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8.大魔法使いの独壇場


 ベルンシュタイン家の領地は特殊だ。フレーベル帝国から自治権が認められており、帝国の法も一切適用されない。


 普通なら考えられないことだが、それは帝国の成り立ちに起因する。


 ベルンシュタイン家は帝国が出来るよりずっと前からその土地を守っており、そこにたまたま帝国がつくられた。


 初代皇帝と当時のベルンシュタイン家当主が協議した結果、ベルンシュタイン家の土地を帝国の一部とすることと引き換えに、自治権が認められるようになったのだ。


 その気になれば国を持てたのにベルンシュタイン家がそうしなかったのは、代々の当主が非常に面倒くさがりだったからだと言われている。


 帝国が出来てから既に数百年が経つが、ベルンシュタイン家とは持ちつ持たれつの良い関係を築いているようだ。


 ここまでの話は歴史学を勉強していれば誰もが知っていることだが、ジェフリーはいかんせん勉強が苦手で机から逃げ続けてきた。


 ルカはそれを見抜いたように、ハッと鼻で笑う。


「まあ仕方ないか。これまで全てをアストリアに押し付けて、嫌な事から逃げてきたんだもんね。まるで子供だ」


「き、貴様……!」


 全くの図星なので、ジェフリーは顔を赤くすることしかできないようだ。


 そんな彼に、ルカは冷たい笑みを向けている。しかし、目が全く笑っていなかった。


「僕に不満があるなら、帝国ではなく僕のところに直接おいで。消し炭にしてあげるよ」


 冗談を感じさせない彼の声音に、ジェフリーは気圧され後退りしていた。


 代々、ベルンシュタイン家当主の魔法の実力は、単独で国をひとつ滅ぼせるほどと言われている。

 実際、ベルンシュタインの不興を買った国が、当主たった一人によって滅ぼされたという記録が残されているのだ。


 帝国に訴えても無駄に終わり、ルカを下手に責め立てても勝ち目がないどころか、彼を怒らせて国が滅ぶ危険性がある。


 国王はそのことを理解しているようで、悔しそうに歯噛みしていた。


 その時、静まり返った会場に、女の甲高い怒声が響き渡る。


「ベルンシュタイン卿! あなたは騙されているのではございませんか? あなたの隣にいるのは無能の光の巫女! お荷物同然! 連れていけばきっと後悔なさいますわよ!!」


 声の主はジェフリーの隣にいたシェリルだ。彼女はアストリアのことをキッときつく睨みつけている。


 ルカの魔法のせいか、ところどころ聞こえ方がおかしい箇所があったが、発言内容は容易に想像できる。いつも馬鹿にしていた姉が、強大な力を持つベルンシュタイン家の当主に擁護されていて面白くないようだ。

 

 するとルカは、シェリルに冷たい視線を送り、背筋が凍るような声を浴びせる。


「無能は君だよ」


 そしてシェリルを指差し、冷徹な表情のまま続けた。


「ここにいる馬鹿共は、その女のことを素晴らしい巫女だと思っているようだけど、それは大きな間違いだ。光の巫女としての能力は、アストリアの方が断然上だよ。比較にならないほどね。これは、これだけは、アストリアの名誉のために言っておく」


(わたくしのほうが……能力が上……?)


 シェリルは一瞬で瘴気を浄化する。それに対して、アストリアはゆっくりと時間をかけないと浄化することができない。


 それなのに、自分の方が優れていると言われる意味が、今のアストリアには理解できなかった。


 するとルカが、冷ややかな笑みを浮かべてニヤリと笑った。


「ちなみにその女は、アストリアが用意したバッツ公爵宛ての招待状をわざと捨てて、アストリアの評判を(おとし)めた性悪女だよ。皆、せいぜい気をつけることだね」


「なっ……!」


 シェリルは顔を青くし、ジェフリーは驚愕と侮蔑の表情を浮かべている。他の貴族たちも、「流石にそれはどうなのだ」と言わんばかりに冷ややかな視線を向けていた。


(やはりシェリルの仕業だったのね……)


 シェリルは昔から、こうしてアストリアへ嫌がらせをすることがあった。


 幼い頃は、光の巫女として覚醒した姉への嫉妬から。五年前からは、出来損ないの姉へ、日頃の憂さ晴らしから。


 アストリアは西の森の浄化任務を終えた翌日、王城で招待状の送付記録を確認した。するとそこには、バッツ公爵に招待状を送った記録がしっかりと残っていたのだ。


 そのためアストリアは、またいつものシェリルの嫌がらせだろうと、何となく察していたのである。


 シェリルを咎めなかったのは、言いがかりだと逆ギレされるからだ。ジェフリーに訴えても彼がアストリアの言葉を信じることはないので、言うだけ無駄だった。


 結局アストリアは、余計な荒波を立てないようにするために、シェリルの嫌がらせを自分の過失にした。その方が、早く事態が収束するのだ。それは、これまでの経験上から身に沁みてよくわかっていたことだった。


 しかし、ルカがどうやって真相を知ったのかはわからないが、大勢の前でシェリルの行為を指摘してくれて、少し胸のすく思いがした。


 すると、ルカが皆に向かって、よく通る声で宣言する。


「最後にひとつ忠告。僕はアストリアを妻に迎える。君たちが万が一にでもアストリアを取り戻そうとしたら、僕はこの国を潰すから、そのつもりで」


(妻!?)


 アストリアは急な展開に驚きを隠せなかった。他の貴族たちもざわざわと騒ぎ出している。


 そして案の定、ジェフリーがルカに突っかかった。


「待て! そんな勝手なこと、許されるとでも――」


 言葉が終わる前に、ルカが射殺すような視線をジェフリーに向ける。いつも穏やかなルカからは考えられないほど、冷たく恐ろしい表情をしていた。


「これ以上、愚者は喋らないでくれるかな。この場で殺すよ?」


「ひっ……」


 ルカの殺気にジェフリーは完全に怯えてしまって、ガタガタとその場で震えていた。その様子に満足したのか、ルカは満面の笑みを浮かべ、アストリアに手を差し伸べてくる。


「あースッキリした! 行こうか、アストリア」


 ほんの数秒前までの冷たい顔と、今の少年のようなあどけない笑顔とのギャップが大きすぎて、アストリアは思わず笑ってしまった。


 妻にするという言葉は気になるが、今はこの場から、この国から、(のが)れられることに感謝しよう。


「はい。ルカ様」


 アストリアは微笑むと、迷いなく彼の手を取るのだった。


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