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13.動き出した時間


「アストリア様、一度ここで休憩にいたしましょう」


 テレサにそう言われ、アストリアは庭園のベンチで足を休めていた。


(玄関を見た時点で相当広いとは思っていたけれど……やはりお城なのでは!?)


 実家とは比べ物にならないほど大きなこの屋敷は、ランドル王国の王城にも匹敵するのではないかと思えるほど広大だった。


 テレサはアストリアに負担をかけまいと、ところどころ端折(はしょ)りながら説明をしてくれたのだが、それでも屋敷を半周するのに三十分はかかったのだ。


 遠くにはベルンシュタイン領の街並みが見えるが、領地も相当広そうである。たしかルカは、地図上に描かれた三倍は広いと言っていた。領民の数もかなり多いらしい。


 そんなことを考えていると、そばに控えていたテレサが不意に微笑みかけてきた。


「アストリア様。この屋敷に来てくださって、そして、旦那様とのご結婚を承諾してくださって、本当にありがとうございます。使用人一同、心から嬉しく思っております」


 テレサの顔には、心からの喜びの念が浮かんでいる。そして彼女は、過去を懐かしむように遠くを見つめた。

 

「アストリア様を見つけるまでの旦那様は、それはそれは退屈で鬱屈とした日々を過ごしておられました。それが一転、今は毎日とても生き生きとしていらっしゃいます。それは全て、アストリア様のおかげなのです」


 テレサはそう言ってくれるが、それは「アストリア」という存在ではなく、「光の巫女姫」の存在のおかげだろう。仮に光の巫女姫がアストリアではなく別の人物だったとしても、彼はその人を心から歓迎していたはずだ。


 そう思うと、どこかチクリと胸が傷んだ。「アストリア」自身を必要とされていないのは、今も昔も変わらないのかもしれない。


 少し卑屈になっていると、テレサが何かを思い出したようにフフッと笑い出す。


「家令のギーゼルさんに至っては、『まさか奥方様を迎えられる日に立ち会えるとは』って、泣いて喜んでいたんですよ?」


「そうなの?」


 アストリアは目を丸くした。あの紳士然としたギーゼルが、泣いて喜んでいる姿はあまり想像できない。


 話を聞くと、ギーゼルの父も祖父もルカに仕えていたが、彼らはルカが結婚する前に寿命を迎え、亡くなってしまったらしい。だからギーゼルは、自分の代でもルカの晴れ姿を見ることは出来ないだろうと諦めていたそうなのだ。


 しかし今は、ルカとアストリアの子を見るまでは絶対に死ねないと意気込んでいるらしい。


「さて、そろそろ参りましょうか、アストリア様!」


 休憩を終えたアストリアは、もう三十分かけて屋敷を案内してもらった後、自室へと戻ったのだった。



 その後、テレサが淹れてくれた紅茶を飲みながら休憩していると、程なくしてルカが部屋を訪ねてきた。


「アストリア、今大丈夫?」


「はい、どうぞ」


 返事をすると、ルカがギーゼルを引き連れて入ってきた。そして彼はそのままアストリアの対面のソファに座り、気遣うように声をかけてくる。


「大丈夫? 疲れてない? この屋敷、無駄に広くてね」


「大丈夫です。でも、本当に広くて驚きました」


 この屋敷の広さに反して、使用人の数は限りなく少ない。掃除や洗濯など主要な家事仕事を、ルカが魔法で片付けてしまうからだ。


 大魔法使いの能力の無駄遣いな気もするが、テレサが「旦那様にとっては、使用人を雇って管理する方が面倒くさいそうです」と言っていた。


「さて、早速だけど、この書類に記名をお願いできるかな」


 ルカはそう言うと、テーブルの上に一枚の紙を広げた。そこには「婚姻証明書」と書かれている。


 この領地ではベルンシュタイン家が法だ。帝国に結婚の承諾を貰う必要もないので、この書類を書いた時点で婚姻が成立したということになる。


 アストリアは迷わずペンを取り、署名欄に自分の名前を書いていく。今更ためらうことなど何もない。


「これで、ルカ様の時間が動き始めるのですね」


 その言葉を聞いたルカは、意表を突かれたように目を丸くしたが、すぐに穏やかに微笑んだ。そして、感慨深そうに言う。


「そうだね。ようやく歳を取れるよ。僕の時間を取り戻してくれてありがとう、アストリア」


 退屈で鬱屈とした毎日。ただひたすらに親しい人を看取ってきた二百年。待ち人はいつ現れるかわからず、終わりは見えない。


 彼にとって、それは監獄に囚われているような日々だっただろう。


 しかし今は、そんな日々から彼を解放することができたのだ。ひとつ恩返しができたみたいで、何とも嬉しかった。


 アストリアはもっともっと彼の役に立ちたくて、自分に出来ることを模索する。


「あの、ルカ様。大瘴気が発生するまでの間、何か仕事をいただけませんか? まずは結婚式の準備からでしょうか」


 フレーベル帝国では、結婚すれば必ず教会で式を挙げるのが習わしだ。


 神に対して夫婦になる誓いを立てるのと同時に、周囲の人々への結婚報告も兼ねており、皇帝の場合は国民に、領主の場合は領民に対して結婚報告を行うことになる。


 そのため今回の場合は、多くの領民を招待することになるだろう。ベルンシュタイン領はかなり広大で領民の数も多いので、準備もそれなりに大変そうだ。


「結婚式の準備はこっちでするから大丈夫。領主として今までいろんな挙式を手伝ってきたから、慣れててね。気にしないで」


「そうですか……」


 勉強熱心で知識豊富なアストリアも、フレーベル帝国における挙式の詳細なしきたりまでは知らない。下手に関わると、却って迷惑になるだろう。


「そんなに気負わなくていいよ。アストリアは屋敷でのんびり過ごしてくれたら良いから」


「ですが、ただ家にいるというわけにも……」


 大瘴気はいつ発生するかわからない。もしそれが数年後なら、それまでの間かなり暇になってしまう。


 何の役にも立たない、ただの穀潰しにはなりたくなかった。


 それに、もともと日々膨大な仕事をこなしていたアストリアには、「屋敷でのんびり」した生活が想像できなかった。急に時間ができても何をしていいのかわからないし、家でじっとしていることなど耐えられそうにない。


 アストリアは気を取り直し、別の提案を持ちかけた。


「確か今、帝国には光の巫女がいらっしゃいませんでしたよね。でしたら、帝国内の瘴気を浄化するお仕事はいかがでしょうか」


 アストリアの提案に、ルカは「うーん」としばらく考え込んだ後、それくらいなら、というようにひとつ頷いた。


「わかった。瘴気の浄化については、仕事をこちらに回すよう皇帝に話を通しておくよ。任務の時は僕も護衛としてついていくから、安心して」


「ありがとうございます……!」


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