23.君のそばで
アストリアが地下の広間で浄化作業をしている一方、ルカは皇城の上空に浮かび、飛行する魔物たちを片っ端から片付けていた。
「全く、数が多いな。早くアストリアのところに行きたいのに、これじゃ埒が明かない」
ルカが全面的に空を請け負っているおかげで、騎士団や魔法師団の面々は、地上の魔物討伐や住民の避難誘導に集中できている。このペースなら、それほど大きな被害が出る前に避難が完了しそうだ。
ルカの元には、ドラゴンやらグリフォンやら大型の魔物が次々に襲いかかってきていた。
普通なら、ドラゴン一匹でさえ魔法使いと騎士が隊列を組んで討伐に挑むところだが、ルカは上空の全ての魔物たちの相手をたった一人でこなしていた。それも余裕で。
しかし、倒しても倒してもどこからともなく湧いて出てくるので、本当にきりがない。
「あ〜、面倒になってきた」
ルカがヒョイと指を振るだけで、魔物たちは一瞬にして地面に落下していく。しかし、皇城の周りに魔物の死骸が積み上がるとまずいので、ルカは落下する魔物を適当な森に転移させていた。
「アストリアに会いたい。アストリアが浄化しているところを見ていたい」
正直なところ、キュウがついているので彼女の身の安全は全く心配していない。
しかし、何よりもアストリアのそばにいたかった。一瞬たりともそばを離れたくないのだ。
とはいえ、彼女からのお願いを無下にするわけにもいかない。
ルカは片手間に魔物を倒しつつ、しばらく「うーん」と考え込んだ。
(要は、この場を離れても魔物を倒せるようにすればいいわけだから……)
「うん、こうしよう」
妙案を思いついたルカは、まるで指揮者のように指を振った。
「これを、こうして……こう!」
何をしたのかと言えば、皇城周りに張った結界に仕掛けを施したのだ。
魔物が一定の距離まで近づいたら自動で攻撃魔法が発動するようにし、そして地面に落ちた死骸はこれまた自動で転移魔法によって適当な場所に飛ばされる仕掛け。
これで自分がいなくとも、上空の魔物は何とかなるだろう。
「ついでに、地上の魔物も討伐できるように……」
ルカがパチンと指を鳴らすと、魔法で作った小さな人形が何体も出現した。
「いいかい、君たち。皇都にいる魔物を一匹残らず倒すんだ。怪我をしている人を見つけたら、手当するように。あと、逐一僕に状況を報告してね。音声通信で十分だから」
人形に指示を出すと、それらは揃って敬礼し、一斉に散らばっていった。
「よし! これでアストリアのところへ行ける!」
魔物の自動討伐システムを作り上げたルカは、意気揚々と皇城の地下へ向かった。
何となくの場所は聞いていたので、あとは瘴気の気配を頼りにすれば簡単に地下への階段を見つけることができた。
ためらうことなく階段を下りていき、そのまま地下の広間へと足を進める。
そして、広間の入口までたどり着いた時、ルカはハッと息を飲んだ。広間の中央に、きらめく光をまとうアストリアの姿があったからだ。
(ああ……なんて美しいんだろう。彼女がお嫁さんだなんて、僕はどれだけ幸せ者なんだ)
祈るように手を合わせて目を閉じる彼女の横顔は、凛々しくもどこか儚げで、まるでどこぞの有名画家が描いた絵画のようだった。
ルカがアストリアに見惚れていると、使い魔のキュウが近寄ってきて肩に止まる。
そこで初めて広間を見回すと、無数の魔物が倒れているのが確認できた。他に生きた魔物の気配はないので、キュウが全て倒しきったのだろう。
「キュ」
キュウは「労って」とでも言うように頭を差し出してくる。その小さな頭をよしよしと撫でてやると、キュウは嬉しそうに目を細めていた。
そして、集中するアストリアの邪魔をしないよう、小声で告げる。
「よくやったね。君はもう休んでいいよ。あとは任せて」
「キュウ〜」
キュウは小さく鳴いた後、ポンッと消えた。
(さて、僕はアストリアの仕事が終わるまで、彼女を存分に見守ろうかな)
ルカはその場に座ると、美しいアストリアの姿を目に焼き付けるように、ずっと彼女を見つめていた。
* * *
(お……終わったわ……)
瘴気の気配が完全に消えたと同時に、アストリアはフッと気が抜けてその場に倒れかけた。しかし、地面に倒れ込む前に、体がふわりと宙に浮く。
「アストリア、大丈夫?」
「ルカ様……!」
気づけばルカの顔が間近にあった。ルカがアストリアを抱きとめ、そのまま横抱きに抱え上げたのだ。
突然目の前に愛する人の顔があったものだから、アストリアは赤面して咄嗟に顔を背けた。
「だっ、大丈夫です。ただの魔力切れですから」
「そっか。じゃあ、アストリア。こっち向いて」
「? はい」
なんだろうと思い、言われた通りルカの方を向くと、突然唇を塞がれた。しかもそれは一瞬ではなく、しばらくしても離れる気配が全くない。
「んっ、んんーっ!!」
彼の腕の中でジタバタと暴れるも、彼は一向に唇を離そうとしない。むしろ抱きしめる力を強めてくる始末だ。
その後、ようやく唇が離れ、アストリアは思いっきり息を吸った。
「ぷはっ」
そして、呼吸が落ち着いてから、ルカに抗議の視線を向ける。
「ル、ルカ様! いきなり何を……!」
「僕の魔力を流し込んだんだよ。これでちょっとは楽になったんじゃない?」
言われてみれば、魔力切れ特有の倦怠感が随分とマシになっている。




