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3.不思議な青年


 アストリアが驚いて振り向くと、そこには一人の見目麗しい青年が佇んでいた。


 年齢は十代後半から二十代前半といったところだろうか。


 彼は白いローブを身にまとい、魔法使いのような格好をしている。その生地は一級品で、見るからに高そうだ。どこかの高位貴族かもしれない。


 しかしアストリアは、彼の顔を見たことがなかった。仕事柄、この国の貴族の顔と名前はだいたい把握しているので、その事実に少し違和感を覚える。


 スラリと背の高い彼は、きらめく白銀の髪に夕日のような茜色の瞳を持ち、神が創ったのではと思うほど恐ろしく整った顔立ちをしていた。


 大きくパッチリとした目は人懐っこい印象で、少年のように澄んだ綺麗な瞳をしている。


 今までに見たことのないほどの美丈夫だったので、アストリアはしばらく返事もせず見惚れてしまった。


 すると、青年が不安そうに声をかけてくる。


「ええと、聞こえてる?」


 その言葉でハッと我に返ったアストリアは、慌てて言葉を返した。


「は、はい! わたくしは光の巫女で、ここに発生していた瘴気を浄化していたのです」


 そう答えたところで、ふと気づく。先程までこの泉には自分以外誰もいなかったのに、この青年はいつの間に現れたのだろうか。


「あの、あなたはなぜここに?」


「僕? 僕は自分の家がこの近くでね。泉の辺りが光ってたから、何事かと思って見に来たんだ」


 こんな森の奥に住んでいるなんて随分と珍しい。


 これほどの奥地に居を構えているなら、きっと人との関わりも少ないだろう。アストリアのことを知らない様子なのも納得だ。大抵の国民は、アストリアの顔を見ると忌避感を示すか微妙な顔をする。


「そうでしたか。それは驚かせてしまって申し訳ありませんでした」


「ううん、綺麗な景色を見せてくれて、むしろありがとう。すごいね、浄化って。とても幻想的だった」


「……お褒めいただき、ありがとうございます」


 浄化を見られていた驚きよりも、褒められた喜びが(まさ)った。誰かに褒められるなんて、いつ以来だろうか。心が自然と温かくなる。


 しかしそこでハッと気づく。浄化を見ていたということは、しばらくの間、瘴気にさらされていたということだ。そもそも家がこの近くなら、瘴気の影響を受けていないはずがない。


「お体は大丈夫ですか!? 瘴気が発生していたというのに、なぜ逃げなかったのです!?」


 アストリアが眉根を寄せて詰め寄ると、青年はなんてことないというようにカラリと笑った。


「ああ、大丈夫、大丈夫。僕、全身に結界をまとってるから。瘴気の中にいても平気なんだ」


(全身に、結界……?)


