットさん」


 受付のお嬢さんが、凜とした表情で告げる。


「いまあったことは不問とします。それよりも、依頼を受けていませんでしたか? たしか……魔の森に出没する害獣の駆除。当ギルドは、この依頼の迅速な履行を期待します」

「……ちっ」


 受付の彼女の、見事なビジネススマイルを受けて。

 ブラム氏は舌打ち一つ、身を翻す。

 どうやらパーティーメンバーらしい弟分達を連れて去って行く彼が、ギルドの出口で、一度だけこちらを振り返った。


「覚えてろ。いまは仕事が優先だ」


 ふむ。捨て台詞にしては、重い感情が載っているようだが……まあ、いい。

 私は、大きく息を吸うと、その場で声を張りあげた。


「このたびのこと、じつに迷惑をおかけした」


 周囲で様子を窺っていた、冒険者たちへの謝罪だ。


「なにぶん白木等級ゆえお渡しできるものもないが、心よりの謝罪で勘弁願いたい」


 そのまま、深々と頭を下げる。

 一連の出来事に冒険者達は、迎撃体勢を取っていたり、唖然としていたり、ムッとしていたりしたが。


「ま、喧嘩っ早いのが冒険者か」

「ブラムのやることだしな、通過儀礼だよ」

「あの馬鹿どももブラムが睨みを利かしているからこの程度で済んでるしな……顔役ぐらい名乗らせてやれ」

「それはそれとして、たいへんだったな、嬢ちゃん。これに懲りずに頑張りな」


 どうやら何事もなく、この場を治めてくれるらしかった。


「感謝する」


 再び礼を口にすれば、彼らは苦笑し、気にするなと軽く手を振り、三々五々と散っていく。

 最後に受付のお嬢さんにも謝罪を口にすれば、彼女はなんのことはないと頷き。


「ですが、ブラムさんにも困ったものです。実力は確かで、新人の面倒見もいい方なのですが、なにぶんご家族の事情が……まったく、いつか誤解で刺されますよ」


 本気でそう思っているらしい彼女を見て。

 思わず私はドキリとなり、自分の胸元を撫でる。


 指先に、冒険者証と指輪が、ふれた。


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