16.歓迎する領民たち
心構えができていなかったアストリアは、慌てて領民たちに挨拶をした。
「皆様、はじめまして。アストリアと申します。ベルンシュタイン家当主の妻として誠心誠意頑張りますので、これからどうぞよろしくお願いいたします」
アストリアが挨拶を終えた途端、割れんばかりの拍手と共に、祝いの言葉が飛び交った。
「ルカ様! アストリア様! ご結婚、誠におめでとうございます!」
「とうとう巫女姫様を見つけられたのですね、ルカ様……!」
「本当にお似合いなお二人ですわ!」
「どうかお幸せに!」
領民からの大歓迎を受け、アストリアは思わず涙が出そうになった。これまで母国では、民から心無い言葉を浴びせられるばかりだったので、ここにいる人達の優しい言葉に、その笑顔に、胸が温かくなる。
アストリアが感動していると、一人の小さな男の子が演壇に駆け寄ってきた。
「ルカしゃま! アストリアしゃま! ごけっこん、おめでとうございましゅ!」
その男の子は一生懸命背伸びをし、なんとかルカに花束を渡そうとしている。花が小さく不揃いなところから察するに、自分で野生の花を摘んできたのだろう。
(なんて可愛いの……!)
くりくりした目をキラキラと輝かせているところも、まだ舌足らずなところも、何ともかわいい。
ルカとアストリアは揃って演壇から下りると、男の子から花束を受け取った。
ルカは満面の笑みを浮かべながら、男の子の頭を優しく撫でる。
「ありがとう、ローレンス! 大きくなったねえ!」
「しゃんしゃいになりました!」
「もうそんなに大きくなったのか! 子どもの成長は本当に早いなあ」
ルカがしみじみと、まるで親戚のおじさんのようなことを言っていて、アストリアは思わず顔がほころんだ。二百年以上も生きてきた彼にとって、領民全員が彼の子供か孫のようなものなのかもしれない。
ルカとローレンスが楽しそうに戯れているのを微笑ましく眺めていると、不意に領民たちから話しかけられた。
「アストリア様。この領地に来てくださって、本当にありがとうございます」
「領民一同、アストリア様のことを心より歓迎しております」
彼らの温かな言葉に、アストリアは心からの礼を述べた。
「ありがとうございます。わたくしも、とても素敵な領地に来ることができて嬉しく思っています」
気づけばアストリアは領民たちに囲まれていて、皆から思い思いの言葉をかけられていた。誰も彼もが嬉しそうな表情を浮かべている。
「急な結婚で戸惑うこともあるでしょうが、どうかご安心ください。ルカ様はとても優しい方ですから」
「この領地の人間は、ベルンシュタイン家に救われた者たちばかりなのですよ。ルカ様も、外からたくさんの人間を拾ってこられました」
アストリアは、屋敷の図書室で読んだ「ベルンシュタイン領の歴史」という本の内容を思い出す。
ベルンシュタインの領民は、代々の領主によって拾われた人々と、その末裔なのだそうだ。
金貸しに騙され無一文になった商人。
戦争で負傷し王宮を追い出された騎士。
夫から暴力を受けてきた妻と子供。
はたまた国から迫害された少数民族まで。
ベルンシュタインの領主は、はるか昔から領外や帝国外のあらゆる弱者を拾い、受け入れてきた。そうして今のベルンシュタイン領が出来上がったのだ。
だから領民は皆、領主に多大なる恩を感じ、心から慕っている。この領から出ていこうとする者が極めて少ないことや、領民同士の揉め事が少なく治安が良いのもそのためだ。
ベルンシュタイン家が弱者を救ってきた背景としては、「強大な力は己のためにあらず。弱き者のためなり」という家訓があるかららしい。
他にも「持てる力全てで妻を愛せ。浮気は万死に値する」という過激な家訓があったが、今はそれには触れないでおこう。
「はい。ルカ様にはとても優しくしていただいています」
アストリアがにこりとそう返すと、領民たちは微笑ましそうな表情を浮かべた。
「代々のご当主は奥方様にベッタリだったらしいのですが、ルカ様にもすでにその兆候がございますな」
「ルカ様のご両親も、それはそれは仲睦まじかったとか」
「領主様は奥様を迎えられると、決まって奥様最優先になるのだそうですよ。愛の力はすごいですわね」
確かに、とアストリアは思う。
婚姻を結んで以降、ルカはこれでもかと言うほどアストリアを甘やかしてくる。
まずは、山のようなドレスや装飾品を用意してくれた。そのどれもがアストリアの顔立ちや体格に合うものばかりで、全てが超が付く高級品だった。
加えて、執務が負担になりすぎないよう、仕事量を絶妙に調整してくれているし、瘴気の浄化の任務においては、ルカの転移魔法による送迎と強固な防御魔法が絶対についてくる。
疲れていればさり気なく回復魔法をかけてくれるし、毎晩のように安眠や吉夢の魔法をかけてくれる。
極めつけは、雨が降った翌日に庭園に出ようとした時、足元が濡れるからと言って広大な地面を魔法で乾かしてくれたことだ。
(愛……)
彼の行動の全てが、自分を愛しているが故だったら、これほど嬉しいことはない。
でも、愛していると言われたこともないのに、そんなことを願うのは図々しいだろう。
そんなことを考えていると、ちょうどルカが声をかけてきた。
「アストリア。そろそろ行こうか」
「はい、ルカ様」