 結界を空間に展開するならまだしも、それを体にまとうだなんて。そんな芸当ができる魔法使い、この国にいただろうか。


 この青年は一体何者なのだと困惑していると、彼は微笑みながら尋ねてきた。


「自己紹介がまだだったね。僕はルカ。君は?」


「わたくしはアストリアと申します」


「アストリアか。なるほど。星の祝福を受けた光の巫女()にピッタリの名前だ」


 ルカと名乗った青年はそう言って笑っていたが、アストリアにはその言葉の意味がよくわからなかった。


 するとルカは、続けてこう尋ねてくる。


「帰り道、わかる? この辺の道はわかりにくいから。護衛のところまで送るよ」


 アストリアは返答に困った。


 魔法で結界でも張らない限り、普通の人間は瘴気に近づけば倒れてしまう。彼はアストリアが護衛をどこかで待機させていると思ったのだろう。


 五年前までは、アストリアにも大勢の護衛がついていた。この国で唯一の光の巫女が万が一にでも死んでしまっては一大事だからだ。


 しかし今は、アストリアを守る者は誰もいない。


 一方で、シェリルが浄化の任務に当たる際は、この国最強の騎士団と魔法師団が護衛についている。有能なシェリルだけ生き残れば良いと思われているようだ。


 対応の違いに心を痛めたときもあったが、今はもう何も感じない。


 結局アストリアは、眉を下げて苦笑しながら、正直に答えた。


「あいにく、わたくしに護衛はおりません」


「ええっ!? 一人で浄化して回ってるの!? そんなの危険すぎるよ! この辺りは魔物も出るっていうのに!」


 ルカは、信じられない、というように眉を(ひそ)め、渋い顔をしていた。


 半ば予想通りの反応だったが、心配してくれていることが純粋に嬉しい。


「防御魔法を使えるので問題ありません。ご心配いただきありがとうございます」


 アストリアがそう言うも、ルカは依然として渋面のままだ。


「じゃあ、せめて宿まで送らせて。君のことが心配でこのままじゃ帰れないよ」


「お気遣いありがとうございます。でも、宿に行っても泊めてはもらえないので……」


 苦笑して答えると、ルカは怪訝そうに眉根を寄せた。


「どういうこと?」


「わたくしは……この国の嫌われ者なのです」


「光の巫女って、そんな邪険に扱われるものなの?」


 ルカは自分のことを知らない。そのことが、アストリアの口を緩めさせた。


 気づけばアストリアは、自分の身の上を洗いざらい吐き出していた。


 光の巫女として十年間、浄化の任務に努めてきたこと。

 妹との格差。

 両親や婚約者から押し付けられる仕事の数々。

 そして、周囲からどう扱われているのか。


 五年間、誰からも邪険に扱われてきたアストリアには、もちろん相談相手などいなかった。心の奥に閉じ込め続けてきた叫びを、自分でも見ないようにしてきた心の傷を、誰かに打ち明けたかったのかもしれない。


 話し終えたアストリアは、今更になって他人に弱みをさらけ出したことが恥ずかしくなってきた。その羞恥心を隠すように、アストリアは笑う。


「ごめんなさい。突然こんな話をしてしまって。忘れてください」


 対するルカの表情は、とても険しいものだった。先程まで夕日のように見えていた茜色の瞳が、今は怒りに燃える灼熱の炎に見える。


「……クソみたいな連中だね」


「え?」


 ルカの穏やかな口調が荒い言葉遣いに代わり、アストリアは驚いた。しかし彼はすぐに優しい表情に戻り、にこりと笑う。


「ううん、何でもない。それなら、僕の家に来る? 部屋はたくさん余ってるから、好きに使ってくれて構わないよ」


「いえ、そんな。ご迷惑になります。それに明日、急いで浄化の任務を終わらせて帰路につかねばならないので、ここからあまり離れるわけにもいかないのです。だから、ここで野宿をしようかと」


 流石に出会ったばかりの青年にお世話になるわけにはいかない。


 アストリアが遠慮して丁寧にお断りすると、ルカは腕を組み何やら考え込んでいた。そして良いアイデアを思いついたのか、パッと表情が明るくなる。


「じゃあ、こうしよう」


 そう言って、ルカがパチンと指を鳴らした瞬間――。


 泉の周りに生えていた木々が地面から次々に抜け、ひとりでに動き出し、形を変えていく。


 そして、あれよあれよと木が組まれていき、気づけば立派なログハウスが完成してしまった。


「すごい……こんな魔法、見たことないわ……」


 国一番の魔法使いでも、こんな芸当は出来ないだろう。やはりこの青年は只者ではない。


「ルカ様。あなたは一体、何者なのですか?」


 アストリアは王城で公務をこなしている関係上、国内の魔法使いの名は大抵知っている。しかしその中に、ルカという人物は存在しない。


 アストリアの問いに、ルカはおどけた調子で目を(すが)めた。


「僕はただの魔法使いだよ。人よりちょっとだけ魔法が得意なだけ。さあ、入って」


 ルカはそう言ってログハウスの扉を開け、アストリアに向かって手招きをする。


 どうやら正体を明かす気はないらしい。それなら、これ以上は踏み込まない方が良さそうだ。彼も彼で、何か事情があるのだろう。


 アストリアは彼に礼を言い、ログハウスの中に入った。


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