12.結婚を承諾します
大体の説明を終えたルカは、最後にこう言って話を締めた。
「そこから先は、君が知る通り。僕が王太子の生誕祭にお邪魔して、君を攫って、今に至る」
説明を聞き終えたアストリアは、現実離れした話に目を丸くしていた。
(にわかには信じがたい話だわ……)
大瘴気と光の巫女姫の話、そして何よりも、ベルンシュタイン家の秘密と、ルカの特異体質。
まるでおとぎ話のようだと感じたが、彼の話が嘘だとは思わなかった。
すると、ルカが申し訳無さそうな顔で口を開く。
「君を妻にするだなんて勝手に宣言してごめんね。ランドル国王が君を連れ戻そうとしないよう、牽制しておきたかったんだ」
確かにあの宣言は効いただろう。ランドル国王も、大魔法使いの妻に表立って手出しは出来ないはずだ。
「いえ、国から連れ出していただいて、ルカ様には感謝の気持ちしかございません。婚約破棄されただけでなく、ウォーラム公爵家から除籍されたのは、結果として良い方向に働きましたね。あれで私を引き止める理由が完全になくなりましたから」
実の家族から見放されたのは少しばかり心に来るものがあったが、今となっては良かったと思っている。これ以上あの国にいたら、自分の心が完全に壊れてしまっていただろう。
「アストリア……無理してない?」
心配そうに尋ねてくるルカに、アストリアは微笑みながらゆるゆると首を横に振った。
「いいえ。今は……そうですね、全てのしがらみが無くなって、とてもスッキリした気持ちなのです」
「そっか。それなら良かった」
ルカは優しく笑った後、真剣な表情になって続けた。
「結婚の話だけど、君が嫌なら、もちろん無理強いはしない。僕は、君が望まないことはしたくないんだ」
彼は本当に誠実で優しい人だ。
アストリアが結婚を拒めば、恐らく彼の時間は止まったままになる。そんな状況なら無理矢理にでも結婚を迫ってもおかしくないのに、彼はこちらの意思を最大限尊重してくれているのだ。
今まで尊厳を踏みにじられてきた分、そのありがたさが身に染みる。
そんな彼だからこそ、アストリアは共に歩むことを選んだ。
「結婚の話、お受けいたします。不束者ですが、これからどうぞよろしくお願いいたします」
深々と頭を下げてから顔を上げると、ルカは夕焼け色の瞳を大きく見開いていた。
「ほんと……? 本当に、いいの?」
「はい」
そもそも実家を追い出されたアストリアには、この話を断っても行くところがない。むしろアストリアにとって、この上なくありがたい話なのだ。
結婚することが彼の利益になるなら、そうすることで拾われた恩を精一杯返したかった。
「そっか……そっか、そっか……」
ルカは噛みしめるようにつぶやいてから、くしゃりと笑った。
「嬉しい。すごく、嬉しい。ありがとう、アストリア。必ず幸せにするよ」
ルカの笑顔があまりに眩しく、ドクンと心臓が跳ねた。初めて会った時にも思ったが、彼は本当に見目麗しい人だ。
真剣な表情のときは見惚れてしまうほどかっこいいのに、笑った顔はあどけない少年のように可愛らしい。そのギャップがまた罪深い。
このまま彼を見ていては目に毒だと思い、アストリアは視線と話題を逸らした。
「ええと、わたくしのお役目は、大瘴気を浄化することとお世継ぎを授かること、という認識でよろしいのでしょうか?」
アストリアのあけすけな質問に、ルカは苦笑した。
「そういうことになるかな。でも、世継ぎの話はだいぶ先。大瘴気の浄化は通常よりもかなりの体力を消耗するから、子を宿した状態だと危険なんだ」
つまり、初夜は大瘴気の浄化が終わってから、ということになる。急に結婚することになり心構えが出来ていなかったので、アストリアは少しホッとした。
そして、自分のやるべきことが明確になったことで、ようやく地に足がついた感覚を覚える。
「承知しました。ですが、大瘴気というのはわたくしも初めて耳にしました。歴史書にも載っていませんでしたし……」
アストリアは一通りの学問を修めている。しかし、その知識の海の中に、大瘴気という言葉は存在しなかった。
「大抵の国では隠されているはずだよ。そんな話をすれば、民をいたずらに怖がらせてしまうからね。ランドル王国でも、国王や宰相くらいの限られた人間しか知らないはずだ」
ルカの説明に、アストリアは「なるほど」と納得する。
数百年単位で大瘴気なるものが発生すると知られれば、間違いなく民は混乱に陥る。そうなれば、民を制御するのが難しくなるだろう。
「何か聞きたいことがあれば、いつでも聞いて。屋敷の図書室には大瘴気や巫女姫に関する文献もあるし、好きに読んでくれて構わないよ」
「はい。ありがとうございます」
アストリアが礼を言うと、ルカは一度居住まいを正した。
「改めて、僕との結婚を受け入れてくれてありがとう、アストリア」
「こちらこそ、行き場を失ったわたくしを拾っていただき、本当にありがとうございます」
お互いがお互いに礼を言い合い、見つめ合った二人は、同時にフフッと笑った。この人の妻になるのだという実感が少しずつ湧いてきて、なんだか照れくさい。
「アストリア。婚姻の書類を準備して持っていくから、自室で待っていてくれるかな」
「承知しました。それなら、その間にこのお屋敷を見て回りたいのですが、よろしいでしょうか?」
「もちろんだよ」
ルカが承諾した途端、どこからともなく侍女のテレサが現れた。
「そういうことなら、私にお任せを! 誠心誠意、ご案内させていただきます!」
元気いっぱいのテレサは、自分が役立てるのが嬉しいのか、目をキラキラと輝かせている。
使用人からも心から歓迎されているようで、アストリアは安堵した。実家のウォーラム家では使用人でさえもアストリアに冷たく、居心地が悪かったのだ。ここの使用人たちの方が、よほど温かい。
「では、お願いね、テレサ」
「はい!」
そうしてアストリアはテレサに連れられ、この屋敷をぐるりと一周することになった。