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6.見世物


「遅い!!」


 自宅に帰って早々、アストリアは父のウォーラム公爵から激しい叱責を受けた。


「さっさと溜まった仕事を片付けてこい! 終わるまで屋敷から出さんからな!!」


 父は怒鳴り散らすと、さっさとどこかへ行ってしまった。


 つい先程までルカの優しさに触れ、温かな気持ちで満ち溢れていたのに、一瞬で心が冷えていく。こんなことなら、彼の優しさなど知らない方が良かったと思ってしまうほどだ。


「あら、お姉様。やっと帰ってきたの?」


 そう声をかけてきたのは妹のシェリルだ。彼女は嘲笑を浮かべ、アストリアを見下すように言葉を放ってくる。


「せいぜい、家のお仕事頑張って。私はジェフリー殿下の生誕祭で着るドレス選びで忙しいの。手伝ってあげられなくてごめんなさいね」


 彼女はそう言い残すと、満足した様子で自室に戻っていった。入れ替わるように母が来て、アストリアに冷たく言い放つ。


「アストリア。あなたのドレスは特に用意していないから、昔のものを適当に着なさい。いいわね?」


「はい、お母様」


 立ち去る母。


 家族からも、使用人からも、誰からも、「おかえりなさい」という言葉を向けられることはない。


 でも、それももう慣れっこだった。 


 アストリアは自室に戻ると、手早く仕事をこなしていく。


 明日は王城に行って、ジェフリーの生誕祭の準備を進めなければならない。それに、バッツ公爵に招待状が送られていなかった件も確認する必要がある。


(……今日は徹夜ね)


 膨大な量の仕事を前に、アストリアは無意識に溜息をつくのだった。



* * *



 そして、目まぐるしく時は過ぎ、ジェフリーの生誕祭当日がやってきた。


 アストリアは今、王城の大広間で何とか立っている状態だ。


 家の仕事や生誕祭の準備に追われ、ここ数週間ろくに眠れておらず、目を閉じれば今にも倒れてしまいそうなのだ。


 流行遅れのデザインのドレスを着て参加しているので、令嬢たちがアストリアを遠巻きに見ながらクスクスと笑っている。


 こうして馬鹿にされるのはしょっちゅうだった。しかし、ここ数年はドレスの新調をさせてもらえていないので仕方がない。


 彼女たちに反応する元気すらないアストリアは、ただただこの生誕祭が早く終わることを心の中で祈っていた。


「皆の者。今日は我が息子のために集まってくれて感謝する。思う存分楽しんでくれ」


 国王が厳かに告げると、主役であるジェフリーが入場してきた。その隣に、シェリルを引き連れて。


(やはり、そうなのね……)


 参加している貴族たちは驚いて、シェリルとアストリアを交互に見ている。その視線に負けないよう、アストリアは凛と背筋を伸ばした。


 そして、会場の中央に着いたジェフリーが、朗々と話し始める。


「まずは皆に感謝を。このような大勢の人々に祝福され、とても嬉しく思う。さて、早速生誕祭を始めたいところだが、その前に、私からひとつ発表がある」


 彼はそこで一度、隣のシェリルを一瞥してから、声高らかに宣言した。


「私はアストリア・ウォーラムとの婚約を破棄し、ここにいるシェリル・ウォーラムと婚約を結び直す」


 ジェフリーの言葉に、貴族たちは一斉にざわめき出した。


 驚き、納得、祝福。彼らの反応は様々だ。だがその中に、嫌悪の反応はひとつもなかった。


「シェリルこそが真の光の巫女である。彼女が十六歳の誕生日を迎えたら、すぐに婚姻を結ぶ予定だ」


 ジェフリーがそう言い切ると、会場からは拍手が湧いた。


「まあ、当然よね」


「アストリア様とシェリル様を比べたら、ねえ」


「どちらが未来の王妃に相応しいかなんて、考えるまでもないな」


「いやはや、シェリル様がこの国に生まれてくださって良かった」


 アストリアの周囲にいた貴族たちは、こちらに聞こえるようにわざと大きな声でそんな言葉を放っていた。


「そういうわけだ、アストリア。今までご苦労だったな」


 そう言うジェフリーは、ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべている。もう見慣れた顔だった。


 その隣には、勝ち誇った笑みを浮かべたシェリルがいた。これも何度も見た顔だ。


「承知いたしました、殿下。今まで大変お世話になりました。ご婚約、心よりお祝い申し上げます」


 アストリアは丁寧に一礼した。


 正直、悲しみも未練も全く無い。むしろ、王太子の婚約者という重圧から開放されて、肩の荷が下りたと安堵しているくらいだ。


「そう言えば、ウォーラム公爵。この場で何か言いたいことがあったのだな。申せ」


「はい、ジェフリー殿下」


 ジェフリーと父のやり取りに、アストリアは首を傾げた。こんな大勢の前で、一体何を言うつもりなのだろうか。


 すると父は、アストリアを睨みつけながら、皆に聞こえるよう大きな声で言い放った。


「アストリア。お前は偽物の光の巫女であり我が家の恥だ。今この時をもって、お前をウォーラム家から除籍する!」


 予想だにしない発言に、アストリアは目を丸くして固まった。


 ジェフリーから婚約を破棄されることは覚悟していたが、まさか家を追い出されるとは思わなかった。


「あらあら、お可哀想なアストリア様」


「ふふふ。でも仕方ないわよね。出来損ないの光の巫女だもの」


「ウォーラム公爵家としても、お荷物だっただろうな」


「光の巫女はシェリル様お一人で十分だ」


 貴族たちはクスクスと笑い声を上げている。


 ジェフリーやシェリル、父や母、国王に至るまで、皆がニヤニヤと笑っていた。


(そうか……それで……)


 彼らの反応を見て、アストリアは父がなぜこんな大勢の前で除籍の宣言をしたのか理解した。


 アストリアを見世物にし、寄ってたかって馬鹿にするためだ。要は、貴族の憂さ晴らしである。


 ジェフリーや国王は、事前にこのことを知っていた反応だった。もしかしたら父は、除籍するなら生誕祭で大々的に発表しろと言われたのかもしれない。


(……これからどうしましょうか。この国では誰もわたくしを雇ってくれないでしょうし、やはり他国に渡るしかないかしら)


 大勢の笑い声を浴びながら、アストリアはどこか他人事のようにぼんやりと考えていた。


(少し……少し疲れたわね……)


 悲しみも、怒りも、失望も、何も感じない。とうとう心が機能しなくなってしまったのだろうか。ただ息苦しさだけが、アストリアを支配している。 


(ああ……ルカ様に……)


 気づけばアストリアは、ポツリと言葉をこぼしていた。


「ルカ様に、会いたい」


「聞かなくていいよ。あんな汚い言葉」


 懐かしい声が聞こえたと思ったら、耳がふわりと手で覆われる。驚いて見上げると、そこには優しい笑みを浮かべたルカが立っていた。


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